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序章
閃光
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「誰、だ」
息も絶え絶えでようやく絞り出した声はか細く、発音できたかも怪しい。
ぼやけた視界は時間かけて徐々に焦点が定まり、目の前の人物の顔が明らかになった。
若い。まだ少年と言っていい年の頃だ。
黒の混じった茶髪に吊り目、どこかネコ科の動物を彷彿させる顔立ち。
服装は工場で使われているような上下が同じ薄青色の作業着。避難し遅れた一般人だろうか。そう言えば到着した時に似たような色の服を着た死体があった気がする。
「おお、生きてた。すんません、これ使わせてもらいます」
そう言うと俺が握っていた”刃桜(はざくら)”を指差す。
駄目だ、これはただの日本刀ではない。
”識別輪(しきべつりん)”をしていない人間が触れれば自動的に収納状態になり、ただの筒になる。
そもそも一般人に扱えるような代物ではない。だからこそ識別輪と安全装置で保護されているのだ。
ふと彼の手元を見ると自分と同じ腕輪をしているのが目に入る。
識別輪? 何故? こいつが隊員? そんな馬鹿な。
”纏衣(まとい)”や装備どころか隊服すら着ていない。そんな恰好で暗鬼の会敵地に来る隊員などあり得ない。除隊確定の大ポカだ。
「返事するの辛そうですし大丈夫ッスよ。一応生きてるなら断っておこうと思っただけなんで」
そう言うと少年は刃桜を掴み、俺の手から愛刀が離れる。
待て、と言いたかったが血の混じった咳が代わりに出ただけだった。
どこのどいつか知らないがまともな装備もなくあの暗鬼に立ち向かうなど、自殺行為どころの騒ぎではない。死の未来以外考え付かない。
引き留めようと左手を動かすが空を切るだけだった。
「えーと、ハザクラ、キンキュウシヨウ。だっけか」
少年が不安げに呟くと、刃桜の柄が一度赤く点滅する。
本来ならば、例え隊員であっても展開者以外が兵装を使う事はできない。奪われるのを防ぐための措置だ。
しかし”緊急使用”という機能があり、今のように「兵装名と緊急使用を呼称」すれば五分の間だけ、他の隊員が継続して使用できるというものがある。
これを知っているという事はやはり隊員なのだろうか、一般には知られてはいない機能だ。
「言ってた通りだ、よし」
そう言うと少年は真正面に刃桜を構える。
後ろ姿を見ただけで分かる。その立ち姿。
刀など人生で一度足りとも握った事などない、ただのド素人だ。
力を込めすぎて肩が上がり脇が開いている。半身のつもりだろうが足の開きが小さく、棒立ちに見える。
不格好な事この上ない。
……だが。
そんな子供の真似事のような立ち姿なのに異様な圧力を感じた。
何か言い知れぬ力の渦のようなものが少年を中心に満ちている。
そしてそれはすぐに目に見える形となった。
手に持っている刃桜が異常な光を放ち始めたのだ。
白く眩い光を放つ刀身は瘴気(しょうき)で黒く霞むこの景色に、まるで太陽が落ちてきたかのような強烈な光を放ち始める。
それと共に甲高い金属音のようなものが響き始め、少年も慌てたように何か言っている。
何が起きているのか全く理解できない。
俺の持つ刃桜にこんな機能が? そんな筈はない。刃桜を貸与されて十年、こいつの事は隅々まで知っている。
使用者の”陽流気(ようりゅうき)”を吸い刃筋に瘴気を分解する光を纏わせ、瘴気ごと外皮を貫き斬りつける。
それが乙種1類兵装”刃桜”の全容だ。こんな機能は無い。
「くっそ何だよこれ!聞いてねーぞ!」
辛うじて少年の声が聞き取れたがやはり動揺しているようだ。
強烈な光に目を庇うようにして縮こまっていた暗鬼が、何やら大きくスタンスを取り構えるのが見える。
暗鬼にとって光は不快な存在だ。故に夜間に行動し瘴気で辺りを覆い、月明りすら拒絶するのだ。
そんな暗鬼にとってこの強烈な光は堪らなく苦痛なのだろう。
背にある触腕を軽くしならせると、少年に向かって横薙ぎに振るった。
