(株)異世界召喚配達便

古道 庵

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トラックで轢いて異世界へ

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「ふう、あの野郎何か投げつけてきやがったな。ゴミか何かかな」
ひび割れたフロントガラスの間から正面を見つつ、薄緑色の作業着を着込んだ男が呟く。

助手席側に置いた紙を手に取り、チラチラとその紙面に記された文字を見る。
「えーっと、”後藤 正(ごとう ただし)”さんね。はいはい」

必要な情報を読み取ると雑に紙を投げ、慣れた手つきでコンソールのボタンを押していき最後に無線のマイクを手に取り口元へ。

「こちら十二号車、後藤 正さんの回収完了しました。発送先へのゲートの接続をお願いします」

マイクを口から離して返答を待っていると、車内のスピーカーにノイズ交じりの音声が入ってきた。

「十二号車、了解しました。今どの辺りですか?」
若い女性の声が聞こえてきて、今日は藍沢さんか、と無線越しの相手の顔を思い浮かべる。

「えーと、今県道三十二号線に出て北上を始めた所ですー。……おっ、やべ」

閉めきった窓ガラス越しに微かにパトカーと救急車のサイレンの音が耳に届くのが分かった。
軽く窓を開けると大音量で鳴り響いているのが分かる。パトカーが割と近い。

この仕事をし始めてから、サイレンの音でどの車かの判別と、音の反響具合で大まかな距離が分かるようになった。
そして現状、ちょっとしたピンチだ。

「……こちらも警察車両の音を確認しました。ではナビに情報を送りますので、指示に従って走行してください。丁度一キロメートル先に工業団地があり、そこの廃工場にゲートを繋ぎました」

さすが藍沢さん、手際が良い。
毎回この人に当たれば焦らずに済むんだけどな。と素直な賞賛を送りたい所だが、業務の規定上個人名を無線で流してはいけない決まりだ。
余計な事は言わず「了解」とだけ返し、ギアを一つ上げる。


先程の話の通り、少し走った先に工業団地がある。赤くマークされた地点を頭に入れてアクセルを踏み込む。


小さく開いた窓から聞こえるサイレンの音に耳を傾ける。どうだろう、あと七百メートル程度だろうか。

こちらが捕捉されているかどうかで変わるが、まあこんなひしゃげたバンパーと割れたフロントガラスを晒しているのだ。見つかったら即逮捕だろう。



ハンドルを切り工業団地内へ。ナビの指示。あと二百メートル。
そう言えば廃工場と言っていたが、工場の門は開いているんだろうか。もし閉まっていたら非常にまずい。

藍沢さんの事だからそんなヘマはしないと思うが、どこか路地だとかを選択してくれた方が気は楽だった。

「……あれかな? おっ」
スピードを緩めて右折すると、工場のゲートは既に朽ちているのか無くなっており胸を撫でおろす。

そのまま守衛室だったであろう小屋の脇を通過し、工場内にトラックを進める。

マーカーを見る限りここを左折すると……

「あったあった」

直径四メートル程で、よく宇宙の写真で見る銀河系のような形状の光の円盤が宙に浮いている。
中心に行く程白みが増すが、七色に輝き放射状に枝を伸ばす渦状の光が眩しく目に突き刺さる。

躊躇なくアクセルを踏み込み加速する。

パトカーの音が近づいている。少なくともこの工場の付近にまで来ているだろう。優秀な追跡者だ。

「悪いね。これも仕事なんだ」

誰に言うでもなく呟き、光の渦へ突っ込む。
眩い光に包まれていき、意識が遠のいていった。



ーーーーーーーー



「ご苦労様です」

不意に聞き覚えのある女性の声が聞こえて視界が戻る。

見回すと割れたフロントガラスの先に、白いドレスのような衣装を纏った長い金髪の女性が微笑んでいた。

軽く舌打ちをして、乱暴にドアを開けて降り立つ。足元は水色の雲のようなものが充満しており、ふわふわとした感触がスニーカー越しに伝わってくる。


「……まさかあんたにまた会うなんてな」
「その様子だと私の事を恨んでいるようですね。でも、元気そうで何よりです」

睨みつけてやるが、目の前の女はただ微笑むだけで気にも掛けていないようだ。
……まあ、こんなヤツだ。

「それで、配達の品は?」
「ちゃんと積んであるよ。てか、また勇者召喚すんのかよ」
「ええ、今回は星の外から侵略者が来てしまいました。……せっかくですし、貴方も一緒に行きますか? ”勇者様”?」
「ふざけんな、もうあんな戦いはもうごめんだ。また人間を騙すのかクソ女神様よ」
「今回は貴方も片棒を担いだわけでしょう? ふふ、共犯ですね」
「……ざけんな!」

口の中に苦い物が広がる気分だった。
よくものうのうと……

クソ女神が軽く手を振ると、勝手にトラックのコンテナが開く音が聞こえる。
そして何事かを呟くと、ふわふわと緑色の光の球が浮かび、歩くような速度でクソ女神に近づく。


「確かに受け取りました。報酬はいつものようにしますとお伝えください」
「……こいつで何人目だ?」
「秘密です。さ、世界を救う気が無いのなら帰って大丈夫ですよ。ゲートは貴方の会社へ繋いでおきましたから」
俺に興味が無いのか、光の球を手の平に浮かせて弄び、背を向けるクソ女神。


「いつか殺してやる。てめえも、他の世界のお前と同じ連中も」

進める足をピタリと止め、軽く顔だけをこちらに向ける。

「今のあなたは勇者ではなくただの人間です。ほら、私の気分をこれ以上害さない内に消えなさい。今聞いた事は胸に仕舞っておいてあげますから」
「……っ!」
「消えなさい。”配達人”」

口の中に血の味が広がり、冷静さを取り戻す。噛み締めている内に口の中のどこかを切ったようだ。

あいつの言う通り、俺はただの人間だ。あの頃のような力はもう無い。


黙ってトラックに戻り、エンジンを掛ける。
”いつものように”このトラックでこいつを轢き殺したらどうかという考えが頭に過るも、相手は人知を超えた”神”を名乗る存在。ただの物理攻撃で倒せるとは微塵も思えない。


ギアをリバースに入れて方向転換し、先程潜ってきたゲートへ向かってトラックを進める。

それにしても俺が勇者としての仕事を終えてからまだ三年程だ。それなのに”また”勇者召喚の為に人間の魂を求めるのか。
魔王を倒した後の嫌な記憶を振り払いつつ、光の渦へ突っ込む。


あのクソ女神は、俺がこんな人殺しの仕事を生業にしなくてはならなかった原因なのだ。

……本当に最低なクズだ。

あいつらも、俺も……


先程轢き殺した男、後藤 正の暗い未来を案じながらも、遠退く意識に抗えず視界がホワイトアウトしていく。
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