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第二話 雨の再出発
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「……は? あいつらは、居ない?」
「ええ。ごめんなさい、私もずっと口止めされてたんです」
アレク達と別れて数日。ようやく重い腰を上げてギルド会館へと来たのだが、顔なじみの受付嬢である”アンナ”がバツが悪そうにそう告げる。
てっきりあいつらはこの街で仕事をしていると思っていた。なので行動時間が被らないようにしようと考え、ようやく今日来たのだ。
自分がこそこそ隠れながら生活している事に腹が立ったし、この先ずっとこんな調子で過ごすのにも嫌気が差していたので、別の街のギルドへの紹介状を書いてもらえないか聞きに来たのだ。
それなのに。
「実は、国王陛下直筆の召集令状が来てたんです。一カ月程前……ですかね。アレクセイさん達のパーティーは王都ギルドに所属するように、と」
そんな話、一度も聞いていなかった。変わらず過ごしていたのに、裏でこそこそと口裏を合わせていたのか。
つまりは、俺を置いていく算段は随分前から決めていたという事か。じゃあ、あのドラコアの一件も……?
「クソ……あいつら……」
「誤解なさらないでくださいね! アレクセイさん達はイクヤさんの事を」
「もういい。あんたもグルだったんだから同罪だ」
「うう……ごめんなさい……でもそんな風に言うなんて酷い……」
アンナは謝ると俯き鼻を啜る音が聞こえてきた。
すると周囲の他の冒険者共が口々に野次を飛ばし始める。
「アンナちゃん泣かしたー!」
「このボケ召喚人(しょうかんびと)!」
「平顔野郎!」
「童貞が!」
最早野次ではなく俺を一方的に詰る罵詈雑言も聞こえてくる。
「黙れ! 俺は……」
ここで「アレクパーティーだぞ」と言いかけてしまい口を噤む。
そう言えばいつもこのセリフで返していた。でも、もうそれは言えない。言ってしまえば惨めになるだけだ。
黙っていると罵詈雑言から「あーやまれ! あーやまれ!」と小学生のようなコールが始まる。
「んのゴミ共があ……!」
調子づく野次馬を睨みつつ、目の前の赤毛の受付嬢へと目を戻すと俯いた姿勢のまま体を震わせている。
「さっさと謝れ〇チン野郎!」
「誰だ今言った奴! 好き勝手言いやがって表出ろこらぁ!!」
「……ぷっ」
と息を吹き出す音が聞こえたかと思えば、泣いていたはずのアンナが腹を抱えて笑っている。
「ごめんなさい、イクヤさん。からかうつもりは無かったんですけど……!」
「んのクソアマ、泣き真似かよ」
「レディをそんな風に呼んじゃダメ、ですよ? イクヤさん」
語尾にハートが付いているような甘い口調に、怒りも明後日の方向に向けられてしまった。
「……はあ。黙ってた事は許さないけど、別に怒ってもいねーよ」
「そう、それなら良かったです」
と満面の笑顔。
野次馬共もニヤニヤと笑みを浮かべてやがる。どうにも空気が気持ち悪くてガシガシと頭を掻く。
「ともかく、あいつらは王都に行ったんだな」
「ええ、王都ギルドに、魔王軍との最前線に向かったと思います」
それが何を意味するかは、俺でも分かっていた。
”王都ギルド”と言いつつも、実際に所在するのは西の辺境だ。王都からかなり離れた場所にあるのに王都ギルドの名を冠しているのは、王国直轄で運営されているギルドであるからに他ならない。
ある程度の規模の都市になると、各都市に冒険者ギルドが存在する。この”アリエス”の街にもあるので、ここはアリエスギルドと言われているのだ。
冒険者業界は市場規模がデカい。だからどの都市でも各商業ギルドのほとんど吸収し、都市を代表する総合商社のような役割を担っている。
アリエスギルドは、王国内でも四番手五番手には付けられる規模と発言権を持っている。
しかし王都ギルドは格が違う。王国に入る金が流れている場所であり、仕事の規模も額も桁が一つ二つ違うらしい。
それもそのはずで、侵攻を続ける魔王軍の波を止める防波堤の役割を担っているのだ。依頼の危険度も段違い。魔王軍の喉元を狙う刃の立ち位置でもあるし、最後の盾でもある。
