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第一章 学生編
授業内容:最後の日2
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「じゃ、組手やるか。その後は剣、槍、短刀、棒の順で行くぞ」
「はい」
備品庫から大小様々な棒を取り出して須我にも持たせ、グラウンドの真ん中へ移動する。
回避訓練は既に充分となり、具体的な武器の使い方を教えている。須我は典型的な近距離型で、逆に弓矢や銃は苦手としている。
とは言え扱えなくては話にならないため、夕方は射撃訓練を中心に行ってきていた。
互いに構え、手刀にした手の甲を打ち合わせる。審判を付けない場合の開始の合図だ。
距離を置こうと後退する須我に対して強気に手を伸ばす。狙いは襟だ。
だが伸ばした手を払われ逆に懐に潜られた。
しかしその動きは予測できている。須我は後退しつつも前に重心を置いているのを見逃さない。
地面を蹴り須我の背を利用して前転して着地する。
右の脇腹に鈍痛、打たれていた。
素早く向きを変え、勢いのままつんのめる須我の背部へ向けて拳を放つ。だが須我も体を丸めて前転し回避。
独楽のように体を回転させこちらに向き直る。再び互いに構え直す形になった。
やはり回避が上手い。見えない位置からの攻撃にも反応し、立て直しも早く隙を見せない。
とは言え俺も負けてはいられない。
踏み出した足を軸に体を回転、中段蹴りを放つ。
須我はそれを飛び退りつつ両腕を交差させて蹴りに合わせガード。だが俺も止まらない。
そのまま近づき空いた顔面に目掛け拳を放つ。
しかしその拳が届く前に腕が弾かれ、袖を掴まれて引き寄せられる。
そして伸びた足を払われ体勢が崩れた。何とか空いた手を地面について、バネのように押し返して体を浮かせる。
体勢をなんとか整えようとしたとは言え、体のあらゆる部分ががら空きだ。
その隙を見逃さず須我に関節を取られ、一本取られてしまった。
俺達のする格闘は様々な格闘技を織り交ぜたものだ。故に急所狙い以外は何でもアリ。
「どんな形であれ、相手に致命的な一撃を与えられる状態にする」これが勝敗の基準になっている。なので全身痣だらけになる日々だった。
須我との組手も、今や勝ち越される日が増えてきた程になった。その後に行う武器を使用した訓練ではまだまだ俺の方が上手だが、組手と同じ位の時間を掛ければ追い抜かれてしまうだろうという予感がある。
自分の教え方が良かったなどと驕る気にはなれない。元々持っていたセンスが輝き始めただけだ。
その証拠に、射撃はどれだけ教えても一向に上達の気配を見せていない。
俺よりもずっと優れた指導員が付いていたら、という考えも浮かび度々亀井さんには愚痴っていた。
だが彼女は「今の須我君にとって、野木さん程最適な指導者は居ない」ときっぱりと言い切った。
如何に優れた能力と技術と頭脳を持っている者が教えたとしても、必ずしも生徒の成長にとって最良とは限らない。親身に付き添ってくれて、二・三歩先を歩んでいる俺のような者の方が良い、と。
私では理屈を教える事が出来てもそれを身に付かせる事はできない。多少優秀でも頭の固い人間とはそういうものです。彼女はそう言って微笑んだ。
腑に落ちたわけではなかったが、励まされたのは分かり少し気が楽になったのはよく覚えている。
組手を三十分程続け、結局四勝六敗で終えた。悔しい気持ちは強いがどこか充足感もあり、ここまでの腕になったのは正直誇らしくすらあった。
「先生、俺さ。本当に感謝してるんだ」
並んで休憩していると不意に須我が口を開いた。
からかうような言葉が頭に浮かび口を開きかけたが思い直し、黙して次の言葉を待つ。
「俺さ、別に今更学校生活とかどうでも良かったし、入隊の話だって最初は職場が無くなったから話に飛びついただけなんだ」
数か月前にも似た話をしていたのを思い出す。その時は勉強を辞めたいとも言っていたが。
