風切山キャンプ場は本日も開拓中 〜妖怪達と作るキャンプ場開業奮闘記〜

古道 庵

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「朝から大雨だったし休みになるかと思ってたんだけど、工期が迫ってたからお呼びが掛かって、仕事場に行ったんだ。案の定雨も風も酷くてさ、その日は午前中で解散。さすがに宿に帰れないと困るから急いで車を走らせてた」
そこで話を切り、手元のグラスに入った水を飲む。

「でも帰り道で問題があって、途中で冠水してていつもの道が通れなくてね。仕方なく、上流の所から川沿いに出て、そこの橋を目指して下ってきていたんだ。雨も風も酷くて、ほとんど視界が見えないまま走ってた。思えば、無理せずどこかで休んでれば良かったんだけどね。通った事はあるかい? その川の道」
「ええ、車一台しか通れない砂利道だし、ガードレールも無くて隣が川になってるしで、おっかないですよね」
「そうそう細いんだよねえ。その道を視界不良の中走ってたわけ。で、風が吹いて煽られたからハンドルを切ったんだけどさ、そしたこう、ね」
ガクン、と一気に肩を下げるような仕草を壬生さんは見せる。

「川の方向に落ちちゃったわけ。思ったよね、これ死ぬかもって」
「……でも、無事だったんすよね?」
匠の発言に壬生さんは頷く。

「そう。落ちる、と思った瞬間とんでもない水圧の水を下から受けて車が浮いて、揺さ振られながら必死にハンドル握ってたら、上手い事道に着地できたんだ」
「マジッスか!?」
「うん、マジっすよ。本当に不思議だった。川の水が幾ら激しいからって、車を浮かす程の水圧なわけないでしょ。何だったんだろうって思わず外に出ちゃうわけよ」
「それ危なくないですか? 外出るとか….…」
単純な感想を述べると、苦笑しつつ壬生さんは続ける。

「だよね、でも不思議な気がしたんだ。あの水。胸騒ぎみたいな、鳥肌が立つような感じだった」
そこで再び水を口に含み、飲み下す。

「車から降りた時にね、見えたんだ。すごいスピードで川を逆流していく大きな大きな水の塊。一瞬、どっちが上流で下流か分からなくなって、逆走してたのかと思っちゃったぐらい。……でも、違った。その水の塊が向かう先は山の上を目指していた。あまりに速かったからすぐに遠くになっちゃったけど、僕には……生き物に見えた」
小さく首を傾け、その日を思い起こすように語る。

「あれは、龍だった。そう思ったら頭のようなものが見えて、鱗のようにザラザラとした体表もハッキリと見えた。長い長い尾をしならせながら、龍は川を上って見えなくなっていった。……それが、僕の体験した不思議な話」

壬生さんが語り終え音が消えた店内に、再びピアノの音が落ちる。
丁度BGMの切れ目だったようだ。

音楽が耳に届いた事で意識が現実に引き戻される。
壬生さんが語る途中、まるでその時の光景を見ているかのようで、龍の姿が何故か瞼に焼き付いていた。

「この村を好きになるきっかけだったんだ。八王子に戻った後も頭から離れなくてね。実はこの村へは結構な頻度で来てたんだよ」
「え、そうなんスか? じゃあマジでどっかで会ってますスね」
「うん。実は康平君には見覚えあったんだよね、僕。何ならちょっと話した事も」
「えええ!?」
「当時の僕は康平君みたいに金髪で少し派手だったからね。多分分からないと思うよ」
「マジスか……」
落ち着いた身なりの壬生さんが康平みたいだったなんて、俄かに信じられず一同呆然としてしまう。

「お金も必死に貯めてね。念願叶って、僕の片想いする川の近くに来ちゃったってわけなんだ。だから採算度外視だし、この一年ちょっとやったけど厳しいのが実情だね」
「だ……だったらもっとしっかり俺らから金取ってくださいよ! サービスばっかしないで!」
「そうスよ! 水臭いじゃないスか!」

俺と康平の抗議に少し困ったような表情を見せる。

「んー……個人経営とか開業の大変さとか身に染みちゃってるからなあ。君達三人がどうしても可愛く思えちゃってね。だって一人は未来の建設会社社長、一人はフリーランス、そんであとの一人が頑張って身を立てようとしてる真っ最中でしょ? 親近感湧いちゃうよね」
「マスター、商売向かない人だな」
人柄の良さが滲み出てしまい自分の首を絞めている壬生さんに、匠がバッサリ。

「はは、確かにそうだね。ウチの父もお人好しだったから血筋かな」
「こりゃあ涼介。是が非にもキャンプ場開業して、マスターを助けなきゃな」
「ええ?」
匠が肩を組んで言ってくるが、イマイチ話が掴めない。
キャンプとバーがどう繋がるのだろうか? キャンプ場に泊まった場合、このバーまでは片道三十分は掛かる事になる。

「察せよ。キャンプ場開けば人が道を通るようになるだろ。でもこの地区は精々ニッコリマートぐらいしか店が無い。そこで、この店で昼にランチをやるなり、ちょっとした雑貨や酒を買えるようにするわけよ」
「な、なるほど……」
「さすが匠君、商売人だねえ。確かに昼間にカフェでもやろうか悩んでたぐらいだから」
壬生さんも夜のバーだけで経営が成り立たないのは分かっているわけで、手を広げようとしていたようだ。

「マスター、この家まだまだ使ってないスペースありますよね。改築進めて別の店舗作れるようにしてください」
「うん、じゃあ涼介君のキャンプ場に期待させてもらおうかな。いいかい?」
「え、ええ。それは勿論……」
いやいやちょっと、勝手に話が進でるんだけど。壬生さんの店が潰れる潰れないの話に俺が絡むようになるのか?
さすがにそこまで重荷は背負えない気が……

「任せてくださいッス! ね、リョースケ君! 絶対繁盛するキャンプ場にしてやりましょう!」
「そうだな。お前の頑張り次第でここの三人は死ぬか生きるか決まるぞ?」
「それって……康平も?」
「俺は会社あるんで大丈夫ッス」
「だよね……」

匠の一言になんだ驚かせるなよと溜息を吐くも、でもそれって俺と匠と壬生さんの三人分の人生が掛かっているって事?

「ほらほら、泡無くなってるよ康平君。おかわり持ってくるから。二人は?」
「あ、じゃあください」
「俺もお願いします」
俺達の返事を聞くと笑顔で頷き、鼻歌交じりで壬生さんは奥に引っ込んでいく。

なんか……肩が重く感じるんですけど。俺と天狗ちゃん達妖怪、それに匠に加えて壬生さんも? そんなに人生背負ないぞ俺の背中……

思いつき半分、ヤケクソ半分で始めたキャンプ場計画だったはずなのに、もうそんな事を言っていられるような事態ではなくなってきたようで、冷や汗が出てくる。


苦し紛れに口に入れた焼きそばは、すっかり冷めてしまっていた。
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