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第一章 学生編
山岳訓練5:報せ
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「……早水が落ちた? どこにだ」
時間は十二時三十八分。何とか制限時間内に辿り着けて山頂で一息吐いていると、青竹教官の声が聞こえてきた。
無線で話しているようでヘルメットの左側を押さえている。
「須我、今の聞いたか?」
同じE班で一組の花垣 巧(はながき たくみ)が隣に腰を下ろしながら言う。
「早水さんが落ちた?」
「っぽいな。委員長がそんなミスするなんて珍しい」
その言葉を聞いて思わず立ち上がり「おい、なんでそんな冷静なんだよ?!」
花垣を見下す形で怒鳴る。それにより班員達の目がこちらを向き、花垣は軽く狼狽えた様子を見せる。
「いや落ち着けって。すぐ教官の誰かが迎えに行くだろ。この山はそんなに高い崖もないはずだし、纏衣を着てる限りは怪我も大した事ないって」
宥めるように花垣は言い、支給された水を口に運ぶ。他の班員も興味がなさそうな態度を示しており、それらを見て「クソ」と一言残し青竹教官へと近づく。会話を聞くためだ。
「……そうか。地図での地点からするとここから一時間も必要ないな。川に落ちた可能性が高いか、分かった。無理に救助に向かうなよ。お前達はこちらに来い、二次災害が起きては敵わんからな。……了」
そう言うとヘルメットから手を放し、近づいていた俺へ向き直る。
「青竹教官、早水がどうしたのですか?」
「崖から落ちたらしい。十メートル程の高さだったようだが場所が悪く、その後斜面を転がっていったようだ。最後に水の音が聞こえたから恐らく川に落下しただろうとも。とにかく、俺が救助に行くから心配するな」
話を聞いただけでも絶句してしまった。
打ち所の良し悪しなど関係なく重傷、もしかすると……。そこまで考えて頭を振りかぶる。
生きていても川に落ちたのならば流されてしまうか、溺れてしまう可能性もある。一刻も早く助けに行かなければならない。
死のイメージが否応なく頭を支配し、あの日の事件が思い起こされる。血溜まりに沈むおやっさん、先輩、同僚達の姿。何も出来ずそれを見て立ち尽くすだけの自分。
何も変わらなかったかもしれないが、あの日の後悔を一日たりとも忘れた事はない。
今動かなくては。聞き分けの良いガキじゃ何も変わらない。
「どうした? 須我?」
青竹教官が怪訝そうな顔で尋ねてくる。手に持ち下げているノート型端末を見ると地図が表示されており、緑の稜線と地形図の中に赤いマーカーが打たれている。
「教官、それが早水さんの落ちた地点ですか?」
「お? おう、そうだ」
そう言って俺へ差し出してくる。地形図を見る限り、俺達も目印にしていた川沿いのようだった。そこならば多少は分かる。
「教官、早水さんをよろしくお願いします」
「任せておけ。お前らはさっさと降りろよ。下りも気を抜かずにな」
そこまで言うと青竹教官は下ろしていた兵装筒を背と腰に差して、端末を見ながら歩き始める。
……ゆっくり歩いて向かう気かよ。舌打ちしたい気分になりながらも班員達の元へ向かう。
「な? 大丈夫だろ?」
こちらを見ていた花垣が立ち上がり声を掛けてくる。
「いや、川に落ちたらしい。それも十メートル以上の落下、その後斜面を転がって」
「む……結構やばそうだな。でも青竹教官が行ったなら問題ないだろ」
花垣と話していると同じ班の川上 梓(かわかみ あずさ)が近寄ってきていた。
「そろそろ下山しようって皆言ってるけど」
彼女の手元にある地図を見て閃く。
「川上さん、地図貸して」
半ばひったくるようにして地図をもらい、先程の教官が見せてくれたマップと照らし合わせて唾液で湿らせた土で点を打つ。
「おい、これって」
「早水さんが落ちた凡その位置」
「行く気なの?」
「皆が許してくれれば」
矢継ぎ早の会話、流石に二人とも理解が早い。
揉めている様子のこちらに痺れを切らせたのか、他の三人の班員も集まってくる。
「須我が早水の救助に行きたいって」
