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第十一話 思わぬ収穫 後編
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「で、結局あんた何が言いたいのよ」
「悪い。俺の勘なんだけど……アンダさん、またお願いになるけど特注のロッドって作れます? 具体的には、柄の部分の形状をいじりたいんだけど」
「ほう、注文ですかな。ロッドに関しては魔法具技師にお願いしなければなりませんが……頼むのは構いませんぞ」
「じゃあ、お願いしたい。図案はこんな感じで。できれば、ボウガンの引き金みたいなの付けて欲しいんだけど」
「飾りで良ければ可能でしょう。これもまた面白い形だ」
「頼みます。足が出た分はこいつらに払わせますから」
「いやいや、私も久方ぶりに血が騒いでいますぞ。新しい武器の開発は若い頃目指してましたが、鍛治の才能が無く諦めてましたからな。まさかこの歳になって焚きつけられるとは」
「まあ、元の世界チートってやつですけどね。元居た世界で既に出来ていたものを、俺が持ち込もうとしてるに過ぎないし」
「それでも、ですよ。与えられた物をどう扱うか、どう組み合わせ使いこなすのか、それが大切だと私は思っておりますぞ。イクヤ様の発想は無限の知恵の泉。是が非でも今後ともお付き合いしたいと今、本心で思っております」
恭しく頭を下げて手を差し出すアンダに、束の間戸惑う。
「さっさと手を取りなさいよ。あんたを認めたって事でしょ、このおっさんが」
「左様です、エミリー様」
こういう時、エミリーのさっぱりとした性格が羨ましく思う。ごちゃごちゃと考えず物事をシンプルに捉えている。それでいて人の心の動きには敏感だ。俺もエミリーのように振る舞えたなら、元の世界ではもう少しマシな生き方をしていたんじゃないかと思う。
「じゃあ、よろしくお願いします。どう協力できるかは分かりませんけど」
「そこは探り探りやっていきましょう。いきなり花が咲く種などありませんからな。一先ずは、今日植わった苗木が大輪の花をつけるか、はたまた大木に育つか楽しみなばかりです」
差し出された手を取り握り返す。しっかりとした感触が返ってきた。
「では、明朝ギルド会館にお越しください。その時に詳しく図案を詰めて、製作に取り掛かりましょう」
「分かりました」
「お、ニア様も戻ってきましたな。詳しいご注文を伺っております故、イクヤ様も鑑定に」
「はい。ニア、どうだった?」
「才能は増えてなかったですけど、スキルはかなり増えてましたっ! でも、剣のスキルは”遣い手”のままです……」
「適性ってのは誰にでもある。でも今の状態であそこまで剣を使いこなせてるんだからすげーよ。俺なんて何一つスキル取れないんだし」
「イクヤさんは戦いもすごいですけど、それ以外ももっとすごいですからっ!」
真剣な顔で迫ってくるニアの頭に、軽く手を置く。
「励ましてくれてありがとな。じゃ、行ってくるからアンダさんに細かい注文付けてくれ」
「イクヤさん……」
昔なら褒められたらそのまま受け取れた。しかし、今は自分の評価と他人が付ける評価に大きな隔たりがあると感じている。
何よりも「俺を利用したい」という下心があると思えて、拒絶したくなってしまうのだった。
「さてさて、最後のお客様がお兄さんですね」
「別にしなくても構わないんですけど、ね」
荷袋を開いて商売道具を広げたレイザルが、真顔なのか笑っているのか分からない表情で迎えてくる。
目が細いので口元や雰囲気でないと感情が分からない。
小さな椅子に座っており、向かいにも小さな椅子がある。その他には皮紙の束をまとめた包みや本、板、筆やインクなど、どれもよく見れば高級品であろう品々が並んでいる。
手で椅子を指し示されたので、向かい合わせに座る。
「ふむ。個人的にはちゃんと礼をしなきゃいけない相手はお兄さんだと思ってますから、それは困るなあ」
「ソフィーでしょ。まあ、レイザルさんの目的でもあったなら色々事情が変わるか」
