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第一章 学生編
先を歩く者達
しおりを挟む本日最初の休憩時間では早水さんが二組へ挨拶をしに行ったようだった。
壁の向こう側から今朝のような拍手が起き、大いに盛り上がっているのが否応なく伝わってくる。
それからは休憩時間になる度、早水さんは同級生達に囲まれ話をしているようだった。編成についての提案や会議の時間の打ち合わせなどだろう。
少し話がしたいと思っても、隙間すら見つけることできなかった。これからはほぼ毎日こんな調子かもしれない。
「リンと話できなくて寂しい?」
席に座ったまま人垣を見つめていると、不意にそんな声が降ってきた。
誰だろうかと振り返ると声の主は日高 紗耶香(ひだか さやか)だった。
誰とでも仲の良い早水さんではあるが、とりわけ日高さんとは仲が良く一緒に行動している事が多い。
水色に近い青みがかった長い髪を下ろしていて大人しい印象のある彼女だが、少しこちらを小馬鹿にしているような表情を浮かべている。
「いや、そんなんじゃないけど。と言うか日高さんの方じゃない? それ」
ちょっとした仕返しのつもりで返してみる。
「まあちょっと、ね。ほら、私もスガっちと同じで班長候補からは外れるからさ。今集まってる人達が中心になって話が進むんじゃないかな」
若干自嘲気味な笑みと共に、俺の見ていた方向に視線をやる。
”スガっち”というのは最近定着しつつあるあだ名だ。
テレビに疎いのであまり知らないが、最近売れ始めたお笑いコンビの片割れが名乗っているらしく突然呼ばれるようになった。
特に女子達からは言いやすいらしく、例に漏れず日高さんもこのあだ名を使い始めたようだ。
「これでリンとは差が開いちゃうな。学生時代の評価が全てじゃないのは分かってるけど、さ」
視線を固定しつつ呟いた言葉にはどこか寂し気な色を見せている。
「日高さんは昇進とか隊の指揮とかに興味があんの?」
「んー……ちょっと微妙な所。入った時は自身満々ですぐに幹部に上がるんだーって勢いはあったんだけどね、一応。私田舎出身でさ、何でも一番だったし中学の時の全国模試でも上位だったりで自信もあったんだ。でもここに来て色々折られちゃった」
思わぬ身の上話が聞けて驚くも、ここは黙って先を促す事にする。
「優秀だと思ってた自分を超える天才だらけで、その上絶対手が届かないようなのも居るでしょ?だから、そんなのがゴロゴロ居る中で私なんかが上に行けないよなーって。今は駐屯地の通信手か事務官方面も考えてるのが本音かな」
元々から大人しい気質なのかと思っていたが、案外違うのかもしれない。
ここでの生活を経て変化したのだろうか。
「リンは間違いなく上に行くと思う。一番の友達のつもりだけど、卒業したら手の届かない場所に行っちゃう気がするんだよね。それが寂しいかな」
俺へと向き直り笑顔を作る。
それに対してどう返したものかと思案するも、思った印象をそのまま話してみることにする。
「俺みたいな落ちこぼれが言っていいかは微妙だけど……日高さん頭良いし周り良く見てるし、俺からしたら指揮向いてると思うよ。それに、もし通信手目指すなら小隊本部の班に入れるよう話したらいいんじゃない?何て言うか……日高さんみたいに才能がある人が諦めちゃうのは勿体ない気がする」
「あはは、ありがとね。スガっちの言う通り、小隊本部の班に入れたら良い経験になるかもね。全体指揮に関われるし、粘ってみようかな。それにしてもスガっちに慰められるとはなー」
先程までの作った笑顔とは変わり、カラカラと軽い表情になり少しばかり明るくなった。
「それどういう意味だよ」
「そのまんま。あんまり話した事無かったけど、スガっちっていつも必死だし皆の後にくっついてるような印象しか無いし。何て言うか、同い年だけど年下の子って思ってたんだよね」
「日高さんって結構……ストレートに言うね」
容赦のない言葉の刃で瀕死にさせられたような気分になっていた。
まあ、分かってはいるんだけど。自覚している事ではあるんだけど。
「スガっちから見た私がどんなのか分からないけど、こんなもんだよ。私からしたらさっきのスガっちの発言の方が意外。私なんて見えてないと思ってた」
「そんな事はさすがに無いって。まあ皆に着いていくのに必死なのは確かだけどさ」
彼女は実技に関しては俺よりも腕が立たず、刀剣を使わせれば八坂とも四分五分の所まで渡り合える早水さんと比べてしまうとどうしても目立たない存在になってしまう。
同じ班になった事はないがあまり積極的な方策や行動をするタイプでも無さそうで、保守的で大人しい女性だと思っていた。
「もし班一緒になったらよろしくね。スガっちアレできるんでしょ? 八坂と同じの」
アレという単語で何かと思ったが八坂という名前が出て一つ思い当たる事があった。
確かに数回、高出力可動を使ってしまっており周知の事実だろう。
「あー……あんま期待しないで。全然コントロールできてないし、射撃がダメだからまず撃たれて落ちる」
「そういうトコちょっと面倒くさいなー、そこは『俺に任せとけ』とか『よろしく』とかテキトーに言えばいいのに。見た目ヤンチャそうなのに真面目だね? まあそういう所がリンには合ってるって感じなのかなぁ」
途中からは独り言のようにこちらから視線を外して呟いている。
「ま、私はリンの事応援してるから。また泣かせたらぶっ飛ばすからね」
そう言って軽くこちらの肩を叩き、自分の席へと戻っていってしまった。
なんだか嵐のようだったが、日高さんのイメージが大きく変わり少し親しみやすくは思えている。
それにしても最後の一言、冗談として流すには笑えない迫力があった。
「おーい、皆聞いておくれー」
間延びした男の声が教室の中心から発せられる。
強烈なクセのある明るい茶髪が特徴の今井 拓海だ。
「今日、晩飯の後に談話室で全体会議をする事になったから、とりあえず全員参加で頼んますー」
両手を大きく振りながらクラス全体を見回している。
「ここに居ない人にも伝えといてねー、大事な大事な会議だよー」
緊張感が皆無なユルい口調なので重要度が伝わらないが、皆の注目からして関心が高いのが伝わってくる。
これから本格的に動いていくのだろうが、やはり二年間皆と過ごしてこなかった分の温度差があって乗り気にはなれない。
まあ、どこの班に入るのかぐらいだろうか、気になるとすれば。
そう言えば八坂の奴はどうなのだろう、団体行動をトコトン嫌っているけど、評価に響くらしいこの四校戦では協力的になるだろうか。
教室内に姿を探すも見当たらないので、どこか独りになれる場所に行っているのだろう。
あいつが皆と足並み揃えて取り組む姿が想像できないが、今回ぐらいは少し話すようになるのだろうか。
八坂の仏頂面を思い浮かべ、無さそうだなと内心苦笑し席を立った。
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