-ヨモツナルカミ-

古道 庵

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第一章 学生編

任命

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「十一月一日の朝礼を始める。起立」
一組の担任である佐々木教官が教壇に立ち、低くやや神経質な声音で学校生活の一日の始まりを告げる。
その後は礼、出席の確認と続き幾度となく繰り返してきた作業が流れていく。

しかし今日は少しだけ教室内の空気が違った。皆、どこか浮ついており視線が少しばかり熱を帯びている。


世良から聞いた通り、今日は”四校戦”の”小隊長”が発表される日なのだ。
この暗黒の学校生活においての一大イベントであり、入隊時の評価にも大きく関わる話なので期待している者がほとんど。
更に小隊長として良い働きが出来れば一気に幹部候補として声が掛かる可能性がある。

過去にもそういった事例があり、”曹”の階級を飛び越え一気に”准尉”となった者も居るのだ。そして小隊長になれずとも、班長としての働きが良ければそれも大きく評価される。だからこそ皆全力で取り組むし、勝敗の要因となる小隊長が誰になるかは注目している関心事なのである。


まあ、俺の場合は小隊長になる事も、班長になる事も無いだろうからそこまで関心が無かったりする。
俺が班長になった時は毎度散々な事態になった。皆のように相手の動きの先読みができないし、不測の事態が起きると思考が止まってしまう。

模擬戦の戦績は全敗で、寧ろ指揮を諦めて最前線に出た時の方が多少良かったぐらいだ。なので万に一つも小隊長になる可能性は無いし、その小隊長から班長として選ばれる事も無いと思っている。

そしてもう一つ。ここへ来た理由は高過ぎる”陽流気”を目当てにされスカウトされた格好であり、昇進には興味がないのが本音だ。

皆が目標にしている第一大隊への配属も今一つ理解ができていないし、それよりも巡回任務で現場を回る仕事の方がしたいと思っていた。
理由は単純、民間人の居る地域に出没する暗鬼の被害を止めたい。それが今猟特隊員を目指す最も大きな動機なのだから。

おやっさん達のような人を出したくない。
あの時は力が無く助けることができなかった。無力で無知で無謀で、何もできないガキでしかなかった。

でも今は力がある、知識がある、方法を知っている、守れるだけの力を手に入れた実感がある。だから配属願いは第三大隊に出したいと思っていた。
そして願わくば、班長職に上がることなく一隊員として戦い続けたい。

今の俺の正直な気持ちはそこにしか無かった。



思考が流れる中、佐々木教官は伝達事項を話し始めている。
「今日の予定は以上。それと皆分かっていると思うが、今度の合同模擬訓練についての話がある。二組の大池教官、訓練担当の宮地教官、青竹教官、太田教官と話し合って決めたのだが、小隊長は早水、お前に任せようと思う」

すると皆の注目が早水さんに集まり、本人は不意を突かれたのかビクリと肩を上げて「私が、ですか?」と目を丸くしている。

「ああ、皆も知っての通り登山訓練で重傷を負う大きな失敗はあったものの、その後の訓練では成績が良い。的確な指示と人員の配置ができているし、何より学年全員の生徒と良好なコミニュケーションを取れるのは大きな長所だと評価している。そして失敗を経験して得た物が多いと訓練担当の教官達は言っていて、異論が出ていない」

早水さんの様子を見ると佐々木教官が並べる理由を聞きながら、やや俯いて考えているような表情を浮かべている。
実際の所、任命された時点で拒否権はない。上官からの命令は絶対である隊則に沿った校則なので、教官からの指示を拒絶することはできない。名前が挙げられた時点で確定事項になってしまうのだ。

早水さんが何か悩んでいるとすれば受けるか断るかではなく、別の事柄になるだろう。真面目な性格の彼女だから、自身に務まるか、若しくは既に編成について考えていたりするのだろうか。
俺の持てる想像力では窺い知る事はできない。


暫しの沈黙の時間が流れるも、注目を集めている彼女が顔を上げ口を開く。
「謹んでお受けします」
静かに、そして凛としたハッキリと通る声が教室内に響く。それから立ち上がり、クラスメイト達へと視線が注がれる。
「頼りないと思うしあんな無様な失敗もしている。自信も正直、無い。きっと私じゃ務まらないかもしれない。……でも、それでも勝つために、皆の力を貸して欲しい。私の持てる全力を皆に預けるから、どうか私に力を貸してください」
言い終えると深く頭を下げ、お願いしますと一言付け加えた。


しん、と静まり返る室内。
誰からともなく拍手が起こり始め、すぐに喝采の雨に変わった。
「委員長!やってやろうぜ!」
「リンが小隊長なら誰も文句なんてないよ!」
「優勝してやろうぜ!」
そんな声が所々から上がり、室内が大きく活気づく。

そんな熱気の中心たる早水さんは顔を赤くし照れたように首をすくめながらも笑顔で応えている。
普段ならこんな騒ぎが起きれば佐々木教官の一喝が飛んでくる所だが今だけは見逃してくれているようで、腕を組んで生徒達を見つめているだけだった。
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