「美少女三人の言ってた通りだ。『面倒くさい性格だから困ってる』って言ってましたしたよ」
「あいつら……」
低く笑うレイザルに、アンダの元で話をしている三人を睨む。
「そういう顔の方が良いですよ、お兄さん。それにもうちょい砕けてもいいでしょ、十八歳なら」
「固過ぎる?」
「と言うより自分を型に嵌めようとし過ぎている印象ですかね。もうちょい自由に振る舞いましょうや、冒険者なんだから」
そんなつもりは無いのだけど……まあ、注文通りにするか。
「それじゃ鑑定お願いするよレイザルさん。どうせ一年前から変わらないけど」
「ほらほら面倒くさいお兄さんが出てきてるなあ。そいじゃ両手を拝借」
手首を掴まれて強く握られる。
するとレイザルの手が水色に近い青色に発光し、手首の内側に何か冷たいものが這い始めるような感覚を覚える。
だが、思っていたよりも不快さが無い。これまで受けた時は熱くざらついたものが這い回る感覚だった。
最初の時など思わず腕を振りほどいてしまった程だ。
レイザルの場合は違う。ソフィーが言っていたように水が浸透していくように手から広がり内側へ浸かっていく、そんなイメージだ。
冷たさが妙に心地良い。頭が冷静になっていく。
しばらく心地良さに身を委ね、感覚を閉じていく。
「……終わりです」
水泡が弾けるように皮膚の内にあった膜がなくなり、消えていた外気を感じられる。
音が耳に届く、草木の生臭い匂いも。
「不思議な感覚だった」
「皆さんそう仰られますね。まあ、お兄さんとは結構相性も良かったからですけど」
「相性?」
「鑑定は自分の魔力を相手に浸透させますからね、上手い下手もあるし、合う合わないもあるんですよ」
喋りながらも手早く紙と筆を取り出し、さらさらと書き留めていく。
「喋らない方がいい?」
「いえ、話しましょう。その方が筆も乗るんで。アンダ殿とマテラ殿とは交友は持てましたかな?」
「ああ、二人ともこれから取引する予定になってる」
「それは良かった。自分も昨晩意気投合しただけですが、商才ある者との交友は大切ですよ」
こちらに一瞥もせず書き続けるレイザル。何だか話すのに気が引けてしまう。
「そう言えば何であんな場所に護衛も付けず三人で来てたんだ?」
「ああ……あれは、この先の農場を見たいというマテラ殿に着いていったもので」
「村からリカールの群れが出てるって警告が出てたと思うけど」
俺達のクエストの受注は今朝。発注は昨晩出ていた。であれば村も警戒態勢だったと思うのだが。
「恥ずかしながら酒の勢いと言いますか……アンダ殿の部屋で飲み明かしましてね」
「お前ら、酔ったら面倒なタイプだな?」
「ははは」
呆れてしまった。三人ともそれなりに地位の高い者達なのは分かる。それが魔物の群れが出ている地域にお忍びで外出など、従者や付き人が許すはずない。きっと姿が消えたのを知って血眼になって探している筈だ。
「まあ、これも冒険。久しぶりに槍を構える経験も悪くない」
「リカールの恐ろしさ分かってるか? 今頃埋められてるぞ」
「それも一興でしょう。この世の中では」
見た感じ二十代か。でも随分と達観した考え方をしている。
「ソフィーはどうだった?」
「武の才能を持つ者にしてはそこそこでしょうね。どう伸ばすかは当人次第。八大戦士に届くには数年苦労しないといけませんかな」
俺の目から見るソフィーは、アレクセイ達よりも才能が上だと見ていた。でもレイザルからすると驚くほどではないという事か。
「あの顔を維持できるなら最も人気のある八大戦士となれるやも、ですね。地味だし田舎っぽい印象はあれど、女性の八大戦士としてはかなりの美形だ」
「女の八大戦士が居るのか?」
「ええそれは。二人おりますね。まあ男顔負けの巨人のような御仁ですが。言っておきますがとんでもなく強いですよ? あなたの防御力では……五十人並んでも全員死にますね。殴られただけで」
「そんなにか……」
乾いた笑いしか出てこない、文字通り桁が違う。
それにしても八大戦士の事も鑑定しているとは、さすが王都ギルド直属の人気鑑定士だ。