だから国内の選りすぐりの冒険者だけが所属する事ができ、数多いる冒険者達の中でも超一流の腕前を持っている事の証になる。
そして俺達……いや、あいつらはここでの実績を認められ招集された。それも国王直々に。これはかなりの快挙だと思う。この世界に来てまだ三年程ではあるが、今まで耳にした事の無い事例だった。
通常は自分達で希望し、ギルドからの推薦状を持参して現地に向かうものらしい。そこでお眼鏡に適えば所属、そうでなければ門前払いだ。
つまりはそれだけアレクセイ達の腕を頼りにされているのだろう。
……ドラコア一匹に苦戦する程度なのに。
「じゃあ、別に出て行く必要は無いのか」
「はい! イクヤさんは頼りになりますし、私達としても別の都市に移って欲しくないですね」
「……と、アレクセイ達に頼まれたか」
「またそんな事を言う。これは私の本音ですよ」
どうだか、とは言わなかったが目を逸らし鼻を鳴らす。
営業スマイルが張り付いているアンナの表情からは窺い知れないが、的外れという程ではないだろう。何せ、あいつらとは三年も一緒に居たのだ。
「それでなんですけどイクヤさん、どこかのパーティーに入ってみませんか?」
笑顔を変えないまま小首を傾げて尋ねてくる。
そういう事か。真昼間のギルド会館になんでこんなに冒険者共が居るのか。普段なら活動時間であるし暇な連中以外が来ているのは珍しい。
要は俺を囲い込みたいのだろう。
そりゃそうだ。あいつらが僅か二年足らずで駆け出しの小僧共からトップパーティーにまで駆け上がれたのは、俺の持つスキルが関係している。
俺を抱き込めれば第二のアレクセイパーティーになる事だって可能だろう。
「ふざけんなよ。俺はソロでやる。これ以上成長率アップアイテムとして利用されるのはご免だ」
「でも、ソロだと限界がありますよ? ギルドとしても基本的にはパーティーを組んで欲しいのですけど……」
「譲れないな。もしパーティーを組むのを強制するなら別のギルドに移る。……俺は、独りで強くなる。誰の手も借りないし、誰にも力は貸さない」
「そうですか……」
俺の返事を聞くや否や、耳をそば立てていた連中の注意が散っていくのが分かる。
どいつもこいつもクソだ。ふざけんな雑魚共が。
「分かりました、無理強いはしません。それと、アレクセイさん達が預けたまま置いていっちゃった物なんですけど」
と言って一度後ろに引っ込み、一つの革袋を抱えてカウンターに置く。
「このまま置いていても邪魔ですし、イクヤさんが預かってくれませんか?」
「はあ? もう俺とあいつらは無関係だぞ。ゴミだろうから勝手に処分してくれ」
「いえ、ステ板(ステータス計測板)とかこの辺の地図とか金貨とか色々入ってるんですよね……貴重品ですし、やっぱり元パーティーメンバーが持っていた方がいいと思います」
「だから要らないって……」
「はい、渡しましたからね! それをどうするかは自分で決めてください!」
と押し付けられ軽く突き飛ばされる。
頬を掻きつつ中身を見ると、確かに言っていた通りの物が入っているようだ。それも俺達が使い込んでいたボロボロの物じゃない。まだ汚れ一つ付いていない新品だ。
あいつら、これでチャラにするつもりか。
「それじゃ私からは以上です。ソロになりましたし、ランクはイクヤさんの個人証の通りCランクからになりますね。依頼を請ける時は気を付けてくださいね」
「ああ、分かってる。改めてよろしく」
「はい、これからもここに居てくださいね」
笑顔のアンナに片手を振り、押し付けられた荷物をぶら下げながら会館を出る。
当面の問題は解決したものの、モヤモヤした気持ちが余計に重くなった気がする。
――――――――
「結局、俺のスキルを利用したい連中しか居ないって事か」
帰りの道中、ポツリと呟きその認識を再確認する。
自分の周囲の人間にしか作用せず、そして相手が受ける恩恵は絶大。
対して自分にはあまり効果が発揮されず、デメリットまで存在する俺単品では無意味なクソスキル。
そりゃ、有効活用するにはパーティーを組む以外の選択肢は無い。だがそれをした事で起きる未来は、今の状況の繰り返しだろう。