説明する川上に、班長である二宮 勇人(にのみや はやと)が眉を顰める。
「教官が救助に行ったなら俺達は予定通り下山するべきだろ。俺らまで何かあったらどうするんだ?」
他の面々も同意見のようで、こちらを見る目が険しい。班としての判断であればそれが正しい事も分かる。
……だけど。
「骨折とかして川に落ちてるとしたら。青竹教官でも救助できないような場所だとしたら。早水さんの命が危ない」
「それは短絡的な思考だな。それに地図からして、ここから一時間近く掛かる場所に居るんだろ? 五分十分早かろうが何も変わらない」
二宮は冷たく突き放す。
「俺なら、青竹教官よりも早く動ける。二十分もあれば行ける」
「はあ? 確かにお前の陽流気は高いけど教官より速いとか冗談だろ」
花垣が意味が分からないという風に首を傾げている。
確かに、陽流値1,800程度とこの学園内では伝わっているのでその言は分かる。だが俺はその実、二万を超える数値を内包しているのだ。
以前に纏衣の訓練として野木先生と山中での訓練も行っていて、その時自身の能力の異常さを体感していた。全力を出せば跳躍で殆どの段差は超えられるし、着地の衝撃も逃がし切ることができた。
障害となる樹木や岩は蹴り砕いて飛べばいい。ひたすらに跳躍と落下を繰り返せば教官よりも早く辿り着ける目算が立つ。
「俺だけで行く。皆には迷惑は掛けないから」
「単独行動の時点で大迷惑だっての。大人しく降りようぜ」
分かってもらえない歯痒さと、説明する事が出来ないもどかしさで頭を掻き散らしたくなる。とにかく時間が惜しい。
もし危険な状況であればこんな所で時間を食っているわけにはいかないのに。
「結論は出たな。須我、諦めて青竹教官に任せよう」
二宮がこちらの腕を掴み、有無を言わさないといった態度だ。
埒が明かない、ここはもう強行突破するしかない。
「悪い、地図は借りてく」
「あ?」
二宮が呆けたような返事をした時には動き出していた。
纏衣の出力を一気に上げて後方に飛び退る。掴まれていた手を弾き、班員達の輪から遥か彼方にまで距離を取って着地した。
「嘘だろ?」
呆気に取られたような反応をする班員達を尻目に、やたらと景色の良い崖へと走り出し空中へ身を投げ出した。
時間は十二時三十八分。何とか制限時間内に辿り着けて山頂で一息吐いていると、青竹教官の声が聞こえてきた。
無線で話しているようでヘルメットの左側を押さえている。
「須我、今の聞いたか?」
同じE班で一組の花垣 巧(はながき たくみ)が隣に腰を下ろしながら言う。
「早水さんが落ちた?」
「っぽいな。委員長がそんなミスするなんて珍しい」
その言葉を聞いて思わず立ち上がり「おい、なんでそんな冷静なんだよ?!」
花垣を見下す形で怒鳴る。それにより班員達の目がこちらを向き、花垣は軽く狼狽えた様子を見せる。
「いや落ち着けって。すぐ教官の誰かが迎えに行くだろ。この山はそんなに高い崖もないはずだし、纏衣を着てる限りは怪我も大した事ないって」
宥めるように花垣は言い、支給された水を口に運ぶ。他の班員も興味がなさそうな態度を示しており、それらを見て「クソ」と一言残し青竹教官へと近づく。会話を聞くためだ。
「……そうか。地図での地点からするとここから一時間も必要ないな。川に落ちた可能性が高いか、分かった。無理に救助に向かうなよ。お前達はこちらに来い、二次災害が起きては敵わんからな。……了」
そう言うとヘルメットから手を放し、近づいていた俺へ向き直る。
「青竹教官、早水がどうしたのですか?」
「崖から落ちたらしい。十メートル程の高さだったようだが場所が悪く、その後斜面を転がっていったようだ。最後に水の音が聞こえたから恐らく川に落下しただろうとも。とにかく、俺が救助に行くから心配するな」
話を聞いただけでも絶句してしまった。
打ち所の良し悪しなど関係なく重傷、もしかすると……。そこまで考えて頭を振りかぶる。
生きていても川に落ちたのならば流されてしまうか、溺れてしまう可能性もある。一刻も早く助けに行かなければならない。
死のイメージが否応なく頭を支配し、あの日の事件が思い起こされる。血溜まりに沈むおやっさん、先輩、同僚達の姿。何も出来ずそれを見て立ち尽くすだけの自分。
