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第十六話 邂逅
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ロープを使って縦穴を降り、慎重に歩みを進める。
ここからはより地形の起伏が大きくなり複雑になる。
基本的に巨体を持つ魔物が多いので視界が開けるのだが、その分発見されるリスクも跳ね上がっていた。
「……の割りには静か過ぎるな」
「前来た時はどうだったの?」
「もうその辺から交戦が始まって、後から追加で魔物が来るもんだから慌てて上に戻ったよ。フィオーラの上位魔法乱発が通らなかったらやばかった」
五回目のアタックでここまで来た時の記憶を辿る。ここらが広くなっているのはフィオーラの置き土産だ。
「でも、一体も居ないのは奇妙だな」
「音も全然聞こえんです」
「ふむ……とりあえず警戒しながら進もう」
それからも交戦は全く無く、すんなりと通れてしまった。
先程までの中層の苦労から比べると疑いたくなる程に何も起きない。
「案外、ストーンドラゴンが全部魔物倒しちゃったんじゃない?」
「それは無いと思う。魔物はドラゴン相手の時だけ逃げるから」
「……じゃあ、ストーンドラゴンが近くに居る?」
ニアの推測に空気が一気に張り詰める。
確かに、この周辺にストーンドラゴンが来ている場合それはあり得た。
だが気配らしい気配を感じない。
微かな魔苔の光以外、ひたすらに静寂と闇だけが支配する空間だった。
「こんだけスペース空いているなら、上の魔物も降りてくればええのに」
「もう少し時間が経てば降りてくるかもな。でも、大した力を付けずに来たら死ぬ事ぐらい、魔物達も分かってるんだよ」
「なんや妙ちきりんよなぁ、魔物って」
偵察から戻るソフィーとこんな会話ができる程度には気が緩んでしまっていた。
結構な距離を歩いているのに魔物の影すら見当たらない。残骸らしいものは散見するのだが、どれも綺麗に骨と皮だけになっていた。
だが、しばらく進んでいると先導するソフィーが遮るように左手を伸ばし止まるよう指示を出す。
微かだが物音が聞こえる。
重く、微かな振動も伝わってくる。
「……デカいのがおる。この先や」
ソフィーが呟き指し示す。
下層の構造は、正直あまり分かっていない。昔鉱山だった頃もこの辺りの図面は粗方でしか書いてなかったからだ。
なので今どの辺りなのか、この先の構造がどうなっているかは全くの未知だ。
「引き返してもいいけど、この大きさの通路がずっと続いていたからな」
「遭遇した場合危険ですよね」
「相手が大型だとしたらね」
「足音とこの振動からして、けったいなデカブツやと思うよ」
それぞれ意見と見解を交わす。
こういう時、音の反響具合である程度地形を把握できる能力を持っていると便利だ。ファルコがそういった技術には長けていた。
「……先に進もう」
「あたしは反対なんだけど。そんな急がないで、まずは地形の把握から先にしない?」
「本来ならそれをやりたいし俺も慎重派だ。ただ、引き返した先に魔物が居た場合は挟み撃ちに遭う。この地形でそうなったら全滅だ」
「……うちはイクヤさんの意見に賛成やな。どの道戦いにくい地形なんは変わらんし」
「ニアはどう思う?」
「わたしは……」
問われたニアは少し言い淀むも、強い瞳を向けて口を開く。
「わたしは、進むべきだと思う。攻略するのに避けては通れない敵だと思ってるから」
「三対一ね。はいはい」
「別に多数決で決めたいわけじゃないよ。でも、わたしは今回で攻略するつもりだから」
かなり無茶苦茶な事言うよなあ……と、正直思う。
三十年近く誰も攻略できず、ベテランのパーティー達ですら容易く命を落とすダンジョンだ。本来なら数度の偵察をして少しずつ深度を下げていくのがセオリーだし、仕事を始めてたった三カ月のルーキーがこんな事を言っているのが異常だ。夢の見過ぎだと嘲笑われても仕方ないだろう。
だが、ファーストアタックでここまで来ているという実力がある。多分、一回目で下層まで降りたパーティーなんて初めてじゃないだろうか。その上本来ならそこら中を闊歩しているはずの魔物が居ない。
どういう理由かは分からないが、これはチャンスだ。貴重な物資を消費せず最深部へ行ける可能性が出てきている。
