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第一章 学生編
授業内容:最後の日1
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今日は寝不足だった。
昨日はどうにも寝付けなくて、結局一時間程しか眠れていない。この十カ月は毎夜泥のように眠っていたのでかなり珍しい。
寒さは少しマシになってきたものの、まだ春先なので朝は冷え込む。日の出は随分と早くなってきており、いつもの実技訓練の時、組手が始まる頃には空が白んでくるようになっていた。
……それも今日で最後。
だからか妙に感慨深くなって落ち着かず、昨日はなかなか寝付けなかった。
今日一日を終えれば須我は明日から一週間の春休みに入る。今日まで盆も正月もぶっ通しで授業を受けていたので長期休暇どころか連休すら久しぶりだろう。
だがあまりゆっくりもしていられない。この一週間で支度を整えて四月から正式に猟特科東京校の生徒になる。
入寮の手続きに引っ越し、編入前の様々な手続き等ある筈なので気を休める時間すら無いかもしれない。
いつものように外囲いのドアの鍵を開けて中に入り、束の間この仮設の学び舎を眺める。
ここも来週の頭に撤去されるそうで、それまでに備品の整理と運び出しを命じられていた。
すっかり見馴れてしまったこの場所を眺めていると胸に何か込み上げてきそうになり、まずい、と思ってそれを押し戻すように今日の授業の内容を頭に浮かべ、プレハブの校舎へ足を向ける。
七時半までの実技訓練、午前中は対暗鬼戦術の掘り下げ、午後は基礎学科の苦手部分のテストとそれについての解説をする予定だ。
時間の都合で夕方の実技訓練は行わず、十七時には解散となる。
正直、座学は形になったとまでは言えなかった。あと一年あれば目標の所まで行けそうではあるが、それでは本末転倒で最初から一年生に入れておけば良かったとう話になる。
だから仕方がない。
やれるだけの事はしたし、苦手な授業でも須我なりに努力をしてくれた。ベストを尽くせたとまでは言い難いが、様々な点を考慮すると悪くない出来だと思う。
そして実技についてだが、こちらは恐らく他の同学年と比較しても遜色のない腕前になっていると思う。少なくとも、俺が須我と同じ年の頃だとしたら歯が立たないと思える程だ。
兵装も軽く触らせたが流気の流量のコントロールが上手くいかず、訓練用兵装を悉く損傷させてしまった。
まあ二万という規格外な陽流気を持つ者に三桁台の出力の兵装を持たせるのが間違いだ。纏衣(まとい)も一つ壊してしまったし、兵装については三年次の教官任せるしかない。
技術部が対策になる物を持っているらしく、亀井さんがそれを調達すると言っていたので何とかなる筈だ。
荷物を事務室に置いてグラウンドに出るといつの間にか須我が立っていた。普段はきっちり五分前に来るのだが今日は少し早い。
「おはようございます、野木先生」
「おはよう、今日は早いな」
「なんか目が覚めちゃいまして。実は四時位から来て外を走ってたんです」
そう言われて気づいたが薄く身体から蒸気が立ち昇っており、顔にも大粒の汗が流れていた。
「アップは済んでそうだな。だがまあ俺の方はまだだから二周ぐらい走るか。付き合え」
「はい」
軽く体の筋を伸ばしてから走り出す。須我もすぐに横に並んだ。
「本日もよろしくお願いします、先生」
「おう。今日でその挨拶も最後だな」
「そうですね」
短く、最低限の会話。そこから暫くは無言で走る。
「俺……」
不意に須我が口を開き何かを言いかけるが、諦めた様子でまた口を閉じてしまう。そんな須我に、何を言いたかったのか聞き出そうとは思わなかった。
内容や言葉は分からないし予想もできない。だが何故か伝えたい事、気持ちが分かるような気がしたからだ。
「ラスト一周、全速」
「はい」
その言葉に頷き、毎日続けている内にスタート地点としていつの間にか決まっていた備品小屋を通過する時、一気に地面を蹴り出す。
これまでの流すような走りではなく全開で足を回す。地面を蹴り、飛ぶように駆けていく。
最初は二人並んでいたが徐々に須我が前に出てきた。だがこちらも意地だ、今日の一回ぐらいは勝ちたい。更に足に力を込めて速度を上げる。
しかし差が縮まらない、寧ろどんどん彼の背中が遠くなっていく。
最後のカーブを曲がり切る頃には五メートル以上の距離が開いていた。最初から須我は足が速かったが、ここまでの差は無かった。
俺は俺で鍛え直していて実際にタイムも伸びたのだが、須我の成長率と比べたら些細なものだ。
もう俺はこいつの前を走る事は無い。ふと、そんな思いが胸を過った。
最終的に更に距離を離されてしまい、圧倒的な差が開いてのゴールとなった。
お互い軽く息は上がっているものの、へばってはいない。
「はは、やっぱ勝てねえな」
目の前に立つ須我に向かって笑いかける。
「足には昔から自信ありますから。でも、先生は遅過ぎかな」
