-ヨモツナルカミ-

古道 庵

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第一章 学生編

山岳訓練1:出発

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「全員、纏衣(まとい)を起動しろ」
教官の指示を聞いて皆が「兵装展開”纏衣”」と展開コードを発し、身に付けている纏衣が低く唸るような音と共に起動する。

右の手首を通して自身から何か流れ出すような感覚に襲われる。識別輪に反応し、自動的に陽流気が流れ出すようになっているからだ。
まるで血液が流れ出しているようなこの感覚には、未だに馴れてない。


梅雨が明け夏の入りの季節。これから毎週土曜日は本格的な演習を絡めた訓練を行うようになる。
それまでは各種兵装を扱う授業で、自分に合った物を探し訓練する期間になっており、普段の授業と比較すると楽しみな時間だった。

だが今日からは地獄の一日となる。ただでさえ蒸し暑いのに、厚手の作業服装、その上に纏衣を装備した状態で一日中外す事なく行動しなければならない。
ヘルメット、背と胸、腹の一部を覆う胴当て、肩から始まり腕の関節以外を覆う腕装、足の各所を覆う脚装、股関節の可動域以外を覆う腰当てがピッタリと装着されている。

因みに真っ黒な正規隊員の物とは違っており、カラーリングはグレーの塗装に東京校を示す赤のラインで縁取りが施された物になっている。

纏衣を装備しての訓練は最近増えてきていたが、それでも短時間なので我慢できた。それが丸一日、真夏の炎天下でもこの服装だ。まさしく地獄と言える。

何よりも屈辱的なのが纏衣の排泄嚢(はいせつのう)を使わざるを得ない事だ。
実戦を想定しているので纏衣を丸一日脱ぐ事は許されない。
現場では数日戦地に滞在する事もあり、排泄物の問題を解決するためにこの機能が付けられているのだが、トイレを利用するのが当たり前となっているこの現代に、立ったまま排泄を行うのはかなりの抵抗がある。

今朝着替える時に下着を脱いで作業服装を着るのにも大きな躊躇いがあった。

男子の中には便利だとか言って排泄嚢を積極的に使用している者もいるが、私を含めた女子は本当に涙が出る程に嫌な行為だった。
これまでは長くて半日程度だったので使わずに済んでいたのだが、丸一日脱げないとなれば話は別。使わなければならない場面が出てくるだろう。
慣れなくてはいけないと言われているとは言え、これだけは本当に嫌だった。

そんな理由もあって、今日は朝から憂鬱な気分を抱えたままこの訓練に赴いていた。



「今日から班訓練を行う。班員はこちらで指定し、三か月ごとに編成は変えるものとする。名前を呼んだ者から前に出ろ。一組今井、塩屋、服部。二組大前、菅田、人見。お前らでA班だ」
次、と言葉を続けB班以降も呼ばれる。一組二組合同で組む事になり、全部で九班まで作られる。

私はD班で呼ばれたので先に呼ばれた刈田の後ろに並ぶ。一組は刈田 正宗(かりた まさむね)と日高 紗耶香(ひだか さやか)、二組からは安達 絵美(あだち えみ)、新田 光司(にった こうじ)、矢作 吉影(やはぎ よしかげ)。
これから三か月はこのメンバーで、班訓練の時は共になる。

「班は把握したな。この後話し合って班長を一人決めろ、班長は今日一日だけで次週はまた別の者を選ぶように。班長は俺の所に来い、本日の行動スケジュールを知らせる。その後班員にも伝達し行動を開始しろ。その間他の班員は通信機の周波数を合わせておけ。以上」
矢継ぎ早の教官からの説明の後、皆で返事をする。

直ぐに班員同士で向かい合って話し合いの体勢になる。
「よろしく、名前は大体分かるよな? とりあえず今日は誰が班長やる?」
「じゃあ私が。皆よろしくね」
刈田が話を切り出し、直ぐに手を挙げて立候補した。
班員の顔を見渡すと特に異議を唱える者も居なさそうなので刈田も頷く。

「じゃあ委員長、頼むわ」
「うん、行ってくるね」
軽く手を上げる仕草で了承し、私も手をひらひらと振り背を向ける。

「青竹教官、D班の早水です。よろしくお願い致します」
「D班は早水か」
青竹教官はそう言ってノート型端末にペンを入れている。
これまでは主に体術や武器を使用した訓練を指導しているのでジャージ姿しか見ていなかったのだが、今日は黒を基調とした正規隊員の装備を着こんでおり、元々大きな体がひと際大きく凛々しく見える。
やはりこの人も猟特隊員なのだと改めて見直した。