「そう言えば王都ギルド直属なんだよな」
「ええ。それが?」
「アレクセイパーティー……って知ってるか?」
そこで筆を止めこちらを見る。
「勿論。新進気鋭の若手パーティー。そう言えば彼らはアリエス出身でしたか。アレクセイ様達といい、ソフィー様といい、お兄さんといい、アリエスは若い才気で溢れてますね。さて、書き終わりましたよ。さっきの質問で色々と合点が行きました」
三枚の皮紙を手渡され目を落とす。書かれた文字は几帳面で細かく、整然としたものだった。
思っていたよりも数値が上がっている事に驚いた。
最後にステ板で見た時は一万程度だったのだが、現在は攻撃力も防御力も一万三千に近い。死にかけた時でさえ僅かな上昇だけだったのに。
筋力のステータスも軒並み上昇している。ニア達と過ごした日々の中で、限界まで追い込まれるような戦闘は少なかったのだが。
「お兄さんのスキル”才能開花”。それがここ最近のアリエスギルドを底上げしてる要因ですかな」
「アレクセイ達は、俺と三年一緒に居た」
「ふむ、今は別れている事情を訊くのは、野暮というものですかね。召喚人も何人か見てきましたが、お兄さんは完全に人材育成にのみ向いているようですね。一般人よりずっと強くはなってますが、ここから伸びる可能性も薄いでしょう。自分ならギルドに売り込んで新人育成に従事。或いはスキルの優位性を利用してパワーレベリングに同行する。これだけでそこらの貴族と同じくらいの財は築けますな」
「う……そうなんだけどさ」
真正面から言われると余計にキツい。言われなくても分かっている、そんな事はずっと前から頭にある。
でも、俺の望みは金を稼いで悠々自適に過ごしたいわけじゃない。スローライフなど望んでいない。
「他人の人生を決めつけるほど、自分は傲慢じゃありません。あくまでその人を見て、能力を見て、経験と予測を総合し助言する。それが鑑定士という仕事です」
細い目が開かれて瞳が露わになる。その眼は色素が無く真白な瞳孔だった。
「最後に見るのは”人”なんですよお兄さん。何が向いてる、何ができる、何ができない向いてない。そんな話は関係ない。その人の行きたい道に行くのが良いと思っていますよ、自分は。こんなのただの情報だ。思っているより、人間は変化の速い生き物です。昨日会った物乞いが明日には王になっているかもしれない。最後に自分の道を決めるのは自分自身で良い。この紙は、道を諦めるための理由付けに使う物ですよ」
「……鑑定士がそんな事言っていいのかよ」
「言ったでしょう、『人を見ていると』。本人のやりたくない事を押し付けて何が楽しいって話ですよ。これでも一流の鑑定士を名乗っているのでね」
「俺に強くなる可能性が無くても、強くなろうとしていいんだな」
「ええ。信じる限りは」
「……結局根性論か」
「そんなもんでしょ」
いつの間にかレイザルは目を細めており、にこやかに笑っている。
「一つ助言をすると、召喚人の持つスキルは特別でたった一人のもので不変です。でも、そのスキルには何かしらのルールや原理や法則を持っている。自分の見解では、召喚人のスキルは我々のスキルとは法則が違うように思っているんです。だから召喚人はこちらのスキルを得られない」
「他の連中も同じなのか」
「ええまあ。……あまり他の冒険者の手の内を晒すのは良くないでしょうがね。スキルにも寄りますが苦労した方も知っていますよ。大概はオーバースペックなので頭四つは飛び抜けますがね」
「それが聞けただけでも気持ちが楽になるよ」
「楽になっちゃいけませんな。さっきも言ったようにお兄さんらの持つスキルには法則があって、ともすれば抜け道があるのではと思います。絶えず自分の事を考える事ですな」
「本当に……?」
「自分からできるアドバイスはここまで。ここからは有料情報ですな」
「充分過ぎる程だよ。ありがとう、レイザルさん」
「いいえ。悩める若者を導くのも仕事ですからね。それに、誰かの作った仕組みの通りに生きなきゃいけいなんて、つまらないでしょう。自分らは自分らだ」
「……それには同感だ」
