26 / 94
4-6
しおりを挟む
「それじゃ試しにこいつ切ってみるか」
と指差した方向には笹に包まれた木立の一本。
「まずは周りの邪魔な笹やら草からだな。鎌で切ってもいいが相当切れ味が良くなきゃ刃が止まっちまう。出来れば鋸が良いが……さっき見せた鋸は刃が細か過ぎて向かねえな」
「枝切り用の鋸も持ってきた。これならどう?」
「おう、いいぞ。これぐらい粗くなきゃな」
ホームセンターで買ってきていた鋸を手渡すと満足そうに頷くおっさん。
木工用と伐採用では刃が違うのだ。
具体的には、木工用は刃が薄く目が細かい。これは綺麗に切断するためだが刃を往復する回数が多くなる。
対して伐採用は刃に厚みがあり目が粗い。こちらの方が荒っぽく切れるし刃も止まりにくいとの事だ。切断面も粗くなるため木工には向かない。
とりあえず鋸は二本用意しておいたので、俺とおっさんが切る役を、匠は切り出した廃材を運ぶ役で動き出す。
そして動き出してからが早かった。小一時間程で木立の周囲が綺麗になったのだ。
特別な事は何もしていない。理由は単純。
おっさんが俺の三倍以上動いてくれたからだった。
とにかく手が止まらない。それでいて素早く、綺麗に舐め取るように切っていく。
俺はと言えば長時間屈んでいる事で腰が痛くなったり、手が怠くなったりする度に小休止となり、その度に大五郎のおっさんの仕事ぶりを見て感服させられたものだった。
さすが元木こり……いや、今も木こりの妖怪か。まだ本職である木の切り出しはしていないが、その前段階たる草刈りでも腕の差が歴然である事を実感する。
匠も楽な仕事だと鼻歌混じりだったのが、おっさんの切り出すスピードが速過ぎてひっきりなしに往復する羽目になり、終わるころには汗だくになっていた。
「こんなもんか。んじゃ次は切るか……ってお前らどうした? もうへばったか?」
黙々と手を進めていたおっさんだったが、ふと俺達の様子に気付き怪訝そうな表情を浮かべる。
俺達からすれば十分な重労働だったが、それよりも動いていたおっさんの方が余裕そうだ。
「ちょっと、休憩、いいスか」
と匠はすっかりくたびれた様子で提案する。俺も腰が痛いし腕に乳酸が溜まっている感覚がある。
ここらで休みたいのが本音だ。
「だらしねえなあ、こんなんで休憩してたら日が暮れちまうぞ」
「うるせえ、妖怪と一緒にすんな」
匠の文句と共に「そうだそうだー」と野次を乗せる。
「それもそうか……って、んな事あねえよ。俺が仕事してる時休む時っつったら飯食う時だけだぞ。おら二人とも切り方教えてやるから座ってんじゃねえ!」
「労働者を守れー、働き方改革だー」
「そうだそうだー」
「うるせえ! 知るか!」
すっかり仕事モードに入っている大五郎のおっさんは、普段の豪快で朗らかな性格が鳴りを潜めているようだった。
人間だった時もこんな感じだったのだろうか。
おっさんが明らかに不機嫌そうだったので小瓶の日本酒を渡し、俺と匠も水分補給を兼ねて小休止する。
酒を出すと途端に機嫌が良くなったので、おっさん相手にはこの手は使えそうだ。
聞けば仕事中に酒を飲みながらやっていた記憶があるらしく、今の時代では考えられない事だ。
他の酒も出せと凄んできたが、そこは仕事の歩合制だと言ってやった。
「そんじゃやるぞ。まあ見とけ」
匠と二人並んで木の前に立ち、俺の持ってきた手斧を構えて木の幹を触るおっさん。ここらか、と呟くと迷いなく斧を打ち付ける。
鈍い音と共に木の幹が抉れていき、斧を叩きつける度に辺りに木片が飛び散っていく。
俺も薪割りで斧を使うから分かるが、こんなに一振り一振りで繊維の横方向に大きく切れない。
ましてや相手は生木で水分も潤沢に吸っている状態なのだ。
その難易度は枯れてカラカラに乾燥させた薪と比較にならない程だ。
それに打つ場所も正確。ブレる事なく同じ位置に斧を打ち付けている。
俺がやったら一振り毎に手元がブレてしまい、バラバラな箇所に斧を当ててしまうだろう。
……これが職人の技ってやつか。
数分程度でおっさんは手を止めると、三角形の切り口が出来上がっていた。深さは木の幹の三分の一から四分の一程度だろうか。
「これが受け口ってやつだ。今切り込みを入れた方向に木が倒れる」
指差す方向を見ると笹やら草やらを撤去した範囲で、よくみ見ると直線状に草が積まれている。
