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第8話 祝福の花嫁の館改革 1

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白花はくかの館はいつになく騒がしくなった。

ローゼン公爵の侍従アルベルトが連れてきたのは、ローゼン公爵家で働く使用人達とのことだった。ローゼン公爵自ら彼等にあれこれと指示を出し、追い出された侍女長達に動かされてしまった家具や、勝手に運び込まれた飾りなどが取り払われていく。

クリストフも館を元に戻すべく自ら働いた。何しろ悪趣味なものが色々持ち込まれていたのだ。カーテンも見知らぬ調度品も全てが華美すぎる。あの侍女長の趣味だろうか。






この白花の館は、貴族の居住目的としては小さいが市井に暮らしていたクリストフには充分過ぎるほど大きな二階建ての館だ。花を愛でるという目的で建てられたため、どの部屋にも大きな窓があり庭園が様々な角度から見渡せるようになっている。

館の中央部分は大きな吹き抜けとなっており、二階に上がる階段には周囲の窓から陽が差し込む開放的な造りだ。部屋は大きな間取の部屋が一階と二階にそれぞれ三つずつ。それから少し小さな部屋が二つずつ。居住を目的として作られていないため厨房などはない。だが、いずれ館の側に小規模なものを別で建てる予定だとローゼン公爵は言った。洗濯や入浴のための設備も整えるつもりだという。

一階南面の一番大きな部屋はローゼン公爵の講義を受ける勉強部屋だ。この部屋からはゆったりとしたテラスに出ることができて、晴れた日にはお茶会にもってこいの場所である。庭園の向こうに建つ王宮も、ここから眺めるとまるでクリストフには遠い別世界のように見える。つまらぬ講義やローゼン公爵の口やかましさに嫌気が差せば、窓から外を眺めれば気が紛れるということでクリストフはこの部屋を勉強部屋と決めていた。

一階の他の部屋は特に使う必要がなかったため放っておいてある。エレナが使いたい部屋があるのなら使って良いと話したところ、彼女は一番小さな部屋を選んだ。

二階の一番日当たりの良い部屋は自分の作業部屋兼寝室だ。広々とした部屋に机とベッドを持ち込んで、作業に煮詰まったらいつでもベッドに寝転がることができるようにした。やりかけの様々な物を放置しても足の踏み場に困らないところが気に入っている。この部屋がなぜかローゼン公爵の部屋に変えられていてクリストフは腹を立てた。

その代わり二階の一番小さな部屋にクリストフの荷物は移されていた。あの意地の悪い侍女長の考えそうなことだ。ふくれっ面のクリストフをそのままに、ローゼン公爵は用意されたテーブルやらカウチやらを全て運び出させた。「私の趣味ではありません」とのことだ。クリストフの机や雑多な物達は元の部屋に戻された。

使用人達は皆感じの良い者達で、その都度クリストフにどこに何を置いたら良いのか聞いてくれた。クリストフが使用人達に混じって自室へ物を運び込んでいると、隣室からローゼン公爵の声が聞こえてきた。使用していなかったその部屋を使用人達が掃除している。ローゼン公爵は部屋を覗き込んだクリストフを振り返り、ここを自室にすると言い出した。クリストフは慌てた。始終この男が隣にいるなどとんでもない。

しかしローゼン公爵は「妻は常に夫の側に寄り添うものです」などと言って、拒否するクリストフに取り合わなかった。勝手に運び込まれていくローゼン公爵の私物を苦々しく見ているクリストフの横で、ローゼン公爵はのんきに「ふむ」などと言いながら、窓から一望できる庭園の湖を眺めている。

やがて運ばれてきたベッドを見てクリストフは目を丸くした。薔薇をモチーフにした装飾の白いベッドに、同じく白いレースのあしらわれた寝具。上掛けにほどこされているのは美しい刺繍だ。


「何これ?あんたの趣味?」


クリストフが何とも言えない気持ちで尋ねると、使用人達の働きを眺めながらローゼン公爵が眉を寄せた。


「花嫁様がすぐに王宮にお住まいになることを考えて、当座必要な物を準備していたのですが……」


ベッドに白と金のレースがついた天蓋が設置されそうになり、ローゼン公爵は手を振ってどけるように指示をする。


「まさか男性が、その……私が花嫁になるとは想定しておらず……」


準備していたものは全て女性が好みそうな物だったらしい。衣服は急ぎ王都の屋敷から持ってこさせたのだが、今日の今日では家具類にまで手が回らなかったそうだ。馴染みの商会や職人に手配はしたものの、しばらくはこのベッドを使わざるを得ないという。

王都で人気の店の職人に特別で急ぎ作らせたというベッドは、愛らしい姫君がその身を横たえればおとぎ話のように美しい一枚絵となるだろうが、中年男が薔薇模様に包まれて眠るさまはクリストフが知っているどんな物語にも登場しない。想像して腹がよじれそうになるクリストフのそばで、ローゼン公爵はため息をついた。王太子妃マリアベルに意見を聞き、流行りのドレスやアクセサリーなども用意させたというが、その全てが徒労に終わったのだ。

笑いをこらえながら口元を歪めていたクリストフだが、しかしローゼン公爵が発したの次の言葉に目を剥いた。


「ところで私達の寝室ですが」


ローゼン公爵はつかつかと歩き出し、クリストフの部屋の向かいの部屋へ入った。


「こちらにいたしましょう」


カーテンを変えている使用人達と和気藹々わきあいあいと話していたエレナが、ローゼン公爵と駆け込んできたクリストフを見て微笑みかけた。しかしクリストフはそれどころではない。


「あんたと一緒になんか寝ないよ!」


ローゼン公爵の部屋などもう勝手にすればいい。だが夫婦の寝室だけは必要がない。クリストフは必死に訴えたがローゼン公爵はその懇願を一蹴した。


「婚姻後に寝室を別にするなどもってのほかです。我々の不仲を疑われれば王族と神殿の権威が失墜し、民にいたずらに不安を与えます」

「あんた、本当に俺と一緒に寝る気なの!?」


クリストフがむきになってそう尋ねると、ローゼン公爵は腰に手を当て胸を張った。


「当然です。貴方様が本当にお好きになられたお相手をお迎えになるまではご一緒いたします」


そして、さらに食ってかかろうとするクリストフに向かって驚きの発言をしたのだ。


「私には殿下の花嫁として、務めを果たす義務があります。もし殿下が望まれるのであれば……」


偉そうな態度とは裏腹に、少し言葉を詰まらせてローゼン公爵は続けた。


「わ、私も男です。その覚悟は、で、できております」


クリストフは呆気にとられた。
なんの覚悟ができているのか知りたくもなかった。



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