妙なシステムだらけの世界。俺をこの世界へと、わけの分からないスキルを与え送り込んだ何かがあるはずだ。
例えば神だとか、世界だとか、偶然か運命か。何でもいいが気に食わない。
最後にレイザルと握手を交わし、三人と合流する。
「おかえりなさいっ」
「ああ」
「ニアの注文も決まったのか」
「はい! 助言をもらっていて申し訳ないですけど、やっぱりわたしは剣が使いたいなって……」
言い辛そうに口ごもるニア。怒られないか不安のなのだろうか。
頭に手を置くと、驚いたようにこちらを見上げる。
「いいんじゃないか、ニアの使いたい武器を使えば。剣で道を斬り開く英雄になりたいんだろ?」
「はい……っ!」
力強く頷くのを見て、手を戻す。
「なんや、イクヤさん随分穏やかな顔になったなあ?」
「そうか?」
「エミリーちゃんもそう思わん?」
「知らない。大して変わんないでしょ。地味顔だし」
不思議そうに首を傾げるソフィーに、興味がなさそうにこちらを一瞥するエミリー。
「それよりもあんたのステータス見せなさいよ。笑ってやるから」
「まだお前じゃ全部は読めないんじゃねーの?」
「バカにすんなっての! ちゃんと毎晩勉強してるんだから!!」
「悪い悪い、分かってるよ」
既にアンダさんはレイザルさんの所に行き、二人はメサルティムの村へと向かっている。
「俺達も帰るか」
「はいっ!」
「せやね」
「また歩き通しかー」
今日のクエストは本当は請けるつもりが無かった。だが「村の危機」という言葉にニアが反応し、真っ先に申し出たのだ。
結果的に村を救えたし、俺達にとってはそれぞれ大きな収穫となった日だと思う。
レイザルの言う通り、個人的に商人達と接点を持てたのは大きいかもしれない。
ソフィーにも、エミリーにも、ニアにもそれぞれ強くなる為の可能性を得られた。
あと一回。それが俺にできる、あいつらに最後の教えられる機会だった。
「悪い。俺の勘なんだけど……アンダさん、またお願いになるけど特注のロッドって作れます? 具体的には、柄の部分の形状をいじりたいんだけど」
「ほう、注文ですかな。ロッドに関しては魔法具技師にお願いしなければなりませんが……頼むのは構いませんぞ」
「じゃあ、お願いしたい。図案はこんな感じで。できれば、ボウガンの引き金みたいなの付けて欲しいんだけど」
「飾りで良ければ可能でしょう。これもまた面白い形だ」
「頼みます。足が出た分はこいつらに払わせますから」
「いやいや、私も久方ぶりに血が騒いでいますぞ。新しい武器の開発は若い頃目指してましたが、鍛治の才能が無く諦めてましたからな。まさかこの歳になって焚きつけられるとは」
「まあ、元の世界チートってやつですけどね。元居た世界で既に出来ていたものを、俺が持ち込もうとしてるに過ぎないし」
「それでも、ですよ。与えられた物をどう扱うか、どう組み合わせ使いこなすのか、それが大切だと私は思っておりますぞ。イクヤ様の発想は無限の知恵の泉。是が非でも今後ともお付き合いしたいと今、本心で思っております」
恭しく頭を下げて手を差し出すアンダに、束の間戸惑う。
「さっさと手を取りなさいよ。あんたを認めたって事でしょ、このおっさんが」
「左様です、エミリー様」
こういう時、エミリーのさっぱりとした性格が羨ましく思う。ごちゃごちゃと考えず物事をシンプルに捉えている。それでいて人の心の動きには敏感だ。俺もエミリーのように振る舞えたなら、元の世界ではもう少しマシな生き方をしていたんじゃないかと思う。
「じゃあ、よろしくお願いします。どう協力できるかは分かりませんけど」
「そこは探り探りやっていきましょう。いきなり花が咲く種などありませんからな。一先ずは、今日植わった苗木が大輪の花をつけるか、はたまた大木に育つか楽しみなばかりです」
差し出された手を取り握り返す。しっかりとした感触が返ってきた。
「では、明朝ギルド会館にお越しください。その時に詳しく図案を詰めて、製作に取り掛かりましょう」
「分かりました」
「お、ニア様も戻ってきましたな。詳しいご注文を伺っております故、イクヤ様も鑑定に」
