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第十三話 宴 後編

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 ある程度酒が進み、夜も深まってきた。
 殴り合いの喧嘩で盛り上がったのは最初の頃だけで、後は飲み比べや腕比べで賭けをしながら楽しむ程度だ。
 冒険者以外の者も結構入り込んでいる。ほとんどが近隣の住人だろうが、中には商人らしき者もちらほら。営業や交流を広める為に来ているのかもしれない。

「ふう、ちょっと疲れたわ」
 聞き慣れた声が聞こえたと思ったら、クセの強い赤毛が視界に入る。
「おう、楽しんでるか?」
「聞こえなかった? 疲れたって言ってんのよあたしは」
「ご機嫌ナナメだな」
「あの魔女共も来てたからね……」
 ソニア達の事か。エミリーにとっては天敵となっているのかもしれない。

「あんたが言ったんでしょ、狙えるようになった事」
「おう」
「あの魔女達あたしのロッドにご執心よ」
「いいんじゃねえの?」
「良くないっての。めんどくさい」
 ぶつくさ言いながらも俺は「あたしのロッド」と言ったのを聞き逃さなかった。
 デザインがダサいだのなんだのと言っていたが、一日で気に入ったようだ。

「まあ、あんたが交流しろって言ってた理由もちょっと分かったわ」
「ほう?」
「ニアとソフィーの様子を見れば、ね」
 そう言って見つめる先にはニアがおり、五人程の輪に加わっている。
「ほう……」
 面々を見て思わず声が出る。皆Bランク以上のパーティーのリーダー達だ。結構和やかな雰囲気そうだし、しきりにニアが頷いたり聞いたりしている様子だ。

「ソフィーは?」
「化け物女はあっち」
 と指差した先には大きな人だかりができている。その中心に青髪があった。
「ありゃりゃ、武闘派に囲まれてるな」
「雰囲気ヤバいわよあそこ」
 ほとんどが個人等級でAかAに近い者達だ。誰も彼も腕に覚えがある、アリエスギルド内でも最高戦力に数えられる猛者共だった。
 ソフィーは焦っている様子ではあるものの、武器を振るっているようなジェスチャーをしていたり、逆に聞いていたりと動きが忙しない。

「あたしは別にどうでもいいけど。ウザいだけだし」
「コミュ障爆発」
「あんた時々意味分かんない言葉使うわよね。キモい」
「はいはい」
 エミリーに関して言えばやはり難しいようだ。ただ、ベックパーティーの魔法士達との繋がりはある。
 彼女らもエミリーを悪く思っていないようだし、これから先躓いた時に教えを乞う相手としては充分だろう。

「ね、明日からはあんたどうするの?」
「とりあえず自分の鍛錬とか……あとはベック達の同行もやらなきゃな」
「ああ、報酬ね」
「そうそう。他にもまあ、自分の事をやるつもりだよ」
「……ニアからもきっと話あると思うけど、合同でクエストやらない? しばらくの間」
 エミリーからそんな事を言われるとは意外だった。いつでも強気で勝気な態度を崩さない女なので、少しでも弱みらしい部分を見せるのは嫌がっていると思っていた。

「なんだ? 自信が無いのか?」
「そのニヤケ顔ウッザいんだけど。そんなんじゃないわよ。あんた独りじゃ無能もいい所だし、協力してやるって言ってんの。今までのお礼もしたいし」
「随分可愛い事言うんだな」
「んなっ……!」
「でも心配すんな。もう無茶はしないし、ちゃんと報酬も受け取ってる。しばらく生活には困らないしな」
「そういうんじゃなくて」
「お前の気持ちだけでも嬉しいよ。でも困ったら声掛けるし、これでも俺は需要あるからな。まだ駆け出しのお前らが心配すんなよ」
「もう! 撫でるな!」
 頭に手を置いて撫でると掃い除けられる。
「あーもうウッザ! あんたなんかそこらで野垂れ死ね!」
 ふん、とあからさまに鼻を鳴らし、ズカズカと大股でエミリーが離れていく。
「エミリー、落ち着いたら会館のカウンターに集まるように二人にも言っといてくれ」
「自分でやれ!」