何も変わらなかったかもしれないが、あの日の後悔を一日たりとも忘れた事はない。
今動かなくては。聞き分けの良いガキじゃ何も変わらない。
「どうした? 須我?」
青竹教官が怪訝そうな顔で尋ねてくる。手に持ち下げているノート型端末を見ると地図が表示されており、緑の稜線と地形図の中に赤いマーカーが打たれている。
「教官、それが早水さんの落ちた地点ですか?」
「お? おう、そうだ」
そう言って俺へ差し出してくる。地形図を見る限り、俺達も目印にしていた川沿いのようだった。そこならば多少は分かる。
「教官、早水さんをよろしくお願いします」
「任せておけ。お前らはさっさと降りろよ。下りも気を抜かずにな」
そこまで言うと青竹教官は下ろしていた兵装筒を背と腰に差して、端末を見ながら歩き始める。
……ゆっくり歩いて向かう気かよ。舌打ちしたい気分になりながらも班員達の元へ向かう。
「な? 大丈夫だろ?」
こちらを見ていた花垣が立ち上がり声を掛けてくる。
「いや、川に落ちたらしい。それも十メートル以上の落下、その後斜面を転がって」
「む……結構やばそうだな。でも青竹教官が行ったなら問題ないだろ」
花垣と話していると同じ班の川上 梓(かわかみ あずさ)が近寄ってきていた。
「そろそろ下山しようって皆言ってるけど」
彼女の手元にある地図を見て閃く。
「川上さん、地図貸して」
半ばひったくるようにして地図をもらい、先程の教官が見せてくれたマップと照らし合わせて唾液で湿らせた土で点を打つ。
「おい、これって」
「早水さんが落ちた凡その位置」
「行く気なの?」
「皆が許してくれれば」
矢継ぎ早の会話、流石に二人とも理解が早い。
揉めている様子のこちらに痺れを切らせたのか、他の三人の班員も集まってくる。
「須我が早水の救助に行きたいって」
説明する川上に、班長である二宮 勇人(にのみや はやと)が眉を顰める。
「教官が救助に行ったなら俺達は予定通り下山するべきだろ。俺らまで何かあったらどうするんだ?」
他の面々も同意見のようで、こちらを見る目が険しい。班としての判断であればそれが正しい事も分かる。
……だけど。
「骨折とかして川に落ちてるとしたら。青竹教官でも救助できないような場所だとしたら。早水さんの命が危ない」
「それは短絡的な思考だな。それに地図からして、ここから一時間近く掛かる場所に居るんだろ? 五分十分早かろうが何も変わらない」
二宮は冷たく突き放す。
「俺なら、青竹教官よりも早く動ける。二十分もあれば行ける」
「はあ? 確かにお前の陽流気は高いけど教官より速いとか冗談だろ」
花垣が意味が分からないという風に首を傾げている。
確かに、陽流値1,800程度とこの学園内では伝わっているのでその言は分かる。だが俺はその実、二万を超える数値を内包しているのだ。
以前に纏衣の訓練として野木先生と山中での訓練も行っていて、その時自身の能力の異常さを体感していた。全力を出せば跳躍で殆どの段差は超えられるし、着地の衝撃も逃がし切ることができた。
障害となる樹木や岩は蹴り砕いて飛べばいい。ひたすらに跳躍と落下を繰り返せば教官よりも早く辿り着ける目算が立つ。
「俺だけで行く。皆には迷惑は掛けないから」
「単独行動の時点で大迷惑だっての。大人しく降りようぜ」
分かってもらえない歯痒さと、説明する事が出来ないもどかしさで頭を掻き散らしたくなる。とにかく時間が惜しい。
もし危険な状況であればこんな所で時間を食っているわけにはいかないのに。
「結論は出たな。須我、諦めて青竹教官に任せよう」
二宮がこちらの腕を掴み、有無を言わさないといった態度だ。
埒が明かない、ここはもう強行突破するしかない。
「悪い、地図は借りてく」
「あ?」
二宮が呆けたような返事をした時には動き出していた。
纏衣の出力を一気に上げて後方に飛び退る。掴まれていた手を弾き、班員達の輪から遥か彼方にまで距離を取って着地した。
「嘘だろ?」
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