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「それじゃ試しにこいつ切ってみるか」
と指差した方向には笹に包まれた木立の一本。
「まずは周りの邪魔な笹やら草からだな。鎌で切ってもいいが相当切れ味が良くなきゃ刃が止まっちまう。出来れば鋸が良いが……さっき見せた鋸は刃が細か過ぎて向かねえな」
「枝切り用の鋸も持ってきた。これならどう?」
「おう、いいぞ。これぐらい粗くなきゃな」
ホームセンターで買ってきていた鋸を手渡すと満足そうに頷くおっさん。
木工用と伐採用では刃が違うのだ。
具体的には、木工用は刃が薄く目が細かい。これは綺麗に切断するためだが刃を往復する回数が多くなる。
対して伐採用は刃に厚みがあり目が粗い。こちらの方が荒っぽく切れるし刃も止まりにくいとの事だ。切断面も粗くなるため木工には向かない。
とりあえず鋸は二本用意しておいたので、俺とおっさんが切る役を、匠は切り出した廃材を運ぶ役で動き出す。
そして動き出してからが早かった。小一時間程で木立の周囲が綺麗になったのだ。
特別な事は何もしていない。理由は単純。
おっさんが俺の三倍以上動いてくれたからだった。
とにかく手が止まらない。それでいて素早く、綺麗に舐め取るように切っていく。
俺はと言えば長時間屈んでいる事で腰が痛くなったり、手が怠くなったりする度に小休止となり、その度に大五郎のおっさんの仕事ぶりを見て感服させられたものだった。
さすが元木こり……いや、今も木こりの妖怪か。まだ本職である木の切り出しはしていないが、その前段階たる草刈りでも腕の差が歴然である事を実感する。
匠も楽な仕事だと鼻歌混じりだったのが、おっさんの切り出すスピードが速過ぎてひっきりなしに往復する羽目になり、終わるころには汗だくになっていた。
「こんなもんか。んじゃ次は切るか……ってお前らどうした? もうへばったか?」
黙々と手を進めていたおっさんだったが、ふと俺達の様子に気付き怪訝そうな表情を浮かべる。
俺達からすれば十分な重労働だったが、それよりも動いていたおっさんの方が余裕そうだ。
「ちょっと、休憩、いいスか」
と匠はすっかりくたびれた様子で提案する。俺も腰が痛いし腕に乳酸が溜まっている感覚がある。
ここらで休みたいのが本音だ。
「だらしねえなあ、こんなんで休憩してたら日が暮れちまうぞ」
「うるせえ、妖怪と一緒にすんな」
匠の文句と共に「そうだそうだー」と野次を乗せる。
「それもそうか……って、んな事あねえよ。俺が仕事してる時休む時っつったら飯食う時だけだぞ。おら二人とも切り方教えてやるから座ってんじゃねえ!」
「労働者を守れー、働き方改革だー」
「そうだそうだー」
「うるせえ! 知るか!」
すっかり仕事モードに入っている大五郎のおっさんは、普段の豪快で朗らかな性格が鳴りを潜めているようだった。
人間だった時もこんな感じだったのだろうか。
おっさんが明らかに不機嫌そうだったので小瓶の日本酒を渡し、俺と匠も水分補給を兼ねて小休止する。
酒を出すと途端に機嫌が良くなったので、おっさん相手にはこの手は使えそうだ。
聞けば仕事中に酒を飲みながらやっていた記憶があるらしく、今の時代では考えられない事だ。
他の酒も出せと凄んできたが、そこは仕事の歩合制だと言ってやった。
「そんじゃやるぞ。まあ見とけ」
匠と二人並んで木の前に立ち、俺の持ってきた手斧を構えて木の幹を触るおっさん。ここらか、と呟くと迷いなく斧を打ち付ける。
鈍い音と共に木の幹が抉れていき、斧を叩きつける度に辺りに木片が飛び散っていく。
俺も薪割りで斧を使うから分かるが、こんなに一振り一振りで繊維の横方向に大きく切れない。
ましてや相手は生木で水分も潤沢に吸っている状態なのだ。
その難易度は枯れてカラカラに乾燥させた薪と比較にならない程だ。
それに打つ場所も正確。ブレる事なく同じ位置に斧を打ち付けている。
