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顔に光が当たる感覚に、意識が覚醒していく。
目の前のベージュ色の布が日差しを浴びてうっすら明るくなっているのが分かる。
寝床である薄めのシェラフにくるまったまま、欠伸をして足を伸ばす。
スマホに手を伸ばして手に取ると、時間はまだ五時台後半。六時にもなっていなかった。
キャンプで過ごす朝は前夜にどれだけ夜更かしをしても早朝に目が覚めた。
多分、朝の陽射しで目覚めているのだと思う。そしてキャンプ場で過ごす早朝の空気はとても好きなものだった。
起き出そうと身を起こすと、幕の外で何か音が聞こえる。
「おはよう。あ、康平か」
「おはようございまッス。リョースケ君早いっスね」
お前には負けるよ、と呟きつつ靴を履いて立ち上がる。
思いっきり深呼吸をすると、土と新緑の匂いが入り混じった清々しい空気で肺が満たされていく。ここの空気は美味い。
「片付けしてくれてんだ。ありがとな」
「仕舞い方が分からないんでテキトーっスけど」
「いや、充分助かるよ」
ゴミなども分別してまとめてあるし、ある程度道具が一カ所にまとまっている。後は必要のない物を仕舞っていけばいい。
「康平何時起き?」
「俺は五時半っスね」
「……もしかして寝辛かったか?」
「いやいやグッスリでしたッスよ。あのコットいいスね、程よく包まれる感じで。早起きなのはいつもだからッス」
「そっか、なら良かった」
コットとは組み立て式の簡易ベッドの事だ。
キャンプで使う寝具の最下部としてはマットかコットかの二択になるのだが、コットの方が寝心地の良さで勝っている。
実際に寝てみると分かるが、それなりに厚みのあるマットでさえ地面の凹凸の影響を受ける。
下に石などあろうものなら、その出っ張りがよく分かる程に。
しかしコットは簡易ベッドというだけあって地面から浮くように作られており、寝そべる部分はかなりテンションが掛かっているものの、構造的に救急の担架、若しくはハンモックに近い。
それ故包み込まれるような寝心地で、尚且つ地面の形状を受けず安定しているのだ。
俺のようにマットで寝る事に慣れていれば問題ないが、マットを使った事の無い康平には少々キツいかと思いコットを使わせてみたのだった。
逆にマットを選択する利点としては広げるだけ、空気を入れるだけとセッティングが簡単な事、コットに比べて圧倒的に軽量でコンパクトな事が挙げられる。
コットは組み立ての煩雑さと、収納してもそれなりに嵩張る事がデメリットであるものの、キャンプで快適に眠りたいのであればコットを選択するのが正解だと思う。
「思ったんスけど炭とか薪の燃えカスとかって、持って帰るんスね。なんかよく農家で焼いたの地面に埋めとくイメージあるんスけど」
「あれは灰だからってのと、自分の土地だからだろうな。炭は地面に埋めたりしたら駄目だぞ。ずっとそのまま残るから不法投棄扱いだ」
「へえ……それでその缶みたいな奴に入れてたんスね」
炭の処理の注意点として、まず放置や水をぶっかけるような事はNGだ。炭はかなり長時間熱を発するので、寝たりして目を離すのであれば確実に消火した方がいい。
それと水をかけた程度ではまず火は消えない。水を使うなら炭を一個一個、バケツに沈める方法が良いだろう。それでも複数個入れると沸騰してしまうぐらいに炭はしぶといが。
最も確実なのは燃焼に必要な酸素を遮断する方法だ。なので康平が指差した缶、火消し壺を使う。これなら短時間で消火できるし零さずそのまま持って帰ってしまえる。
「ちなみに風切村だと炭は燃えるゴミで出せるから、ちゃんとゴミとして持って帰るんだぞ」
「ういッス」
キャンプ場によっては灰や炭のゴミ捨て場を設けている場所もあるので、そういった場所であれば消火した後捨てて良いだろう。そうでない場所であれば、必ず持って帰るのがマナーだ。
ウチでは灰捨て場を作るかは少し考え中である。
注意点など説明しながら片づけを進め、ほぼほぼ綺麗になったので手を止める。
「朝飯にするか。腹減ったろ」
「いつも朝飯早いんで結構減ってます!」
片づけず残しておいた二口ガスコンロに水を入れたケトルを乗せて沸かす。
後はもう一口空いているコンロを使いフライパンで調理だ。
六枚切りの食パンを二枚焼き始める。
