【第一部 完結】俺は俺の力を俺の為に使い、最強の「俺」となる ~便利だが不遇な「才能開花」のスキルでどう強くなればいい~

古道 庵

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第十話 エミリーの弱点克服計画 後編

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 目的地に辿りつきドアをノックする。
 中から男の声が聞こえてきた。
「イクヤだ。ベック、居るか? 頼みたい事がある」

 するとドタドタと足音が聞こえ、勢いよくドアが開かれた。
「どうしたんですか、先輩!! うちに来てくれるなんて……」
 中から出てきたベックは寝巻き姿で、自慢のサラサラの白髪も乱れていた。そして何故か泣きそうな顔をしている。

「いや、お願いしたい事が……って泣くな泣くな!」
 自分より一個下の青年だが、人目も憚らず泣き始めてしまった。
 後ろに居たパーティーメンバーが引き戻し、俺達も中に通される。
 エミリーはドン引きの表情だった。

「ずびばぜん……僕、嬉しくて……」
 ようやく落ち着いたベックに苦笑いしながら他のメンバー達を見回す。
 コリンにセイラ、ソニアとリリシア。半年前と変わらない面々だが、それぞれが包帯を巻いていたり治ったばかりの傷跡があったりと痛々しい姿だった。

「先輩を助けた日からずっと話し掛けらんなくて……だって僕、先輩のプライドを踏みにじるような事したから……」
 プライド、か。隣のエミリーを見る。エミリーはベックを恐れているのか、俺の腕にしがみついていた。
「あれから先輩ずっと俺の事避けてる感じでしたし、どうしたらいいか分かんなくて……」
「そりゃ悪い事したな。俺ももっと早く、お前達にこうするべきだった」

 掴むエミリーの手をどけて立ち上がり、頭を下げる。
 ……俺が先にプライドを捨てないとな。

「俺の事を助けてくれてありがとう。本当に恩に着るよ。来てくれたのがお前達で良かった」
「……せんぱいいいいいいい!」
「どわあああ寄るな汚い!」
 顔をあらゆる液体で汚したベックが抱き着こうとするので全力で頭を抑え込む。

 しばらく攻防が続くもコリンとソニアに引き戻されて拘束され、事なきを得る。それにしてもその拘束具、どこから出てきた? 太く重い鉄の鎖と錠前が付いている……明らかに囚人用だろ。

「で、話を続けていいか?」
「どうぞ。あ、リリシアお茶を淹れてくれるかい? 皆の分と、そこの素敵なお嬢さんにはスウェルグラスのとっておきを。リリシアも楽しんで」
「はいっ……!」
 嬉しそうに返事をして引っ込んでいくリリシア。
 ベックを押えるコリンとソニアの顔がやや上気しているように見えるのが気になる。

「聞いたよ。黄銅窟に挑んだんだって?」
「はい、まあこの通り惨敗でしたけど。やっぱり先輩達を超えるにはまだまだ時間が掛かるなあ……」
「お前らならきっと超えられるさ。努力家だからな」
「はは、恐縮です」
 照れて頭を掻くたびにチャリチャリと鎖が揺れる。

「休養はいつまでなんだ?」
「ちょっと新人の子が深手負っちゃったんで。まああと一週間ちょっとは動けないですかね」
「新人入れたのか」
「ええ。ロマンティックな夜を過ごしたんですが、その後どうしても一緒に居たいって言うから」
「マジで相変わらずだな、ナンパ白髪」
「ひ、酷くないですか!? 僕滅茶苦茶紳士ですけどお!」

 あれ、これ人選ミスったかも……? エミリーまで取り込まれる可能性出てきてないか?
 とは言え休養中のBランクパーティー。しかも魔法士二人に治癒魔法士二人が居るという偏った編制の異色な実力派。
 魔法の教えを乞うのにこれ以上適した相手は居ない。