俺がやったら一振り毎に手元がブレてしまい、バラバラな箇所に斧を当ててしまうだろう。
……これが職人の技ってやつか。
数分程度でおっさんは手を止めると、三角形の切り口が出来上がっていた。深さは木の幹の三分の一から四分の一程度だろうか。
「これが受け口ってやつだ。今切り込みを入れた方向に木が倒れる」
指差す方向を見ると笹やら草やらを撤去した範囲で、よくみ見ると直線状に草が積まれている。
開いた範囲も丁度木の長さと同じ五メートル程であり、おっさんがここまで見越して草刈りをしていたのだと初めて理解できた。
「反対側からまた切っていく。受け口の方向には立つなよ」
そうしてまたおなじようにおっさんは斧を打ち付けていく。小気味の良いリズミカルな音と共に、真っ白な木片が飛び散っていく。
と、途中で手を止めて斧を見始めた。どうやら刃先が気になっているようだが。
「涼介、この斧いつ研いだ?」
「あー……去年……かな?」
「もっと手入れしとけ。それに研ぎ方が雑だ。仕事道具は一生もんなんだからよ、大事にしろ」
「精進します……」
おっさんの叱責に小さくなる気分だ。
「なんか、今の話聞くと”日本人”って感じだよな。大五郎のおっさん」
「ん?……ああ、確かに」
匠の呟きに、斧を置き鋸で切り始めたおっさんを見ながら頷く。
「物を大切にする」という精神は日本人に深く根付いているものだとは、現代においてよく聞く話だ。
おっさんの生きていた頃を想像するに、仕事で使う道具は代々引き継いだり、新たに購入した物にしても生涯を掛けて大切したのだと思う。
故に道具には煩いし、手入れが行き届いていない所を見ると歯痒いのかもしれない。
ぶつぶつと切れ味が悪いだの刃が薄いだの文句を垂れながらも、瞬く間に切り込みを進めていくおっさん。
これまで声だけデカくて大人げなくて、図々しくてがめつい中年だとしか思っていなかったが、改めて過去の時代を生きた先人として、また人生の大先輩として尊敬の念が胸に湧くのを感じる。
と指差した方向には笹に包まれた木立の一本。
「まずは周りの邪魔な笹やら草からだな。鎌で切ってもいいが相当切れ味が良くなきゃ刃が止まっちまう。出来れば鋸が良いが……さっき見せた鋸は刃が細か過ぎて向かねえな」
「枝切り用の鋸も持ってきた。これならどう?」
「おう、いいぞ。これぐらい粗くなきゃな」
ホームセンターで買ってきていた鋸を手渡すと満足そうに頷くおっさん。
木工用と伐採用では刃が違うのだ。
具体的には、木工用は刃が薄く目が細かい。これは綺麗に切断するためだが刃を往復する回数が多くなる。
対して伐採用は刃に厚みがあり目が粗い。こちらの方が荒っぽく切れるし刃も止まりにくいとの事だ。切断面も粗くなるため木工には向かない。
とりあえず鋸は二本用意しておいたので、俺とおっさんが切る役を、匠は切り出した廃材を運ぶ役で動き出す。
そして動き出してからが早かった。小一時間程で木立の周囲が綺麗になったのだ。
特別な事は何もしていない。理由は単純。
おっさんが俺の三倍以上動いてくれたからだった。
とにかく手が止まらない。それでいて素早く、綺麗に舐め取るように切っていく。
俺はと言えば長時間屈んでいる事で腰が痛くなったり、手が怠くなったりする度に小休止となり、その度に大五郎のおっさんの仕事ぶりを見て感服させられたものだった。
さすが元木こり……いや、今も木こりの妖怪か。まだ本職である木の切り出しはしていないが、その前段階たる草刈りでも腕の差が歴然である事を実感する。
匠も楽な仕事だと鼻歌混じりだったのが、おっさんの切り出すスピードが速過ぎてひっきりなしに往復する羽目になり、終わるころには汗だくになっていた。
「こんなもんか。んじゃ次は切るか……ってお前らどうした? もうへばったか?」
黙々と手を進めていたおっさんだったが、ふと俺達の様子に気付き怪訝そうな表情を浮かべる。
俺達からすれば十分な重労働だったが、それよりも動いていたおっさんの方が余裕そうだ。
