-ヨモツナルカミ-

古道 庵

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第一章 学生編

校外授業

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コツン、と後頭部に何かが当たった感触があり、何事かと思って振り向く。
だが後方には原因らしきものは見当たらず、先程まで見ていた”天滅衆”の資料が並んでいるだけだった。

感触で言えば布のような柔らかさで、そこそこの質量のある物が当たったような感覚だった。

「リンー、どうした?」
立ち止まった事で距離が開いてしまった紗耶香がこちらに問いかけてくる。
「何でもないよ。ちょっと何か頭に当たったみたい」
前に向き直り怪訝な表情を浮かべる紗耶香に返事する。

「委員長達、遅いぞ。そんなじっくり見るもんでもないだろ」
私達のずっと先を歩いている花垣が大声で言っている。

その言葉に思わずムッとなってしまい「失礼な事言わないの! ここの資料は貴重だし勉強になるでしょ!」と同じ位の大声で返す。
それを聞いた紗耶香が人差し指を立てて私に静かにするように訴えており、体温が急激に上昇し耳が熱くなるのを感じた。

「あれ、誰だろ?」
口元に持ってきていた人差し指をこちらに向けた紗耶香が不思議そうな顔をしている。
私も釣られてその方向を見ると、私達と同じ黒と赤を基調とした制服を着た少年と、全身深緑色の自衛隊の作業服装を着ている男性が、資料を見ながら歩いてきているのが見えた。

「リン、あれ誰だか分かる?」
「うーん……うーん? 名前が出てこない」
首を捻りながらいくら見ても顔と名前が浮かんでこない。

自慢ではないが、猟特科東京校に通う生徒と教員は全て記憶している。一年生の時には同学年以外にも二年生、三年生も把握しているし、二年生に上がった時には下級生とも全員一度は話をしており洩れなく記憶している。

そして顔を見ればすぐに思い出せるはずなのだ。特に今日は校外授業で、この猟特隊史資料館には二年生五十三名が来ているだけなので分からない筈が無い。

面識のない一般人か、と言うと私達と同じ制服を着ているのでその線が無いのは明白。
なのに全く顔に覚えがないのは奇妙だった。

隣に居る、恐らく猟特隊員である男と二人きりで資料館を回っているのも妙だ。

「あ、ちょっとリン!」
「ちょっと話してくる。先行ってて」
紗耶香の制止を躱して見覚えのない少年の元へ足を進める。

同じ学び舎に通う同級生を知らないというのはとても失礼な気がしてしまうし、もし話した事があって覚えていないとしたら尚更申し訳ない。
そんな馬鹿がつくほどの生真面目さと高過ぎる行動力から、この学校に存在しない役職である「委員長」というあだ名が付けられてしまっているが、気にしない。これが私の性分なのだから。

近づく私を見とめた猟特隊員らしき男は、瞬間「しまった」と声に出ていそうな表情をして少年の腕を掴む。
何でそんな事をするのか妙に思いつつも、競歩のような速度で距離を詰め話しかける。

「こんにちは。良かったら一緒に私達と回りませんか?」
呆けた表情でこちらを見ている少年と、左手で顔を覆いながら天井を見上げる男が眼前になる。

少年の方は百七十センチぐらいだろうか。癖のある茶と黒の混じった短髪。吊り目がちな大きな目が印象的で、悪戯が好きそうな猫を彷彿させる顔立ちをしている。

対して隣の男の方は少年よりも背が高く、無造作の少し長めの黒髪が目に掛かり、無精髭を生やしていて野暮ったい印象を助長させる。だが顔立ち自体は良さそうで、髪と髭が勿体ないと思った。

「あの、初めまして……ですよね?」
呆気に取られて停止している二人に再度話しかける。
「お、あ、はい」
少年は何か返答を思案していたようだが実際に出てきた言葉はたどたどしいものだった。

「やっぱりそうですよね、安心しました。私、早水 竜胆(はやみ りんどう)と申します。猟特科東京校の二年一組です。あなた方は?」
こちらの問いに対して束の間二人で目配らせをして、猟特隊員の方が観念したように口を開いた。

「自衛隊猟獲特務科連隊第三大隊所属、野木佑二、階級は陸曹長です。隣に居るのは特別教育課程の須我 結人です」
「須我です。よろしく」
野木曹長の言葉の後にスガと名乗る少年も頭を下げた。しかし引っかかる言葉があった。特別教育課程などというものがこの学校にあっただろうか?
もしあったとして、一度も校舎内で見ていないのはどういう事だろうか?

せっかく胸のつかえが取れたのにまた別の物が刺さった感覚だ。
そして曹長という階級の者がこんな所に居るのも妙な話だ。プライベートならまだしも、作業服装であり勤務中であるのは明白。
だが曹長と言えば班長クラスであり、後方部隊所属だとしてもやはり似た立ち位置に居るはず。そんな人物が生徒と二人きりで来ているのは異常と言って良い。

「陸曹長殿で御座いますか。失礼致しました。それでなのですが、スガ君? 漢字を聞いても大丈夫ですか?」
「スはこう、須賀とか須長の須で、ガは我。結ぶ人でユイト」
必死に中空で文字を描きながら須我君が説明してくれる。
それを聞いて記憶にある生徒名簿と照らし合わせてみるが、やはり該当する生徒は居なかった。

