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5-1 受けた恩は、与えた恩より大きく感じる。
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聞き慣れた電子音で意識が覚醒する。
うっすら目を開けると室内に陽の光が入ってきており、スマホのアラームも相まって朝が来た事を自覚した。
緩慢な動きで手を伸ばしスマホのアイコンをタッチすると、バイブレーションと共に騒いでいた音が鳴り止む。
静寂を取り戻し大きく一息吐いた。
時計を見ると九時四十二分。
気怠い体をベッドから引き剥がすように身を起こし、欠伸を一つ。
連日の伐採作業の疲れがまだまだ体に残っていた。最初の頃のような凄まじい筋肉痛に苛まれる事はなくなったものの、それでも疲労感は拭えない。
連続十一日間作業を行ったので、今日は休息日にしようと二人で決めていた。なのでスマホの目覚ましもここまで時間を遅らせたのだ。
……もうちょっと寝てたいけど。
しかし午前中に動けないとその日一日ダラダラと過ごしてしまうのが俺の悪い癖で、このまま二度寝に入ったら夕方まで寝ていられる自信がある。
ついでにここ最近億劫になっていて洗濯物も随分と溜まってしまっていた。今日は朝から干さなければ。
今尚あるベッドに寝そべりたいという欲求を振りきり、足を外に投げ出し起き上がった。
ダイニングキッチン……と言えば聞こえは良いが、昔ながらの小汚い広めの台所の我が家。来てみるとまだ匠の姿は無かった。
……今日は俺が朝飯作るか。
匠との共同生活も伐採作業と同じだけの日数が過ぎたが、少しずつ二人の間のルールが出来てきた。
まず、朝早く起きた方が朝食を作り、遅い方が洗濯やゴミ出し等する事。昼の弁当も作りたい所だが全く手が回らないので、毎日昼は降りてきてニッコリマートのお世話になっている。
大五郎のおっさんが居ると勝手に食われてしまうので、昼ぐらいは少し山から離れるのも良いと思い始めていた。
晩飯は朝作らなかった方が担当。しかし二人とも疲れ切っており、冷凍食品かカップ麺ばかり食べてしまっており、こればかりは非常によろしくないと思っていた。
とりあえず洗濯機だけ回しておき、干す担当は匠に任せる事にする。あともう一回は回さなくちゃいけないぐらい溜まってるな。
台所に立ち、適当にある物を物色する。
……うん、鮭の切り身あるし、これを焼いてあとはカップ味噌汁と貰い物の漬物で良いかもな。米だけは炊かなきゃいけないのでそちらが優先だ。卵もあるから俺は卵かけご飯にしよう。
今夜と明日朝は帰ってこないから、一合とちょっとでいいかな。と米を出しながら思い、研いで炊飯器のスイッチを入れる。
すると洗濯機の回る音で目が覚めたのか、足音と板が軋む音が廊下から聞こえてきた。築百年近く経つ古民家なわけで、あちこちが相当傷んでいる。特に床はどこもかしこも剥げており、軋まない場所を探す方が難しいぐらいだった。
「おはようさん、悪いな。昨日も飯作ってもらったのに」
「いいよ、お互い疲れてるから。でも今日は洗濯頼む」
「うい。……あー、体まだバッキバキだよ」
と伸びをしながら席に着き、スマホを弄り始める。
「茶でも飲むか?」
「もらう。でも先に顔洗って糞してくるわ」
「ごゆっくりー」
大きく欠伸を掻きながら匠は洗面所の方に消え、俺は急須を取り出しお茶を淹れる事にする。ついでにテーブルの上にある小分け包装された煎餅を一枚手に取る。
朝動いて思ったが、腹が減っている。ここ最近は朝の七時台に朝食を食べていたのでこの時間まで何も食べていないと腹が空くようになっていた。
……社畜時代は朝飯なんか摂った事無かったんだけどな、と思わず苦笑いする。
終盤の人員削減の大号令が掛かった頃など、店長なのにほぼ厨房から出れらず、他の管理業務や事務作業は寝る時間を削ってやっていた。よくあんな状態で半年もやっていたよな……まあ、ぶっ倒れたから保たなかったわけだけど。
終わりの見えない地獄の二十四時間マラソンのようなあの頃に思いを馳せ、その時に比べたら今は何て健全な事か。
朝は日の出と共に起き出して飯を食い、合間合間に休憩を挟んで昼飯食って、そんで日の入りと共に帰り眠る。当たり前の人間らしい生活を送れている。
毎朝朝食を食べる、というのは匠の提案だった。
食自体に頓着の無かった俺は、匠が来るまでのこの二カ月程は節約の為にと、ほとんど一食か二食程度しか食わない生活を送っていた。
在宅がメインのフリーランスという事で不摂生なイメージを持っていたが、意外にも匠は規則正しい生活を好んでいた。
三食しっかり食べないと頭も働かないし体も動かない、夜も睡眠はしっかりと摂る。そういう基礎ができていないとどこかで崩れるぞ、と呆れた様子で言われたのだった。
匠の言う通り、この十日程は今まで経験した事の無い重労働をしているが、身体自体は充足している気がしている。
ちゃんとエネルギーを摂取し、そして一日の内にしっかりと消費する。そのサイクルができているからだろう、と勝手に思っていた。
疲労は濃いが、動けなくなるような事は無い。
こんな当たり前の事ができるようになるだけで、随分と変わるものだ。