……あのアレクセイ達が、俺を見捨てたんだ。
この世界に落ちてから初めて会い、助けられ、一緒に三年を過ごしてきた友達、仲間。
口は悪いが皆をよく見ており、フォロー役とまとめ役を務めるファルコ。
最も年上だからこそ俺達全員を気遣い、方針や行動をリードしてくれていたフィオーラ。
真っ直ぐな性格で仲間が困っていたら真っ先に駆け出し、誰にも熱く語るライアン。
心の底から純粋で優しく、誰にでも分け隔てなく優しく接するデイジー。
そして底抜けの善人で、どんな悪人だろうが人の真心を信じ、俺にとってこの世界で初めてできた親友……だと思っていたアレクセイ。
あんな気の良い奴ら、元の世界でも会った事が無かった。
俺の居場所だと信じていた。だけど、その居場所にすら捨てられた。
今でもあいつらの事が好きだ。でも、奴らの内面の黒さを思い知った。所詮は他人。別の世界の人間。誰も信用なんかできない。
なら、一人でやっていくしか無いだろう。
奴らに対しての好意は、今はただの憎悪になって燻っている。
また別のパーティーに入っても利用されるだけなら、そんなものは要らない。
俺は独りで、単独で強くなってみせる。
強くなってその先で、奴らを見返してやる。
自分達の選択を後悔させてやる。
そしてもう一度……
「いや、その選択肢は無いな」
立ち止まって空を仰ぐ。今の俺の気分に似つかわしく、低く重く暗く分厚い、今にも雨が降り出しそうな黒雲。
右手に感じる皮袋の重みが鬱陶しい。
確かにかなり高価なものだ。下手したら一年ぐらいは遊んで暮らせるぐらいの額にはなる。
しかし、こんなものを手切れ金として押し付けて消えやがった。
自分達はこの先もっと稼げるから、この程度痛くも痒くも無いのだろう。
クソ共が。
何処か道端にでも捨ててやろうか。それか孤児院にでも置いていった方が美談になるかもしれない。
……駄目か。結局奴らの金で奴らの名声を上げてやる結果にしかならなそうだ。
ぽつり、と頭に落ちてくる感触。
すぐに雫は数を増やし、落ちる勢いもまた同じように増してくる。
雨は小雨からすぐに大雨に。
街路を歩いていた者達は屋根の下に駆けたり、目的地へと足を急がせている。
人並みの多い通りだがすぐに閑散となった。
俺の門出にピッタリじゃないか。
人の居ない暗い道、降りしきる雨は俺の苦難でも表しているのか。
こんな事を考えるのは格好の付け過ぎとも思うがどうでもいい。
不思議と笑みが零れる。
丁度奴らとの別れ際に笑ったように。
滑稽で面白可笑しくて、なんとも自分が哀れで。
笑いはすぐに高笑いになるが、雨音に掻き消されて声は聞こえない。
いいな、いいぜ、やってやるよ。
俺は強くなって弱いお前達を嘲笑ってやる。そしてお前達が自分の力で駆け上がったと勘違いしている、その高みから引き摺り下ろしてやるんだ。
一瞬でも、もう一度元に戻りたいと思ってしまった自分が卑しい。クソだ。そんな気持ち必要ない。
無慈悲に、無常に、そして最強に。目指すは単独での最強、唯一無二の存在。
俺は俺の為に、俺の力で最強の俺になってやる。
滝のような大雨の中を、空を睨み高笑いしたまま独り歩き続ける。
頬を伝う筈の熱も、雨の冷たさで分からなくなっていた。
「ええ。ごめんなさい、私もずっと口止めされてたんです」
アレク達と別れて数日。ようやく重い腰を上げてギルド会館へと来たのだが、顔なじみの受付嬢である”アンナ”がバツが悪そうにそう告げる。
てっきりあいつらはこの街で仕事をしていると思っていた。なので行動時間が被らないようにしようと考え、ようやく今日来たのだ。
自分がこそこそ隠れながら生活している事に腹が立ったし、この先ずっとこんな調子で過ごすのにも嫌気が差していたので、別の街のギルドへの紹介状を書いてもらえないか聞きに来たのだ。
それなのに。
「実は、国王陛下直筆の召集令状が来てたんです。一カ月程前……ですかね。アレクセイさん達のパーティーは王都ギルドに所属するように、と」
そんな話、一度も聞いていなかった。変わらず過ごしていたのに、裏でこそこそと口裏を合わせていたのか。
つまりは、俺を置いていく算段は随分前から決めていたという事か。じゃあ、あのドラコアの一件も……?
