風切山キャンプ場は本日も開拓中 〜妖怪達と作るキャンプ場開業奮闘記〜

古道 庵

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「とうーちゃっく! ふー、疲れた。重い!」
言うや否や背負った荷物を放り投げ座り込む匠。
「お疲れさん、ちょっと休むか」
ザックの上に縛り付けていた保冷バッグを外し、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを二本取り出して片方を渡す。

「サンクス。結構冷えてんな」
「冷やして持ってきたから」
目の前に立っている、まだ真新しい木製の看板を前に二人共喉を鳴らしながら水を流しこむ。


看板には「ここから先は私有地です。無断で入らないでください」と下手クソな文字が書かれていた。

何を隠そう、この看板を立てたのは俺自身なのだ。我ながら不細工な出来だと思う。だが、別に構わない。
こんな何もない山の中、わざわざ入ってくる人も居ないので見られる事自体が起こり得ないのだ。

ましてやここから先はロクに他所様の土地との境界も分からないわけで、唯一確認できた場所だから、と立てた具合だ。
こんな物でも、あるというだけで自分の土地という感覚は芽生えてきて、自分だけが分かる旗印のようなものになっていた。


……実際来てみたら不法占拠者だらけだったけどな。
思わず苦笑いが零れる。

ペットボトルの半分程を残し、再び保冷バッグに仕舞い込んでザックを背負い直す。

「こっからちょっと行ったらテント広げられる場所あるから、そこまで行くぞ」
「はいよ。……ん?」
返事をしたと思ったら背後が気になったのか突然振り返る匠。

「何か今、木が倒れる音しなかったか?」
「いや? 聞こえなかったけど」
「そうか……」
俺の答えに納得がいっていない様子であり、立ち止まったまま耳を澄ませているようだ。

「……いや、人の声も聞こえる。おっさんみたいな。『そうら』だの『よいしょ』だの、ほら今も」
と、尚も訴える匠の言を聞いて合点がいった。俺もここに来て初日に起きた現象だ。


周囲を注意深く見回すと木や草の陰に隠れるようにコソコソと動くモノが居る。
すばしっこくて姿を見つけられないが、周囲の草木が不自然な揺れ方をしていた。枝を踏んで折るような音や、水が滴るような音もあちこちから小さく聞こえてくる。

それらの不自然さにも気付いたのか、匠の表情が少し強張った。
「なんか、俺ら以外にも誰か人がいるっぽい?」
気になったのか音がした藪の方に近づいて覗く。

「……てか、よくよく考えたらこんな近くで木を切る音がするのおかしいよな。今の林業なら、重機やチェーンソーの音もしなきゃおかしい」
ブツブツと呟きながら推論を立てているようだ。

「お察しの通りだよ。多分ビビると思うけど、腰落ち着けたら紹介するから。ほら、もう三時過ぎてるしさっさと設営済ませようぜ」
「お、おう。一人だったら絶対無理だったわここ……」
匠はなおも心配そうに周囲を見回していて、時折ビクリと制止し、不安そうに辺りを確認している。

恐らく木が倒れる音がかなり近づいているのだろう。俺にも分かる、滅茶苦茶怖かったから。
後でおっさんにはキツく言っておこう。


怯える匠を連れ立って目的の場所へ辿り着く。
そこは草木の無法地帯となっている我が土地の中で、唯一開けた場所だった。
広さで言えばコンビニの駐車場位の広さだろうか。トラックも数台停まれるようなそこそこの広さがある。

この土地に関わらず山全体が大小さまざまな木々が乱立し、その間を埋めるように笹のような植物が生い茂っており、人どころか獣すら通れないような場所ばかりだ。

しかしここだけは何故かぽっかりと穴のように穿たれており、鬱蒼とした雑木林の中で陽の光が入る貴重な場所となっている。

幾つか倒木が転がっているものの地形としてはほぼ平らであり、絶好の設営ポイントだと思う。

この場所の中心には大きな木があった。
「あった」と表現したのは既に折れて大部分が消失しており、太い根と地上から二メートル程の高さだけ残っている幹のみで、折れてから久しいのか表皮は黒化しており青々とした草や苔に覆われている。

幹の胴回りは、大の大人である俺が手を広げても四人分は並ばなければいけない程で、巨木と言える程の大きさだった名残が伺える。
斜めにへし折れた幹の断面も浸食されきっており、中は虚のように空洞に近い状態になっていた。

そんな古木の跡を中心にこの平地が広がっており、幾つかの倒木が円のように並べられ、手入れが全くされていない自然の景色の中、妙に浮いた場所だった。
ここだけは背の低い草しか生えておらず、今までの道のりと比べると非常に歩きやすい。


隣から、ほう、と溜息が漏れる声が聞こえてきて、
「こんないい場所があるんだな。涼介が整備したのか?」
と尋ねられる。
「いや、俺は特に何も。元からこんな感じだった。綺麗だろ」

みっしりと生え揃った木々の壁で陰鬱な印象すら受ける周囲に比べ、陽の光が降り注ぐこの場所はどこか幻想的な雰囲気さえ感じられる。

光を帯びる若草の色、太陽へ顔を向ける小さな花々、飛んでいる羽虫の羽が照り返しているのか大気中をキラキラと光が舞っているようで、ここまでの苦労が報われる……そんな光景だった。

「星もこっからなら見えそうだな。思ってたよりずっと良い場所だ」
「それは保証するよ。……さて、と」

やはり再度見回してみるも姿を現している奴は居ない。
匠を警戒しているのか、若しくは脅かそうとしているのか。先程までの行動から察するに後者だろう。では、どこに居るのか。


足元に落ちていた小枝を拾い上げる。そこそこの太さもあるし重みもある、よし。

不審に思ったのか口を開きかける匠を余所に、おもむろに小枝を持った右手を振りかぶり、ブーメランでも投げる要領で折れた巨木の穴へ目掛けて投げ込んだ。

クルクルと回転して綺麗な弧を描きながら穴の中へと吸い込まれていく。
小枝が見えなくなって一拍ほどしてから「コツーン」という軽快な音と共に、
「痛いっ!!」

無人である筈の山奥には不釣り合いな、高い少女の声が響き渡った。
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