「はい。ニア、どうだった?」
「才能は増えてなかったですけど、スキルはかなり増えてましたっ! でも、剣のスキルは”遣い手”のままです……」
「適性ってのは誰にでもある。でも今の状態であそこまで剣を使いこなせてるんだからすげーよ。俺なんて何一つスキル取れないんだし」
「イクヤさんは戦いもすごいですけど、それ以外ももっとすごいですからっ!」
真剣な顔で迫ってくるニアの頭に、軽く手を置く。
「励ましてくれてありがとな。じゃ、行ってくるからアンダさんに細かい注文付けてくれ」
「イクヤさん……」
昔なら褒められたらそのまま受け取れた。しかし、今は自分の評価と他人が付ける評価に大きな隔たりがあると感じている。
何よりも「俺を利用したい」という下心があると思えて、拒絶したくなってしまうのだった。
「さてさて、最後のお客様がお兄さんですね」
「別にしなくても構わないんですけど、ね」
荷袋を開いて商売道具を広げたレイザルが、真顔なのか笑っているのか分からない表情で迎えてくる。
目が細いので口元や雰囲気でないと感情が分からない。
小さな椅子に座っており、向かいにも小さな椅子がある。その他には皮紙の束をまとめた包みや本、板、筆やインクなど、どれもよく見れば高級品であろう品々が並んでいる。
手で椅子を指し示されたので、向かい合わせに座る。
「ふむ。個人的にはちゃんと礼をしなきゃいけない相手はお兄さんだと思ってますから、それは困るなあ」
「ソフィーでしょ。まあ、レイザルさんの目的でもあったなら色々事情が変わるか」
「美少女三人の言ってた通りだ。『面倒くさい性格だから困ってる』って言ってましたしたよ」
「あいつら……」
低く笑うレイザルに、アンダの元で話をしている三人を睨む。
「そういう顔の方が良いですよ、お兄さん。それにもうちょい砕けてもいいでしょ、十八歳なら」
「固過ぎる?」
「と言うより自分を型に嵌めようとし過ぎている印象ですかね。もうちょい自由に振る舞いましょうや、冒険者なんだから」
そんなつもりは無いのだけど……まあ、注文通りにするか。
「それじゃ鑑定お願いするよレイザルさん。どうせ一年前から変わらないけど」
「ほらほら面倒くさいお兄さんが出てきてるなあ。そいじゃ両手を拝借」
手首を掴まれて強く握られる。
するとレイザルの手が水色に近い青色に発光し、手首の内側に何か冷たいものが這い始めるような感覚を覚える。
だが、思っていたよりも不快さが無い。これまで受けた時は熱くざらついたものが這い回る感覚だった。
最初の時など思わず腕を振りほどいてしまった程だ。
レイザルの場合は違う。ソフィーが言っていたように水が浸透していくように手から広がり内側へ浸かっていく、そんなイメージだ。
冷たさが妙に心地良い。頭が冷静になっていく。
しばらく心地良さに身を委ね、感覚を閉じていく。
「……終わりです」
水泡が弾けるように皮膚の内にあった膜がなくなり、消えていた外気を感じられる。
音が耳に届く、草木の生臭い匂いも。
「不思議な感覚だった」
「皆さんそう仰られますね。まあ、お兄さんとは結構相性も良かったからですけど」
「相性?」
「鑑定は自分の魔力を相手に浸透させますからね、上手い下手もあるし、合う合わないもあるんですよ」
喋りながらも手早く紙と筆を取り出し、さらさらと書き留めていく。
「喋らない方がいい?」
「いえ、話しましょう。その方が筆も乗るんで。アンダ殿とマテラ殿とは交友は持てましたかな?」
「ああ、二人ともこれから取引する予定になってる」
「それは良かった。自分も昨晩意気投合しただけですが、商才ある者との交友は大切ですよ」
こちらに一瞥もせず書き続けるレイザル。何だか話すのに気が引けてしまう。
「そう言えば何であんな場所に護衛も付けず三人で来てたんだ?」
「ああ……あれは、この先の農場を見たいというマテラ殿に着いていったもので」
「村からリカールの群れが出てるって警告が出てたと思うけど」
俺達のクエストの受注は今朝。発注は昨晩出ていた。であれば村も警戒態勢だったと思うのだが。