「本題だけど、このエミリーに魔法を教えてくれないか? 休養期間の間の日中だけでいい。こいつに魔法士の基礎から教えてやって欲しいんだ」
「期間限定の弟子……ですか。先輩が教導で見てるお嬢さんですよね。何でまた?」
「魔法士としての基本を教わらないままここに来てるんだ。そして治癒魔法士として役に立たない。この意味、お前なら分かるだろ?」
「ええまあ。独学で何となくやってる人にありがちですよね。預かってもいいですよ、先輩の頼みとあらば」
「報酬は……ってええ? いいの?」
 さすがに無理だろうと思っており、自分の手持ちから限界の報酬を出そうと思っていたのだが。

「先輩達には散々お世話になりましたし、やっとお返しできるって事ですから。な? ソニア、セイラ?」
「はい、フィオーラ様には散々調きょ……ゴホン、ご教示いただきましたし」
「アレクさん達、それにイクヤさんにも何度も危ない場面を救ってもらいましたから」
 ソニア、一体何があったんだ? という疑問が残るものの、ベックパーティー創設時の二人が大きく頷く。

「何も礼をしないのはさすがに悪いと思うんだけど……」
「じゃあ、先輩と一緒に一日狩りをさせてください。無論万全な時に。それでお釣りが来ますよ」
「はは……お前、言うようになったな」
「なりふり構うのはもう辞めるんです。もう、この子達に辛い思いはさせたくない」
 目の前の白髪の優男の眼が束の間鋭くなる。
 先日の敗退で何か思う所があったのかもしれない。

「逞しくなったな」
「先輩こそ、ちょっと雰囲気変わりましたよね」
「そうか?」
 隣のエミリーを見るが、首を傾げられる。

「何というか、一番伸びてた時期の頃みたいな……いや、それとも違うな。何だか今の先輩、ずっといい顔してますよ」
「生意気言いやがって。この傷か?」
 と左頬をなぞる。
「違いますって。でも、いいあだ名が付いたじゃないですか?」
「……ちょっと待て。お前まさか」
「ふふ」
 笑いながら自分の唇に指を当てるベック。どこか艶めかしくミステリアスに見える。

「みなさーん、お茶が入りましたよー」
 リリシアがお盆を手に戻ってきて、それぞれに紅茶が配られる。

「うん、いい香りだ。リリシアは紅茶を淹れるのが本当に上手だね」
「そんなことは……っ! でも、褒めて下さるならご褒美……いただけますか?」
「客人の前だよ。……夜にね」
「はい……っ!」
「ちょっとベック! 私にはどうなのさ!」
「ソニアも勿論可愛がるさ。嫉妬に満ちた君の顔も魅力的だよ」
「ん!!」
「ベックさん、私は?」
「ベックさまーーーーー!?」

 目の前で繰り広げられるベックのハーレム劇場に眩暈がしそうだ。こいつはずっとそうで、ソニアとセイラが着いてきた頃からパーティーメンバーは女ばかり。
 全員で取り合ったりいがみ合ったりとぐちゃぐちゃで加入・離脱も多いのだが、今目の前の四人は最低でも一年続いているメンバーだった。そろそろ落ち着いて欲しい所だ。

「ねえ……あんた、まさかここに置き去りにする気……?」
「ああ。頑張れよ」
「ちょっとふざけん……!」
「おっと」
 と目にも留まらぬ速さでティーカップをエミリーの口に付けて腕に抱き黙らせるベック。

「可憐なお嬢さんがそんな言葉を遣っちゃいけないよ?」
 顔を間近に寄せて囁かれる。
「~~~~~~~~っ!」
 声にならない声を上げて一気に紅茶を飲み干し、ぐったりとソファに腰掛けるエミリー。

「お前なあ……エミリーをあんま誑かすなよ?」
「安心してください、先輩! 僕の恋愛対象は十五歳からですから。お嬢さんは見た所十一歳ぐらいでしょう? 将来が楽しみな蕾を独占したりはしませんよ」
「お、おう……頼むわ……」
 本当は十六歳だとは言わなかった。エミリーも身の危険は感じているからそう振る舞うだろう。