「でもさ、野木先生と亀井先生と過ごした生活は楽しかった。ここまでちゃんと見てくれた先生も居なかったし、腕っぷしだけが取り柄だった俺の鼻っ柱を折ってくれたのも二人目だったんだ」
「一人目はおやっさん、だったか」
「そうそう。俺が悪かったんだけど、何かと叩かれてたから頭に来て本気で殴り掛かったら逆にのされたっていうね」
以前の話を思い出し言うと、笑みを噛み殺しているような表情で遠くを見ている。
「まあ、そんだからおやっさんと同じか、それ以上に尊敬してんだ。先生の事」
今では俺の方が強いけどな、余計な事を言いやがったので肩を小突いてやる。
「だからその……何ていうか。ありがとうございました。野木先生の事は兄貴みたいに思ってる」
照れ臭いのかこちらを見ずに言う須我の顔に、朝焼けの色が差す。丁度日が昇り始めてきたようで、眩しさに目を細めた。
「俺もお前を出来の悪い弟みたいに思ってるよ。たまには連絡しろよな」
「ん、分かった」
俺の返事にポツリと答える須我。
暫く無言で昇る太陽を眺めていると「なあ、先生」と一言。
それに対し何だ、と聞くも須我は鼻を啜る動作をして一息吐く。
「この十カ月ありがとう。そんでさ……この先絶対、死なないでくれよな。俺も死なないから」
その言葉に今日これまで抑えてきたものが溢れるのを感じた。あの事件を互いに経験したが故の死生観。
今日、この日が今生の別れにもなりかねないのだ。
仮校舎の撤収が済めば俺は隊に復帰する。新たに編成される班の班長として再び任務に就くことが決定していた。
須我は新隊員期間が終われば間違いなく第一大隊の最前線に配属される。二級出現時には作戦の主力にも組み込まれるだろう。
三十名近い死者を毎年のように出している激戦地故に、経験の浅い若い隊員がよく死ぬ事で有名だった。そんな戦地に弟のように思っている教え子を向かわせなければならない。
その事実を直視したくなくて、昨夜からずっと気持ちが渦巻いていたのだ。
目頭に熱いものを感じながらも頷き答える。
「俺は死なないよ。須我こそ、頑張れよ」
「うん」
「太陽が眩しいな」
「うん」
汗と泥と痣だらけの男二人、少しずつ高い位置へと昇る朝日を眺めながら佇む。
陽の温かさが、ただ心地良かった。
「はい」
備品庫から大小様々な棒を取り出して須我にも持たせ、グラウンドの真ん中へ移動する。
回避訓練は既に充分となり、具体的な武器の使い方を教えている。須我は典型的な近距離型で、逆に弓矢や銃は苦手としている。
とは言え扱えなくては話にならないため、夕方は射撃訓練を中心に行ってきていた。
互いに構え、手刀にした手の甲を打ち合わせる。審判を付けない場合の開始の合図だ。
距離を置こうと後退する須我に対して強気に手を伸ばす。狙いは襟だ。
だが伸ばした手を払われ逆に懐に潜られた。
しかしその動きは予測できている。須我は後退しつつも前に重心を置いているのを見逃さない。
地面を蹴り須我の背を利用して前転して着地する。
右の脇腹に鈍痛、打たれていた。
素早く向きを変え、勢いのままつんのめる須我の背部へ向けて拳を放つ。だが須我も体を丸めて前転し回避。
独楽のように体を回転させこちらに向き直る。再び互いに構え直す形になった。
やはり回避が上手い。見えない位置からの攻撃にも反応し、立て直しも早く隙を見せない。
とは言え俺も負けてはいられない。
踏み出した足を軸に体を回転、中段蹴りを放つ。
須我はそれを飛び退りつつ両腕を交差させて蹴りに合わせガード。だが俺も止まらない。
そのまま近づき空いた顔面に目掛け拳を放つ。
しかしその拳が届く前に腕が弾かれ、袖を掴まれて引き寄せられる。
そして伸びた足を払われ体勢が崩れた。何とか空いた手を地面について、バネのように押し返して体を浮かせる。
体勢をなんとか整えようとしたとは言え、体のあらゆる部分ががら空きだ。
その隙を見逃さず須我に関節を取られ、一本取られてしまった。
俺達のする格闘は様々な格闘技を織り交ぜたものだ。故に急所狙い以外は何でもアリ。
「どんな形であれ、相手に致命的な一撃を与えられる状態にする」これが勝敗の基準になっている。なので全身痣だらけになる日々だった。