「クソ……あいつら……」
「誤解なさらないでくださいね! アレクセイさん達はイクヤさんの事を」
「もういい。あんたもグルだったんだから同罪だ」
「うう……ごめんなさい……でもそんな風に言うなんて酷い……」
アンナは謝ると俯き鼻を啜る音が聞こえてきた。
すると周囲の他の冒険者共が口々に野次を飛ばし始める。
「アンナちゃん泣かしたー!」
「このボケ召喚人(しょうかんびと)!」
「平顔野郎!」
「童貞が!」
最早野次ではなく俺を一方的に詰る罵詈雑言も聞こえてくる。
「黙れ! 俺は……」
ここで「アレクパーティーだぞ」と言いかけてしまい口を噤む。
そう言えばいつもこのセリフで返していた。でも、もうそれは言えない。言ってしまえば惨めになるだけだ。
黙っていると罵詈雑言から「あーやまれ! あーやまれ!」と小学生のようなコールが始まる。
「んのゴミ共があ……!」
調子づく野次馬を睨みつつ、目の前の赤毛の受付嬢へと目を戻すと俯いた姿勢のまま体を震わせている。
「さっさと謝れ〇チン野郎!」
「誰だ今言った奴! 好き勝手言いやがって表出ろこらぁ!!」
「……ぷっ」
と息を吹き出す音が聞こえたかと思えば、泣いていたはずのアンナが腹を抱えて笑っている。
「ごめんなさい、イクヤさん。からかうつもりは無かったんですけど……!」
「んのクソアマ、泣き真似かよ」
「レディをそんな風に呼んじゃダメ、ですよ? イクヤさん」
語尾にハートが付いているような甘い口調に、怒りも明後日の方向に向けられてしまった。
「……はあ。黙ってた事は許さないけど、別に怒ってもいねーよ」
「そう、それなら良かったです」
と満面の笑顔。
野次馬共もニヤニヤと笑みを浮かべてやがる。どうにも空気が気持ち悪くてガシガシと頭を掻く。
「ともかく、あいつらは王都に行ったんだな」
「ええ、王都ギルドに、魔王軍との最前線に向かったと思います」
それが何を意味するかは、俺でも分かっていた。
”王都ギルド”と言いつつも、実際に所在するのは西の辺境だ。王都からかなり離れた場所にあるのに王都ギルドの名を冠しているのは、王国直轄で運営されているギルドであるからに他ならない。
ある程度の規模の都市になると、各都市に冒険者ギルドが存在する。この”アリエス”の街にもあるので、ここはアリエスギルドと言われているのだ。
冒険者業界は市場規模がデカい。だからどの都市でも各商業ギルドのほとんど吸収し、都市を代表する総合商社のような役割を担っている。
アリエスギルドは、王国内でも四番手五番手には付けられる規模と発言権を持っている。
しかし王都ギルドは格が違う。王国に入る金が流れている場所であり、仕事の規模も額も桁が一つ二つ違うらしい。
それもそのはずで、侵攻を続ける魔王軍の波を止める防波堤の役割を担っているのだ。依頼の危険度も段違い。魔王軍の喉元を狙う刃の立ち位置でもあるし、最後の盾でもある。
だから国内の選りすぐりの冒険者だけが所属する事ができ、数多いる冒険者達の中でも超一流の腕前を持っている事の証になる。
そして俺達……いや、あいつらはここでの実績を認められ招集された。それも国王直々に。これはかなりの快挙だと思う。この世界に来てまだ三年程ではあるが、今まで耳にした事の無い事例だった。
通常は自分達で希望し、ギルドからの推薦状を持参して現地に向かうものらしい。そこでお眼鏡に適えば所属、そうでなければ門前払いだ。
つまりはそれだけアレクセイ達の腕を頼りにされているのだろう。