 出された紅茶を飲みながらベック達と世間話をする。黄銅窟での話にも触れて、ドラコアから如何にして逃げ切ったかも聞いた。
「この前入った時は遭遇しなかったですけど、少しダンジョンが異様な雰囲気になってましたね」
「異様って言うと?」
 敗退した時の話となり、気になる事を言うので聞き返す。

「魔物の生態系が変わっているというか……前ってストーンドラゴンの影響が強くて、模倣してるのがいっぱいだったじゃないですか」
「まあ、そうだな」
 生物というカテゴリーの頂点、ドラゴン。絶対的な君臨者を前に、魔物は模倣という形を持って強さに倣うものだ。なので鉱石質の肌を纏ったり、四足の地を這う姿になったりとそういった変化が強くなる。

「なんだかシンプルな形になってきてるんですよねー……それでいて強い。明らかに前より上層と中層の難易度変わってますよ。うち、下層まで降りるだけの準備して行ったんですけど中層の入り口でほぼ使い切りましたからね」
「そうか……」
 見当違い、或いは準備不足だと茶化すのは簡単だ。しかしベック達がそんな甘い見立てで高難度ダンジョンに突っ込む程、若いパーティーでは無い事は承知している。
 実際に起きている変化だと見ていいだろう。

「先輩も鍛錬で挑む時あったら気を付けてください。リカールがいきなり”影踏み”かましてくるとか、ちょっとやばいですよ」
「情報ありがとう。いずれ決着はつけたいからな……」
 そう呟きながら、紅茶の最後の滴を飲み干す。

「そんじゃ、今日からこいつ頼むわ」
「ええ、任せてください」
「ほんとに!? ほんとにここに置いてくの!?」
 何故か首枷を付けられ鎖に繋がれて狼狽えるエミリーを尻目に、両脇と背後に女を侍らせるベックと話す。

「こいつクソ生意気なプライドの塊だから、へし折ってガッツリ鍛えてやってくれ」
「ええ。誇り高い高嶺の花を攻略するのは僕の得意分野ですから、安心してください」
「無理無理なんかこの空気感無理!」
 既に涙目となっているエミリーの頭に手を置く。

「日暮れ前までだ。その後うちに来い」
「無理よおお……って、なんであんたの家に?」
「いいから絶対に来いよな。ニアとソフィーにも話通しとくから、安心してしごかれてこい」
「話が見えないんですけどーーー!!」

 助けてという悲鳴をBGMに、人通りの多くなった大通りを行く。
 さて、ニアとソフィーに会うのと教材探しか。飯は後にして先に用事を済ませることにした。


――――――――


 丁度陽が沈む頃にドアがノックされ、鍵は開いているぞと告げる。
 簡素な木製の扉を開いて入ってきたのは、顔を青くしゾンビのように足を引き摺って歩くエミリーだった。

「よう、お勤めご苦労さん」
「あんた……マジで覚えてなさいよ」
 ぼそぼそと呪詛のような言葉を並べながら俺のベッドにダイブするエミリー。

「てか、よく素直に来たな。そんだけ疲れてるなら帰ってるかと思った」
「うっさいわねー……あのソニ……ひいいいいい!」
 ソニアの名前を言いかけた瞬間飛び上がり両肩を高速で擦り始める。
 うん、一体何があったんだろうね。

「……あの頭イカれた魔女達に刷り込まれたのよ……あたし、宿に帰るつもりで歩いてたのに何故かここに……」
「あー、それは本当にご苦労様だ」
 どういう手を使ったのか知らないが、洗脳を受けたらしい。

「ほいよ」
 と買ってきておいた飯をテーブルに置く。
「あら、一人で食べる夕食が寂しくてあたしを呼んだの? 惨めね」
「そんだけ悪態吐けるなら大丈夫だな。用は別だ。とりあえず飯食おう。果実水もある」
「へえ、気が利くじゃないの」
 小さな丸テーブルを挟んで二人で食事する。結構な勢いで口に突っ込んでいるので、腹が減っているのは確かなようだ。