須我との組手も、今や勝ち越される日が増えてきた程になった。その後に行う武器を使用した訓練ではまだまだ俺の方が上手だが、組手と同じ位の時間を掛ければ追い抜かれてしまうだろうという予感がある。
自分の教え方が良かったなどと驕る気にはなれない。元々持っていたセンスが輝き始めただけだ。
その証拠に、射撃はどれだけ教えても一向に上達の気配を見せていない。
俺よりもずっと優れた指導員が付いていたら、という考えも浮かび度々亀井さんには愚痴っていた。
だが彼女は「今の須我君にとって、野木さん程最適な指導者は居ない」ときっぱりと言い切った。
如何に優れた能力と技術と頭脳を持っている者が教えたとしても、必ずしも生徒の成長にとって最良とは限らない。親身に付き添ってくれて、二・三歩先を歩んでいる俺のような者の方が良い、と。
私では理屈を教える事が出来てもそれを身に付かせる事はできない。多少優秀でも頭の固い人間とはそういうものです。彼女はそう言って微笑んだ。
腑に落ちたわけではなかったが、励まされたのは分かり少し気が楽になったのはよく覚えている。
組手を三十分程続け、結局四勝六敗で終えた。悔しい気持ちは強いがどこか充足感もあり、ここまでの腕になったのは正直誇らしくすらあった。
「先生、俺さ。本当に感謝してるんだ」
並んで休憩していると不意に須我が口を開いた。
からかうような言葉が頭に浮かび口を開きかけたが思い直し、黙して次の言葉を待つ。
「俺さ、別に今更学校生活とかどうでも良かったし、入隊の話だって最初は職場が無くなったから話に飛びついただけなんだ」
数か月前にも似た話をしていたのを思い出す。その時は勉強を辞めたいとも言っていたが。
「でもさ、野木先生と亀井先生と過ごした生活は楽しかった。ここまでちゃんと見てくれた先生も居なかったし、腕っぷしだけが取り柄だった俺の鼻っ柱を折ってくれたのも二人目だったんだ」
「一人目はおやっさん、だったか」
「そうそう。俺が悪かったんだけど、何かと叩かれてたから頭に来て本気で殴り掛かったら逆にのされたっていうね」
以前の話を思い出し言うと、笑みを噛み殺しているような表情で遠くを見ている。
「まあ、そんだからおやっさんと同じか、それ以上に尊敬してんだ。先生の事」
今では俺の方が強いけどな、余計な事を言いやがったので肩を小突いてやる。
「だからその……何ていうか。ありがとうございました。野木先生の事は兄貴みたいに思ってる」
照れ臭いのかこちらを見ずに言う須我の顔に、朝焼けの色が差す。丁度日が昇り始めてきたようで、眩しさに目を細めた。
「俺もお前を出来の悪い弟みたいに思ってるよ。たまには連絡しろよな」
「ん、分かった」
俺の返事にポツリと答える須我。
暫く無言で昇る太陽を眺めていると「なあ、先生」と一言。
それに対し何だ、と聞くも須我は鼻を啜る動作をして一息吐く。
「この十カ月ありがとう。そんでさ……この先絶対、死なないでくれよな。俺も死なないから」
その言葉に今日これまで抑えてきたものが溢れるのを感じた。あの事件を互いに経験したが故の死生観。
今日、この日が今生の別れにもなりかねないのだ。
仮校舎の撤収が済めば俺は隊に復帰する。新たに編成される班の班長として再び任務に就くことが決定していた。
須我は新隊員期間が終われば間違いなく第一大隊の最前線に配属される。二級出現時には作戦の主力にも組み込まれるだろう。
三十名近い死者を毎年のように出している激戦地故に、経験の浅い若い隊員がよく死ぬ事で有名だった。そんな戦地に弟のように思っている教え子を向かわせなければならない。
その事実を直視したくなくて、昨夜からずっと気持ちが渦巻いていたのだ。
目頭に熱いものを感じながらも頷き答える。
「俺は死なないよ。須我こそ、頑張れよ」
「うん」
「太陽が眩しいな」
「うん」
汗と泥と痣だらけの男二人、少しずつ高い位置へと昇る朝日を眺めながら佇む。
陽の温かさが、ただ心地良かった。
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