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「いやあ、このビール美味いな」
「クラフトなんスよ、隣の町で作ってるやつで。ね、マスター」
康平がジョッキを挙げて呼びかけるとひょっこりとマスターが顔を出す。
「美味しいでしょう、僕も気に入っててね。おかわりは要るかい?」
「二つお願いしまッス」
「ちょっと待ってて」
と奥に引っ込んでいく。
「俺もこれの次もらおうかな」
と中身が三分の一程あるジョッキをカラカラと振る。
「涼介はダメだ」
「リョースケ君は禁止」
「なんでだよ!?」
「そりゃあ乾杯の時に裏切ったからだよ。なー? 康平?」
「そっスよ、最初はビールでしょ普通。ねー? マスター?」
「そうだね、僕も涼介君にはこのビール飲ませる気にならないなあ。はい、お待ちどう様」
「えっ、マスターも!? 俺何かしました!?」
何故か三対一の圧倒的な不利な構図が出来ており、否決されてしまう。
民主主義とは少数派を黙殺してしまうものなのか。俺の自由はどこにある。
「二人共よろしく。康平君と内田建設さんにはお世話になっております」
と、深々と頭を下げるマスター。
長い後ろ髪を襟足の辺りで結っており、頬に届く前髪はセンター分けをしている。店が暗くイマイチ分からないが、髪色はアッシュグレーのような色合いだ。
白シャツに黒のベストでシルバーのループタイを巻き、黒のスラックスに革靴と前掛けのようなエプロンを身にまとっており、着慣れた様子でとても似合っている。
背は高く康平と並ぶぐらいありそうで、身長に比して小顔なので、まるでモデルのような体型だ。
整った顔立ちで柔和な笑顔を浮かべ、見ようによっては俺よりも若くも見える。しかし落ち着いた物腰から年上のようにも思えるし、なんだか不思議な雰囲気の人だ。
「藤沢 匠と言います。今日からここに越してきました」
「土井 涼介です。出戻りで二月の半ば辺りに」
「おや、そうなんですか。じゃあ僕の方がこの村では少し先輩になりますね。僕は”壬生 誠一(みぶ せいいち)”と申します」
名乗った後に差し出された手を見ると、そこには二枚のカードが。よく見ると店名と氏名、その他諸々の情報が書いており、名刺だと気づく。ふーん、壬生ってこう書くのか。
「お二人共ご贔屓に」
「こちらこそ、これから通わせてもらいます。な、涼介?」
「おう、歩いて来れるんで。よろしくお願いします」
まさか芳江ちゃんの家がこんな事になってるとは思いもしなかったが、娯楽の無いこの西地区において貴重な、そして唯一の飲みの場だ。
俺達の溜まり場になる予感しかしない。
「いやあ嬉しいなあ。この地区の若手は貴重だからね。しっかり飲んでしっかり酔っていってね。それじゃあごゆっくり」
笑顔のマスターはひらひらと手を振り、カウンターへと戻っていく。
よくよく見るとテーブルにはビールが三つ置かれている。
「あれ、これ……」
「それは僕からの引っ越し祝いって事で。皆に一杯ずつサービスね」
肩越しに振り返りぱちりとウインクをするマスター。傍目に見るとイタい仕草だがこのマスターがすると妙に様になっており、男だが少しだけドキリとしてしまった。
「マスター良い人でしょ。俺も会社のおっさん達と来たり友達と来たりでしょっちゅうなんだ」
康平が「にしし」と擬音が付きそうな笑みを浮かべて小声で言う。
「俺らで集まる時はここ使わせてもらおう」
「だな、近いし良いトコだ。それとバーテンとしての腕も見たいなあ。後でカクテル頼んでみよ」
「匠、今日はビールだけにしとけって……」
調子づかれてしまうと後で大変なのは俺の方なのだ。こいつに複数の種類の酒は厳禁だ。
不意にチリン、とドアベルの音がしたので振り向くと、女性客が入って来るのが見えた。体を店内に滑り込ませるとドアが閉まったので一人客らしい。
見た目ではどうだろう、二十代か三十代ぐらいに見える。
……あんな人、この地区に居ただろうか?
