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第4話 選ばれた祝福の花嫁
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神殿内の儀式の間に国王が一歩足を踏み入れると、すでに集まっていた貴族達が一斉に立ち上がった。皆自慢の娘を連れて来ているらしく、なにを勘違いしたのな随分と娘を飾り立てている者も散見された。
儀式の間の中央の奥にも女神像が設置されていた。外に建てられていた女神像よりは少し小さいが、それでもクリストフが女神像の顔を見ようと思ったら首が痛くなるほど見上げなければならないほどの大きさだ。その女神像手前にある祭壇近くにはすでに大神官と神官長が揃って国王達一行を待っている。
王族の席は祭壇に向かって右側の最前列に貴族達に向かい合う形で設置されていた。場違いだと思いながらクリストフは大きな椅子に腰を下ろした。固いと思われた座面があまりに柔らかくクリストフの尻を吸い込んだため、クリストフは驚いて咄嗟に肘掛けを掴んだ。
近くに座っていた珍妙な髭の男がクリストフの座り方を見て失笑を漏らした。貴族名鑑に載っていた王太子派の公爵だ。クリストフはローゼン公爵の講義を思い出した。
ベルモント公爵。アルムウェルテン王国の東に広大な領地を持つ高位貴族。名産品は確か――しかしクリストフは思い出せなかった。絵姿より遥かにおかしな髭の角度のせいだ。垂れ下がっているかと思えば急激に天を向いている。思わず笑いそうになると、視界の端にローゼン公爵の姿が映った。
中央の通路を挟んでベルモント公爵とは逆側の列に座っている。目が合うとローゼン公爵は眉を顰めた。「はしたない」「背筋を伸ばせ」「王族たるもの堂々と」言葉はなくともローゼン公爵の言わんとしていることが分かってしまうことがクリストフは嫌だった。
ローゼン公爵の隣には真紅の髪をした少女が座っている。話を聞いたことはなかったがローゼン公爵の娘だと思われた。いかにもローゼン公爵の教育を受けてきたであろうことはその少女は、背筋を伸ばした凛とした姿勢で座っており、遠くから見ても分かるほど堂々としていた。周りの可憐な少女達とは異なって、まるで騎士のような雰囲気を纏っている。
ふと、少女がなにごとかをローゼン公爵に囁いた。するとローゼン公爵が見たこともない笑みを浮かべて少女に答えた。クリストフは驚いた。あの堅物男もあんな顔ができたのだ。
娘だからだろうか。また急に母との思い出がクリストフの頭をよぎった。その記憶を振り払うように儀式の間の中央にある女神像を見上げる。
――幸いの女神。
このアルムウェルテン王国の建国を助けてくれたという存在だ。彼女が悪いとは言わないが、女神というわりには母のような女性を何故失うに任せておいたのだろう。この王宮から追われて幼い自分と二人、母は幸福だったのだろうか。
儀式の始まりを告げる大神官の前口上が始まった。クリストフは目を閉じた。こんな儀式のせいで朝早く起きるはめになったのだ。少し眠るぐらいは構わないだろう。見ようによっては祈りを捧げているとも取れる。
儀式の間に漂う冷たい空気がクリストフの頬を撫でた。まるで目を覚ませとでも言っているようだ。時期は春先。外は暖かく午睡に最適だったというのに神殿内は寒々しい。こんなところで、母は毎日女神とやらに祈りを捧げていたのだろうか。
クリストフは母の手を思い出した。温かかった母の手。自分の名前を呼びながら撫でてくれた母の手。やがて、周囲の冷たい空気が徐々に和らぎ、次第にクリストフを包み込むように暖かくなっていく。クリストフの意識が本当に沈み込んでしまう正にそのとき、儀式の間に人々のどよめきが走った。
そして急な静寂。
次に、神官長の大きな声でクリストフは飛び起きた。
「しゅ……祝福のっ……」