リスクはある。だが、またと無い好機が訪れている事も事実だった。数少ないチャンスを嗅ぎ分け、突き進む選択を取れるのもリーダーとして大切な資質だと思う。
「わたしは進みたい。この先に誰も行った事のない場所があるなら、わたし達が一番に踏み込みたいの」
「……ふう、あんたの冒険馬鹿には負けるわ。行きましょ」
「エミリーちゃんは優しいなあ」
「はあ? 何よ化け物女。てかちゃん呼びやめろ」
「ふふふ」
「むっかつく!」
いつものやり取りに少しばかり気が緩む。最近はソフィーの立ち位置が随分上になってきているようだ。
「さて、方針は決まりだな。……俺の予測だけど、この先に居るのは個人等級でAクラスの本物の強敵だと思う。ドラコア以外にもグランズやゼネドーラ、あとは……前に見たのはラウゼンの”歴戦個体”だった」
「なんや知らん名前ばっかやなあ。歴戦個体ってなに?」
「要は個体として長生きしている魔物、だな。こういう閉鎖環境で育つらしいんだけど、他の魔物や人間と戦い続けていく内に強くなって変化していくんだ。この下層で見たラウゼンは二回りはでかくなってたし、ボロボロの体だったけど形状が変化してた」
「ふーん……」
「あのラウゼンは下層でも生き抜けるぐらいの魔物だから、とんでもない相手なんだぞ」
「強かったけど、この層の魔物と戦っとらんから実感ないなあ」
まあそれはそうか、とも思う。下層に関しては俺自身も戦った実感より噂話で聞いている部分の方が多い。
「さて、ここからは隠密しながら進みましょう」
「そうね。警戒は怠らず」
ニアとエミリーが流れを戻し、俺とソフィーが頷く。
狭い通路を進んでいくと、妙に息苦しさを覚えるようになった。
足が重い。この先に進む事が酷く億劫に感じる。
嫌な事が起きる事が確定している場所に向かう、そんな時の心持ちに近い。
何故か言い知れぬ威圧感を、この先の暗闇から感じる。
かなり広い空間に出た。中層の”胃袋”とほぼ広さがある。そして奥には驚くべきものが居た。
「おいおい……」
思わず口に出していた。
竜。
一目見て分かってしまった。明らかにこれまで見てきた全ての生き物と違う。
近づくにつれ感じていたあの威圧感。その根源たる存在が目の前に居た。
一目見ただけでは、洞窟内にある巨大な岩石群の一つに見える。だが、その岩は動いている。
「巨大なトカゲ」と言ってしまえばそこまでだ。四足歩行で這いつくばるようにして歩いている。
しかし、頭部から背中、尾にかけて様々な岩石や鉱物が付着し山を形成していた。背中の中心に向かう程に隆起し、宝石の原石であったり鋼のような鉱石であったりと多種多様な鉱物が雑多に張りついている。
瞳は金色に輝いており、他の魔物が見せる滾るような闘争心はなく、ただただ静かに深く、老境で理知的な光を灯している。
だが感じる存在感はどんな生物と比べても別格のものだった。
威厳、威光、畏怖。ただそこに居るだけで神々しく、恐ろしい、近寄りがたい存在だと思ってしまった。
「……なんやすごいなあれ……」
生唾を飲み込む音と共に、前に立つソフィーが呟く。
「思っとったよりも小柄なもんや。ふふ、こっちに気づいとるのに無視してるなあ」
言われて気づく。巨大な山脈のように感じていたが、しっかりと見てみると小さい。
それこそ背の鉱石が無ければドラコアよりひと回り程度大きいだけかもしれない。
「ソフィー、ありがとう。戦う前に負けるところだった」
「んん?」
ソフィーが首を傾げながらこちらを見る。他の二人も恐らく俺と同じだったのだろう、硬く握っていた拳を解いたり、引き結んでいた唇を緩めている。
この四人の中で唯一、ソフィーはあのストーンドラゴンを見て呑まれなかった。”敵”として正しく認識していた。
それはつまり、ソフィーであればストーンドラゴンに刃を届かせる自信と実力があると、無意識のうちに確信している事に他ならない。
「あれがドラゴン、この黄銅窟を人間が入れない場所に変えた元凶のストーンドラゴンだ。まさかこんな場所で遭遇するとは思ってなかったけど。もしかしたら深層に近いか、ここが深層なのかもしれない……それはいいとして。あいつを倒せればこのダンジョンの攻略者になれる」
「それって、すごく誇れることですよね」
「吟遊詩人が歌にして、物書きが物語として残すかもしれない。それぐらいの偉業だよ、ドラゴンの討伐は。それに三十年も煮え湯を飲まされたアリエスの連中からしても、な」