少なくとも幼馴染では無さそうだ。康平に聞いた所、”美晴(みはる)”以外の幼馴染は皆県外に居るそうだ。美晴の実家も東地区へ引っ越しておりこちらには居ない。
ならば移住者か、ずっと年上の人なのかもしれない。俺は俺で浦島太郎状態なわけで、近隣の事情にはそこまで詳しくないのだ。
女性は足早に俺達の脇を通り過ぎ、一番奥のカウンター席へと着く。
「なあ、康平。今の人って誰?」
「え?」
それまで匠と話していた康平に問い掛けると間の抜けた返事が返ってきた。
「今の人って?」
「さっき店に入ってきた人。ほら、あの奥の席に居る」
そう言いながら指を差すと、丁度マスターが水をカウンターに置いている所だった。
「あー……ええ、いつの間に? なんか妙に色っぽい人っスね」
康平の言う通り、店内の柔らかな照明に照らされた女性は、一言で言うなら「妖艶」という言葉が似合いそうな見た目をしていた。
肩口で綺麗に切り揃えられた黒髪が小さく揺れる度に舞うようで、深い藍色のドレスのような衣服は体のラインを強調し、豊満なバストをより際立たせている。
衣服はノースリーブで、二の腕までを覆う同じ藍色の手袋を付けており、それらの間から見える首元と肩の肌は透き通るような白さを放っている。
こちらの視線に気が付いたのか女性は顔を向け、微笑みを浮かべ小さく会釈してくる。
くっきりとした目鼻立ちとパープルの唇が印象的で、肌の白さも相まって際立って見える。
俺達三人も軽く会釈をし、再び対面で向き直った。
「なんか、すんげえ色気出してる人だな」
「……っスね。あんな人居たかなあ?」
匠の言に康平が頷き、それでいて顔を捻っている。記憶を洗い出しているのだろうが思い当たる節が無いらしい。
「後でマスターに聞いてみれば分かるかな」
再び彼女を盗み見ると、マスターと何か談笑しているようだ。
二人の声が小さいのか全く聞き取れないが、顔見知りであろうことは伺える。
「とりあえずはキャンプ場開拓チームの結成式って事で。ガンガン飲みましょう!」
考える事を放棄した康平がジョッキを持ち、カンパーイとビールを煽り始めたので俺達も飲みを再開する事にした。
……ん、このビール美味いな。
「クラフトなんスよ、隣の町で作ってるやつで。ね、マスター」
康平がジョッキを挙げて呼びかけるとひょっこりとマスターが顔を出す。
「美味しいでしょう、僕も気に入っててね。おかわりは要るかい?」
「二つお願いしまッス」
「ちょっと待ってて」
と奥に引っ込んでいく。
「俺もこれの次もらおうかな」
と中身が三分の一程あるジョッキをカラカラと振る。
「涼介はダメだ」
「リョースケ君は禁止」
「なんでだよ!?」
「そりゃあ乾杯の時に裏切ったからだよ。なー? 康平?」
「そっスよ、最初はビールでしょ普通。ねー? マスター?」
「そうだね、僕も涼介君にはこのビール飲ませる気にならないなあ。はい、お待ちどう様」
「えっ、マスターも!? 俺何かしました!?」
何故か三対一の圧倒的な不利な構図が出来ており、否決されてしまう。
民主主義とは少数派を黙殺してしまうものなのか。俺の自由はどこにある。
「二人共よろしく。康平君と内田建設さんにはお世話になっております」
と、深々と頭を下げるマスター。
長い後ろ髪を襟足の辺りで結っており、頬に届く前髪はセンター分けをしている。店が暗くイマイチ分からないが、髪色はアッシュグレーのような色合いだ。
白シャツに黒のベストでシルバーのループタイを巻き、黒のスラックスに革靴と前掛けのようなエプロンを身にまとっており、着慣れた様子でとても似合っている。
背は高く康平と並ぶぐらいありそうで、身長に比して小顔なので、まるでモデルのような体型だ。
整った顔立ちで柔和な笑顔を浮かべ、見ようによっては俺よりも若くも見える。しかし落ち着いた物腰から年上のようにも思えるし、なんだか不思議な雰囲気の人だ。
「藤沢 匠と言います。今日からここに越してきました」
「土井 涼介です。出戻りで二月の半ば辺りに」
「おや、そうなんですか。じゃあ僕の方がこの村では少し先輩になりますね。僕は”壬生 誠一(みぶ せいいち)”と申します」
