風切山キャンプ場は本日も開拓中 〜妖怪達と作るキャンプ場開業奮闘記〜

古道 庵

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何かが炸裂するような音が立ち、続いて「何て事しやがんだてめえ!!」と野太い大声が山中に響き渡る。

「……おっさん?」
片付けをしていたのだが二人で顔を見合わせ、声のした方向へ走り出す。

大五郎のおっさんがあそこまで声を荒げている所など見た事が無い。
朗らかで豪放な印象のあの男が、こんな剣呑な怒鳴り方をするなんて。

何か緊急の事態が起きている事を察して、整地されていない荒れた土を蹴って駆けつける。



「おい、なんだあれ……?」
広場に到着すると、夕暮れ時のいつもの静穏な美しかった光景が一変していた。

積まれていた丸太が巨人に蹴飛ばされたかのように乱雑に散らばってそこかしこに倒れ、落ち、突き刺さっている。
所々地面が抉れ、緑に満ちた大地に痛々しい土色の傷跡を見せていた。

そして警戒するようにいつもの妖怪達が向け並び立ち、上空を睨むように仰ぎ見ている。

「あなた、何者なんですか!」
批難と困惑、そして怒りを滲ませた声で天狗ちゃんが叫ぶ。


「……妾(わらわ)のこの姿を見て分からぬと申すか。なんと愚かで無知な物の怪(もののけ)よの」
その声はゆったりと、そして艶やかな響きを纏っていた。

妖怪達が睨むその先。
夕陽が沈み始め、微かに姿を現した白い満月を背景にそれは、退屈そうな視線を送りこちらを見下している。

金と茶が混じったきつね色の長い髪を揺らめかせ、紫を基調とした艶やかな柄の着物を身に纏い、その肩口をはだけさせて真白な肌と胸元を大胆に見せている。

時代劇の花魁のような、底の高い朱色の下駄を履き、脚を艶めかましく交差させ、ソファにでもゆったりと腰掛けているような体勢で宙を浮いている。

何よりもその女の特徴的な点と言えば、豊かなきつね色の髪の間から同じ色の大きな尖った耳が飛び出し、背後には柔らかそうな大きな尻尾のようなものが幾房(いくふさ)も生え、こちらを誘うようにゆっくりと揺れている。

その内の一房に腰を乗せ、闇夜の帳が降りつつある黄昏の空をゆらゆらと浮遊しているのだった。


「面倒だが無知共の為に名乗ってやろう。妾は白面金毛九尾の狐、玉藻前(たまものまえ)。その人であるぞ」
「九尾の狐……!」
謎の女の名乗りを聞き、天狗ちゃんは一つの単語を噛み締めるように零す。

女が何を言っているかはよく分からないが、天狗ちゃんが言った”九尾の狐”はさすがに分かる。

それこそ種々の伝説、創作に姿を現す妖怪。そしてどの物語でも最大、最強格として扱われている名前だ。

俺は三国志をきっかけに中国史が好きになり、四大奇書も触れてきた。
その一つ、『封神演義』の中にも出来てきた存在だと記憶している。
殷という国の王、紂王を誑かし、封神演義内で最大のトリックスターにして黒幕である”蘇妲己”の正体が、確か九尾の狐だった筈だ。

まさかそんな紀元前から生きている訳は無いとは思うが、それ程古代の創作にすら姿を見せる、有名過ぎる程の大妖怪。

それが今、目の前に居るというのか。


「九尾の狐は遥か昔に封印され、既に魂も形を為していないと師匠から教わりました……! 貴女が九尾の狐の筈が無い!」
天狗ちゃんは大仰な仕草で指差し、九尾の狐を騙る偽物だと突きつける。
だけど、少しだけ声が震えているような気がするのは何故だろうか。

「小娘に本物だの偽物だの、言われた所で栓無き事よ。妾はそち共には欠片も興味が無いでの。それよりもこの山の魍魎共、まことまろやかで美味なる事よ。黙って差し出せばそち共に手出しはせぬ」

「てめえ、いきなりぶっ放して小三郎をやりやがったじゃねえか……! 今更何言っても遅えんだよ!」
おっさんが吠える。
よく見れば何か抱えるように両手を腹の辺りに置いており、一人、見知った妖怪の姿が無い事にようやく気付く。
今この場に居るのは天狗ちゃん、大五郎、響、山爺、そして数匹の魍魎達。……少年の姿が無い。

「ふん、臭い毛玉は目障りよ。取り分け狸は臭くて敵わぬ」
「んのクソ女……!」
おっさんは歯を剥き出しにし、今にも飛びかかりそうな程の怒気を滲ませている。

「貴女が飲み込んだ魍魎……あの子達を吐き出してここから立ち去りなさい。山主、烏天狗・雛菊より最後の通告です」
「ほう? 小娘が何を凄んでおる。格の違いが分からぬか?」

最後の「ぬか?」の部分がスローモーションのように遅く、太く、邪悪に響き、その瞬間凄まじい寒気と重苦しい圧力が空気に満ちた気がした。

背筋が凍るような、圧倒的な気配。
見上げた先の九尾の狐は宵闇に浮かぶ月明りを背負い、金色の瞳だけが不気味に爛々と輝いて見える。

寒い。突き刺すような肌の痛み。緊張。冷や汗が肌を伝う感覚。
それに気取られただけでも、致命的な失態になりそうだと感じる恐怖。
まるで首元に手を回されているかのような、命を握られている感覚。

怖い。

怖い。

あれは……桁が違う。


しかし皆が固唾を飲んで見上げる中、たった一人だけ動き出す。

静かに後頭部の面を掴み、勢いよく引っ張る。
すると纏められた髪が解け、青白い燐光を放ちながら髪が降りる。

そして掴んだ面を目元に付け、紐で手早く固定する。

「全力で対します。皆さん、逃げてください」

これまでとはまるで印象の違う、冷淡な声。
黒翼の少女の小さな背中に言い知れぬ圧力が増していく。

「……何言ってんだい雛菊。あたしの力が必要だろ? 使いな」
少女の肩を軽く叩き、丈の合わない小さな着物を身に纏う女が体を伸ばす。

「俺も腹に据えかねてんだ。おい、匠。小三郎を頼む」
と、振り返ったおっさんが匠に腕の中の少年を渡す。

「変化が解けてねえからまだ元気がある筈だ。ちっと寝かせとけば大丈夫だろう」
そう言いながら優しく少年の頭を撫で、そして宙を舞う女郎に向き直る。

いつの間にか手には大斧が握られており、縄を肩に巻き付けていた。
「チッ、じじいは消えたか。まあいいアテになんねーからな」
そう悪態を吐きグルグルと肩を回す。

「土井さん、匠さん、お願いです。小三郎と魍魎達を逃がしてください。出来るだけ遠くに」

黒翼の少女は振り返らず、それでもいつものような優しい声色で俺達に願いを伝える。

「……無茶すんなよ。ヤバかったら逃げて来いよな」
「小三郎は任せとけ。根裂、磐裂、埴安、木花、全員連れて着いて来い」

匠と頷き合い、軽トラへ向かって走り出す。



「今生の別れでも済んだかえ?」
女郎は欠伸を一つし、面倒そうにしながらも横たえていた体を起こす。
「さあ、この辺りの妖怪共はどんな程度か。妾の退屈を少しは紛らわせてくれれば良いのう」

こちらを見据える瞳はより冷たく輝きを放つ。

「この山を汚す輩は、誰であろうと天誅を下します。……参ります!」

俺達が離れていくのを確認した妖怪達は、天狗ちゃんの号令を皮切りに、突如現れた脅威を迎え撃つ。
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