「本当は焚火でやった方が雰囲気は出るんだけど……」
その場面を思い出しながら呟く。
しかし朝もそこまで気温は低くないし、今更焚火をするのも面倒なのが本音だ。冬であれば真っ先に焚火をしていた所だが。
クーラーボックスに入れてあったブロックベーコンをナイフで切り分け、手元には塩と黒胡椒、それに卵を準備だ。察しの良い人ならばこの並びで分かるだろうか。
焼き上がった食パンを更に乗せ、その後ベーコンと卵を焼く。途中で塩胡椒を振りかけて、仕上げにパンに乗せて完成だ。
「うおお! これテンション上がるっスね!」
「シンプルなのに美味そうだよなあ」
「今度は焚火でやりたいっスね。絶対やりたい! いただきまス!」
「召し上がれ。お湯も沸いたな。康平はブラック派? 甘い派?」
「うめー! あ、微糖でお願いしまス! 金のやつ!」
「缶コーヒーじゃねえよ……カフェオレにしとくな」
マグカップにスティックコーヒーを入れてお湯を注ぐ。俺はブラックの気分なのでそちらを。
「ほいよ」
「あざっス。パンとベーコンと卵。これだけなのにうめーッスね」
カフェオレを啜りつつ、康平は満足げに椅子にもたれる。
ぺろりと平らげてしまったようだ。
「そこにカップのスープ……たしかコーンとトマトのがあったはずだから、腹減ったら自分でお湯入れて飲みな」
「はい! でもま、今は大丈夫かな」
大きく溜め息を吐くようにして、空を見上げている。
「あー……なんか、いいスね。この時間」
「おっ、分かってきたか」
太陽がすっかり顔を出しており、暖かな日差しに照らされる広場を眺めていると本当にそう思う。
朝露に濡れた清々しい空気、心地良い光、素朴な飯、温かいコーヒー。これだけで満ち足りた気分になれる。
「夜も楽しかったスけど。今の方がいいなあ。なんか、こう普段の毎日から離れてるというか。こんなのんびりしてる朝、初めてかも」
康平の独り言に近い言葉に、俺は満足して頷く。
言いたい事はとても分かる。何よりも体験して欲しかったのは、非日常感なのだ。康平からすれば馴染みのある生まれ育った土地なわけで、ともすればキャンプに近い事も日常の風景の中でやっているかもしれない。
それでもキャンプの持つ独特の非日常感に浸り、それを良いものとして感じて欲しかった。
「冬の焚火はもっといいぞ。あれは……なんか魔力がある」
「へえー、昨日のは熱かったから近づかなかったスけど。でも自分で火を点けられたのは達成感あったんで楽しかったスよ」
「じゃあもっと楽しくなるよ。保証する」
「そっかあ……うん、ちょっと分かってきたかも」
どうやら俺の目論見は成功したようだ。
ここからハマるかは本人次第なわけで、後は見守るだけでいいだろう。
「うう頭いてえ……おはようさん、もう飯食った?」
「とっくに。食うか?」
「うーん……スープなら入るかな」
こめかみの辺りを押さえつつ、亀のようにゆっくりと匠が出てきた。
「あー……二日酔いだチクショウ」
「タクミ君、結局おっさんコンビと飲んでましたもんね」
「焼酎飲んだからなあ。あーやっちまった」
「記憶飛ばしてないだけマシだったよ。ほら、トマトスープ」
チェアに座り苦しそうに体を捩る匠の前にお湯を注いだスープを置いてやる。
ビールをしこたま飲んだ後、あの宴会でおっさんとじーさんとで酒盛りをしていたのだ。
匠は特に喫煙家コンビとして山爺とは仲が良い。妖怪もタバコの煙を嫌う者が多いので、唯一理解し合える存在として仲が深まったらしかった。
あのボケじじい、俺と康平の事は有象無象にしか見えていないようだが匠の事だけはバッチリ認識している。
煙で繋がる絆があるんだな、と匠が満足げに頷いていたが全く理解できない話だった。
「ゆっくり撤収するか。匠は今日は使い物にならないだろうし」
「うっせー……うー……」
「そのハンモックで寝てた方がいいんじゃないスか?」
「水飲んで寝とけ。康平コーヒーいる?」
「あ、じゃあブラックの方で!」
それならば、と思い立ち上がる。
時間はたっぷりあるのだ。美味いコーヒーを飲ませてやろう。
自分の中で一番と考えている豆と、一式の道具は持ってきてある。
康平よ、挽き立てコーヒーの美味さに絶望し打ち震えるがいい。
不敵な笑いを浮かべつつ道具箱を漁りに行く。
これでキャンプ沼に嵌った仲間が増えたと確信を持ちながら、清々しい朝の山での時間は過ぎていく。