いつもの軽口を叩いてくる。授業時は必ず敬語にするよう教えてきているが、時折こうしてボロを出す。
まあ、親しくなった証拠だろうと今は見逃していた。
昨日はどうにも寝付けなくて、結局一時間程しか眠れていない。この十カ月は毎夜泥のように眠っていたのでかなり珍しい。
寒さは少しマシになってきたものの、まだ春先なので朝は冷え込む。日の出は随分と早くなってきており、いつもの実技訓練の時、組手が始まる頃には空が白んでくるようになっていた。
……それも今日で最後。
だからか妙に感慨深くなって落ち着かず、昨日はなかなか寝付けなかった。
今日一日を終えれば須我は明日から一週間の春休みに入る。今日まで盆も正月もぶっ通しで授業を受けていたので長期休暇どころか連休すら久しぶりだろう。
だがあまりゆっくりもしていられない。この一週間で支度を整えて四月から正式に猟特科東京校の生徒になる。
入寮の手続きに引っ越し、編入前の様々な手続き等ある筈なので気を休める時間すら無いかもしれない。
いつものように外囲いのドアの鍵を開けて中に入り、束の間この仮設の学び舎を眺める。
ここも来週の頭に撤去されるそうで、それまでに備品の整理と運び出しを命じられていた。
すっかり見馴れてしまったこの場所を眺めていると胸に何か込み上げてきそうになり、まずい、と思ってそれを押し戻すように今日の授業の内容を頭に浮かべ、プレハブの校舎へ足を向ける。
七時半までの実技訓練、午前中は対暗鬼戦術の掘り下げ、午後は基礎学科の苦手部分のテストとそれについての解説をする予定だ。
時間の都合で夕方の実技訓練は行わず、十七時には解散となる。
正直、座学は形になったとまでは言えなかった。あと一年あれば目標の所まで行けそうではあるが、それでは本末転倒で最初から一年生に入れておけば良かったとう話になる。
だから仕方がない。
やれるだけの事はしたし、苦手な授業でも須我なりに努力をしてくれた。ベストを尽くせたとまでは言い難いが、様々な点を考慮すると悪くない出来だと思う。
そして実技についてだが、こちらは恐らく他の同学年と比較しても遜色のない腕前になっていると思う。少なくとも、俺が須我と同じ年の頃だとしたら歯が立たないと思える程だ。
兵装も軽く触らせたが流気の流量のコントロールが上手くいかず、訓練用兵装を悉く損傷させてしまった。
まあ二万という規格外な陽流気を持つ者に三桁台の出力の兵装を持たせるのが間違いだ。纏衣(まとい)も一つ壊してしまったし、兵装については三年次の教官任せるしかない。
技術部が対策になる物を持っているらしく、亀井さんがそれを調達すると言っていたので何とかなる筈だ。
荷物を事務室に置いてグラウンドに出るといつの間にか須我が立っていた。普段はきっちり五分前に来るのだが今日は少し早い。
「おはようございます、野木先生」
「おはよう、今日は早いな」
「なんか目が覚めちゃいまして。実は四時位から来て外を走ってたんです」
そう言われて気づいたが薄く身体から蒸気が立ち昇っており、顔にも大粒の汗が流れていた。
「アップは済んでそうだな。だがまあ俺の方はまだだから二周ぐらい走るか。付き合え」
「はい」
軽く体の筋を伸ばしてから走り出す。須我もすぐに横に並んだ。
「本日もよろしくお願いします、先生」
「おう。今日でその挨拶も最後だな」
「そうですね」
短く、最低限の会話。そこから暫くは無言で走る。
「俺……」
不意に須我が口を開き何かを言いかけるが、諦めた様子でまた口を閉じてしまう。そんな須我に、何を言いたかったのか聞き出そうとは思わなかった。
内容や言葉は分からないし予想もできない。だが何故か伝えたい事、気持ちが分かるような気がしたからだ。
「ラスト一周、全速」
「はい」
その言葉に頷き、毎日続けている内にスタート地点としていつの間にか決まっていた備品小屋を通過する時、一気に地面を蹴り出す。
これまでの流すような走りではなく全開で足を回す。地面を蹴り、飛ぶように駆けていく。
最初は二人並んでいたが徐々に須我が前に出てきた。だがこちらも意地だ、今日の一回ぐらいは勝ちたい。更に足に力を込めて速度を上げる。
しかし差が縮まらない、寧ろどんどん彼の背中が遠くなっていく。
最後のカーブを曲がり切る頃には五メートル以上の距離が開いていた。最初から須我は足が速かったが、ここまでの差は無かった。
俺は俺で鍛え直していて実際にタイムも伸びたのだが、須我の成長率と比べたら些細なものだ。
もう俺はこいつの前を走る事は無い。ふと、そんな思いが胸を過った。
最終的に更に距離を離されてしまい、圧倒的な差が開いてのゴールとなった。
お互い軽く息は上がっているものの、へばってはいない。
「はは、やっぱ勝てねえな」
目の前に立つ須我に向かって笑いかける。
「足には昔から自信ありますから。でも、先生は遅過ぎかな」
いつもの軽口を叩いてくる。授業時は必ず敬語にするよう教えてきているが、時折こうしてボロを出す。
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