米もあと三十分程度で炊き上がる。鮭の切り身を焼いておくか。
一口茶を啜った後、再びキッチンに向き直った。
うっすら目を開けると室内に陽の光が入ってきており、スマホのアラームも相まって朝が来た事を自覚した。
緩慢な動きで手を伸ばしスマホのアイコンをタッチすると、バイブレーションと共に騒いでいた音が鳴り止む。
静寂を取り戻し大きく一息吐いた。
時計を見ると九時四十二分。
気怠い体をベッドから引き剥がすように身を起こし、欠伸を一つ。
連日の伐採作業の疲れがまだまだ体に残っていた。最初の頃のような凄まじい筋肉痛に苛まれる事はなくなったものの、それでも疲労感は拭えない。
連続十一日間作業を行ったので、今日は休息日にしようと二人で決めていた。なのでスマホの目覚ましもここまで時間を遅らせたのだ。
……もうちょっと寝てたいけど。
しかし午前中に動けないとその日一日ダラダラと過ごしてしまうのが俺の悪い癖で、このまま二度寝に入ったら夕方まで寝ていられる自信がある。
ついでにここ最近億劫になっていて洗濯物も随分と溜まってしまっていた。今日は朝から干さなければ。
今尚あるベッドに寝そべりたいという欲求を振りきり、足を外に投げ出し起き上がった。
ダイニングキッチン……と言えば聞こえは良いが、昔ながらの小汚い広めの台所の我が家。来てみるとまだ匠の姿は無かった。
……今日は俺が朝飯作るか。
匠との共同生活も伐採作業と同じだけの日数が過ぎたが、少しずつ二人の間のルールが出来てきた。
まず、朝早く起きた方が朝食を作り、遅い方が洗濯やゴミ出し等する事。昼の弁当も作りたい所だが全く手が回らないので、毎日昼は降りてきてニッコリマートのお世話になっている。
大五郎のおっさんが居ると勝手に食われてしまうので、昼ぐらいは少し山から離れるのも良いと思い始めていた。
晩飯は朝作らなかった方が担当。しかし二人とも疲れ切っており、冷凍食品かカップ麺ばかり食べてしまっており、こればかりは非常によろしくないと思っていた。
とりあえず洗濯機だけ回しておき、干す担当は匠に任せる事にする。あともう一回は回さなくちゃいけないぐらい溜まってるな。
台所に立ち、適当にある物を物色する。
……うん、鮭の切り身あるし、これを焼いてあとはカップ味噌汁と貰い物の漬物で良いかもな。米だけは炊かなきゃいけないのでそちらが優先だ。卵もあるから俺は卵かけご飯にしよう。
今夜と明日朝は帰ってこないから、一合とちょっとでいいかな。と米を出しながら思い、研いで炊飯器のスイッチを入れる。
すると洗濯機の回る音で目が覚めたのか、足音と板が軋む音が廊下から聞こえてきた。築百年近く経つ古民家なわけで、あちこちが相当傷んでいる。特に床はどこもかしこも剥げており、軋まない場所を探す方が難しいぐらいだった。
「おはようさん、悪いな。昨日も飯作ってもらったのに」
「いいよ、お互い疲れてるから。でも今日は洗濯頼む」
「うい。……あー、体まだバッキバキだよ」
と伸びをしながら席に着き、スマホを弄り始める。
「茶でも飲むか?」
「もらう。でも先に顔洗って糞してくるわ」
「ごゆっくりー」
大きく欠伸を掻きながら匠は洗面所の方に消え、俺は急須を取り出しお茶を淹れる事にする。ついでにテーブルの上にある小分け包装された煎餅を一枚手に取る。
朝動いて思ったが、腹が減っている。ここ最近は朝の七時台に朝食を食べていたのでこの時間まで何も食べていないと腹が空くようになっていた。
……社畜時代は朝飯なんか摂った事無かったんだけどな、と思わず苦笑いする。
終盤の人員削減の大号令が掛かった頃など、店長なのにほぼ厨房から出れらず、他の管理業務や事務作業は寝る時間を削ってやっていた。よくあんな状態で半年もやっていたよな……まあ、ぶっ倒れたから保たなかったわけだけど。
終わりの見えない地獄の二十四時間マラソンのようなあの頃に思いを馳せ、その時に比べたら今は何て健全な事か。
朝は日の出と共に起き出して飯を食い、合間合間に休憩を挟んで昼飯食って、そんで日の入りと共に帰り眠る。当たり前の人間らしい生活を送れている。
毎朝朝食を食べる、というのは匠の提案だった。
食自体に頓着の無かった俺は、匠が来るまでのこの二カ月程は節約の為にと、ほとんど一食か二食程度しか食わない生活を送っていた。
在宅がメインのフリーランスという事で不摂生なイメージを持っていたが、意外にも匠は規則正しい生活を好んでいた。
三食しっかり食べないと頭も働かないし体も動かない、夜も睡眠はしっかりと摂る。そういう基礎ができていないとどこかで崩れるぞ、と呆れた様子で言われたのだった。
匠の言う通り、この十日程は今まで経験した事の無い重労働をしているが、身体自体は充足している気がしている。
ちゃんとエネルギーを摂取し、そして一日の内にしっかりと消費する。そのサイクルができているからだろう、と勝手に思っていた。
疲労は濃いが、動けなくなるような事は無い。
こんな当たり前の事ができるようになるだけで、随分と変わるものだ。
米もあと三十分程度で炊き上がる。鮭の切り身を焼いておくか。
一口茶を啜った後、再びキッチンに向き直った。
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