「……すごくワクワクしますねっ! ふふ、わたしの歌かあ……」
前言撤回、ニアもストーンドラゴンに萎縮なんてしてなかった。この状況で笑ってやがる。
「でもあいつ魔物じゃないんでしょ? だからこっちを見逃してるんだって思うけど」
「半分魔物みたいなもんやと思うなあ。『向かってくるなら相手する』ぐらいな目で見とるよ」
「お前、言葉でも分かるのか?」
「いーんや、勘やけど。でもほら、じっとこっち見てるやん」
魔苔に照らされて見ていたストーンドラゴンだが、確かに横目で流しながら進めていた歩みを止めている。
喋り過ぎたか。
不意に洞窟内の空気が静まり返る。
生物も無機物も関係なく、呼吸をする事すら忘れて完全な無音の世界となる。
固唾を飲んで一点だけを見つめているような、そんな張り詰めた空気。
岩が軋む耳障りな音が聞こえてくる。
身じろぐ竜は、全身に張り付いた岩石を擦らせ鳴らしながらゆっくりと首を起こし口を開く。
誰かが、息を短く吸い込む音が聞こえた。
その瞬間、聞いた事のない悍ましい大爆音の咆哮がストーンドラゴンから放たれた。
音圧で空間が歪み、耳を塞いでいても貫通してくる音と振動に眩暈すら覚える。
魔物の雄叫びでもここまでのものは体験したことが無い。
血の気が引くのを感じる。存在としての格が違う。ドラゴンが何故これ程まで恐れられ、打倒が賛美されるのか解った気がする。
到底、人間が立ち向かえる存在ではない。
逃げ出したい。でも、足が竦んで動かない。
苦しい。
頭が……
「ああああああああああああああ!!!!!」
不意に前に立つ少女から聞こえる叫び声。
ニア、気でも触れたのか。
ひとしきり叫び終えると、深呼吸するような動作をする。
「皆、行くよ!!」
朗らかに、いつもと変わらない声。
それでいて折れかけていた心にそっと寄り添うような、力強く頼りにしたくなるような声。
「はいな!」
「ええ!」
横に立つ二人が答える。
俺も続こうとした時にようやく、自分が今まで呼吸を止めていた事に気が付いた。
ニアに倣い、深呼吸を一つ。
「……おう!」
全員の答えを聞いたニアは頷き、盾を構える。それを合図にそれぞれが立ち位置に着くべく動き出した。
ここからはより地形の起伏が大きくなり複雑になる。
基本的に巨体を持つ魔物が多いので視界が開けるのだが、その分発見されるリスクも跳ね上がっていた。
「……の割りには静か過ぎるな」
「前来た時はどうだったの?」
「もうその辺から交戦が始まって、後から追加で魔物が来るもんだから慌てて上に戻ったよ。フィオーラの上位魔法乱発が通らなかったらやばかった」
五回目のアタックでここまで来た時の記憶を辿る。ここらが広くなっているのはフィオーラの置き土産だ。
「でも、一体も居ないのは奇妙だな」
「音も全然聞こえんです」
「ふむ……とりあえず警戒しながら進もう」
それからも交戦は全く無く、すんなりと通れてしまった。
先程までの中層の苦労から比べると疑いたくなる程に何も起きない。
「案外、ストーンドラゴンが全部魔物倒しちゃったんじゃない?」
「それは無いと思う。魔物はドラゴン相手の時だけ逃げるから」
「……じゃあ、ストーンドラゴンが近くに居る?」
ニアの推測に空気が一気に張り詰める。
確かに、この周辺にストーンドラゴンが来ている場合それはあり得た。
だが気配らしい気配を感じない。
微かな魔苔の光以外、ひたすらに静寂と闇だけが支配する空間だった。
「こんだけスペース空いているなら、上の魔物も降りてくればええのに」
「もう少し時間が経てば降りてくるかもな。でも、大した力を付けずに来たら死ぬ事ぐらい、魔物達も分かってるんだよ」
「なんや妙ちきりんよなぁ、魔物って」
偵察から戻るソフィーとこんな会話ができる程度には気が緩んでしまっていた。
結構な距離を歩いているのに魔物の影すら見当たらない。残骸らしいものは散見するのだが、どれも綺麗に骨と皮だけになっていた。
だが、しばらく進んでいると先導するソフィーが遮るように左手を伸ばし止まるよう指示を出す。
微かだが物音が聞こえる。
重く、微かな振動も伝わってくる。
「……デカいのがおる。この先や」
ソフィーが呟き指し示す。
下層の構造は、正直あまり分かっていない。昔鉱山だった頃もこの辺りの図面は粗方でしか書いてなかったからだ。
