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第11話 祝福の花嫁の館改革 4
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その夜、クリストフは興奮して寝付けなかった。
昼間に白花の館へ訪れたウーゴなる男が、商会の商品を明日から順次持ってくるという。少しでも欲しいと思ったものは全て教えてくれとのことだった。
「お金は」とクリストフが心配して尋ねると、ローゼン公爵に「貴方様が気にすることではない」と一蹴された。ローゼン公爵家の負担になりはしないかと少し申し訳なさも感じたクリストフだが喜びは隠せない。
費用の心配もなく魔道具製作ができるのであれば、花婿とやらも存外悪いものではないのではないか。にこにこと目尻を下げたクリストフにローゼン公爵は冷たく言い放った。
「私の夫となるのです。今までのような体たらくでは花婿として相応しくありません」
クリストフの申し訳なさは一気に吹き飛んだ。
どうせ金持ちの貴族である。この際だから使えるものは使ってやろうと思う存分に注文してやることにした。花嫁を幸せにすることについてローゼン公爵の言いなりになるつもりなどもちろんないが、母が救いたいと願った人々がいる。この状況を利用しない手はない。
大体、こんな偉そうなローゼン公爵を幸せにしたところで本当に何か良いことが起こるのだろうか。そんな不確かなものよりも人々に必要なものは魔道具である。
明日から何を作ろう。
真新しい寝具に顔を埋めクリストフは考えた。そういえば、安価なポーションの粘性を高め傷口を仮止めする携帯用魔道具の試作が失敗したばかりだった。あれを何とかしようか。あれやこれやと考えていて一向に眠くなる気配がない。
手を動かさないと居ても立っても居られなくなり、クリストフは起き上がった。作業机に向かい自作のランプの灯りをともす。ふと、机の上に置いておいた破れたノートの切れ端が目に入った。ローゼン公爵に毛が生えると言われた魔法陣が描いてあるものだ。
クリストフは閃いた。そして何かを作り始めた。机の端に出してにあった容器から中古の魔石を一つ取り出す。それから、ローゼン公爵に押し付けられた貴族名鑑と絵姿をベッドの下の箱から引っ張り出した。
貴族名鑑のとあるページを開いてクリストフはにやりとした。驚いたローゼン公爵の顔を思い浮かべながら、クリストフは夜明けまで作業に没頭した。
翌朝、夜着のまま食事の間に現れたクリストフにローゼン公爵は呆れて頭を振った。
「いつまでお休みになられているのかと思えば……」
クリストフの頭はぼさぼさのままだった。クリストフの侍女エレナがその後ろで頭を下げる。いつまで経っても起きてこないクリストフを迎えに行くと、室内にクリストフはいなかった。先にローゼン公爵に食事を取るよう促してエレナはクリストフを探し回った。しかし、クリストフはいつの間にか食事の間に来ていたのだ。
「さっさとお召し物をきちんとなさってください」
ローゼン公爵は不機嫌も隠さずエレナに目線で指示を出すと、自分は食事を再開した。品もない夫を待っていられないという態度だ。しかし、それを無視してクリストフは試作品をどんとテーブルの上に置いた。人の顔の形をしたそれは、どこかの誰かに似ていなくもない。ローゼン公爵は咀嚼をしばし止めて試作品を見た。クリストフはにやりと笑うとボタンを押した。
その瞬間。
試作品の顔から素早く髭が生えた。ローゼン公爵も知っている、見たことのある角度で。ローゼン公爵は目を見開くと同時に、口に含んだ野菜を吹き出してしまった。
「あっはっはっ!」
ローゼン公爵の侍従アルベルトが大声で笑った。アルベルトの姉イルザも思わず口元を抑えた。エレナは慌ててナプキンを手にローゼン公爵へ走り寄った。
「な、何を」
ローゼン公爵はむせてエレナに背をさすられながら顔を真っ赤にした。
「何をお考えなのですか!」
クリストフはしてやったりと口元を吊り上げた。イルザをちらと見て、それからローゼン公爵に向けて首を小さく傾けて見せた。