……ドラコア一匹に苦戦する程度なのに。
「じゃあ、別に出て行く必要は無いのか」
「はい! イクヤさんは頼りになりますし、私達としても別の都市に移って欲しくないですね」
「……と、アレクセイ達に頼まれたか」
「またそんな事を言う。これは私の本音ですよ」
どうだか、とは言わなかったが目を逸らし鼻を鳴らす。
営業スマイルが張り付いているアンナの表情からは窺い知れないが、的外れという程ではないだろう。何せ、あいつらとは三年も一緒に居たのだ。
「それでなんですけどイクヤさん、どこかのパーティーに入ってみませんか?」
笑顔を変えないまま小首を傾げて尋ねてくる。
そういう事か。真昼間のギルド会館になんでこんなに冒険者共が居るのか。普段なら活動時間であるし暇な連中以外が来ているのは珍しい。
要は俺を囲い込みたいのだろう。
そりゃそうだ。あいつらが僅か二年足らずで駆け出しの小僧共からトップパーティーにまで駆け上がれたのは、俺の持つスキルが関係している。
俺を抱き込めれば第二のアレクセイパーティーになる事だって可能だろう。
「ふざけんなよ。俺はソロでやる。これ以上成長率アップアイテムとして利用されるのはご免だ」
「でも、ソロだと限界がありますよ? ギルドとしても基本的にはパーティーを組んで欲しいのですけど……」
「譲れないな。もしパーティーを組むのを強制するなら別のギルドに移る。……俺は、独りで強くなる。誰の手も借りないし、誰にも力は貸さない」
「そうですか……」
俺の返事を聞くや否や、耳をそば立てていた連中の注意が散っていくのが分かる。
どいつもこいつもクソだ。ふざけんな雑魚共が。
「分かりました、無理強いはしません。それと、アレクセイさん達が預けたまま置いていっちゃった物なんですけど」
と言って一度後ろに引っ込み、一つの革袋を抱えてカウンターに置く。
「このまま置いていても邪魔ですし、イクヤさんが預かってくれませんか?」
「はあ? もう俺とあいつらは無関係だぞ。ゴミだろうから勝手に処分してくれ」
「いえ、ステ板(ステータス計測板)とかこの辺の地図とか金貨とか色々入ってるんですよね……貴重品ですし、やっぱり元パーティーメンバーが持っていた方がいいと思います」
「だから要らないって……」
「はい、渡しましたからね! それをどうするかは自分で決めてください!」
と押し付けられ軽く突き飛ばされる。
頬を掻きつつ中身を見ると、確かに言っていた通りの物が入っているようだ。それも俺達が使い込んでいたボロボロの物じゃない。まだ汚れ一つ付いていない新品だ。
あいつら、これでチャラにするつもりか。
「それじゃ私からは以上です。ソロになりましたし、ランクはイクヤさんの個人証の通りCランクからになりますね。依頼を請ける時は気を付けてくださいね」
「ああ、分かってる。改めてよろしく」
「はい、これからもここに居てくださいね」
笑顔のアンナに片手を振り、押し付けられた荷物をぶら下げながら会館を出る。
当面の問題は解決したものの、モヤモヤした気持ちが余計に重くなった気がする。
――――――――
「結局、俺のスキルを利用したい連中しか居ないって事か」
帰りの道中、ポツリと呟きその認識を再確認する。
自分の周囲の人間にしか作用せず、そして相手が受ける恩恵は絶大。
対して自分にはあまり効果が発揮されず、デメリットまで存在する俺単品では無意味なクソスキル。
