【第一部 完結】俺は俺の力を俺の為に使い、最強の「俺」となる ~便利だが不遇な「才能開花」のスキルでどう強くなればいい~

古道 庵

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第八話 ソフィーと危機と 後編

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 蹴る。飛ぶ。走る。
 ひたすらそれの繰り返しだ。

 バルフーロ達は突然現れた襲撃者に戸惑っている。驚愕、混乱、それらが伝播する。現状、奇襲が成功した時と同じような効果が起きている。一方的にこちらだけが行動できるのだ。今の内に距離を稼ぎたい。

 頭上に風が巻き起こる。ソフィーが俺を飛び越していった。器用にバルフーロの背を渡り跳躍している。
 俺にはあんな曲芸は無理だ。才能とステータスの差だろう。


 間を縫うように駆け続けるが、やはり数が多い。目線が低い事もあり、この先どこまでも邪魔な棘の甲殻が続いているように見える。
「おっと!」
 不意に影が目の前を塞ぐ。尾だ。声を出すよりも先に反応しており、跳躍して回避する。そして地面を一回転し、足で弾いて走駆を再開。

 冷静さを取り戻し始めたバルフーロ達は、群れの真中に現れた敵を殺そうと動き始める。疎らに点在していたものが統率めいた動きを始め、こちらの進路を狭めてきていた。

 魔物の基本思考は「己の存在」と「己の強化」、そして「己以外の殺害」の三つだと言われている。取り分け人間に対しては異常なまでの敵愾心を見せており、撃退や排撃ではなく何が何でも殺しに掛ってくる。
 だから厄介だった。見逃してくれるという事が無い。

 突進を仕掛けようとしている動作があちこちで見える。マズい。腰に差した斧を抜く。
 吼えながら噛みつこうする頭を斧で叩き、体を回転させて躱す。

 先を見るとソフィーが飛んでいる姿が見えない。代わりに血飛沫のようなものが舞っているのが見える。

 眼前、塞がれる。邪魔だ。
 下から上へ、斧を振り上げる。頭部、顎を砕く感触。これ以上は構っていられない。

 二体、三体、体を横に向けている。徐々に統率の取れた動きになってきている。
 跳躍。背を越し、すれ違いざまに甲殻を蹴って次の跳躍へ。
 ようやく視界が開けた……クソ、まだこんなに居るのかよ。
 川はまだ遠い。バルフーロの群れの先、草木が生えているエリアが終わった岩肌が露出している辺り。途方もない距離と魔物の数に顔が歪む。
 そして地に足を着いたの同時に暗い絶望が思考を覆い始めていた。


「絶、望、して、いる、暇が、あるなら!」
 自らへの鼓舞。走り続けていて息が上がっている。余計な事に呼吸を使うのは良くないのも分かる。
「ひたすら!! 走れ!!」
 気を抜けば止まってしまいそうな足を鼓舞するために。折れてしまいそうな気持ちを奮い立たせるために。
 無駄と分かっていながらも叫ぶ。

 走る。躱す。殴る。打ち付ける。ぶつかる。弾かれる。止まる。走る。転がる。止まるな止まるな止まるな止まるな止まるな止まるな止まるな止まるな。

 思考が所々途切れ始めてくる。今自分が何をしているのか分からなくなる。
 無限に道を塞ぐ怪物共。噛みつこうと、轢き殺そうと、圧し潰そうと、弾き飛ばそうと、俺に殺意と理不尽を押し付けてくる。
 無意識に躱す、受ける、殴る、弾かれる、転ぶ、立ち上がる、走る。

 視界が暗い。いや、白い? 赤い気もする。何だこれは。邪魔だ。道を開けろ。行かなくちゃいけないんだ。
 とっくに息は切れている。腕を動かすのも、足を動かすのも億劫だ。でも止まらない、止まれない、何のために?

 頭に火花が散った。痛い。口の中が熱い。苦しい。

 気が付いたら倒れていた。
 空が見える。オレンジ色、茜色。夕暮れか。だがその夕空を蓋するように影が現れる。邪魔だ。見えないだろ。

 影は大きく開く。小汚い色合いの鋭い牙が並んでいて、やたらと生臭い吐息と涎が顔にかかる。
 人生の最期に見るものがこんなのなのか。あんまりだろ。

「立て!!」

 鋭い女の声が聞こえた。
 そして目の前にまで迫っていた捕食者が消えた。

 考えるよりも先に体が動き立ち上がる。
 そこに居たのは、黒に近い青い長髪を鮮血に染め、鉈とナイフを構える女。全身が黒と茶で汚れており、返り血なのか自分の血なのか区別が付かない。
 荒い息を吐いている。瞳孔が開ききっており、普段の大人しく怯えたような印象とはかけ離れていた。

「もう少しやから!」
 叫びながら鉈を振るい、迫るバルフーロの頭を弾き飛ばす。ゴキンと鈍い音を立て、何歩か後退すると倒れ伏した。

「あんたも一緒に帰るんや!」
 一瞬、誰だ? と思う。だが、紛れもなくソフィーだった。

 俺達を包囲するように群れが集まり密度が増す。
「うちが開く! あんたは後ろ!」
「ああ」
 酷く怠いし頭も回らないが、返事だけはできた。

 ソフィーが躍りかかる。近くの一体の頭、その首元に左手で握るナイフを叩き込み、上から押しつけて倒す。そいつを踏み台にして跳躍。
 俺もソフィーに続き走り、飛ぶ。

 長髪が揺れる度に邪魔な小山が吹っ飛ばされる、倒れる。背の高い草を掻き分けるように、鈍重な障害物をどけていく。
「ソフィー!」
 名を呼び、振り向いた彼女に手斧を投げる。
 頷いて受け取ると無造作に振るう。バルフーロが吹っ飛んだ。

 ……はは、馬鹿みてえだ。

 アレクの、ライアンの、そして何故かフィオーラの影が重なる。理不尽なまでの強さ、その膂力、攻撃力。かつての仲間に感じていた頼もしさを、気弱で口下手な彼女にも感じていた。



 ソフィーに追従しながら駆け続け、背景にあった木々が、足元の草が消える。
 視界の先にバルフーロは居ない。駆けるソフィーの背の先に折れ曲がった槍が地面に刺さっており、ザックが脇に置かれているのが見える。

 ソフィーは振り向き様に、手にした鉈を俺に投げつける。
 ……正確には、真後ろにまで迫っていたバルフーロに。首が飛んだかと思った。ソフィーは走る勢いそのままにザックを拾い上げ、そして崖へ。俺もザックの紐を切って片手で引っ掴む。

 飛ぶ準備は万全だが、崖の前でソフィーは急停止。こちらを見て顔を大きく横に振る。

 そりゃそうだよな。だがもう覚悟は決めろ。

「無理無理無理無理無理」
 ザックを抱えていない手を俺に向けて止まるようにジェスチャーしているが、俺は残る体力の全てを注ぎ込んで加速する。

「荷物を腹に抱えとけよ!」
「馬鹿ーーーーー!!」

 勢いのままソフィーにぶつかり、宙へと舞う。
 眼下には川がある。俺の言った通りに。
 ……まあ、高低差二百メートルってトコか。

 隣で同じように宙に投げ出されたソフィーは、先程までの勇ましさが消え涙目になりながら手足をバタつかせている。
 そして急速落下。

 叫んでいるようだが、風の音で声は聞こえない。泳ぐようにしてソフィーに近づき、顔を寄せる。

「落ち着け!」
「無理無理無理やーーー!! 死ぬーーー!!」
「大丈夫だ死なない! 荷物を下に! 頭を丸めて寄せろ! 気絶さえしなけりゃ溺れない!」
「無理やってアホーーー!!」
「帰るんだろ! ソフィーも俺も!」
 ごつん、と額を合わせて叫ぶとタレ気味の青い瞳と見つめ合う。

「大丈夫、信じろ! 俺と自分自身を!」
「う……」
 ソフィーは言葉を詰まらせ目を伏せるも、それは一瞬。再び力強い眼差しとなり、頷く。
 彼女の意思を確認した俺も頷き、ソフィーの肩を軽く押して離れる。
 荷物を盾にするようにして持ち、頭を守るように埋めて丸くなる。

 着水までもうすぐだ。俺達の防御力であれば恐らく衝撃で即死する程までのダメージは受けない。
 問題なのは気絶する事だ。気を失えば浮上も出来ずそのまま溺れる事になる。何せ体には重い鉄や革の装備を巻いているのだ。

 舌を噛まないように歯を食いしばる。
 ……今まで減らしたHP、幾つだろ。あれ? 下手したらソフィーは無事でも俺は……?

 今更ながら浮かんだ疑問。だがもう遅い。爆発的な破裂音と衝撃、思わず力が抜けそうになるのを堪える。耳鳴り。
 体の落下の感覚が消え、今度はゆっくりと沈み込んでいく……のと同時に横から水が入り込んできて力のベクトルが変わる。
 気泡を伴った水が口に否応なく詰め込まれていく。体が浮く感覚、回転、背中に痛み。腕、折れてないか。


 休む間もなく、生存を懸けた第二ラウンドがスタートした。
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