そんなこちらの様子に見かねたのか、野木曹長が話始める。

「ちょっと訳ありの生徒でね。でも君は二年と言ってたか、こいつも同じ学年なんだ。いずれ会う機会があると思うから、それまでは気にしないでいてくれるかな」
右手を顔の前で立ててお願いをするようなポーズを取っている。

「承知致しました。これまでの不躾な言動、申し訳御座いませんでした。あの、この後もお二人で回るご予定ですか?」
「ああ。なるべく隠れてね。君達が来ているとは知らなかったんだ」

野木曹長の様子を見るに本当に困っているようなのでこれ以上突っ込むのは野暮だと思い直した。
そんな時、須我君が私ではなく別の方向を見ているのに気づく。
視線の先には私達と同じ制服を着ている銀髪の少年が居た。同じクラスの”八坂 震電(やさか しんでん)”だ。

「あ、八坂なんでこんなトコに居るの? さっきまで居なかったのに」
「別に。ここは見る物もねーし外に居たんだよ。……誰だソイツ」
「あ?」
あまりにも態度の悪い八坂に須我君が前に出る。明らかに頭に来ている様子だ。

「この人は須我君。私達と同じ二年生だって」
「知らねーな。なんかアホそうだし、本当に生徒か?」
「んだと?」
何が気に食わないのか初対面の須我君に突っかかる八坂。それに対し沸点の限界に来ているのか顔が赤くなり始めている須我君を見て二人の間に入る。

「八坂いい加減にして。陸曹長の前よ」
そう言って野木曹長の方を見る。野木曹長は少し顔を引きつらせながらも一つ大きな咳払いをして「須我、止めとけ。俺達は一旦戻ろう」と須我君の肩に手を置く。

須我君は暫くの間八坂を睨んでいたが、気を削がれたのか黙って背を向け歩き始めた。

「じゃ、早水さんと八坂君。失礼するよ」
「野木陸曹長殿、大変失礼致しました。ほら、八坂も」
「失礼致しました」
二人で敬礼し、それを見た野木曹長も軽く敬礼を返し背を向ける。


なんで他の生徒が居る時に来たんだよ、うるせえこっちも知らなかったんだよと小突き合いながら二人の背が遠くなっていった。


「曹長なんて下っ端のちょっと上って程度だろ。かしこまる必要なんかねーんだよ」
軽く舌打ちを打ちながら八坂が歩き出したので隣に並ぶ。

「そんな事無いよ、今の私達なんか目に留まらないぐらい立派な方でしょ」
「因みに所属は何て?」
速足だったのを少し落としてこちらを向く。

「第三大隊って言ってたけど」
「追いの方かよ、いよいよ話になんねーな。四級と五級しか相手してないようなトコだろ? 雑用係じゃねーか」
「言っとくけど八坂だって入隊したらお世話になる所だよ? それに、第一大隊だけが大事な部隊って訳じゃ無い。第二と第三大隊が居なかったら今頃関東は」
「模範解答はいい、面倒だ。俺からしたら踏み台にもならない所だよ」
こちらの言葉を遮り再び歩調を速める。それに着いて行けず、背中を追いかける格好になった。

確かにこの八坂という男は優秀だ。あらゆる成績でトップをマークし、流気の数値も周囲と比べて頭一つ抜けて高い。
更にあの”八坂家”の三男という事で期待も大きく、その期待以上に結果を残しているのが実際の所だ。だが、その能力の高さ故か周囲を見下している態度を隠しもせず、同級生とも馴染まない。
……性格は最悪な方向へ捻じ曲がっていると言っていい。

そんな彼ではあるが、さっきの須我君に対しての態度は異常だと思えた。
さすがに見ず知らずの生徒相手にあんな風に食って掛かるなんて予想も付かなかった。

普段であれば無視して歩き去っているだろう。それがどういう訳かいきなり喧嘩を売るような真似をした。あの言動には些か違和感を覚える。

「ねえ、何で須我君にあんな事言ったの? そろそろ狂人扱いされても知らないよ?」
聞く事に躊躇はない。疑問や問題はすぐに解消する、私のモットーだ。

八坂は暫く黙ったまま歩いており、かなりの間を空けて一言「知るかよ」とだけ言ってこちらを向く様子もなく速足で進んでいく。

「リンー、遅いよ!」
一人で待っていてくれたのか暫く先にあるベンチに紗耶香の姿があり、私を呼んでいる。
「ごめん!」
と前を歩く八坂を追い越して紗耶香の元へ駆け寄る。

「結局何だったの?」
「なんか特別教育課程の人だとかって……とりあえず皆の所に行こ! 紗耶香ありがとね」
「いいけど……てか何で八坂?」
こちらに近づいてくる八坂を見て紗耶香は首を傾げている。不機嫌そうな表情を崩さないまま歩いており、こちらを一瞥もせず通り過ぎていく。

「通りがかったんだよ。まあいいから行こっか! 皆待たせてるかも」
「うん。でも気になるから後で詳しく話してよ」
「帰りのバスでね」

そうして二人で連れ立って走り出す。すぐに八坂に追いつく形になり追い抜き様に「八坂も早く!」と声を掛けるも反応はなく、そのまま追い抜いた。

あーだこーだクラスメイト達に言われるだろうな、とは思いつつも須我という少年の事が頭に浮かぶ。その内校内で会ったら詳しく聞いてやろう、とだけ思った。

今となっては後頭部に当たった何かの存在など気にもならなくなっており、二人の少女の足音が物静かな資料館にバタバタと響いていた。
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