-ヨモツナルカミ-

古道 庵

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第一章 学生編

「やっぱり気に喰わない」

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それにしても、異常と思える程攻撃に対して敏感だ。反応が早い。
加えて回避の方法が独特で読み切れず、滅茶苦茶な事をしているようだが寧ろ最適な動きを導き出しているとも思える。

さっきの右ストレートは更に後退しようとしても確実に当たる距離であり、ガードをした所でその腕を弾くだけの勢いを乗せていた。
それを察したのか、自ら足を抜いて倒れ込み回避するとは。

普通なら地面に背を着けるような体勢になろうとは考えない。マウントを取られた地点で詰みになるからだ。しかしコイツは躊躇なくそれを選んだ。俺が直ぐには体勢を戻せないのを見切っていたのかもしれない。

落ち着いて相手を見据える。


もしかすると俺より強いか? 
……それは無いか。同年代に自分より強い者が居て堪るものか。ぬくぬくと生きてきた連中と俺とでは才能も練度も違う。

脚を踏み込む。先程よりも更に早くした。
左側を前に半身になり、軽く振るように左手を伸ばす。スナップを利かせ鞭のように腕をしならせて放つ打撃。
見た目では威力のなさそうなジャブに見えるが、相手の顔にでも当たれば俺の拳も痛める程に威力があるのものだ。

思った通りコイツは反応した。ほとんど目で見て判断しているようではななく、先に体が避けている。
潜るように身体を屈め、回避の後に体を伸ばしアッパーカットを繰り出してきた。

だが狙い通りの行動だった。

伸びる拳に合わせて一気に体を折り曲げて頭突きを打ち付ける。
頭骨と手骨とでは骨の質量が違う。ぶつかり合った瞬間鈍い音が響き相手が飛び退る。

右手の状態を確認するようにプラプラと振って少し顔を歪めた。
対する俺にもダメージがあり一瞬視界が揺れる。様々な感覚器官と人体の制御を司る脳がある頭部への衝撃だ。
しかしこの程度で倒れるような鍛え方はしていない。直ぐに持ち直した。

これで積極的に右手は使用できないだろう。パンチや掌底では使ってくるかもしれないが、少なくとも投げの起点にはできない筈だ。
そして怯んだこの瞬間がチャンスになる。

脚に力を込めバネのように跳躍。空中で薙ぎ払うように右足を振るう。対して相手は左腕で受けつつ屈んで回避される。しかし回避せず受けた事で若干体勢が崩れた。

着地し即座に左足で後ろ蹴りを放つ。辛うじて相手は両腕を交差させて受けるも、たたらを踏ませる事に成功。

まだ追撃は終わらない。
左足を落としながら体を捻って無理矢理相手の方へ体を向ける。体勢を整えようとしている所に前蹴りを放つ。片手で受けはしたものの今度は大きく後退させ体勢を崩した。

今ならば。

蹴った右脚を落とし腰を落とす。右手を前へ伸ばし、左手を脇の辺りで拳を握り込む。
そこから低く跳び、放つ左ストレート。いや、この場合は正拳突きと呼ぶべきか。
最早体は流れ咄嗟に防御の構えを取っても間に合わない。これで決着だ。

しかし相手の目が一瞬光って見えた。
相手は勢いが殺せていない中でも左脚でブレーキを掛けつつ体を折り、頭を伏せる。

丁度クラウチングスタートのような体勢だ。それでも流れていく力を右脚を伸ばして膝を曲げつつ受けきり、後退が止まった。
今度はその反動を利用して右足を一気に伸ばす。低姿勢のタックルを繰り出してきた。

標的を失ったこちらの拳は虚しく空振りする。その後腹部に強い衝撃、体が浮く。
膝蹴りを放つもそのまま押し倒される。

組みつかれた、マズい。再度腹に膝蹴りを見舞うも倒れた体勢で密着している相手にそれ程の威力が出ない。
相手は起き上がりマウントポジションを取ろうと動く。クソ、負ける。


次の瞬間、相手の姿は残像を残すようにブレて消えた。それから尋常ではない吹っ飛び方をして、二メートル程離れた場所でゴロゴロと転がるのが見える。

大きく舌打ちする。今まで禁じていた手を使ってしまった。

背や尻に付いた砂を払いながら立ち上がると、そこで大きな歓声が周囲から上がった。辺りを見るとクラスの連中が囲むようにこちらを見て何か喚いていた。

「すげえ!今の何だよ八坂!」
「やっぱ強えーな!」
「八坂がここまで追い詰められたの初めて見たな」
「須我君も結構強いよね」
「転入生が大番狂わせになるか?」
どうやら他の組は皆終わっていたらしく、俺と転入生の組手を観戦していたようだ。口々に俺や相手を褒めているらしい言葉が飛び交っている。

当の相手は砂が口に入ったのか唾吐きながら座っていた。
束の間視線が合う。

実質コイツの勝ちと言って良かった。普段なら絶対に奴らに仕込まれた技は使わない。だから組み倒された瞬間に勝敗は決していた。

しかし咄嗟に使ってしまった。本当に反射的に使ってしまったので今更どうすることもできないが、奴らとは異なる道を進むと決めていた俺にとって、屈辱的な事だった。

視線を外し「ありがとうございました」と一応最後の礼をやっておく。
ゴリラもこちらを見ている、やっておかなくては注意を受けるだろう。
相手も立ち上がり礼を言いながら頭を下げる。これで形式上の組手は終了となる。

そこからは視界に入れないようにして反対の方向へ歩く。

ゴミ共が囲んできて何か言ってきているが耳に入らない。頭の中では先程の応酬が再生されていた。
あそこまでの手順に大きな間違いは無かったし、事実、相手を追い詰める事も出来ていた。しかしその窮地を利用してこちらへのカウンターを決められた。

要は最後の一撃に緩みがあったという事だ。最初のやり取りで相手は攻撃の手順を組み立て詰めていくタイプと誤認したが、今にして思えば全てアドリブだったのだろう。
そのクセあれだけの動きができるのだから、大した運動能力だとも思う。

久しぶりに味わう敗北感。
クソ忌々しい兄連中にやられたイジメ以来の経験だ。

最後の一撃を使った影響で身体のあちこちに痛みが走る。筋肉の繊維そのものに大きな負担を掛けてしまうため、人外じみた動きが出来る代わりにその後痛手を負ってしまう諸刃の剣だ。
本来ならこれを使わずに高みを目指すのが俺の決意だった。

しかし先程破られた。相手を認める気持ちと、決意を踏みにじられた事での屈辱感でどうにも気分が悪い。

とにかくこの一年、もう奴には負けない。他の連中にも。組手に限らず実技の全て、勉学の全て、成績の全てで誰にも負けない。それを為す事が先程の屈辱を雪ぐ、たった一つの方法だ。

既に纏わりつくゴミ共は周囲から消えており、教官が整列するように叫んでいる。
組手では負けた。だが他はどうだろうか。

皆の真中で照れ臭そうに笑っている相手を一瞥し改めて思う。


……やっぱりこいつの事は、気に喰わない。
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