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第一章 学生編
帰り支度
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どれ位の時間が経ったろうか、二人の鼻を啜る音も小さくなり次第に五人の時間が動き始める。
「まあなんつーか、今日来れて良かったな。皆モヤモヤしてたのがサッパリしたかな」
頃合いと見たか新田が口を開く。
「うん、ありがとうね。皆。そう言えば昨日は班訓練だったの?」
あれから一週間が経過している事を思い出し、訓練の事が気になったので聞いてみる事にした。
「おう、昨日は模擬戦だった。連携がボロボロだったからキツかったわな」
矢作が思い出すように中空を見ながら頬を掻いて答える。
「あれは矢作が前に出過ぎたからでしょ。真っ先に取られてたじゃん」
「連携云々だったらお前が一番気にしなきゃいけない所だな」
「うっせー! 俺が班長なんだからいいだろ!」
絵美と刈田の指摘に矢作が声を荒げる。
「矢作が班長なんだ?」
そんな様子を見て笑いながら聞いてみると、「まーな。ちなみにいいんちょの代わりに一組の松橋が入ってる。七人班が一つあったろ?」
一組二組合わせて五十五名のため、六人班が八つと七人班が一つできる状況であり、その一名分が移動となったという事らしい。
「俺らって並みの集まりだから正直委員長が居ない分の穴はデカいよな。やっぱ班に一人はエースが必要だわ」
新田が苦々しく言うので戦績は? と聞くと「総当たりで一勝だけ」と惨憺たる戦果が上げられる。
「そこそこ強いのが刈田ぐらいだからね。リンが居たらもうちょっとマシだったとは思うんだけど」
紗耶香もどこか力の抜けた笑みを浮かべており「私が一番足引っ張ってました」と言って深々とお辞儀する。
紗耶香は射撃も近接も苦手としており、運動能力もこの学校内では下の方なので自信がないと常々言っている。
「日高のせいじゃねーよ、大事なのは連携だろ。五級はともかく、四級以上と戦うとなったらまず班の連携が必須なんだから。そのための模擬訓練だしよ」
一見冷たく言い放っているようだが、紗耶香に対しての気遣いを見せるのは刈田だ。
「にしても八坂はズリーよ、あれは別格だわ。一人でこっちの三人相手にできるとかもうフェアじゃねーもんな」「あー……八坂君はね。容赦もないし、さすが去年の一位なだけあるよね」
新田が膨れつつ文句を垂れると絵美が同調する。
「八坂のC班は全勝だった」
矢作が補足としてそう言葉を足すと、私を除いた全員が大きく溜息を吐いた。
「因みになんだけど、須我君はどうしてる? 元気?」
「須我か? 毎日青竹教官とデートしてるよ」
「デート?!」
刈田のデートという単語に思わず反応してしまう。
「何焦ってんだよ。補習だよ補習、あの一件は完全に命令違反の傾向ありだろ。だから毎日絞られてるってよ」
なんだ例えか、と胸を撫で下ろす。
すると横から紗耶香が「察しなよ刈田。リンにとっての王子様なんだから」と言うものだから顔に一気に顔が火照ってしまう。
「違うって!」
「あー……ぶっ、あいつがねぇ?」
否定の言葉を叫ぶも刈田は口元を押さえて笑っている。
他の面々も一様に口元を緩ませており、このままではマズいと思ったが後の祭り、既に周知の事実のようで否定は無駄のようだ。
「もう……からかわないでよ」
気恥ずかしさと居心地の悪さから俯き、ポツリと小さく抵抗するので精一杯。どうにも、自分の恋の話となると制御がまるで利かない。
勝手に顔が赤くなるし、頭の中が混乱して最適な行動が選べない。世の中の恋愛をしている人達は皆こんな感情に振り回されているのかと尊敬してしまう。
