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第十九話 死闘・終局

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「あー……助かった、のか? うおえっ……」
 思わず嘔吐いてしまう。それからあまりの臭気に、胃に入れていた物が全て出てしまった。

 ドラコアの尾に叩きつけられ吹っ飛ばされた先は、運良くストーンドラゴンの死骸の上だった。それもニアが"流星"で空けた大穴の中で、固い鱗や未だ纏わりついたままの鉱石の上ではなく、抉られた臓腑の海の上に落ちていた。
 途轍もなく臭いが、クッションになってくれたお陰でそれ程大きなダメージも、気絶する事もなく助かったらしい。

 ただ、それが運が良かった悪かったかは分からない。もう完全に集中力が切れてしまった。
 スローモーションの世界に慣れてしまったせいか、今聞こえる足音が早送りで再生されているように思えてしまう。

 武器も無い。力も既に底を突いた。もう、俺には抗う手段が無い。
 このままストーンドラゴンの死骸諸共食われて終わりか。ここまで戦ったのに。

 俺にしてはやったよ。良くやった。自分で自分を褒めたい気分だ。こんな強敵相手に戦い抜いたのは初めてだ。もういいだろう。充分だ。文句なく死ねる。そうだろ。
 酷い臭気と自分のゲロに塗れて死ぬ事になるが、まあお似合いだ。もう一歩も動きたくない。このまま眠りたい。

 重くなる瞼に任せてそのまま眠りに就こうとした瞬間、俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 最初は空耳だと思っていた。しかし、はっきりと耳に届く三人の声。



 ああ……そうか。何で俺こんなに頑張ってたのかようやく思い出した。俺が自分と向き合うキッカケとなり、そして今も尚俺を信じている者達。
 歯を食い縛り、滑る臓器に手をかけて立ち上がる。
 まだ諦めちゃ駄目だよな。

 砕けた肋骨を掴み、一気に体を引き上げてよじ登る。
 ストーンドラゴンの背の上に出た。

 ドラコアが荒い呼吸を吐きながら歩み寄ってきている。必死過ぎて見えていなかったが、かなり消耗しているのが分かる足取りだ。こいつもこいつで、体力の限界の中戦っていたんだ。
 そう思うと親しみの念すら覚える。


 風を切る何かの音。近づいてくる。見上げれば、棒状の何かがこちらに向かって飛んできており、そして俺の右隣に突き刺さった。
 これは……

「イクヤさん! それ使うて!!」
 声の主を探すと、ソフィーとニアの姿があった。二人とも投擲した後のような恰好をしている。
 きっと力を合わせて投げたんだ。

 それから俺の体に薄緑色の光が灯る。僅かではあるが痛みや息苦しさが緩和され、酷く重たかった体が少しだけ軽くなり、力が入るようになった。
「これ……が、本当……に……最後……」
 岩の横でロッドを下ろすエミリーが声を途絶えさせながらも口を動かす。顔が蒼白になっており、完全に魔力欠乏の状態に陥っていた。

 小さく笑い、投げられた得物を握り、引き抜く。
 穂先には槍と片刃の斧。ハルバートだ。

「そんなら斧やろ!」
 ソフィーの声が届く。
「いい加減……ケリ、つけなさい……」
 意識を保つ事すら辛いだろうに、エミリーが声を上げる。
「イクヤさん……信じてますからっ! あなたは『わたし達の英雄』です!!」
 ニアが震える声で叫ぶ。


