-ヨモツナルカミ-

古道 庵

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第一章 学生編

山岳訓練2:翳り

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「B地点を通過。かなり良いペースだな、予定より十三分早い」
地図を持ち確認する役目を負った新田(にった)が班の皆に聞こえるように言う。
前を歩く刈田(かりた)、矢作(やはぎ)、絵美で道を拓き、後ろにルートを確認する新田、その後ろに指示役の私、最後尾の紗耶香は後方の警戒を行うという編成で登っていた。

新田の言う通り道のりは順調で、進めそうな場所を探りながらなので多少時間は掛かっているものの、纏衣(まとい)による動作補助の機能を生かし、予定通り進めていた。
新田のナビゲートも正確で、途中何度か方向が変わりながらも上手く修正してくれている。


「ん? これ、道になってるな……。獣道か?」
進もうとしている方向に違和感を覚えたようで刈田が一度足を止める。

「大型動物が通っているかもしれない。どうする班長」
「新田君、方向的にはどう?」
刈田の質問に新田へ確認の指示を出す。

「方角から見るに同じ方向だな。鹿ぐらいならいいけど、もし熊や猪が使ってたら危険じゃないか?」
新田の見解に皆頷く。

「ってもよ、纏衣着てるし問題ないんじゃね? いざとなったら全速力で逃げればいい」
矢作は楽観的に捉えているようだ。確かに出力を上げれば瞬間的に運動能力は向上する。
場合によっては危険な動物と戦っても良いと考えているかもしれない。

「確かに、道があれば使った方が楽だよね。交代でやってるけど先頭はキツいし」
絵美も矢作と同意見のようだ。やはり道を拓く役目は負担が大きく、固められた道を進む方が速度も速くなる。

「私は迂回した方がいい気がする。登るにしても下るにしても、私達より絶対動物の方が速いし、まだ若い草も倒れてるよね? このまま行くと遭遇するんじゃないかな」
最後尾の紗耶香は獣道を注意深く観察し、慎重な意見だ。

「意見が割れたな。どうする? 班長?」
皆の見解や意見が出揃った所で再度刈田が私に振る。こういった場合の最終判断を下すのが班長の役目だ。

多数決で判断するも良し、独断で下すも良し、最も信頼できる意見を選ぶも良しとなかなか難しい。だが自分の中での考えはある程度固まっていた。

「私は危険は避けた方が良いと思う。紗耶香の言う通りごく最近に通った形跡もあるし、こちらの装備はレーザー照準だけの狐火だけ。遭遇して誰か怪我でもしたら行動不能になっちゃうから。新田君、悪いけどルートの変更をお願いできる?」
「おう、了解」
新田は返事し、地図とコンパス、それと周囲を見回しながら思案を始める。

矢作と絵美は少し不満気であり、とりわけ絵美の方に異論がありそうな雰囲気だった。
なまじ優秀な者達で構成されているので、それぞれに我が強く己の意見が正しいと主張しがちになる。全員が同じ方向を向いている時は途轍もない力を発揮するが、一度別の方向に割れてしまうとなかなか修正が利きにくいのが難点だった。

とは言え上官の下した決定には絶対に従うのが規則なので、この場合班長の私の決断を覆そうと文句を言ってきたりはしない。しかしケアは必要だ。

「二人ともごめんね。前を歩く役目だし気持ちはよく分かる。でも、時間に余裕もあるから安全策を取りたいの」「気ー遣わなくても大丈夫だよ、いいんちょ。俺も安達も分かってるから。な?」
矢作は少しおどけながら絵美へ話を促す。

「うん、まあ前歩いてて熊に会ったら先頭が真っ先に危なくなるしね。でも時間がオーバーしないようにしないと。明日も訓練なんて真っ平だから」
矢作も絵美も了承してくれているようで安心した。二人が班長の時は積極的に協力しようと心に決め、二人に礼を言う。

「よし、こんなもんだろ。ちょっとペース上げなきゃいけないけど三人共大丈夫か?」
選定ができたらしく新田が前を歩く三人に問いかけると全員が問題なしと答える。

「それじゃ出発しようか、次の目標地点で小休止しましょう。水飲みの休憩は途中でも取るから、喉乾いたら皆言ってね」
皆が返事し、登山が再開される。

団体行動ではメンバー内での感情の揺らぎすら大きく影響する。班長は正しい判断と決断の責任を持つだけじゃなく、メンバーの精神面や感情の部分でもケアをしなくてはいけない。
そう考えると思っていたよりもずっと大変だと、今のやり取りで強く実感した。

須我君と初めて会った資料館で、彼の隣に居た野木曹長。あの人もきっと班長なのだろう。
二人と別れた後に、八坂が発した第一大隊以外を蔑視する発言を諫めていたたものの、内心では私自身も同じような考えが浮かんでいた。

どうしても猟特隊を目指す以上、最前線で強力な暗鬼と戦い、そして最高の功績と成果をもたらす第一大隊に配属される事が何よりの希望となる。

第二と第三は鬼門周辺地域で瘴気の残滓から生まれる四級や五級を倒す役目で、実際の所巡回任務ばかりで張り合いが無いと思っていた。

隊内でも第一を”鬼狩り”、第二第三を”鬼追い”という明確な差がある呼称で呼んでいたりもするし、この意識はほぼ全員の学生が共通して持っているものかもしれない。

だからこそ野木曹長に対しても大きな尊敬や羨望を持って相対していなかった。だが、第三大隊所属としても彼は班長であり、部下達をまとめ上げ任務をこなしている。
今この時初めて、強い尊敬の念を抱けた。あの野暮ったい見た目の男を思い出し、改めて失礼な態度を取ってしまったと後悔に駆られる。

そう言えば、須我君はどうしているだろうか。二組の面々とも上手くやれているだろうか。あまり人とのコミュニケーションが得意でないようだし、他のクラスメイトと比較するとどうしても子供っぽくて気になっていた。

これが母性本能ってやつだろうか、出来ない子ほど可愛いってやつ。
彼の顔が頭に浮かび、少し頬が緩んでしまうのを感じる。

「委員長、何ニヤついてんだ?」
不意に前を歩く新田の声が落ちてきて、宙に浮いていた思考が引き戻される。

「え、笑ってた?」
「なんか気持ち悪い笑い方してた」
「気持ち悪いって失礼な。ちょっと思い出してた事があって」
そんなに笑っていたのだろうか? それにしても女性に気持ち悪いとはつくづく失礼な言い方だ。

「新田、ルート確認よろしく」
「おう」
刈田の声が聞こえ新田が答える。

「ここ超えた先に沢があるはずだ。そこがチェックC´だな」
当初の予定とは変更した事を示す´(ダッシュ)を付けて呼称する。

進むとその言葉通り水の音が聞こえてきて、更に進むと視界が開けて谷になっている場所に出た。小さな渓谷ではあるが、高低差は十五メートル程あり、落下すれば纏衣があっても大事に至るだろう。

「ここからは沢沿いに上っていく。足元には気を付けろよ」
地図を確認しつつ新田が注意を促す。湿気が多く草木や地面も湿り気を帯びており、足場も悪く滑りやすい。ただ、時間的な余裕も無くなってきているのも事実であり、全員に焦りの色が見えてきている。

既に出発から一時間半が経過しており、全行程の三分の一も到達できていない状況だ。
やはりあのまま獣道を登るべきだったか。

自身の決断に不安を覚えるも、このまま進むしかないと思い直し皆を励ます。
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