開いた範囲も丁度木の長さと同じ五メートル程であり、おっさんがここまで見越して草刈りをしていたのだと初めて理解できた。
「反対側からまた切っていく。受け口の方向には立つなよ」
そうしてまたおなじようにおっさんは斧を打ち付けていく。小気味の良いリズミカルな音と共に、真っ白な木片が飛び散っていく。
と、途中で手を止めて斧を見始めた。どうやら刃先が気になっているようだが。
「涼介、この斧いつ研いだ?」
「あー……去年……かな?」
「もっと手入れしとけ。それに研ぎ方が雑だ。仕事道具は一生もんなんだからよ、大事にしろ」
「精進します……」
おっさんの叱責に小さくなる気分だ。
「なんか、今の話聞くと”日本人”って感じだよな。大五郎のおっさん」
「ん?……ああ、確かに」
匠の呟きに、斧を置き鋸で切り始めたおっさんを見ながら頷く。
「物を大切にする」という精神は日本人に深く根付いているものだとは、現代においてよく聞く話だ。
おっさんの生きていた頃を想像するに、仕事で使う道具は代々引き継いだり、新たに購入した物にしても生涯を掛けて大切したのだと思う。
故に道具には煩いし、手入れが行き届いていない所を見ると歯痒いのかもしれない。
ぶつぶつと切れ味が悪いだの刃が薄いだの文句を垂れながらも、瞬く間に切り込みを進めていくおっさん。
これまで声だけデカくて大人げなくて、図々しくてがめつい中年だとしか思っていなかったが、改めて過去の時代を生きた先人として、また人生の大先輩として尊敬の念が胸に湧くのを感じる。
と指差した方向には笹に包まれた木立の一本。
「まずは周りの邪魔な笹やら草からだな。鎌で切ってもいいが相当切れ味が良くなきゃ刃が止まっちまう。出来れば鋸が良いが……さっき見せた鋸は刃が細か過ぎて向かねえな」
「枝切り用の鋸も持ってきた。これならどう?」
「おう、いいぞ。これぐらい粗くなきゃな」
ホームセンターで買ってきていた鋸を手渡すと満足そうに頷くおっさん。
木工用と伐採用では刃が違うのだ。
具体的には、木工用は刃が薄く目が細かい。これは綺麗に切断するためだが刃を往復する回数が多くなる。
対して伐採用は刃に厚みがあり目が粗い。こちらの方が荒っぽく切れるし刃も止まりにくいとの事だ。切断面も粗くなるため木工には向かない。
とりあえず鋸は二本用意しておいたので、俺とおっさんが切る役を、匠は切り出した廃材を運ぶ役で動き出す。
そして動き出してからが早かった。小一時間程で木立の周囲が綺麗になったのだ。
特別な事は何もしていない。理由は単純。
おっさんが俺の三倍以上動いてくれたからだった。
とにかく手が止まらない。それでいて素早く、綺麗に舐め取るように切っていく。
俺はと言えば長時間屈んでいる事で腰が痛くなったり、手が怠くなったりする度に小休止となり、その度に大五郎のおっさんの仕事ぶりを見て感服させられたものだった。
さすが元木こり……いや、今も木こりの妖怪か。まだ本職である木の切り出しはしていないが、その前段階たる草刈りでも腕の差が歴然である事を実感する。
匠も楽な仕事だと鼻歌混じりだったのが、おっさんの切り出すスピードが速過ぎてひっきりなしに往復する羽目になり、終わるころには汗だくになっていた。
「こんなもんか。んじゃ次は切るか……ってお前らどうした? もうへばったか?」
黙々と手を進めていたおっさんだったが、ふと俺達の様子に気付き怪訝そうな表情を浮かべる。
俺達からすれば十分な重労働だったが、それよりも動いていたおっさんの方が余裕そうだ。
「ちょっと、休憩、いいスか」
と匠はすっかりくたびれた様子で提案する。俺も腰が痛いし腕に乳酸が溜まっている感覚がある。
ここらで休みたいのが本音だ。
「だらしねえなあ、こんなんで休憩してたら日が暮れちまうぞ」
「うるせえ、妖怪と一緒にすんな」
匠の文句と共に「そうだそうだー」と野次を乗せる。
「それもそうか……って、んな事あねえよ。俺が仕事してる時休む時っつったら飯食う時だけだぞ。おら二人とも切り方教えてやるから座ってんじゃねえ!」
「労働者を守れー、働き方改革だー」
「そうだそうだー」
「うるせえ! 知るか!」
すっかり仕事モードに入っている大五郎のおっさんは、普段の豪快で朗らかな性格が鳴りを潜めているようだった。
人間だった時もこんな感じだったのだろうか。