「それじゃーまあ、俺らはここで退散するか。うん、その方がいい」
軽く手を打ち鳴らして新田が空気の色を変える。それに対し矢作と刈田もそうだそうだと妙にわざとらしく同意を示して、帰るという雰囲気が濃くなり始めた。
「リン、私が出来る事あったら何でも言ってね。何か必要な物ある?」
絵美が近づき私の手を取り、真剣な眼差しを向けて言う。
少々たじろぎつつも、思い至る事があり「じゃあ後でお願いしていい?リスト送るから、学校の図書室で借りてきて欲しい本があって」と告げると「うん!任せて!」と、早速役に立てると絵美が嬉しそうに頷いてくれた。
この療養期間の内に手を付けたいと考えている事があり、絵美に少々手間を取らせてしまうが、ありがたい申し出を素直に受け取ることにした。
「じゃあリン、私達帰るね。あーっと……手鏡、顔とか髪とか直した方がいいかも」
紗耶香が枕元のテーブルに置いてある手鏡を渡してきて、意味あり気な笑みを浮かべる。それに対し疑問符が浮かぶもののそこまで酷い状態なのかと思い「ありがとう」と受け取る。
鏡を覗くと泣いたせいか、確かに目元が真っ赤で人前に出すのは憚られる状態だった。整えている所を何故か五人とも見ており、再び居心地の悪さを覚えてしまう。
何なんだろう。急に帰ると言い始めたと思ったら私が直しているのをじっと待っている。そんなに私の顔がおかしな状態なのか……それにしても皆口角が上がっている気がするのは気のせいだろうか。
「うん、大丈夫。じゃ、リンまたね」
「邪魔したな、いいんちょ」
「明日本持ってくるからリストよろしくね」
「またな」
「早く戻って来いよー」
紗耶香を皮切りに口々に別れの挨拶が流れていく。それぞれに対して反応し、ぞろぞろと列になり出ていく所を見送る。
少し一連の流れに違和感を覚えたものの、引き戸が閉まるのを見届け大きく一息吐いた。
絵美と和解できたし、班の皆とも上手くやれそうな気がする。復帰できるまでもう暫く時間は掛かりそうだがこの班での訓練に戻れる日が待ち遠しくなった。
「まあなんつーか、今日来れて良かったな。皆モヤモヤしてたのがサッパリしたかな」
頃合いと見たか新田が口を開く。
「うん、ありがとうね。皆。そう言えば昨日は班訓練だったの?」
あれから一週間が経過している事を思い出し、訓練の事が気になったので聞いてみる事にした。
「おう、昨日は模擬戦だった。連携がボロボロだったからキツかったわな」
矢作が思い出すように中空を見ながら頬を掻いて答える。
「あれは矢作が前に出過ぎたからでしょ。真っ先に取られてたじゃん」
「連携云々だったらお前が一番気にしなきゃいけない所だな」
「うっせー! 俺が班長なんだからいいだろ!」
絵美と刈田の指摘に矢作が声を荒げる。
「矢作が班長なんだ?」
そんな様子を見て笑いながら聞いてみると、「まーな。ちなみにいいんちょの代わりに一組の松橋が入ってる。七人班が一つあったろ?」
一組二組合わせて五十五名のため、六人班が八つと七人班が一つできる状況であり、その一名分が移動となったという事らしい。
「俺らって並みの集まりだから正直委員長が居ない分の穴はデカいよな。やっぱ班に一人はエースが必要だわ」
新田が苦々しく言うので戦績は? と聞くと「総当たりで一勝だけ」と惨憺たる戦果が上げられる。
「そこそこ強いのが刈田ぐらいだからね。リンが居たらもうちょっとマシだったとは思うんだけど」
紗耶香もどこか力の抜けた笑みを浮かべており「私が一番足引っ張ってました」と言って深々とお辞儀する。
紗耶香は射撃も近接も苦手としており、運動能力もこの学校内では下の方なので自信がないと常々言っている。
「日高のせいじゃねーよ、大事なのは連携だろ。五級はともかく、四級以上と戦うとなったらまず班の連携が必須なんだから。そのための模擬訓練だしよ」