 仕方ないな、と苦笑いしその背を見送る。
「……ごめんな」
 呟き、手にした果実水を飲み干した。
 酷く温くて味のしない水のようだった。



「どう? アンナさん金は足りそう?」
「イクヤさん。まあ飲み物と食べ物分は大丈夫です。もう支払いました」
「会計任せちゃって悪かったな」
「本当ですよ! 面倒事ばかり押し付けて!」
「余った分はギルドに入れてくれ。あとこれは個人的にね」
「あら……どうせだったらお金じゃない方がいいなあ」
 と言いながらも俺が差し出した小さな袋を懐に仕舞う。
「女性には心の籠ったプレゼントをした方がモテますよ?」
「じゃあ返せよ」
「それはそれ、これはこれ。イクヤさんがどんな物選んでくれるか楽しみだなー」
 本当に強かな人だ。呆れながらも了承し、やる事リストに一つ追加する。

「で、お願い事がもう一つ。紹介状の件だ」
「ああ、朝言ってた……どこ宛てにです?」
「カプリコーンに」
「……イクヤさん。私は行って欲しくないです」
「俺に惚れた?」
「その理由で留まってくれるのなら、私の身で良ければいくらでも」
「いや、えっと」
 軽口のつもりで言ったのだが、真剣な表情で返されてしまい慌ててしまう。

「あなたが残ってくれるのなら、私結婚してもいいと思ってます」
「……その口ぶりじゃ俺の事が心底好きで、とかじゃないよな。アンナさんは何を心配してる?」
 少しだけ冷静になり考えるだけの余裕が生まれ、アンナが自分を引き留める理由は何なのかという疑問をぶつける。

「イクヤさんは少し、自分を雑に扱い過ぎています……と言うより、自分の価値を低く見過ぎているんです。だから死に急ぐような事も平気でやっちゃう」
「死んで欲しくない?」
「ええ、絶対に。少なくとも、あなたは報われる必要があると思ってます」
「……そっか、俺も報われたらいいなと思ってるよ。現実はそうじゃないけど」
「だから、私で良ければもらって……」
「そういうんじゃ無いんだ。俺のやりたい事は。少なくともあいつらと一緒に居たお陰で、ソロになってからの自分の馬鹿さ加減は理解できてるよ。もう無茶はしない。でも、ここでゆっくりと人を育てながら生きていくのは俺の望みじゃないんだ。アンナさんが傍らに居るのは正直魅力的だけど」
 これは本音だった。
 アンナとは三年間一緒にずっと仕事をしてきた仲だし、アレクセイ達が居ない今、この世界に来て一番信用している人はアンナだ。
 見た目も器量も良いし、多少腹黒いとは言えそれも悪意ではない……ハズ。多少じゃないな、めちゃくちゃ腹黒いかも。
 うーん、魅力的、なのか? ぶっちゃけ尻に敷かれるイメージしか湧かないけど。まあいいか。
 自分で自分の思考に苦笑いしつつ、自分の望みがはっきりと形になった事を確かめる。

「俺の望みはここじゃ叶えられない。だから……」
「イクヤさーんっ! お呼びで……って、出直した方がいいですかね?」
 元気な声が聞こえてきて振り返ると、三人の姿があった。
「ニアか、丁度良かった。お前達に話したい事があって」
「なんやイクヤさん、ちょっと目が赤いなあ?」
 横からソフィーが覗きこんできて間近で見つめ合う。
「望み通り呼んできてやったんだけど」
「おう、エミリーありがとう」
 エミリーへと顔を逸らし、ソフィーに見つめられる気恥ずかしさを誤魔化す。

「で? 話ってなんなのよ。あたしらもう疲れてて眠いんだけど」
「ああ、手短に話すから」
 そう言って三人を見回す。



「……俺はこのアリエスの街を出ていく。お前達とは、これでお別れだ」
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