「恥ずかしながら酒の勢いと言いますか……アンダ殿の部屋で飲み明かしましてね」
「お前ら、酔ったら面倒なタイプだな?」
「ははは」
呆れてしまった。三人ともそれなりに地位の高い者達なのは分かる。それが魔物の群れが出ている地域にお忍びで外出など、従者や付き人が許すはずない。きっと姿が消えたのを知って血眼になって探している筈だ。
「まあ、これも冒険。久しぶりに槍を構える経験も悪くない」
「リカールの恐ろしさ分かってるか? 今頃埋められてるぞ」
「それも一興でしょう。この世の中では」
見た感じ二十代か。でも随分と達観した考え方をしている。
「ソフィーはどうだった?」
「武の才能を持つ者にしてはそこそこでしょうね。どう伸ばすかは当人次第。八大戦士に届くには数年苦労しないといけませんかな」
俺の目から見るソフィーは、アレクセイ達よりも才能が上だと見ていた。でもレイザルからすると驚くほどではないという事か。
「あの顔を維持できるなら最も人気のある八大戦士となれるやも、ですね。地味だし田舎っぽい印象はあれど、女性の八大戦士としてはかなりの美形だ」
「女の八大戦士が居るのか?」
「ええそれは。二人おりますね。まあ男顔負けの巨人のような御仁ですが。言っておきますがとんでもなく強いですよ? あなたの防御力では……五十人並んでも全員死にますね。殴られただけで」
「そんなにか……」
乾いた笑いしか出てこない、文字通り桁が違う。
それにしても八大戦士の事も鑑定しているとは、さすが王都ギルド直属の人気鑑定士だ。
「そう言えば王都ギルド直属なんだよな」
「ええ。それが?」
「アレクセイパーティー……って知ってるか?」
そこで筆を止めこちらを見る。
「勿論。新進気鋭の若手パーティー。そう言えば彼らはアリエス出身でしたか。アレクセイ様達といい、ソフィー様といい、お兄さんといい、アリエスは若い才気で溢れてますね。さて、書き終わりましたよ。さっきの質問で色々と合点が行きました」
三枚の皮紙を手渡され目を落とす。書かれた文字は几帳面で細かく、整然としたものだった。
思っていたよりも数値が上がっている事に驚いた。
最後にステ板で見た時は一万程度だったのだが、現在は攻撃力も防御力も一万三千に近い。死にかけた時でさえ僅かな上昇だけだったのに。
筋力のステータスも軒並み上昇している。ニア達と過ごした日々の中で、限界まで追い込まれるような戦闘は少なかったのだが。
「お兄さんのスキル”才能開花”。それがここ最近のアリエスギルドを底上げしてる要因ですかな」
「アレクセイ達は、俺と三年一緒に居た」
「ふむ、今は別れている事情を訊くのは、野暮というものですかね。召喚人も何人か見てきましたが、お兄さんは完全に人材育成にのみ向いているようですね。一般人よりずっと強くはなってますが、ここから伸びる可能性も薄いでしょう。自分ならギルドに売り込んで新人育成に従事。或いはスキルの優位性を利用してパワーレベリングに同行する。これだけでそこらの貴族と同じくらいの財は築けますな」
「う……そうなんだけどさ」
真正面から言われると余計にキツい。言われなくても分かっている、そんな事はずっと前から頭にある。
でも、俺の望みは金を稼いで悠々自適に過ごしたいわけじゃない。スローライフなど望んでいない。
「他人の人生を決めつけるほど、自分は傲慢じゃありません。あくまでその人を見て、能力を見て、経験と予測を総合し助言する。それが鑑定士という仕事です」
細い目が開かれて瞳が露わになる。その眼は色素が無く真白な瞳孔だった。
「最後に見るのは”人”なんですよお兄さん。何が向いてる、何ができる、何ができない向いてない。そんな話は関係ない。その人の行きたい道に行くのが良いと思っていますよ、自分は。こんなのただの情報だ。思っているより、人間は変化の速い生き物です。昨日会った物乞いが明日には王になっているかもしれない。最後に自分の道を決めるのは自分自身で良い。この紙は、道を諦めるための理由付けに使う物ですよ」
「……鑑定士がそんな事言っていいのかよ」