目の前のベージュ色の布が日差しを浴びてうっすら明るくなっているのが分かる。
寝床である薄めのシェラフにくるまったまま、欠伸をして足を伸ばす。
スマホに手を伸ばして手に取ると、時間はまだ五時台後半。六時にもなっていなかった。
キャンプで過ごす朝は前夜にどれだけ夜更かしをしても早朝に目が覚めた。
多分、朝の陽射しで目覚めているのだと思う。そしてキャンプ場で過ごす早朝の空気はとても好きなものだった。
起き出そうと身を起こすと、幕の外で何か音が聞こえる。
「おはよう。あ、康平か」
「おはようございまッス。リョースケ君早いっスね」
お前には負けるよ、と呟きつつ靴を履いて立ち上がる。
思いっきり深呼吸をすると、土と新緑の匂いが入り混じった清々しい空気で肺が満たされていく。ここの空気は美味い。
「片付けしてくれてんだ。ありがとな」
「仕舞い方が分からないんでテキトーっスけど」
「いや、充分助かるよ」
ゴミなども分別してまとめてあるし、ある程度道具が一カ所にまとまっている。後は必要のない物を仕舞っていけばいい。
「康平何時起き?」
「俺は五時半っスね」
「……もしかして寝辛かったか?」
「いやいやグッスリでしたッスよ。あのコットいいスね、程よく包まれる感じで。早起きなのはいつもだからッス」
「そっか、なら良かった」
コットとは組み立て式の簡易ベッドの事だ。
キャンプで使う寝具の最下部としてはマットかコットかの二択になるのだが、コットの方が寝心地の良さで勝っている。
実際に寝てみると分かるが、それなりに厚みのあるマットでさえ地面の凹凸の影響を受ける。
下に石などあろうものなら、その出っ張りがよく分かる程に。
しかしコットは簡易ベッドというだけあって地面から浮くように作られており、寝そべる部分はかなりテンションが掛かっているものの、構造的に救急の担架、若しくはハンモックに近い。
それ故包み込まれるような寝心地で、尚且つ地面の形状を受けず安定しているのだ。
俺のようにマットで寝る事に慣れていれば問題ないが、マットを使った事の無い康平には少々キツいかと思いコットを使わせてみたのだった。
逆にマットを選択する利点としては広げるだけ、空気を入れるだけとセッティングが簡単な事、コットに比べて圧倒的に軽量でコンパクトな事が挙げられる。
コットは組み立ての煩雑さと、収納してもそれなりに嵩張る事がデメリットであるものの、キャンプで快適に眠りたいのであればコットを選択するのが正解だと思う。
「思ったんスけど炭とか薪の燃えカスとかって、持って帰るんスね。なんかよく農家で焼いたの地面に埋めとくイメージあるんスけど」
「あれは灰だからってのと、自分の土地だからだろうな。炭は地面に埋めたりしたら駄目だぞ。ずっとそのまま残るから不法投棄扱いだ」
「へえ……それでその缶みたいな奴に入れてたんスね」
炭の処理の注意点として、まず放置や水をぶっかけるような事はNGだ。炭はかなり長時間熱を発するので、寝たりして目を離すのであれば確実に消火した方がいい。
それと水をかけた程度ではまず火は消えない。水を使うなら炭を一個一個、バケツに沈める方法が良いだろう。それでも複数個入れると沸騰してしまうぐらいに炭はしぶといが。
最も確実なのは燃焼に必要な酸素を遮断する方法だ。なので康平が指差した缶、火消し壺を使う。これなら短時間で消火できるし零さずそのまま持って帰ってしまえる。
「ちなみに風切村だと炭は燃えるゴミで出せるから、ちゃんとゴミとして持って帰るんだぞ」
「ういッス」
キャンプ場によっては灰や炭のゴミ捨て場を設けている場所もあるので、そういった場所であれば消火した後捨てて良いだろう。そうでない場所であれば、必ず持って帰るのがマナーだ。
ウチでは灰捨て場を作るかは少し考え中である。
注意点など説明しながら片づけを進め、ほぼほぼ綺麗になったので手を止める。
「朝飯にするか。腹減ったろ」
「いつも朝飯早いんで結構減ってます!」
片づけず残しておいた二口ガスコンロに水を入れたケトルを乗せて沸かす。
後はもう一口空いているコンロを使いフライパンで調理だ。
六枚切りの食パンを二枚焼き始める。
「本当は焚火でやった方が雰囲気は出るんだけど……」
その場面を思い出しながら呟く。
