-ヨモツナルカミ-

古道 庵

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第一章 学生編

山岳訓練4:衝突

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そこからの道中はこれまでよりも増して険悪な雰囲気になっていた。

ただ無言で進むだけならまだ良かったのだが、何かに付けて急かすような声が後ろから聞こえてくる。紗耶香の方も焦りからか上手く道を選べず、登れない場所に行きついては戻りを繰り返していた。

それでもようやく斜面が終わって川が浅く渡れそうな箇所を見つけ、沢の横断には成功するものの依然として後方からの野次が絶えず、結局ナビゲート役を矢作に渡し紗耶香は落ち込んだ様子で前方に着いていた。



本来の絵美は明るく、男女隔てず接する気のいい女の子で、矢作も冗談が多いが頭も切れるし場を和ませるのが上手い男だ。
紗耶香も本当はもっとよく喋るし、刈田や新田とも初めて組んだとは言え皆で普通に話せる仲のはずだ。

なのに今の状況はどうだ。空気は最悪で協調性の欠片も見当たらない。
辛うじて刈田が間を取り持ってくれてはいるが、班の意思は真っ二つに分かれてしまっている。
ただの山中訓練でこれだ。これまでも登山を伴う訓練自体は幾度となくこなしているし、授業でも山についての知識は多く学んでいる。

何せ”鬼門”のある山梨0区は山中にあるのだからそれを想定していない訳がない。だから今回の訓練もそれ程苦労するとは誰も考えていなかった。

……それぞれが優秀であるが故の問題かもしれない。

正直全員が班長として人を引っ張る事も、一個人として道を切り開く事も、ルートや様々な留意事項を洗い出すことも、途中で起きる予想外な出来事に対して判断を下すこともできる人材達だと思っている。

それであるが故に何かアクシデントが起きた時に「自分がやっていれば」という思いが先行する。「自分ならばこんなミスはしないのに」と。

だが、改めて実感した事がある。私達は優秀であり、ある程度は万能である。それは確かだが同時に、まだ十七、八歳の未熟な子供でもあるのだ。

皆の能力は平均的に高いが、それでも個人の力は限りがあるしこの道のプロからすれば素人も同然。なのに自信過剰が過ぎていた。
更に顕著なのがメンタルのコントロール。他の同年代と比べて皆大人びていると言って良いが、崩されれば何てことはない、中身は歳相応の子供だ。

だから皆苛立っているし、隠す事も忘れている。それが班に及ぼす影響だって頭に入っているにも関わらずに、だ。
私も絵美に対して、駄々を捏ねているとしか思えず頭に血が上ってしまっていた。そしてそれは今も変わっていない。
不機嫌な態度を露骨に見せている絵美に対して苛立っている。

「おう、班長。その崖登れそうか?」
ナビゲート役となった矢作が先頭の私に問いかけてきた。
沢は超えたものの、崖に近い岩場ばかりの地形に今は嵌ってしまっている。人一人が立てる程度の足場の連続で、かなり体力を消耗させられていた。

新田ならばこの方向には進まなかったろうが、矢作と絵美の判断で一直線に登るルートが選ばれ今に至っている。もう時間的に無理なのは分かっているのに、二人は時間内の登頂を諦めきれていないらしかった。

「ちょっと待って」
一度皆を制し、足場や掴める場所を目視で探っていく。落下すれば高低差で言えば十メートル以上。更に勢いが止められなかった場合、下にある急な斜面に落ちる可能性もある。
そんな事になればいくら纏衣があっても重傷、下手すれば命を落としかねない。慎重に判断する場面だ。

「早くしてくんない? どの道そこ行けないんじゃ降りるしかないし、もう行っちゃえば?」
後方から絵美の声。

「待ってよ。確認してから……」
「明らかに私達が前の時より遅くなってんじゃん。優等生ぶってんのにこれかよ」
その言葉に今まで抑えていた怒りが沸点を超えた。

「元はと言えば絵美が駄々捏ねなかったらこんな道選んでない。いい加減その子供じみた態度どうにかしてよ」
「本音が出たね、でしゃばり。でも元はと言えば私の言う通り進んでたらこんな場所に居ないんだっての。そこ自覚したら?」
「この……」

「もうやめろ!」
言い返そうとした所で刈田の一喝。
「いい加減頭冷やせよ。なった状況は仕方ない、今できる最善の選択をするべきだ。そんで、下らない言い争いは選択肢に入らないだろ?」
言い聞かせるように、だが強い語気で刈田が言う。

それに対しても絵美は止まらない。
「部外者ぶって自分で判断に加わらない奴が言ってもね」
最早触れる者全てに噛みつき始めていた。

「もうやめてよ!」
ここまでずっと黙していた紗耶香が大きな声を出す。肩が上がり、鼻を啜るような音も聞こえる。
こちらから見える紗耶香の顔は真っ赤で、目も潤んでいた。
「絵美……そんなんじゃないでしょ。何で酷い事ばかり」
そこまで言って俯いてしまった。

「泣くとかウザ。訓練中に泣く?」
鼻白んだようで絵美が紗耶香の事も責めようとするものの「もういいだろ、安達。黙っとけ」と、絵美派である矢作が彼女の肩を叩いて制する。
味方と思っていた矢作に諫められた事でようやく口を噤んだ。

捨て台詞に「こんな班で三か月とか無理」と、そう吐き捨てて。


自分の歯を思い切り食い縛る。私を罵倒するのはいい、落ち度があるのは確かだから。
でも紗耶香の事を泣かせたのは許せなかった。今度組手か刀剣の訓練で叩きのめしてやる。友達だと思っていた絵美に対して明確な敵意が湧いていた。

とにかくこんな演習は早く終わらせる。これ以上時間を長引かせてはいけない。そう思って纏衣の出力を上げ岩壁に足を掛ける。
纏衣に流す陽流気を多くすればその分動作補助の出力も上がる。結果、人体の限界をゆうに超える動きが可能になる。
”紫龍章”を受けている隊員ともなると、十階建てのビル程度の高さなら一足で超えられるそうだ。無論、今の私では到底不可能な荒業であるが。

それでも垂直二メートル程の跳躍はできる。片腕でも体重と纏衣を含めた九十キロ相当の重量を引き上げる事ができ、人間離れした動きでスイスイと登っていく。


とにかく、早く。それしか頭に無かった。

それであるが故に注意力が足りていなかった。



跳躍しようと力を込めた瞬間。不意に足裏にあった地面の感覚が、消えた。
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