-ヨモツナルカミ-

古道 庵

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第一章 学生編

模擬戦帰り

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「やっぱ八坂に勝てねえ」
口に溜まった血を吐きながらボヤく。最後の突きを喰らって飛ばされた時に口の中を切っていたらしく、今や鉄の味しかしない。

お互い仲良く赤いランプを光らせたまま世良と連れ立って仮設の本部へと戻る道中だった。

「あいつは正真正銘の天才だしな。無理しても勝てるような相手じゃねーよ。てか高出力可動なんかできんのかよ?」
「あー……去年ちょっと教えてもらって、さ。まあ才能があったみたい……だし?」
ムキになり迂闊にも世良の目の前でやってしまった事を後悔しつつ、何とか弁明の台詞を探す。

「なんだそりゃ、才能云々の話じゃねーだろ。別にはぐらかすなら構わねーけどさ、いつか話せよ? 謎の転入生クン」
「はは……ワリ」

抜けた発言も多いしふざけた態度が目立つ男だが、やはりそこは猟特科高生。俺が必死に誤魔化しているのを許容してくれているだけだった。
最近ではすっかり世良と刈田と俺の三人でつるんでいる事が当たり前となったが、二人には気を遣わせているのだろうとは思っている。

「にしても八坂のお前に対しての対応、なんか異常じゃね? 殺すんじゃないかって目で見てたぞ。なんかやったのか?」
「別に何かやったって訳じゃねえけど……」
世良の疑問に対し否定はするが、八坂 震電という男とは妙な因縁がある印象だった。

思えば初めて会った時も最初からこちらを見下す態度で、初対面の相手にここまで最悪な態度を取れる人間が居るのかと思ったものだった。
最悪な事に同じクラスであり、あいつの姿を見つけた時には心底嫌な気分になったものだ。

しかし現在では八坂に対する評価が変わっていた。
学校一優秀な男である事は紛れもない事実だし、正真正銘の天才である事も認めている。
性格は捻じ曲がっているし誰とも馴染まないし、教官すら内心では見下しているのが丸分かりという最低最悪な性格ではあるが、それらを力づくで踏み潰して余りある程の実力と才能を持っている。

俺の唯一の特技となっている組手でも敵わなかったし、それぞれの武具のスペシャリスト達が学校内には存在するのだが、彼らでも同じ兵装で立ち合って八坂に勝てる者は居ない。

猟特隊における、所謂絶対的なエースという存在に最も近い存在が八坂 震電という男だと思っていた。
嫌な野郎ではあるが、それ以上に尊敬と憧れの念を抱いている。


その相手に対し、先程俺の持てる全力で挑みあっさりと負けた。
切り札である高出力可動を使ってすらまるで相手にならなかった。正直な話、心底へこんでいる。

もしかしたらこれを外していれば勝てるかもしれない、そう思って識別輪を見る。
正確に言うとその裏にある減衰器を。

しかし、それをやった所で勝ちとは言えず、寧ろ全力で挑もうが負ける気すらしている。出力の大きさだけで張り合える相手ではない。
八坂との実力差はそれ程に圧倒的だと感じていた。


「どうした?腕怪我したか?」
俺が右手を見たまま黙っているのを怪訝に思ったのか、世良が尋ねてくる。

「いや、何でも。そう言やさ、最近皆言ってる『四校戦』って何なの?」
これ以上勘繰られるのを避けるために別の話題に変える。

「お前知らねーの? ……ああ、一年と二年の時居ないんだっけか」
小馬鹿にするような口調から一転、直ぐに思い至ったようで独り語ちる。

「こっから本部までまだ掛かるし説明してやるか。四校戦てのは、宇宙空間より真っ黒な俺ら猟特高生の唯一の大イベントだよ。文化祭も体育祭も修学旅行も夏季も冬季も春季も休みが無いだろ? そんな俺達が唯一熱くなれるイベント……それが四校戦よ!!」
そう言ってビシっとこちらを指差してきた。ハイハイ、とその指を退けて続きを促す。

「まあ言っても真面目イベントだけどな。正式には”猟獲特務科高校合同模擬訓練”って事で、内容的にも訓練の延長線だ。でも各地の猟特科高校生達が集まって、三日間お祭り騒ぎになる」
「ふーん、まあ体育祭みたいな感じか?」

「そんな緩いもんでも無いけどな。本隊からも注目されてる行事だし」
「え、そんな大事なのかよ」
まだ概要が朧気なのでイマイチ理解が進まない。

「おうよ、特に三年はかなり重要だな。勝ち負けもそうだけど、動きの良さを見られるって話だ」
「合同訓練って事は、今の班訓練みたいなもんなのか?」
「それの大規模になったやつだな。四校同時、全員参加、小隊規模での模擬戦だ。因みに一年は見学、二年は代表を選んでの個人戦で、去年は八坂が一位だった」