おっさんが明らかに不機嫌そうだったので小瓶の日本酒を渡し、俺と匠も水分補給を兼ねて小休止する。
酒を出すと途端に機嫌が良くなったので、おっさん相手にはこの手は使えそうだ。
聞けば仕事中に酒を飲みながらやっていた記憶があるらしく、今の時代では考えられない事だ。
他の酒も出せと凄んできたが、そこは仕事の歩合制だと言ってやった。
「そんじゃやるぞ。まあ見とけ」
匠と二人並んで木の前に立ち、俺の持ってきた手斧を構えて木の幹を触るおっさん。ここらか、と呟くと迷いなく斧を打ち付ける。
鈍い音と共に木の幹が抉れていき、斧を叩きつける度に辺りに木片が飛び散っていく。
俺も薪割りで斧を使うから分かるが、こんなに一振り一振りで繊維の横方向に大きく切れない。
ましてや相手は生木で水分も潤沢に吸っている状態なのだ。
その難易度は枯れてカラカラに乾燥させた薪と比較にならない程だ。
それに打つ場所も正確。ブレる事なく同じ位置に斧を打ち付けている。
俺がやったら一振り毎に手元がブレてしまい、バラバラな箇所に斧を当ててしまうだろう。
……これが職人の技ってやつか。
数分程度でおっさんは手を止めると、三角形の切り口が出来上がっていた。深さは木の幹の三分の一から四分の一程度だろうか。
「これが受け口ってやつだ。今切り込みを入れた方向に木が倒れる」
指差す方向を見ると笹やら草やらを撤去した範囲で、よくみ見ると直線状に草が積まれている。
開いた範囲も丁度木の長さと同じ五メートル程であり、おっさんがここまで見越して草刈りをしていたのだと初めて理解できた。
「反対側からまた切っていく。受け口の方向には立つなよ」
そうしてまたおなじようにおっさんは斧を打ち付けていく。小気味の良いリズミカルな音と共に、真っ白な木片が飛び散っていく。
と、途中で手を止めて斧を見始めた。どうやら刃先が気になっているようだが。
「涼介、この斧いつ研いだ?」
「あー……去年……かな?」
「もっと手入れしとけ。それに研ぎ方が雑だ。仕事道具は一生もんなんだからよ、大事にしろ」
「精進します……」
おっさんの叱責に小さくなる気分だ。
「なんか、今の話聞くと”日本人”って感じだよな。大五郎のおっさん」
「ん?……ああ、確かに」
匠の呟きに、斧を置き鋸で切り始めたおっさんを見ながら頷く。
「物を大切にする」という精神は日本人に深く根付いているものだとは、現代においてよく聞く話だ。
おっさんの生きていた頃を想像するに、仕事で使う道具は代々引き継いだり、新たに購入した物にしても生涯を掛けて大切したのだと思う。
故に道具には煩いし、手入れが行き届いていない所を見ると歯痒いのかもしれない。
ぶつぶつと切れ味が悪いだの刃が薄いだの文句を垂れながらも、瞬く間に切り込みを進めていくおっさん。
これまで声だけデカくて大人げなくて、図々しくてがめつい中年だとしか思っていなかったが、改めて過去の時代を生きた先人として、また人生の大先輩として尊敬の念が胸に湧くのを感じる。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~
束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。
八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。
けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。
ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。
神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。
薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。
何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。
鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。
とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる