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第四話 受付嬢の策略 中編

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「おはようございます。体の調子はどうですか?」
「おはよう。まだ本調子じゃないけど、そろそろ動きたかったから問題ない」
「絶好調って事ですね!」
 うーん、人の話聞いてたか?

 階段を下りながら体の感触を確かめる。まだ気怠さはあるし、戻り切っていない感覚があるからだ。今日またリカールと戦うとなったら確実に負けるだろう。デバフが掛かっているのは確かめなくても分かる。

「で、そろそろクエストの話をしてくれるか?」
「ええ。ちょっと落ち着いてからしましょうか。あ、シンバさんおはようございまーす! 聞きましたよー? 昨日は災難でしたね」
 俺から視線を外し、カウンターに来た屈強な体つきの中年の相手を始める。
 シンバさん、か。Bランクパーティーだったか?
 俺に気が付きシンバが軽く手を挙げたので、俺も会釈して応える。話した事があったかどうかは、覚えていない。

 アンナさんの受付業務がひと段落するまで邪魔しても仕方ない。とりあえずは、と端の方にある待ち合いスペースの椅子に座る。
 早朝のギルドは人の出入りが一番多い時間帯だ。新しいクエストが張り出されているし、この世界の人間達の活動時間は基本的に日の出から日の入りまで。なので朝の時間も無駄にできない。

 誰も彼も見知った顔だった。もちろん話した事がない者や名前を知らない者も多い。そういう意味では赤の他人だ。
 だけど、俺に気付くと皆何かしらの反応をしてくれる。
 シンバさんのように手を挙げる者、軽く頷く者、挨拶する者、声を掛けてくる者。
 俺としては気まずいのだが、何かしら挨拶をしてくれる。

 ……ここでの生活も長くなったって事か。

 この世界に飛ばされて三年。ただ我武者羅に駆けてきたのだと思う。
 本当なら高校を卒業して今頃大学か何かに行っていた歳だ。明確な誕生日がこの世界に来た時にズレてしまったので分からないが、多分もう十九になっている。
 それだけの時間を過ごしたのだから顔見知りも増えて当たり前だろう。

「……ん?」

 思わず声が出る。
 初めて見る三人組だ。

 冒険者達が忙しなく往来する会館の中、この三人だけがやけに際立って見える。
 明らかに「浮いている」のだ。

 まず服装が真新しい。着慣れていないのが丸分かりだ。まだ新調したばかりなのか、身に付けている皮鎧やら麻のような生地の服も体に合っていないように見える。

 そしてキョロキョロと忙しなく見回す小さな女の子。その子よりも更に背の低いもう一人の女の子はピカピカの白いローブを羽織っており眩しい。二人の後ろで不安そうに口元を押さえる長身の女も、背負っているショートスピアや小盾が眩く反射している。

「まだ新人か? 受付に並ばない所を見ると、他のパーティーメンバーでも探してるのか」
 自分なりの観察の見解。女三人だけのパーティーとは考え辛い。最低でも五人、男女比を考えると男が四人は居てもいい。

 長身と中ぐらいの女は二人共前衛装備だ。一番小柄な子は回復魔法士で間違いないだろう。しかし、女に前衛をさせようとは男共は何を考えてるのか。

 キョロキョロと見回していた小さな女の子と、束の間視線が合う。ふわりとした栗毛、髪の毛と同じ色の大きな瞳がこちらを見つめている。
 凝視し過ぎていたのがバレたのかもしれない。気まずくなって視線を落とし頬を掻く。

 ……そう言やこっち側は無いんだっけか。こんなキモい顔の男に見られてたんじゃ気分も悪いよな。
 自嘲気味な気分になり、下顎の骨の感触を確かめる。

 しばらくして視線を戻すと、もうその三人組の姿は消えていた。
 きっと連れと合流できたのだろう。まあ、探すつもりもない。
 しかし、三人共顔は幼い感じだった。背の高い女だけは少し年長そうだったが、あんな女の子達が冒険者で同じパーティーとは。

「まず長生きは無理だな」

 余程ステータスが高いとか、有能なスキルや才能でも持ってない限りは前衛二人はお荷物になるだろう。一緒に組んでいる男達の連れ合いなのかもしれない。

 近い内行方不明になって捜索クエストでも出てくるかもな。そしたら請けるのもいい。ギルド発注のクエストだから払いは良いし、遺体を持ち帰れれば家族に対しても報酬を求められる。どうせ初心者向けの狩場やダンジョンを探せばいいだけだし、アンナにでも頼み込んで俺に回してもらえるよう掛け合っておくか。
 少しでも稼がないと。

 そんな事を考えつつ、手を振っているギースに手を振り返してやった。



「お疲れ様」
「あ、イクヤさん」
 クエストの受注やら相談やら、狩場の情報収集やらでひっきりなしにカウンターに並んでいた冒険者達の波が引き、少し手が空いた様子だったのでアンナに話しかける。

「ちょっとお待ちくださいねー。あ、そこの応接スペースに座っててもらえます?」
「そんなに説明が必要なのか?」
「依頼主様との顔合わせもありますので、ね?」
 少し釈然としないが言われた通りカウンターから少し離れた位置にある、椅子が四脚ずつ対面に並んでいる長テーブルの席に着く。
 普段なら護衛系の少し面倒そうなクエストでも、立ち話で済む事なのだが。

「さてさて、お待たせしました~」
 恐らく依頼が書かれているであろう、依頼板(クエストボード)を手にアンナが対面に座る。
「依頼を見せてくれるか?」
「せっかちですね。分かりましたよ~」
「アンナさんがそういう態度を取ってる時は怪しいんだよ」
 もう三年の付き合いだ。悪巧みをしている時こうやってのらりくらりとはぐらかすのは分かっている。
 観念したように抱きかかえて隠していた依頼板を差し出す。

「……ほらな。案の定だ」
 内容を流し見て溜め息を一つ。
 そこに書かれていたのは”教導クエスト”。新人パーティーの引率と教育を行うクエストだ。

「言っとくけど」
「報酬を見てくださいよ」
「最後まで聞け」
「見てください」
「……はあ」
 俺の言葉を遮り有無を言わさぬ態度だったので仕方なく報酬の欄を見る。

「一回の教導で金貨四枚……? それも無期限?」
「どうです? 破格でしょう」
「怪しすぎだっての。詐欺案件だろこんなの」
 相場として、一回の教導で良くても銀貨で百枚前後、相当苦労するものと見ても金貨一枚だ。何せ金の出どころはギルドの持ち出しなのだから。
 それに一つの新人パーティーに対して教導クエストを組んでくれるのは精々五回まで。それ以上のコストは掛けてくれない。

「この新人パーティーがそんなに有望? ……違うな、いつもの悪巧みだろ」
「言っておきますけど、しっかりお支払いしますよ? アリエスギルドの名に懸けてそこはお約束します」
「条件が良過ぎる。公平じゃないだろこんなの」
「まあ、多少の事情があるのは確かです。……このパーティーのリーダーの子がシェラタン村の村長の御息女なんです」
「はあ」

 村長の娘、と聞くと大した事のない話に聞こえるが、このアリエスギルドへの定期的な依頼と大口の出資元がシェラタン村だ。村と呼ぶには規模が随分と大きく、農業や工芸で発展した一大村落である。
 そこの娘が冒険者になるとは随分な道楽な気もするが、結局親が心配して金を出しているであろう事が理解できた。

「でも悪いけど、俺以外を当たってくれ。子守ができる程余裕は無い」
「じゃあ今即金で金貨百十枚、準備できます?」
「恐喝だろこんなの……」
「いーえ、穏当な交渉ですよ?」
 うふふ、と笑みを浮かべるアンナの顔が腹黒い。

「請けてくださるなら猶予期間を置きます。これが条件です」
「マジで逃げようかなあ……」
「その時は捜索クエスト発注したい気分ですね~」
「この性悪女め」
 ああ言えばこう言う。まるで子供の言い合いだ。

「ミクさーん! あの子達呼んでくれますー?」
「はいよー」
 と同僚に声を掛けるアンナ。そして俺に向き直る。

「あ、くれぐれも本人には村長が依頼してるって話は出さないでくださいね。あくまで娘さんの意思を尊重したいそうなので」
「随分過保護な事で……」
 金持ちのお遊びに付き合わされるようでげんなりとした気分になってくる。

「言っとくけど請けるとは言ってないからな」
「雑用でも何でもやる、二言は無い……でしたっけ?」
「パーティーは組まないなら、だ」
「だから組みませんって。『あくまでイクヤさん個人で』請ける依頼で、新人ちゃんパーティーとは無関係です」
「クッソ、そういう事か……!」
 あの時のやり取りを思い起こす。確かに言葉の上では守られている。
「でもこんなの騙しだろ!」
「あ、ほら来ましたよ~」
 俺の事など見向きもせずに手を振るアンナ。

「こ、こんにちは! ……あ」
 幼く緊張した声。振り向くとそこに居たのは朝に見た、あの見慣れない三人組の女だった。

「……チェンジで」
「エ、エミリーちゃん!?」
 チェンジと言ったのは一番小柄な、くりくりとうねっている赤毛を後ろで一つにまとめた回復魔法士らしき少女だった。
 両腕を腰に当てて胸を反っている。見るからに尊大な性格なのが目に見える。
 金色の大きな目に惹かれるが、反目に開き明らかに俺を見下しているのが分かる。
 さてはこいつが村長の娘か。

 慌てて名前を呼んだのは長身の女だ。身長は俺よりも高いかもしれない。黒に近い青く長い髪を垂らしており、どこか気弱そうな印象を受ける。身に付けている皮鎧は、遠目に見た時の印象の通り新品に見える。

「どうにも依頼主様が不服そうだけど? アンナさん」
「とりあえず三人とも座ってください。話はそれからです」
 アンナが促すとぞろぞろと三人が座り出す。
 アンナの右に栗毛と赤毛が並び、そして俺の側に一つ席を離し長身の女が座った。

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