「言ったでしょう、『人を見ていると』。本人のやりたくない事を押し付けて何が楽しいって話ですよ。これでも一流の鑑定士を名乗っているのでね」
「俺に強くなる可能性が無くても、強くなろうとしていいんだな」
「ええ。信じる限りは」
「……結局根性論か」
「そんなもんでしょ」
いつの間にかレイザルは目を細めており、にこやかに笑っている。
「一つ助言をすると、召喚人の持つスキルは特別でたった一人のもので不変です。でも、そのスキルには何かしらのルールや原理や法則を持っている。自分の見解では、召喚人のスキルは我々のスキルとは法則が違うように思っているんです。だから召喚人はこちらのスキルを得られない」
「他の連中も同じなのか」
「ええまあ。……あまり他の冒険者の手の内を晒すのは良くないでしょうがね。スキルにも寄りますが苦労した方も知っていますよ。大概はオーバースペックなので頭四つは飛び抜けますがね」
「それが聞けただけでも気持ちが楽になるよ」
「楽になっちゃいけませんな。さっきも言ったようにお兄さんらの持つスキルには法則があって、ともすれば抜け道があるのではと思います。絶えず自分の事を考える事ですな」
「本当に……?」
「自分からできるアドバイスはここまで。ここからは有料情報ですな」
「充分過ぎる程だよ。ありがとう、レイザルさん」
「いいえ。悩める若者を導くのも仕事ですからね。それに、誰かの作った仕組みの通りに生きなきゃいけいなんて、つまらないでしょう。自分らは自分らだ」
「……それには同感だ」
妙なシステムだらけの世界。俺をこの世界へと、わけの分からないスキルを与え送り込んだ何かがあるはずだ。
例えば神だとか、世界だとか、偶然か運命か。何でもいいが気に食わない。
最後にレイザルと握手を交わし、三人と合流する。
「おかえりなさいっ」
「ああ」
「ニアの注文も決まったのか」
「はい! 助言をもらっていて申し訳ないですけど、やっぱりわたしは剣が使いたいなって……」
言い辛そうに口ごもるニア。怒られないか不安のなのだろうか。
頭に手を置くと、驚いたようにこちらを見上げる。
「いいんじゃないか、ニアの使いたい武器を使えば。剣で道を斬り開く英雄になりたいんだろ?」
「はい……っ!」
力強く頷くのを見て、手を戻す。
「なんや、イクヤさん随分穏やかな顔になったなあ?」
「そうか?」
「エミリーちゃんもそう思わん?」
「知らない。大して変わんないでしょ。地味顔だし」
不思議そうに首を傾げるソフィーに、興味がなさそうにこちらを一瞥するエミリー。
「それよりもあんたのステータス見せなさいよ。笑ってやるから」
「まだお前じゃ全部は読めないんじゃねーの?」
「バカにすんなっての! ちゃんと毎晩勉強してるんだから!!」
「悪い悪い、分かってるよ」
既にアンダさんはレイザルさんの所に行き、二人はメサルティムの村へと向かっている。
「俺達も帰るか」
「はいっ!」
「せやね」
「また歩き通しかー」
今日のクエストは本当は請けるつもりが無かった。だが「村の危機」という言葉にニアが反応し、真っ先に申し出たのだ。
結果的に村を救えたし、俺達にとってはそれぞれ大きな収穫となった日だと思う。
レイザルの言う通り、個人的に商人達と接点を持てたのは大きいかもしれない。
ソフィーにも、エミリーにも、ニアにもそれぞれ強くなる為の可能性を得られた。
あと一回。それが俺にできる、あいつらに最後の教えられる機会だった。
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仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
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アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
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