「初日はどうだった?」
 多少勢いが落ち着いた所で訊ねると、口元を拭きつつ口を開く。
「もう最悪、あいつら頭おかしいわよ。そもそもベックとかいう白髪にベッタリなのもキモいし……まあでも、色々教わったわ。腕が良いのも分かった」
「それなら良し。改善できそうか?」
「さあね。でも、感覚的に教えてくれるから分かりやすかったわ」
 期待通りの教え方をしてくれたようだ。途中でエミリーについて字が読めない事、それと小難しい話が苦手な事について話しておいたので、その通りやってくれたのだろう。
 このままあと六日、みっちり仕込んでもらいたい所だ。

「ふう、ご馳走様。帰っていい?」
「馬鹿、本題はこっからだっての」
 テーブルのゴミや食器を片づけて、代わりに準備した本や木版を並べていく。

「あんた、まさか……」
「夜は文字の勉強だ。これも一週間、俺が付きっきりで教えてやる。まあ、大光星が傾く時間ぐらいまでだからさ」
「ちょ……それってこれから六時間はやるって事!?」
「ああ。昼の訓練に比べりゃ楽だろ?」
「さすがに体力限界なんだけど……」
「ほれ、これ食いたくね?」
「……!」
 と、出したのは最近アリエスの街で流行りだした菓子だった。
 基本的にこの世界で甘味の食べ物は高い。今持っているキャラメル飴紛いの菓子だって、一欠けで銀貨十枚という破格の値段である。正直、滅茶苦茶痛い。しかしベック達が無償でやってくれると言うので浮いた分の金と思い買ってきてやったのだ。

 守銭奴のエミリーがこういった無駄な嗜好品を買わない事は知っている。だが誰よりも甘い物好きなのも事実だった。更にダメ押しだ。

「一時間に一個」
「うう!?」
「明日は別の味してやる」
「ううう!?」
「三日目を過ぎたら一時間に二個、しかも好きな味を選ばせてやる」
「うううううーーーーー!!!!」

 勝ったな。そう確信し一粒エミリーの口に押し込む。
「こいつはカウントしないでおいてやる。どうだ? やるか?」
 口の中で飴を転がし頬を押えて幸せそうな表情を浮かべるエミリー。
 暫く堪能した後、頭を掻いて葛藤している様子を見せる。

「……分かったわ。一週間だけ、なら」
「よし。そんじゃやるぞ。時間は適当に見るけどちゃんとあと六個やるから」
「絶対だからね」
「おう」
 馬ににんじん作戦成功、といった所か。これからしばらく俺も大変な思いをするが仕方ない。
 エミリーが一人前になったなら、俺もニアパーティーから離れる事ができるだろう。


 俺ができる、最後の教導だ。


――――――――


 エミリーにとってハード過ぎる毎日の、六日目の夜となっていた。既に大光星が中天に近づいている。三十分もしたら今日は終わりだ。

 少し夢中になってしまったので、最後の休憩の時間が遅れてしまった。
 飴を頬張って幸せそうなエミリーを置いて夜空を眺めている。

「ねえ、あんたってさ。結構教えるの上手いよね」
 不意にそんな声を掛けられるものだから振り向くと、エミリーが少し笑いながら俺を見ていた。
 いつも仏頂面ばかりを見ていたので少しだけ動揺する。

「俺の場合は先生が良かったからな」
 平静を装って俯きながら、椅子に腰かける。
「……? あんたって召喚人でしょ? それなら最初から読めたんじゃないの?」
「んなわけねーだろ。音と声だけだよ、そんな便利機能は。文字はゼロから教わった」
「そうなの!?」
「まあ、こうして話せるだけでも滅茶苦茶ありがたいけどな。そうでなくちゃ生きれなかったろうし」
「想像つかないわあ……」
 ソフィーかよ、とツッコみたくなるも抑える。関西弁のイントネーションだ。

「文字は……元パーティーメンバーに教わった。根気強く教えてくれてな。その本、あるだろ。そいつが俺用にって、自分で教本作ったんだよ」
 柔らかな茶色の髪と、こちらを見透かすような緑色の瞳。そして朗らかな声と笑顔を思い出す。
 半年ぐらいだったろうか。毎晩二時間程教えてくれた。お陰で簡単な文字や数字は読めるようになり、何なら自分でも文書の一つなら書けるようになったのだ。
 今ではギルドの事務を手伝わされる程度には、この世界の文字に造詣がある。