「B班、太田です」
「H班の鈴森です」
「G班、廣瀬です」
続々と今日の班長になった同級生達が集まり、九名で横に並ぶ。

「本日の訓練は山中での行軍訓練だ。この後移動するが、下ろされた場所を起点として一三○○までに山頂の目標地点でチェックと補給を受け、一六○○までにここに戻るように。ルートは各々で選定しろ。常に纏衣と狐火は起動したたままにしておけ。一日中の連続起動はお前らにはキツいだろうが、これも訓練だ。水の支給は五百ミリを一本ずつ持たせる。山頂で携帯食ともう一本水を渡すからそれで補給するように。時間を過ぎた班は明日に追加訓練を行うからそのつもりで居ろ」
一通り言い終えると、それぞれに箱が渡される。

「水と狐火、地図だ。それとこの空筒には廃棄物や排泄物を入れろ、班長がこの空筒を管理するように」
中身が開かれ説明される。

「自分達で対処できない緊急事態があればゼロ番で連絡しろ、教官が向かう。陣扇山は低山だが崖もあるし谷になっている地形もある。危険な箇所もあるから気を引き締めていけ。私からは以上だ、質問はあるか」
その言葉に手を挙げ、促される。

「他班との協力は可能でしょうか」
「基本的にはするな。スタート地点にて決めたルートを登るようにしろ。それでも頂上付近では合流するかもしれないがな。帰路では構わん」
「承知しました」

「他にある者は?」
青竹教官が見渡すが特に反応はない。

「それでは班に戻れ。○八二五に車両に乗り移動を開始し、○九○○まで待機、時間になったら行動を開始しろ。以上」
「了!」
全員が声を合わせて答え、散らばっていく。

「リン、おかえり。どんな感じだった?」
「普通に行軍訓練だね。いきなり班対抗とかじゃなくて良かったよ」
戻ると紗耶香が話しかけてきた。

「私達の班の周波数、四番だって」
「ありがと。それじゃ皆集まって! 説明するから」
少しばらけていた班員達を呼び、教官から受けた内容を伝える。

「地図を見る限りだと普通に登って三時間位じゃないか?」
地図を見つめながら新田が呟く。
それに対し「多分纏衣の動力ありきで考えられてるから、もっとキツいかもしれねーな」矢作もルートを考え指でなぞりながら言う。

「登山口からの進入じゃないし、道を拓きながらになるよね。でも狐火だけ?」
「うん、狐火しか渡されてない。あと空筒」
同じクラスメイトである絵美の疑問にそう答えると、何で空筒? と首を傾げる。

空筒とは通称で、正式には丙種5類”縮納箱(しゅくのうばこ)”という兵装だ。
このタイプであれば展開すると一.五メートル四方の箱が現れ、中に物を入れて収束させ、持ち運べるように出来ている。

兵装の圧縮技術を流用したもので、生物以外の物であれば何を入れても圧縮が可能、纏衣に次いで最も使用率の高い兵装として挙げられる。
多様な使い方ができる兵装だが、今回に関してはこれの用途は一つしかない。

「廃棄物と排泄物をこれに入れろって」
「うっわ。やっぱそれ用かー、管理は班長?」
「うん……」
そう言うと絵美は顔を歪ませ、汚物を見るような目でその空筒を見ている。

「排泄嚢に入れて委員長に渡すのも嫌だけどな、まあ仕方ない。皆、する時は言ってくれ。委員長から空筒受け取って離れる形にしよう」
刈田の提案に皆頷いて返し、その後も話し合いが続く。

そうこうしている内に時間となり、それぞれ向かう方向の運搬車両に乗り込んでいく。


--------


「纏衣の腰と股間の部分ってどうにかなんないのかね。座ってる時しんどいわ」
到着して車両降りると矢作が腰を回しながらボヤいている。同感で、深く座ることもできないし揺れで擦れるしで最悪だ。

「まあ、正規車輛は座席が改造されてるからな。学生の内の我慢だよ」
刈田は涼しい顔で山を見上げながら答えた。

彼は吊り目ながらも整った顔立ちで、青のメッシュが入ったショートの髪型がよく似合っている。サッパリとした性格と大人びた雰囲気で女子からの支持も厚い。
私は黒い噂を色々と聞いているので好意は持てないが。

「まだ時間あるし話しようか」
そう提案すると皆集まって再び地図とにらめっこを始める。目印とするポイントを決めてタイムスケジュールとペース配分をそれぞれで意見し合い、基本的な隊列や役割分担についても話し合う。

班長である私が仕切らずともそれぞれで考えて擦り合わせを始め、より綿密な計画ができていった。

「D班、早水です。○九○○、目標地点へ出発します」
「了」
ヘルメットの無線で教官へ報告し、返事を確認し班へ出発の合図を送る。

先程まで無駄口や冗談が飛び交っていたがそれもなくなり、道なき道を登る過酷な登山が始まった。
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