ほとんど予備動作の無い、当たれば死に至る予測不能の一撃。暗鬼と対した時、最も危険な要素がこれだ。
力の溜めや勢いをつける動作が無いのにも関わらず、文字通り必殺となる暴力を放てるのだ。
こんな時にすら「避けろ」の一言すら出ない自分が憎く思える。少年の死は確実に思えた。
……だが、信じられない事が起きた。
暗鬼が振るった触腕が消失したのだ。
熱したフライパンにバターを乗せた時のように、光に触れた部分から音もなく溶けていった。
異常な事態を察知した暗鬼はすぐに触腕を振り戻し光から逃れる。
暗鬼にも痛覚があるのかは分からないが、何か危険を感じたのだろう。依然強烈な光を放つ少年を見据えて前傾姿勢になり構える。
今起きた事態を把握できないであろう少年は、光をどうにか抑え込もうとしているのか視線は手元に固定されており、周りが全く見えていない様子だ。
だが光明が見えた。あの強烈な光はどういう訳か暗鬼を溶かすことができる。
直接あの光を暗鬼に触れさえすれば、倒せるかもしれない。
「しょ……い、け!」
本当は『少年、行け!』と言いたかったが咳が込み上げ発音できなかった。
だが、今の俺の声に反応し少年がこちらを振り返る。
何とかして伝えなければいけない。倒せる好機があるとすれば今しかない。
唯一痛みが走り感覚がある、左手を伸ばして暗鬼へ指差す。
「行け!」
今度は声が絞り出せた。それと共に激痛が走り呻き声が出る。
だが少年に伝わったようだ。振り向いた顔を暗鬼に向け、刃桜を正面に構える。
「死ねやクソったれがあああ!」
少年が叫び特攻する。
暗鬼も一瞬遅れて走り出し、信じられない速度で少年にぶつかっていく。
ぶつかる寸前、光が更に強くなり金属音のような甲高かった音は唸るような轟音へと変わり、そして爆音となった。
なんと表現すべきか言葉で表すのが難しいが、光が膨れ上がり密度を増し、そして爆発したのだ。
少年を爆心地に暗鬼や周囲の建造物諸共光が飲み込み、その余波は俺にも届いて視界が真っ白になる。
そこで俺は本日二度目の気絶と相成った。
息も絶え絶えでようやく絞り出した声はか細く、発音できたかも怪しい。
ぼやけた視界は時間かけて徐々に焦点が定まり、目の前の人物の顔が明らかになった。
若い。まだ少年と言っていい年の頃だ。
黒の混じった茶髪に吊り目、どこかネコ科の動物を彷彿させる顔立ち。
服装は工場で使われているような上下が同じ薄青色の作業着。避難し遅れた一般人だろうか。そう言えば到着した時に似たような色の服を着た死体があった気がする。
「おお、生きてた。すんません、これ使わせてもらいます」
そう言うと俺が握っていた”刃桜(はざくら)”を指差す。
駄目だ、これはただの日本刀ではない。
”識別輪(しきべつりん)”をしていない人間が触れれば自動的に収納状態になり、ただの筒になる。
そもそも一般人に扱えるような代物ではない。だからこそ識別輪と安全装置で保護されているのだ。
ふと彼の手元を見ると自分と同じ腕輪をしているのが目に入る。
識別輪? 何故? こいつが隊員? そんな馬鹿な。
”纏衣(まとい)”や装備どころか隊服すら着ていない。そんな恰好で暗鬼の会敵地に来る隊員などあり得ない。除隊確定の大ポカだ。
「返事するの辛そうですし大丈夫ッスよ。一応生きてるなら断っておこうと思っただけなんで」
そう言うと少年は刃桜を掴み、俺の手から愛刀が離れる。
待て、と言いたかったが血の混じった咳が代わりに出ただけだった。
どこのどいつか知らないがまともな装備もなくあの暗鬼に立ち向かうなど、自殺行為どころの騒ぎではない。死の未来以外考え付かない。
引き留めようと左手を動かすが空を切るだけだった。
「えーと、ハザクラ、キンキュウシヨウ。だっけか」
少年が不安げに呟くと、刃桜の柄が一度赤く点滅する。
本来ならば、例え隊員であっても展開者以外が兵装を使う事はできない。奪われるのを防ぐための措置だ。
しかし”緊急使用”という機能があり、今のように「兵装名と緊急使用を呼称」すれば五分の間だけ、他の隊員が継続して使用できるというものがある。