「ちょっと、休憩、いいスか」
と匠はすっかりくたびれた様子で提案する。俺も腰が痛いし腕に乳酸が溜まっている感覚がある。
ここらで休みたいのが本音だ。
「だらしねえなあ、こんなんで休憩してたら日が暮れちまうぞ」
「うるせえ、妖怪と一緒にすんな」
匠の文句と共に「そうだそうだー」と野次を乗せる。
「それもそうか……って、んな事あねえよ。俺が仕事してる時休む時っつったら飯食う時だけだぞ。おら二人とも切り方教えてやるから座ってんじゃねえ!」
「労働者を守れー、働き方改革だー」
「そうだそうだー」
「うるせえ! 知るか!」
すっかり仕事モードに入っている大五郎のおっさんは、普段の豪快で朗らかな性格が鳴りを潜めているようだった。
人間だった時もこんな感じだったのだろうか。
おっさんが明らかに不機嫌そうだったので小瓶の日本酒を渡し、俺と匠も水分補給を兼ねて小休止する。
酒を出すと途端に機嫌が良くなったので、おっさん相手にはこの手は使えそうだ。
聞けば仕事中に酒を飲みながらやっていた記憶があるらしく、今の時代では考えられない事だ。
他の酒も出せと凄んできたが、そこは仕事の歩合制だと言ってやった。
「そんじゃやるぞ。まあ見とけ」
匠と二人並んで木の前に立ち、俺の持ってきた手斧を構えて木の幹を触るおっさん。ここらか、と呟くと迷いなく斧を打ち付ける。
鈍い音と共に木の幹が抉れていき、斧を叩きつける度に辺りに木片が飛び散っていく。
俺も薪割りで斧を使うから分かるが、こんなに一振り一振りで繊維の横方向に大きく切れない。
ましてや相手は生木で水分も潤沢に吸っている状態なのだ。
その難易度は枯れてカラカラに乾燥させた薪と比較にならない程だ。
それに打つ場所も正確。ブレる事なく同じ位置に斧を打ち付けている。
俺がやったら一振り毎に手元がブレてしまい、バラバラな箇所に斧を当ててしまうだろう。
……これが職人の技ってやつか。
数分程度でおっさんは手を止めると、三角形の切り口が出来上がっていた。深さは木の幹の三分の一から四分の一程度だろうか。
「これが受け口ってやつだ。今切り込みを入れた方向に木が倒れる」
指差す方向を見ると笹やら草やらを撤去した範囲で、よくみ見ると直線状に草が積まれている。
開いた範囲も丁度木の長さと同じ五メートル程であり、おっさんがここまで見越して草刈りをしていたのだと初めて理解できた。
「反対側からまた切っていく。受け口の方向には立つなよ」
そうしてまたおなじようにおっさんは斧を打ち付けていく。小気味の良いリズミカルな音と共に、真っ白な木片が飛び散っていく。
と、途中で手を止めて斧を見始めた。どうやら刃先が気になっているようだが。
「涼介、この斧いつ研いだ?」
「あー……去年……かな?」
「もっと手入れしとけ。それに研ぎ方が雑だ。仕事道具は一生もんなんだからよ、大事にしろ」
「精進します……」
おっさんの叱責に小さくなる気分だ。
「なんか、今の話聞くと”日本人”って感じだよな。大五郎のおっさん」
「ん?……ああ、確かに」
匠の呟きに、斧を置き鋸で切り始めたおっさんを見ながら頷く。
「物を大切にする」という精神は日本人に深く根付いているものだとは、現代においてよく聞く話だ。
おっさんの生きていた頃を想像するに、仕事で使う道具は代々引き継いだり、新たに購入した物にしても生涯を掛けて大切したのだと思う。
故に道具には煩いし、手入れが行き届いていない所を見ると歯痒いのかもしれない。
ぶつぶつと切れ味が悪いだの刃が薄いだの文句を垂れながらも、瞬く間に切り込みを進めていくおっさん。
これまで声だけデカくて大人げなくて、図々しくてがめつい中年だとしか思っていなかったが、改めて過去の時代を生きた先人として、また人生の大先輩として尊敬の念が胸に湧くのを感じる。
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