 ああ。握った柄がこんなにも熱いのか。
 エミリーの魔法が、こんなにも力を与えてくれるのか。

 久しく忘れていた。ずっとずっと昔、まだ駆け出しだった頃に……
 「仲間に託される」ってこんなにも暖かく、どこまでも気持ちを奮い立たせてくれるものなんだな。

 一度目を閉じ、それから全ての感覚を遮断する。音も、匂いも、触覚すらも失う。
 だが、ハルバートを握る右手が熱い。エミリーに撃たれた胸が熱い。

 再び目を開くと、そこは遅滞する世界。
 全てがスローモーションに映る、俺の世界。


 ドラコアを仕留めるには生半可な攻撃では意味が無いだろう。
 ならば全てをぶつけてやるまでだ。
 俺の命だって使っても構わない。今この瞬間、お前に勝てるなら。

 ハルバートを構える。長物は苦手だ。だからソフィーの見様見真似だ。

 今まで制御し、抑えていたものから意識を手放す。
 もう体が壊れる事を心配する必要は無い。
 全身全霊、俺の持てる全て、解き放つ。


 迫るドラコア。
 歪な瞳には未だ濃い闘争の炎が見える。


 ……ああ、お前は格好いいよ。本当に。
 片腕を失い、片目を失い、それでも戦い続けた。一体お前の身体にはどれだけの戦いが刻まれてるんだ?
 それ程の力を持ちながらも尚戦い続ける姿勢。そして、あのストーンドラゴンに挑み、戦い抜いた偉業。お前こそ魔物の勇者、英雄だ。

 俺は……お前みたいになりたかったんだ。たった独り、最強を目指して無限とも思える戦いを繰り返し、強者を倒して自らの力とし、高みへと昇っていく。
 俺の目指していた"強さ"はまさしく、お前なんだ。

 アレク達と別れた後、自らに誓った目的。それは「誰の力も借りず、独力で最強になる事」だった。

 皮肉にもお前がそれを体現していたんだよ。
 不思議な縁だよな。全ての引き金となったお前に、俺の目指す強さと憧れを映してるなんて。


「でも、今は違う。俺はお前のようにはなれない。……俺は弱いから」

 弱さを認める事で、ようやく自分の強さと向き合う事ができた。
 そのキッカケもまた、お前なんだ……気持ち悪いだろうけど、ここまで繋がっているのはどこか運命めいてるよな。

「まあ、魔物に伝わる事は無いか」

 呟いた瞬間、ストーンドラゴンの背にドラコアの牙が突き立ち食い千切られる。
 俺を食い殺さんと噛みついたのだ。



 だが手応えは無いだろう。既に俺はお前の頭上にいる。
 跳躍し、天井に到達。左足が痛む。だが、構うものか。
 くるりと回転し、足を天井に向けて逆さになり屈みこむ。

 俺に技は使えない。
 身体能力が足りず使えない事が分かっているから、教わっていない。
 でも、たった一つだけアレクに頼み込んで練習に付き合ってもらった技がある。結局モノにできなかったが。


『この技は、空から落ちてくる召喚人を見て思いついた技なんだってさ。君に合ってると思う。技の名前は……』



「『流星』」



 天井を全力で蹴り飛ばし垂直落下する。
 本来なら空を踏み蹴って加速するらしいのだが、そんな事できるわけもなく挫折したのだ。今でもできる気がしない。
 でも、上に足場があるなら別だ。

 ハルバートの穂先からから火花のような粒子が舞う。

 これは……
 今まで願っても叶わなかった現象。それが、ようやく起きようとしている。

 粒子はやがて光の帯へと変化していき、流星の尾の軌跡を残していく。


「おおおおおおおおおお!!!」
 雄叫びを上げる。

 ドラコアは反応し、立ち上がり左の前肢を振るう。

 ドラコアの突き出した爪に触れる寸前、両腕の力を一気に解放。
 光の尾を引くハルバートを振り上げ、全ての力を込めて振り下ろした。全身の筋肉が千切れていく音が頭に響く。だが構わない。この一撃に俺の全てを。

 刃が爪とぶつかる瞬間、真白な光の粒子が爆ぜる。

 しかし均衡は束の間。
 刃が爪を砕き、指を切り裂く、骨を断ち割る。
 音が、感触が、その全てが俺の勝利を確信させる。

 左の前肢を切り落とした先、俺を睨むドラコアの顔。
 赤く燃え盛る光を放つ異形の単眼。



 ……なあ、俺はお前を倒すのに相応しい男になれたかな。

 じゃあな、宿敵。



 輝く斧を額の単眼に叩き込み、更に力を込めて頭部を打ち砕いた。
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