目を開けると光を受け呆然と立ち尽くすローゼン公爵が見えた。
「祝福の花嫁は……ロ、ローゼ、ローゼン公爵殿っ!」
クリストフは何が起きたのか分からなかった。
儀式の間の中央の奥にも女神像が設置されていた。外に建てられていた女神像よりは少し小さいが、それでもクリストフが女神像の顔を見ようと思ったら首が痛くなるほど見上げなければならないほどの大きさだ。その女神像手前にある祭壇近くにはすでに大神官と神官長が揃って国王達一行を待っている。
王族の席は祭壇に向かって右側の最前列に貴族達に向かい合う形で設置されていた。場違いだと思いながらクリストフは大きな椅子に腰を下ろした。固いと思われた座面があまりに柔らかくクリストフの尻を吸い込んだため、クリストフは驚いて咄嗟に肘掛けを掴んだ。
近くに座っていた珍妙な髭の男がクリストフの座り方を見て失笑を漏らした。貴族名鑑に載っていた王太子派の公爵だ。クリストフはローゼン公爵の講義を思い出した。
ベルモント公爵。アルムウェルテン王国の東に広大な領地を持つ高位貴族。名産品は確か――しかしクリストフは思い出せなかった。絵姿より遥かにおかしな髭の角度のせいだ。垂れ下がっているかと思えば急激に天を向いている。思わず笑いそうになると、視界の端にローゼン公爵の姿が映った。
中央の通路を挟んでベルモント公爵とは逆側の列に座っている。目が合うとローゼン公爵は眉を顰めた。「はしたない」「背筋を伸ばせ」「王族たるもの堂々と」言葉はなくともローゼン公爵の言わんとしていることが分かってしまうことがクリストフは嫌だった。
ローゼン公爵の隣には真紅の髪をした少女が座っている。話を聞いたことはなかったがローゼン公爵の娘だと思われた。いかにもローゼン公爵の教育を受けてきたであろうことはその少女は、背筋を伸ばした凛とした姿勢で座っており、遠くから見ても分かるほど堂々としていた。周りの可憐な少女達とは異なって、まるで騎士のような雰囲気を纏っている。
ふと、少女がなにごとかをローゼン公爵に囁いた。するとローゼン公爵が見たこともない笑みを浮かべて少女に答えた。クリストフは驚いた。あの堅物男もあんな顔ができたのだ。
娘だからだろうか。また急に母との思い出がクリストフの頭をよぎった。その記憶を振り払うように儀式の間の中央にある女神像を見上げる。
――幸いの女神。
このアルムウェルテン王国の建国を助けてくれたという存在だ。彼女が悪いとは言わないが、女神というわりには母のような女性を何故失うに任せておいたのだろう。この王宮から追われて幼い自分と二人、母は幸福だったのだろうか。
儀式の始まりを告げる大神官の前口上が始まった。クリストフは目を閉じた。こんな儀式のせいで朝早く起きるはめになったのだ。少し眠るぐらいは構わないだろう。見ようによっては祈りを捧げているとも取れる。
儀式の間に漂う冷たい空気がクリストフの頬を撫でた。まるで目を覚ませとでも言っているようだ。時期は春先。外は暖かく午睡に最適だったというのに神殿内は寒々しい。こんなところで、母は毎日女神とやらに祈りを捧げていたのだろうか。
クリストフは母の手を思い出した。温かかった母の手。自分の名前を呼びながら撫でてくれた母の手。やがて、周囲の冷たい空気が徐々に和らぎ、次第にクリストフを包み込むように暖かくなっていく。クリストフの意識が本当に沈み込んでしまう正にそのとき、儀式の間に人々のどよめきが走った。
そして急な静寂。
次に、神官長の大きな声でクリストフは飛び起きた。
「しゅ……祝福のっ……」
目を開けると光を受け呆然と立ち尽くすローゼン公爵が見えた。
「祝福の花嫁は……ロ、ローゼ、ローゼン公爵殿っ!」
クリストフは何が起きたのか分からなかった。
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