それからは世良の冗談に付き合いつつ話を聞き、ようやく四校戦とやらの概要が見えてきた。

まず年に一回だけの唯一のイベントであり、奈良県3区にある猟特科が保有するの大演習場を借りて行うようだ。十一月第三週の金曜から日曜にかけて開催され、前日午後から野営訓練も兼ねて移動となる。

初日の午前中は各校の二年生五名ずつがトーナメント形式での試合を行う。これに出れる事自体が名誉な事であり、更に勝ち進めた者は注目される。

ただ、これすらも三年次に行われる大演習への布石に過ぎないらしい。


初日の十五時から開始される三年生全員参加の大演習では各校で小隊を組んで四つ巴の戦いとなる。
勝利条件は敵小隊本部の陥落。そして最後の一校になるまで二日間、昼夜を通して戦う事になる。

猟特科高校で学び鍛えてきた結果を見せる大切な行事、と世良は締め括っていた。


この学生の合同模擬訓練の様子は駐屯地や宿舎で生放送され、正規隊員や幹部達の目にも留まるという。
更に二年次の代表戦に選出された生徒達は各校のエースであり、生放送用のカメラ付きドローンが常に着くため彼らの班の動きが注目される。
当然、ドローンという音を立てて鷹の目にも掛かりやすい荷物を抱えるため捕捉されやすく、その事を基本に戦略の組み立てが必要になるようだ。

小隊長となる人員は教員が選抜し、その後の編成は小隊長が行う。全てが生徒主導となる為、これまでの班訓練よりも実践的で自己判断が求められる内容だと感じた。

十一月頭に小隊長が任命され、そこからは自由に会議を行って編成を考える事ができるようになるらしい。三年生が一丸になって取り組むので相当熱が入ると、世良の語る姿からも様子が伺えた。
結構、皆楽しみにしているようだ。

一年生と二年生と言えば、野営訓練を兼ねているものの殆ど見学になる。訓練も多少あるが思い思いに過ごせるちょっとした修学旅行気分になり、他校の生徒とも交流が持てるのも手伝って、こちらはこちらで楽しいものらしい。


「世良、須我、チンタラ歩くな! 駆け足!」
突然耳元で野太い男の声が響き思わずビクリと背筋が伸びる。遅れてその声が無線から流れる青竹教官のものだと理解し、世良へ顔を向けると引き攣った表情を浮かべこちらを見ている。

「申し訳ありません。走ります」
ゼロ番の回線を開いて返答する。その後返事は無かったが了解と捉えて良いだろう。

「青竹教官、お前に目ぇ光らせてるからな」
「まあ前科持ちだからな。ふう、行くか」
「おう、俺まで巻き添えにした分はツケとくからな」
世良の口から唐突な提案、というより不躾過ぎる押し付け。

「はあ?! んだよ……じゃあ先に着いたらその話はナシな!」
何とか譲歩を取ろうと条件を提示するも、浅ましさで言えばそこらの汚職官僚よりも汚い世良が引き下がる筈もなく。
「俺が勝ったら倍ヅケで焼肉奢れよな! 清風苑の」
「バッカ!高ーよ!」
更なる悪条件を出されてしまった。

多少の小遣いは貰っているものの、自由に使えるのは月に三万円程度。こいつと清風苑なんかに行ったら二カ月分は軽く吹っ飛んでしまうだろう。マズい、これを飲んでしまえば何が何でも勝ちを取りに行こうとするのが世良だ。

頭を回転させ何か別の条件を出せないか思案してると、不意に低い唸り声のような音が耳に届く。発生源はどこかと耳を澄ませると、目の前に立っている男からだった。
顔を見ると「ニタリ」と効果音が付きそうな程の嫌味な笑み。

「お先」
そう言って世良の姿が残像を残して消えた。直後に土埃と突風がまき散らされる。脚部に集中しての高出力可動。
一度野木先生が見せてくれたものに似ており……てか、そんな場合じゃない! あの野郎に先に着かれたら終わりだ!

意図的に堰き止めている、内に渦巻く力の一端から手を離す。すると右手首から急速に熱が流れ出し纏衣が唸り声を上げ排気口から風を吐く。

形振り構ってられるか。

身を屈め方向を定め、大きく息を吸い込む。
「ふっ」
気合いと共に地面を蹴り、体を弾丸のように打ち出した。
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