そりゃ、有効活用するにはパーティーを組む以外の選択肢は無い。だがそれをした事で起きる未来は、今の状況の繰り返しだろう。
……あのアレクセイ達が、俺を見捨てたんだ。
この世界に落ちてから初めて会い、助けられ、一緒に三年を過ごしてきた友達、仲間。
口は悪いが皆をよく見ており、フォロー役とまとめ役を務めるファルコ。
最も年上だからこそ俺達全員を気遣い、方針や行動をリードしてくれていたフィオーラ。
真っ直ぐな性格で仲間が困っていたら真っ先に駆け出し、誰にも熱く語るライアン。
心の底から純粋で優しく、誰にでも分け隔てなく優しく接するデイジー。
そして底抜けの善人で、どんな悪人だろうが人の真心を信じ、俺にとってこの世界で初めてできた親友……だと思っていたアレクセイ。
あんな気の良い奴ら、元の世界でも会った事が無かった。
俺の居場所だと信じていた。だけど、その居場所にすら捨てられた。
今でもあいつらの事が好きだ。でも、奴らの内面の黒さを思い知った。所詮は他人。別の世界の人間。誰も信用なんかできない。
なら、一人でやっていくしか無いだろう。
奴らに対しての好意は、今はただの憎悪になって燻っている。
また別のパーティーに入っても利用されるだけなら、そんなものは要らない。
俺は独りで、単独で強くなってみせる。
強くなってその先で、奴らを見返してやる。
自分達の選択を後悔させてやる。
そしてもう一度……
「いや、その選択肢は無いな」
立ち止まって空を仰ぐ。今の俺の気分に似つかわしく、低く重く暗く分厚い、今にも雨が降り出しそうな黒雲。
右手に感じる皮袋の重みが鬱陶しい。
確かにかなり高価なものだ。下手したら一年ぐらいは遊んで暮らせるぐらいの額にはなる。
しかし、こんなものを手切れ金として押し付けて消えやがった。
自分達はこの先もっと稼げるから、この程度痛くも痒くも無いのだろう。
クソ共が。
何処か道端にでも捨ててやろうか。それか孤児院にでも置いていった方が美談になるかもしれない。
……駄目か。結局奴らの金で奴らの名声を上げてやる結果にしかならなそうだ。
ぽつり、と頭に落ちてくる感触。
すぐに雫は数を増やし、落ちる勢いもまた同じように増してくる。
雨は小雨からすぐに大雨に。
街路を歩いていた者達は屋根の下に駆けたり、目的地へと足を急がせている。
人並みの多い通りだがすぐに閑散となった。
俺の門出にピッタリじゃないか。
人の居ない暗い道、降りしきる雨は俺の苦難でも表しているのか。
こんな事を考えるのは格好の付け過ぎとも思うがどうでもいい。
不思議と笑みが零れる。
丁度奴らとの別れ際に笑ったように。
滑稽で面白可笑しくて、なんとも自分が哀れで。
笑いはすぐに高笑いになるが、雨音に掻き消されて声は聞こえない。
いいな、いいぜ、やってやるよ。
俺は強くなって弱いお前達を嘲笑ってやる。そしてお前達が自分の力で駆け上がったと勘違いしている、その高みから引き摺り下ろしてやるんだ。
一瞬でも、もう一度元に戻りたいと思ってしまった自分が卑しい。クソだ。そんな気持ち必要ない。
無慈悲に、無常に、そして最強に。目指すは単独での最強、唯一無二の存在。
俺は俺の為に、俺の力で最強の俺になってやる。
滝のような大雨の中を、空を睨み高笑いしたまま独り歩き続ける。
頬を伝う筈の熱も、雨の冷たさで分からなくなっていた。
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