「ね、使い途があったね」
それから一時間以上、クリストフは食事を取ることができなかった。ローゼン公爵のお説教が昼前まで続いたのである。
昼間に白花の館へ訪れたウーゴなる男が、商会の商品を明日から順次持ってくるという。少しでも欲しいと思ったものは全て教えてくれとのことだった。
「お金は」とクリストフが心配して尋ねると、ローゼン公爵に「貴方様が気にすることではない」と一蹴された。ローゼン公爵家の負担になりはしないかと少し申し訳なさも感じたクリストフだが喜びは隠せない。
費用の心配もなく魔道具製作ができるのであれば、花婿とやらも存外悪いものではないのではないか。にこにこと目尻を下げたクリストフにローゼン公爵は冷たく言い放った。
「私の夫となるのです。今までのような体たらくでは花婿として相応しくありません」
クリストフの申し訳なさは一気に吹き飛んだ。
どうせ金持ちの貴族である。この際だから使えるものは使ってやろうと思う存分に注文してやることにした。花嫁を幸せにすることについてローゼン公爵の言いなりになるつもりなどもちろんないが、母が救いたいと願った人々がいる。この状況を利用しない手はない。
大体、こんな偉そうなローゼン公爵を幸せにしたところで本当に何か良いことが起こるのだろうか。そんな不確かなものよりも人々に必要なものは魔道具である。
明日から何を作ろう。
真新しい寝具に顔を埋めクリストフは考えた。そういえば、安価なポーションの粘性を高め傷口を仮止めする携帯用魔道具の試作が失敗したばかりだった。あれを何とかしようか。あれやこれやと考えていて一向に眠くなる気配がない。
手を動かさないと居ても立っても居られなくなり、クリストフは起き上がった。作業机に向かい自作のランプの灯りをともす。ふと、机の上に置いておいた破れたノートの切れ端が目に入った。ローゼン公爵に毛が生えると言われた魔法陣が描いてあるものだ。
クリストフは閃いた。そして何かを作り始めた。机の端に出してにあった容器から中古の魔石を一つ取り出す。それから、ローゼン公爵に押し付けられた貴族名鑑と絵姿をベッドの下の箱から引っ張り出した。
貴族名鑑のとあるページを開いてクリストフはにやりとした。驚いたローゼン公爵の顔を思い浮かべながら、クリストフは夜明けまで作業に没頭した。
翌朝、夜着のまま食事の間に現れたクリストフにローゼン公爵は呆れて頭を振った。
「いつまでお休みになられているのかと思えば……」
クリストフの頭はぼさぼさのままだった。クリストフの侍女エレナがその後ろで頭を下げる。いつまで経っても起きてこないクリストフを迎えに行くと、室内にクリストフはいなかった。先にローゼン公爵に食事を取るよう促してエレナはクリストフを探し回った。しかし、クリストフはいつの間にか食事の間に来ていたのだ。
「さっさとお召し物をきちんとなさってください」
ローゼン公爵は不機嫌も隠さずエレナに目線で指示を出すと、自分は食事を再開した。品もない夫を待っていられないという態度だ。しかし、それを無視してクリストフは試作品をどんとテーブルの上に置いた。人の顔の形をしたそれは、どこかの誰かに似ていなくもない。ローゼン公爵は咀嚼をしばし止めて試作品を見た。クリストフはにやりと笑うとボタンを押した。
その瞬間。
試作品の顔から素早く髭が生えた。ローゼン公爵も知っている、見たことのある角度で。ローゼン公爵は目を見開くと同時に、口に含んだ野菜を吹き出してしまった。
「あっはっはっ!」
ローゼン公爵の侍従アルベルトが大声で笑った。アルベルトの姉イルザも思わず口元を抑えた。エレナは慌ててナプキンを手にローゼン公爵へ走り寄った。
「な、何を」
ローゼン公爵はむせてエレナに背をさすられながら顔を真っ赤にした。
「何をお考えなのですか!」
クリストフはしてやったりと口元を吊り上げた。イルザをちらと見て、それからローゼン公爵に向けて首を小さく傾けて見せた。
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