-ヨモツナルカミ-

古道 庵

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第一章 学生編

お見舞い

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それまでに出来る事はやっておこう、と横に除けた教本類とノートを戻しペンを持った時……先程皆が出ていった戸から再び訪問者を告げる音が鳴り響く。

誰だろうか? 他の同級生か、相部屋の下級生だろうか。思い当たる節があり過ぎて特定が進まないものの、一言返事をする。

すると「早水さん、入って大丈夫?」
戸を隔てややくぐもって聞こえた声に心臓が大きな鼓動を鳴らすのを感じた。

誰なのか一瞬で分かってしまった。思わず口を引き結んでしまう。

来ないと思っていた。お互い顔を合わせづらい別れ方をしてしまっているし、学校で会う時どんな風に接しようか、ぐらいの事しか考えていなかったのだ。

なるべく考えないようにするために知識で脳を占めてしまおうと、そんな魂胆もあって勉強を進めていたのに。
来てしまった。
どうしよう、恰好は寝間着のままだし包帯だらけだし、顔も髪もろくに……ああ、でもあの時の方が酷かったか。
でもやっぱりダメ、こんな姿で会うなんて。でも来ちゃってるし追い返すなんてそんな事。

思考が一瞬の内にトップスピードで迷走を続けるが、戸の向こうに居る相手を待たせるのも失礼だ。こうしている間にも時間が過ぎていく。

なので意を決して「どうぞ」と言葉を絞り出せた。
その言葉に反応し「じゃあ、失礼します」とぎこちない返事と共に勢いよく戸が引かれる。

あまりに強く引かれたため引き戸のスライドの終点で打ち付けて派手な音を鳴らし、同時にがさがさと手にしたビニール袋を振り回してながら慌てて戸を押さえようとする彼の後ろ姿に思わず苦笑してしまう。



ああ、何でだろうか。あんなに会う事が重荷に思えていたのに、目の前にするとそんな気持ちが吹き飛んでしまっている。
本当はいつ来てくれるのかと心待ちにしていた気がする。来訪者が訪れる度に、彼でない事に対しての小さな落胆があった。

上辺でどんなに自分の気持ちや思考を繕ってみても、本心では会いたかった、言葉を交わしたかった。
誤魔化しの無い正直な気持ちに今までの鬱屈の全てが吹き飛ばされてしまっている。

「ご、ごめん。それと早水さん久しぶり」
目を伏せ頭を掻きながらこちらに向き直る。
そんな彼を直視できず、無意識に同じように目線が下を向いてしまう。

「うん、久しぶり。お見舞いに来てくれてありがとう」
咄嗟に出てきた言葉がどこか余所余所しく、そんな言い方しかできない自分が恨めしく思ってしまう。しかし、どんな言葉を掛けたらいいのか見つからない。

「何持って来たらいいか分からなくて、でもこれ」
そう言って手にしていたビニール袋を差し出してくる。

「ありがとう、何だろう」
お互いに目を伏せたまま手だけを伸ばしてやり取りするという、微妙な状況に焦りを覚えつつも中身を取り出してみると。

「何これ?」
出てきたものはA4用紙サイズの透明な袋にみっちりと黒みがかった小魚が詰まったもので、パッケージらしきシールに描かれた文字を見るにこれは。

「うん、煮干し」
「ぶっ」
彼の一言に思わず吹き出してしまう。と同時に肋骨の辺りに激痛が走り、顔を顰める。

「だ、大丈夫?」
そんな様子に慌てた彼が私を覗き込み、目が合う。本当に心配そうな顔をしており、助けられたあの時に見た表情そのままだった。

「笑わせないでよ痛たたたた」
「そんなつもりじゃなかったんだけど……大丈夫?」
本当に申し訳なさそうにしており、天然でやってるのかと再び笑いそうになるのを俯いて必死に堪える。
暫くこみあげてくる笑いと格闘し、何とか封じ込めに成功。

「ふう、落ち着いた。でも何で煮干し?」
「いや、骨折とか酷いって聞いたからカルシウムを摂った方がいいのかと思って」
それで煮干しという発想に飛ぶのかと納得はしかけたが、それにしてもやはりズレている。そもそもこのまま食べて大丈夫なのだろうか。食べるのは食べれるだろうけど少し心配だ。

「これ食べれるの?」
「俺は食べてたから大丈夫だと思う。ほら、よく骨にヒビ入れたり折ったりしてたから何かすぐ治す方法無いかと思って」
そう言って照れ臭そうに頭を掻くが何やら物騒な話が出てきた。

彼の口から過去の話を聞く試みは私を含め他の同級生も尽く失敗しており、その意味では初めて断片を手にした気がする。
察するによく重傷を負うような日常を送っていたという事らしい。彼の見事な体捌きから察するに武道か格闘技だろうか。

「それって格闘技とか?」
「いや、喧嘩。周りは不良ばっかだったし、すればする程敵が増えてっちゃってさ。終いにはヤクザ名乗ってるのも出てくるしで大変だったよ。結局ボコボコにされて……あ」
顔に「しまった」とそのまま書いてありそうな表情を浮かべ口を押さえる。

「ふーん……不良の多い中学時代に喧嘩三昧。やっぱり猟特科に来るようなタイプじゃないよね?」
「うっ……まあそれは追い追いで。それよりもほら! 今日はお見舞いに来たわけだから! ね!」
何が、ね! なのだろうか。全く分からない。だがその一方で理解している部分もある。

話せない事情があるのだろうし私の知る彼の性格上、問題さえなければ過去の話程度幾らでも話してくれそうなタイプだと思っている。

最近はその辺りも察しが付いてきたので以前程の追及はやめている。時が来たら、更に詳しく推測すると卒業してしまえばその禁が解かれるだろうと考えていた。
これ以上のプレッシャーを掛けて嫌われるのも嫌なのでここは話の調子を合わせようかと思う。彼には嫌われたくない、好かれたいから。

……好、き?

思考がそこに逸れた瞬間にあの日の出来事が一気に思い出されて顔が熱くなってきてしまった。

眼前には彼の顔。いつの間にか距離が近づいていた事もあり恥ずかしくなってしまう。
どうしよう、何でこんな……心臓が締め付けられるような痛みが走るんだろう。なんでこんなにも意識してしまうのだろう。こんなのいつもの私じゃない、もっと冷静になれ。

彼の来た理由は分かる。私の告白に対して「今はまだ答えられない」と言っていたその答えを言いに来たのだろう。
どうなんだろう。やっぱり振られるのかな。きっと振られる。
だって、受けてくれるならもっと早く来てくれてもいい筈だ。

あの時の彼の表情はよく覚えている。気まずそうに、どうしたら傷つかない言葉を選べるだろうか悩み、最後の最後で曖昧な答えと言葉を選んだ。そんな風に思えた。

どう断ればいいのか思い付かず、それで保留にしたのだろう。この一週間悩んで、上手い言葉を見つけて言いに来た。きっとそんな所だ。

嬉しさ、気恥ずかしさ、後ろめたさ、愛しさ、落胆、希望、気まずさ、絶望、悲しさ、感謝、恋しさ……様々な感情が去来し渦巻き、暴れ回り心の裡がぐちゃぐちゃになる。

どうしていいのか、どう接したらいいのか、どうしたら消し去れるのか。

分からない、理解できない、受け止めきれない、抑えられない。

会わなかったこの一週間でどうにか折り合いを付けたつもりだったが、何の事はない。会った一瞬で全て粉微塵に破壊された。

目を逸らして何とか保っていただけなのだ。
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