しかし朝もそこまで気温は低くないし、今更焚火をするのも面倒なのが本音だ。冬であれば真っ先に焚火をしていた所だが。
クーラーボックスに入れてあったブロックベーコンをナイフで切り分け、手元には塩と黒胡椒、それに卵を準備だ。察しの良い人ならばこの並びで分かるだろうか。
焼き上がった食パンを更に乗せ、その後ベーコンと卵を焼く。途中で塩胡椒を振りかけて、仕上げにパンに乗せて完成だ。
「うおお! これテンション上がるっスね!」
「シンプルなのに美味そうだよなあ」
「今度は焚火でやりたいっスね。絶対やりたい! いただきまス!」
「召し上がれ。お湯も沸いたな。康平はブラック派? 甘い派?」
「うめー! あ、微糖でお願いしまス! 金のやつ!」
「缶コーヒーじゃねえよ……カフェオレにしとくな」
マグカップにスティックコーヒーを入れてお湯を注ぐ。俺はブラックの気分なのでそちらを。
「ほいよ」
「あざっス。パンとベーコンと卵。これだけなのにうめーッスね」
カフェオレを啜りつつ、康平は満足げに椅子にもたれる。
ぺろりと平らげてしまったようだ。
「そこにカップのスープ……たしかコーンとトマトのがあったはずだから、腹減ったら自分でお湯入れて飲みな」
「はい! でもま、今は大丈夫かな」
大きく溜め息を吐くようにして、空を見上げている。
「あー……なんか、いいスね。この時間」
「おっ、分かってきたか」
太陽がすっかり顔を出しており、暖かな日差しに照らされる広場を眺めていると本当にそう思う。
朝露に濡れた清々しい空気、心地良い光、素朴な飯、温かいコーヒー。これだけで満ち足りた気分になれる。
「夜も楽しかったスけど。今の方がいいなあ。なんか、こう普段の毎日から離れてるというか。こんなのんびりしてる朝、初めてかも」
康平の独り言に近い言葉に、俺は満足して頷く。
言いたい事はとても分かる。何よりも体験して欲しかったのは、非日常感なのだ。康平からすれば馴染みのある生まれ育った土地なわけで、ともすればキャンプに近い事も日常の風景の中でやっているかもしれない。
それでもキャンプの持つ独特の非日常感に浸り、それを良いものとして感じて欲しかった。
「冬の焚火はもっといいぞ。あれは……なんか魔力がある」
「へえー、昨日のは熱かったから近づかなかったスけど。でも自分で火を点けられたのは達成感あったんで楽しかったスよ」
「じゃあもっと楽しくなるよ。保証する」
「そっかあ……うん、ちょっと分かってきたかも」
どうやら俺の目論見は成功したようだ。
ここからハマるかは本人次第なわけで、後は見守るだけでいいだろう。
「うう頭いてえ……おはようさん、もう飯食った?」
「とっくに。食うか?」
「うーん……スープなら入るかな」
こめかみの辺りを押さえつつ、亀のようにゆっくりと匠が出てきた。
「あー……二日酔いだチクショウ」
「タクミ君、結局おっさんコンビと飲んでましたもんね」
「焼酎飲んだからなあ。あーやっちまった」
「記憶飛ばしてないだけマシだったよ。ほら、トマトスープ」
チェアに座り苦しそうに体を捩る匠の前にお湯を注いだスープを置いてやる。
ビールをしこたま飲んだ後、あの宴会でおっさんとじーさんとで酒盛りをしていたのだ。
匠は特に喫煙家コンビとして山爺とは仲が良い。妖怪もタバコの煙を嫌う者が多いので、唯一理解し合える存在として仲が深まったらしかった。
あのボケじじい、俺と康平の事は有象無象にしか見えていないようだが匠の事だけはバッチリ認識している。
煙で繋がる絆があるんだな、と匠が満足げに頷いていたが全く理解できない話だった。
「ゆっくり撤収するか。匠は今日は使い物にならないだろうし」
「うっせー……うー……」
「そのハンモックで寝てた方がいいんじゃないスか?」
「水飲んで寝とけ。康平コーヒーいる?」
「あ、じゃあブラックの方で!」
それならば、と思い立ち上がる。
時間はたっぷりあるのだ。美味いコーヒーを飲ませてやろう。
自分の中で一番と考えている豆と、一式の道具は持ってきてある。
康平よ、挽き立てコーヒーの美味さに絶望し打ち震えるがいい。
不敵な笑いを浮かべつつ道具箱を漁りに行く。
これでキャンプ沼に嵌った仲間が増えたと確信を持ちながら、清々しい朝の山での時間は過ぎていく。
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