これを知っているという事はやはり隊員なのだろうか、一般には知られてはいない機能だ。
「言ってた通りだ、よし」
そう言うと少年は真正面に刃桜を構える。
後ろ姿を見ただけで分かる。その立ち姿。
刀など人生で一度足りとも握った事などない、ただのド素人だ。
力を込めすぎて肩が上がり脇が開いている。半身のつもりだろうが足の開きが小さく、棒立ちに見える。
不格好な事この上ない。
……だが。
そんな子供の真似事のような立ち姿なのに異様な圧力を感じた。
何か言い知れぬ力の渦のようなものが少年を中心に満ちている。
そしてそれはすぐに目に見える形となった。
手に持っている刃桜が異常な光を放ち始めたのだ。
白く眩い光を放つ刀身は瘴気(しょうき)で黒く霞むこの景色に、まるで太陽が落ちてきたかのような強烈な光を放ち始める。
それと共に甲高い金属音のようなものが響き始め、少年も慌てたように何か言っている。
何が起きているのか全く理解できない。
俺の持つ刃桜にこんな機能が? そんな筈はない。刃桜を貸与されて十年、こいつの事は隅々まで知っている。
使用者の”陽流気(ようりゅうき)”を吸い刃筋に瘴気を分解する光を纏わせ、瘴気ごと外皮を貫き斬りつける。
それが乙種1類兵装”刃桜”の全容だ。こんな機能は無い。
「くっそ何だよこれ!聞いてねーぞ!」
辛うじて少年の声が聞き取れたがやはり動揺しているようだ。
強烈な光に目を庇うようにして縮こまっていた暗鬼が、何やら大きくスタンスを取り構えるのが見える。
暗鬼にとって光は不快な存在だ。故に夜間に行動し瘴気で辺りを覆い、月明りすら拒絶するのだ。
そんな暗鬼にとってこの強烈な光は堪らなく苦痛なのだろう。
背にある触腕を軽くしならせると、少年に向かって横薙ぎに振るった。
ほとんど予備動作の無い、当たれば死に至る予測不能の一撃。暗鬼と対した時、最も危険な要素がこれだ。
力の溜めや勢いをつける動作が無いのにも関わらず、文字通り必殺となる暴力を放てるのだ。
こんな時にすら「避けろ」の一言すら出ない自分が憎く思える。少年の死は確実に思えた。
……だが、信じられない事が起きた。
暗鬼が振るった触腕が消失したのだ。
熱したフライパンにバターを乗せた時のように、光に触れた部分から音もなく溶けていった。
異常な事態を察知した暗鬼はすぐに触腕を振り戻し光から逃れる。
暗鬼にも痛覚があるのかは分からないが、何か危険を感じたのだろう。依然強烈な光を放つ少年を見据えて前傾姿勢になり構える。
今起きた事態を把握できないであろう少年は、光をどうにか抑え込もうとしているのか視線は手元に固定されており、周りが全く見えていない様子だ。
だが光明が見えた。あの強烈な光はどういう訳か暗鬼を溶かすことができる。
直接あの光を暗鬼に触れさえすれば、倒せるかもしれない。
「しょ……い、け!」
本当は『少年、行け!』と言いたかったが咳が込み上げ発音できなかった。
だが、今の俺の声に反応し少年がこちらを振り返る。
何とかして伝えなければいけない。倒せる好機があるとすれば今しかない。
唯一痛みが走り感覚がある、左手を伸ばして暗鬼へ指差す。
「行け!」
今度は声が絞り出せた。それと共に激痛が走り呻き声が出る。
だが少年に伝わったようだ。振り向いた顔を暗鬼に向け、刃桜を正面に構える。
「死ねやクソったれがあああ!」
少年が叫び特攻する。
暗鬼も一瞬遅れて走り出し、信じられない速度で少年にぶつかっていく。
ぶつかる寸前、光が更に強くなり金属音のような甲高かった音は唸るような轟音へと変わり、そして爆音となった。
なんと表現すべきか言葉で表すのが難しいが、光が膨れ上がり密度を増し、そして爆発したのだ。
少年を爆心地に暗鬼や周囲の建造物諸共光が飲み込み、その余波は俺にも届いて視界が真っ白になる。
そこで俺は本日二度目の気絶と相成った。
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