なので今どの辺りなのか、この先の構造がどうなっているかは全くの未知だ。
「引き返してもいいけど、この大きさの通路がずっと続いていたからな」
「遭遇した場合危険ですよね」
「相手が大型だとしたらね」
「足音とこの振動からして、けったいなデカブツやと思うよ」
それぞれ意見と見解を交わす。
こういう時、音の反響具合である程度地形を把握できる能力を持っていると便利だ。ファルコがそういった技術には長けていた。
「……先に進もう」
「あたしは反対なんだけど。そんな急がないで、まずは地形の把握から先にしない?」
「本来ならそれをやりたいし俺も慎重派だ。ただ、引き返した先に魔物が居た場合は挟み撃ちに遭う。この地形でそうなったら全滅だ」
「……うちはイクヤさんの意見に賛成やな。どの道戦いにくい地形なんは変わらんし」
「ニアはどう思う?」
「わたしは……」
問われたニアは少し言い淀むも、強い瞳を向けて口を開く。
「わたしは、進むべきだと思う。攻略するのに避けては通れない敵だと思ってるから」
「三対一ね。はいはい」
「別に多数決で決めたいわけじゃないよ。でも、わたしは今回で攻略するつもりだから」
かなり無茶苦茶な事言うよなあ……と、正直思う。
三十年近く誰も攻略できず、ベテランのパーティー達ですら容易く命を落とすダンジョンだ。本来なら数度の偵察をして少しずつ深度を下げていくのがセオリーだし、仕事を始めてたった三カ月のルーキーがこんな事を言っているのが異常だ。夢の見過ぎだと嘲笑われても仕方ないだろう。
だが、ファーストアタックでここまで来ているという実力がある。多分、一回目で下層まで降りたパーティーなんて初めてじゃないだろうか。その上本来ならそこら中を闊歩しているはずの魔物が居ない。
どういう理由かは分からないが、これはチャンスだ。貴重な物資を消費せず最深部へ行ける可能性が出てきている。
リスクはある。だが、またと無い好機が訪れている事も事実だった。数少ないチャンスを嗅ぎ分け、突き進む選択を取れるのもリーダーとして大切な資質だと思う。
「わたしは進みたい。この先に誰も行った事のない場所があるなら、わたし達が一番に踏み込みたいの」
「……ふう、あんたの冒険馬鹿には負けるわ。行きましょ」
「エミリーちゃんは優しいなあ」
「はあ? 何よ化け物女。てかちゃん呼びやめろ」
「ふふふ」
「むっかつく!」
いつものやり取りに少しばかり気が緩む。最近はソフィーの立ち位置が随分上になってきているようだ。
「さて、方針は決まりだな。……俺の予測だけど、この先に居るのは個人等級でAクラスの本物の強敵だと思う。ドラコア以外にもグランズやゼネドーラ、あとは……前に見たのはラウゼンの”歴戦個体”だった」
「なんや知らん名前ばっかやなあ。歴戦個体ってなに?」
「要は個体として長生きしている魔物、だな。こういう閉鎖環境で育つらしいんだけど、他の魔物や人間と戦い続けていく内に強くなって変化していくんだ。この下層で見たラウゼンは二回りはでかくなってたし、ボロボロの体だったけど形状が変化してた」
「ふーん……」
「あのラウゼンは下層でも生き抜けるぐらいの魔物だから、とんでもない相手なんだぞ」
「強かったけど、この層の魔物と戦っとらんから実感ないなあ」
まあそれはそうか、とも思う。下層に関しては俺自身も戦った実感より噂話で聞いている部分の方が多い。
「さて、ここからは隠密しながら進みましょう」
「そうね。警戒は怠らず」
ニアとエミリーが流れを戻し、俺とソフィーが頷く。
狭い通路を進んでいくと、妙に息苦しさを覚えるようになった。
足が重い。この先に進む事が酷く億劫に感じる。
嫌な事が起きる事が確定している場所に向かう、そんな時の心持ちに近い。
何故か言い知れぬ威圧感を、この先の暗闇から感じる。
かなり広い空間に出た。中層の”胃袋”とほぼ広さがある。そして奥には驚くべきものが居た。
「おいおい……」
思わず口に出していた。
竜。
一目見て分かってしまった。明らかにこれまで見てきた全ての生き物と違う。
近づくにつれ感じていたあの威圧感。その根源たる存在が目の前に居た。
一目見ただけでは、洞窟内にある巨大な岩石群の一つに見える。だが、その岩は動いている。
「巨大なトカゲ」と言ってしまえばそこまでだ。四足歩行で這いつくばるようにして歩いている。