一見冷たく言い放っているようだが、紗耶香に対しての気遣いを見せるのは刈田だ。
「にしても八坂はズリーよ、あれは別格だわ。一人でこっちの三人相手にできるとかもうフェアじゃねーもんな」「あー……八坂君はね。容赦もないし、さすが去年の一位なだけあるよね」
新田が膨れつつ文句を垂れると絵美が同調する。
「八坂のC班は全勝だった」
矢作が補足としてそう言葉を足すと、私を除いた全員が大きく溜息を吐いた。
「因みになんだけど、須我君はどうしてる? 元気?」
「須我か? 毎日青竹教官とデートしてるよ」
「デート?!」
刈田のデートという単語に思わず反応してしまう。
「何焦ってんだよ。補習だよ補習、あの一件は完全に命令違反の傾向ありだろ。だから毎日絞られてるってよ」
なんだ例えか、と胸を撫で下ろす。
すると横から紗耶香が「察しなよ刈田。リンにとっての王子様なんだから」と言うものだから顔に一気に顔が火照ってしまう。
「違うって!」
「あー……ぶっ、あいつがねぇ?」
否定の言葉を叫ぶも刈田は口元を押さえて笑っている。
他の面々も一様に口元を緩ませており、このままではマズいと思ったが後の祭り、既に周知の事実のようで否定は無駄のようだ。
「もう……からかわないでよ」
気恥ずかしさと居心地の悪さから俯き、ポツリと小さく抵抗するので精一杯。どうにも、自分の恋の話となると制御がまるで利かない。
勝手に顔が赤くなるし、頭の中が混乱して最適な行動が選べない。世の中の恋愛をしている人達は皆こんな感情に振り回されているのかと尊敬してしまう。
「それじゃーまあ、俺らはここで退散するか。うん、その方がいい」
軽く手を打ち鳴らして新田が空気の色を変える。それに対し矢作と刈田もそうだそうだと妙にわざとらしく同意を示して、帰るという雰囲気が濃くなり始めた。
「リン、私が出来る事あったら何でも言ってね。何か必要な物ある?」
絵美が近づき私の手を取り、真剣な眼差しを向けて言う。
少々たじろぎつつも、思い至る事があり「じゃあ後でお願いしていい?リスト送るから、学校の図書室で借りてきて欲しい本があって」と告げると「うん!任せて!」と、早速役に立てると絵美が嬉しそうに頷いてくれた。
この療養期間の内に手を付けたいと考えている事があり、絵美に少々手間を取らせてしまうが、ありがたい申し出を素直に受け取ることにした。
「じゃあリン、私達帰るね。あーっと……手鏡、顔とか髪とか直した方がいいかも」
紗耶香が枕元のテーブルに置いてある手鏡を渡してきて、意味あり気な笑みを浮かべる。それに対し疑問符が浮かぶもののそこまで酷い状態なのかと思い「ありがとう」と受け取る。
鏡を覗くと泣いたせいか、確かに目元が真っ赤で人前に出すのは憚られる状態だった。整えている所を何故か五人とも見ており、再び居心地の悪さを覚えてしまう。
何なんだろう。急に帰ると言い始めたと思ったら私が直しているのをじっと待っている。そんなに私の顔がおかしな状態なのか……それにしても皆口角が上がっている気がするのは気のせいだろうか。
「うん、大丈夫。じゃ、リンまたね」
「邪魔したな、いいんちょ」
「明日本持ってくるからリストよろしくね」
「またな」
「早く戻って来いよー」
紗耶香を皮切りに口々に別れの挨拶が流れていく。それぞれに対して反応し、ぞろぞろと列になり出ていく所を見送る。
少し一連の流れに違和感を覚えたものの、引き戸が閉まるのを見届け大きく一息吐いた。
絵美と和解できたし、班の皆とも上手くやれそうな気がする。復帰できるまでもう暫く時間は掛かりそうだがこの班での訓練に戻れる日が待ち遠しくなった。
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