名乗った後に差し出された手を見ると、そこには二枚のカードが。よく見ると店名と氏名、その他諸々の情報が書いており、名刺だと気づく。ふーん、壬生ってこう書くのか。
「お二人共ご贔屓に」
「こちらこそ、これから通わせてもらいます。な、涼介?」
「おう、歩いて来れるんで。よろしくお願いします」
まさか芳江ちゃんの家がこんな事になってるとは思いもしなかったが、娯楽の無いこの西地区において貴重な、そして唯一の飲みの場だ。
俺達の溜まり場になる予感しかしない。
「いやあ嬉しいなあ。この地区の若手は貴重だからね。しっかり飲んでしっかり酔っていってね。それじゃあごゆっくり」
笑顔のマスターはひらひらと手を振り、カウンターへと戻っていく。
よくよく見るとテーブルにはビールが三つ置かれている。
「あれ、これ……」
「それは僕からの引っ越し祝いって事で。皆に一杯ずつサービスね」
肩越しに振り返りぱちりとウインクをするマスター。傍目に見るとイタい仕草だがこのマスターがすると妙に様になっており、男だが少しだけドキリとしてしまった。
「マスター良い人でしょ。俺も会社のおっさん達と来たり友達と来たりでしょっちゅうなんだ」
康平が「にしし」と擬音が付きそうな笑みを浮かべて小声で言う。
「俺らで集まる時はここ使わせてもらおう」
「だな、近いし良いトコだ。それとバーテンとしての腕も見たいなあ。後でカクテル頼んでみよ」
「匠、今日はビールだけにしとけって……」
調子づかれてしまうと後で大変なのは俺の方なのだ。こいつに複数の種類の酒は厳禁だ。
不意にチリン、とドアベルの音がしたので振り向くと、女性客が入って来るのが見えた。体を店内に滑り込ませるとドアが閉まったので一人客らしい。
見た目ではどうだろう、二十代か三十代ぐらいに見える。
……あんな人、この地区に居ただろうか?
少なくとも幼馴染では無さそうだ。康平に聞いた所、”美晴(みはる)”以外の幼馴染は皆県外に居るそうだ。美晴の実家も東地区へ引っ越しておりこちらには居ない。
ならば移住者か、ずっと年上の人なのかもしれない。俺は俺で浦島太郎状態なわけで、近隣の事情にはそこまで詳しくないのだ。
女性は足早に俺達の脇を通り過ぎ、一番奥のカウンター席へと着く。
「なあ、康平。今の人って誰?」
「え?」
それまで匠と話していた康平に問い掛けると間の抜けた返事が返ってきた。
「今の人って?」
「さっき店に入ってきた人。ほら、あの奥の席に居る」
そう言いながら指を差すと、丁度マスターが水をカウンターに置いている所だった。
「あー……ええ、いつの間に? なんか妙に色っぽい人っスね」
康平の言う通り、店内の柔らかな照明に照らされた女性は、一言で言うなら「妖艶」という言葉が似合いそうな見た目をしていた。
肩口で綺麗に切り揃えられた黒髪が小さく揺れる度に舞うようで、深い藍色のドレスのような衣服は体のラインを強調し、豊満なバストをより際立たせている。
衣服はノースリーブで、二の腕までを覆う同じ藍色の手袋を付けており、それらの間から見える首元と肩の肌は透き通るような白さを放っている。
こちらの視線に気が付いたのか女性は顔を向け、微笑みを浮かべ小さく会釈してくる。
くっきりとした目鼻立ちとパープルの唇が印象的で、肌の白さも相まって際立って見える。
俺達三人も軽く会釈をし、再び対面で向き直った。
「なんか、すんげえ色気出してる人だな」
「……っスね。あんな人居たかなあ?」
匠の言に康平が頷き、それでいて顔を捻っている。記憶を洗い出しているのだろうが思い当たる節が無いらしい。
「後でマスターに聞いてみれば分かるかな」
再び彼女を盗み見ると、マスターと何か談笑しているようだ。
二人の声が小さいのか全く聞き取れないが、顔見知りであろうことは伺える。
「とりあえずはキャンプ場開拓チームの結成式って事で。ガンガン飲みましょう!」
考える事を放棄した康平がジョッキを持ち、カンパーイとビールを煽り始めたので俺達も飲みを再開する事にした。
……ん、このビール美味いな。
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