「ふーん……じゃあ、あんたのお下がりってわけね」
「悪いな。まあ他の本は新しく買ったやつだけど」
「んーん。嬉しい、かも」
 意外な言葉に思わず顔を上げる。

 頬杖を突いてこちらを見つめる目は、やけに優しく見えた。
「妹にね、『いっつもお姉ちゃんばっかり新しいのずるい』って怒られててさ。妹とあたしって体格そんなに変わらないから、お母さんが作ったあたしの服のお下がりが全部妹に行ってたの。それが不満だったみたいで。でもあたしは、誰かの使った道具とか好き。愛着を持って使った跡とか、大切に手入れした跡とか、逆にサボっていた所とか。そういうのが見えるから、市場とかで古い物見るの好きなんだ」
「モグリ市場に居たのってそういう事か。その割にはお前と会った覚えないけど」
「何度か見かけたわよ。鉢合わせたくないから隠れてたけど。休みの日まであんたの辛気臭い顔拝みたくないし」
「へーへー、悪かったね。傷モノの地味顔で」
 ただの偶然ではなく、会っていなかった事の方が不思議だったという事か。

「今は別に構わないけどね」
「はあ? お前俺を嫌ってたんじゃないのかよ」
「嫌いよ今も。偉そうだし、押しつけがましいし、人を馬鹿にするし。ウジウジしてるし、自分の事嫌ってるし、何がしたいのかよく分からないし。あんなクソハーレムパーティーに放り込むし、大嫌いな勉強やらせてくるし。でも、会ったばかりの頃のあんたよりずっとマシ。あの時のあんたは……本当にやばかったから」
「やばい、ねえ」
 ふた月ほど前の自分。どうだったろうか。大して変わらない気がする。
 目的自体は何も変わっていないのだから。

「あたしも頑張ってるけど、あんたも頑張ってると思うよ。これ、ご褒美」
 そう言って人差し指と親指を摘まんだ形で手を差し出してくる。その指にはいつもの飴菓子が挟まれていた。
「ほら」
 と口を開くようにジェスチャーする。

 妙に恥ずかしい気分になり、手の平を差し出すと首を横に振る。
 観念して仕方なく顔を近づけ、口を開くと飴を放り込まれた。

「どう? 美味しいでしょ」
「俺が買ってきた物だけどな……まあ、悪くはない」
 何故だろうか、いつもの憎たらしい女を直視できない。こんなガキみたいな女なのに。

「じゃああんたが食べ終わるまで待っててあげるから。ゆっくり堪能なさい」
「どうしたんだよ、何か気味が悪いぞ」
「あたしの優しさよ優しさ。素直に受け取んなさい」
 どうにも怪しい。毒でも盛られてるんじゃねーのか?

 口の中の飴を転がしつつ、味に異常がないか確認する。
 まあ、相変わらずこの世界基準の甘さなので相当に薄味だ。バターキャラメルなんか食わせたら失神するだろう。
 ああ、クソ甘いミルクチョコレートが恋しいぜ。

 しばらく無言の時間となる。
 エミリーは黙ってこちらを見ているだけだ。俺も警戒して目を逸らす事が出来ず、微妙な空気が続く。

 ……とそこで一つの事に気が付いた。
 慌てて席を立ち窓から見上げると、大光星が中天を過ぎていた。

「って事で今日は終わりね。おやすみなさーい!」
「お前、これ狙ってたな?」
「あと二粒いただいていくねー? そんじゃ、さよならー!」
「……ったく」
 足早に出ていくエミリーを見送り、テーブルの教本を片づける。

 と、本を持ち上げた所でテーブルに何か書いてあるのを見つける。

『あんたの顔、好きよ。前向きなさい』

 下手クソな文字でそんな意味の文が掛かれていた。

「一文字間違ってるっての」
 まだまだ教え足りないな、と間違った綴りを直して片づけを再開する。
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