しかし、頭部から背中、尾にかけて様々な岩石や鉱物が付着し山を形成していた。背中の中心に向かう程に隆起し、宝石の原石であったり鋼のような鉱石であったりと多種多様な鉱物が雑多に張りついている。
瞳は金色に輝いており、他の魔物が見せる滾るような闘争心はなく、ただただ静かに深く、老境で理知的な光を灯している。
だが感じる存在感はどんな生物と比べても別格のものだった。
威厳、威光、畏怖。ただそこに居るだけで神々しく、恐ろしい、近寄りがたい存在だと思ってしまった。
「……なんやすごいなあれ……」
生唾を飲み込む音と共に、前に立つソフィーが呟く。
「思っとったよりも小柄なもんや。ふふ、こっちに気づいとるのに無視してるなあ」
言われて気づく。巨大な山脈のように感じていたが、しっかりと見てみると小さい。
それこそ背の鉱石が無ければドラコアよりひと回り程度大きいだけかもしれない。
「ソフィー、ありがとう。戦う前に負けるところだった」
「んん?」
ソフィーが首を傾げながらこちらを見る。他の二人も恐らく俺と同じだったのだろう、硬く握っていた拳を解いたり、引き結んでいた唇を緩めている。
この四人の中で唯一、ソフィーはあのストーンドラゴンを見て呑まれなかった。”敵”として正しく認識していた。
それはつまり、ソフィーであればストーンドラゴンに刃を届かせる自信と実力があると、無意識のうちに確信している事に他ならない。
「あれがドラゴン、この黄銅窟を人間が入れない場所に変えた元凶のストーンドラゴンだ。まさかこんな場所で遭遇するとは思ってなかったけど。もしかしたら深層に近いか、ここが深層なのかもしれない……それはいいとして。あいつを倒せればこのダンジョンの攻略者になれる」
「それって、すごく誇れることですよね」
「吟遊詩人が歌にして、物書きが物語として残すかもしれない。それぐらいの偉業だよ、ドラゴンの討伐は。それに三十年も煮え湯を飲まされたアリエスの連中からしても、な」
「……すごくワクワクしますねっ! ふふ、わたしの歌かあ……」
前言撤回、ニアもストーンドラゴンに萎縮なんてしてなかった。この状況で笑ってやがる。
「でもあいつ魔物じゃないんでしょ? だからこっちを見逃してるんだって思うけど」
「半分魔物みたいなもんやと思うなあ。『向かってくるなら相手する』ぐらいな目で見とるよ」
「お前、言葉でも分かるのか?」
「いーんや、勘やけど。でもほら、じっとこっち見てるやん」
魔苔に照らされて見ていたストーンドラゴンだが、確かに横目で流しながら進めていた歩みを止めている。
喋り過ぎたか。
不意に洞窟内の空気が静まり返る。
生物も無機物も関係なく、呼吸をする事すら忘れて完全な無音の世界となる。
固唾を飲んで一点だけを見つめているような、そんな張り詰めた空気。
岩が軋む耳障りな音が聞こえてくる。
身じろぐ竜は、全身に張り付いた岩石を擦らせ鳴らしながらゆっくりと首を起こし口を開く。
誰かが、息を短く吸い込む音が聞こえた。
その瞬間、聞いた事のない悍ましい大爆音の咆哮がストーンドラゴンから放たれた。
音圧で空間が歪み、耳を塞いでいても貫通してくる音と振動に眩暈すら覚える。
魔物の雄叫びでもここまでのものは体験したことが無い。
血の気が引くのを感じる。存在としての格が違う。ドラゴンが何故これ程まで恐れられ、打倒が賛美されるのか解った気がする。
到底、人間が立ち向かえる存在ではない。
逃げ出したい。でも、足が竦んで動かない。
苦しい。
頭が……
「ああああああああああああああ!!!!!」
不意に前に立つ少女から聞こえる叫び声。
ニア、気でも触れたのか。
ひとしきり叫び終えると、深呼吸するような動作をする。
「皆、行くよ!!」
朗らかに、いつもと変わらない声。
それでいて折れかけていた心にそっと寄り添うような、力強く頼りにしたくなるような声。
「はいな!」
「ええ!」
横に立つ二人が答える。
俺も続こうとした時にようやく、自分が今まで呼吸を止めていた事に気が付いた。
ニアに倣い、深呼吸を一つ。
「……おう!」
全員の答えを聞いたニアは頷き、盾を構える。それを合図にそれぞれが立ち位置に着くべく動き出した。
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