囚われの踊り手は闇に舞う

徒然

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 レイを抱き潰した神崎は、レイの部屋にある電話からヤヒロへ連絡した。
 『はい、こちらはヤヒロ。貴方は……レイかな?それとも』
「ケンです。レイは寝ていますから」
 ちら、とベッドに視線をやると、レイがぐったりと寝そべっているのが見える。その格好に笑みを浮かべながら、ベッドサイドの椅子に座る。
 『ケン様でしたか。レイの初物は如何でしたか?』
 からかうような口調に曖昧に返事をし、神崎は本題に入る。
「もうレイは俺のもの、で良いんですよね?」
 断定してみせた神崎に、ヤヒロはふふっと微笑んだ。
 ――これほど、男娼レイに執着してくれる人が居たとはねぇ。
 ヤヒロは電話越しに一つ頷き、わざと冷たい声を出すよう喉を整えた。
「レイをちゃんと幸せにしてやれるなら、ですね。レイの部屋はずっと置いておきます。レイがいつでも帰れるように」
 そんな心配はなさそうだけどと思いつつ、ヤヒロは挑発するように笑う。
「せいぜい、レイに嫌われないようになさることです」
 電話越しに威圧すると、神崎がはっと笑う。
「それこそ要らぬ心配です。が……、確かにもう、レイに嫌われたら生きていけそうにないかな」
 冗談の軽さで告げるのは、紛れもない本音。それを聞いたヤヒロが、ほっと肩の荷を下ろす。
「では、ケン様にレイをお任せします。……辛い思いを乗り越えてきた子です。愛してやってください」
 ヤヒロの元に来た経緯も、ここでの生活も。
 ――俺は、ろくでもないものしか与えられなかったから。
 ほんの少し、親になったような気分になる。切なく漏れた吐息に、神崎が労わるようにヤヒロを呼んだ。少しの間のあと。
「ヤヒロ。私を愛してくれて、育ててくれてありがとう」
 不意に飛び込んできたレイの声に、ヤヒロが息を詰める。
 ――ああ、愛していたよ、レイ。君は俺の大切な……、家族なのだから。
 涙が伝うのを見られなくて良かったと、ヤヒロは心底思った。愛していると思いながらあれだけのことをしたのに、それがあっさり赦されてしまった。ならば、彼に贈るのは謝罪などでは不釣り合いだ。
「ケン様と、幸せになりなさい。……でも、もしつらくなったら、いつでも戻っておいで」
 ヤヒロの言葉に、レイは破顔した。

 受話器を置き、神崎はレイを抱き寄せる。互いの体液でべたべたする身体を重ね、口付けを落とす。
「痕を、つけていいか?」
 神崎の問いかけに、レイは嬉しそうに頷く。レイの男娼としての仕事はあの舞台が最後になった。もうレイは、誰とも知れぬ男性に抱かれることはない。
「いくらでも……、貴方の印を付けて」
 笑った神崎の唇がレイにふれるたび、肌に紅い花が咲く。胸も背中も、腹も。
「ここも、だな」
 初めて痕を付けた、ペニスの付け根。あの時より強く濃く付いたそれに、レイの顔が綻んだ。
「私も、付けていい?」
 レイが問うと、神崎は優しく笑う。ほら、と身体を明け渡すように腕を広げると、レイが飛び込んで首筋に吸い付いた。
「っん……」
 舐めて吸って、軽く噛み付いて。それでも神崎はレイの髪を優しく撫で梳く。柔らかく波打つ髪。剣舞の時に、流れるように揺らめく髪が、綺麗だと思ったのだと思い出す。
「レイ、もし嫌じゃなければ」
 すり、と擦り寄りながら、神崎が言葉を繋ぐ。
「また、剣舞を見せて欲しい。……とても綺麗で、格好良かったから」
 模造刀は、他に使い手がいないからとレイの荷物に入ることになっている。それをレイに伝えれば、レイは花が咲くように笑った。
「嬉しい。いくらでも踊るよ。……でも」
 するりとレイの指先が、神崎の身体をなぞる。
「剣舞だけで、いいの?」
 薄い衣装で、鎖を鳴らして。踊りながら神崎をイかせたあの踊り。
 神崎はふっと笑い、レイの手を取り指先に口付ける。
「もちろん、もうひとつの踊りも見せて」

 しばらくして、身を清めた二人はヤヒロの部屋を訪れた。ヤヒロはいつになく穏やかに笑い、レイに模造刀と衣装袋を渡す。
「餞別です。……とはいえ、ケン様のご自宅の改装が終わるまでは、ここに留まるとお聞きしていますが」
 ヤヒロがちらりとレイを見ると、レイは目を見開いて神崎を見つめていた。
 ――やれやれ、秘密主義なことだ。
 悪戯が成功したように笑む神崎と、彼を小突いて抗議するレイと。二人の首筋に散る紅い痕を認め、ヤヒロはトランクケースを一つ、レイに渡した。
「あと、これも必要でしょう。さすがに今までのような扱いはできませんから」
 神崎が、苦笑を浮かべるヤヒロに視線で問えば、ヤヒロは一つ頷いて口を開く。
「レイの普段着ですよ。今までは、部屋の中で衣類を身につけるのは禁じていましたから」
 レイが止める暇もなく説明したヤヒロに、神崎は片眉を上げてニヤリと笑う。
「ほう。……それは俺が預かっておきましょう。ここにいる間は必要ありませんから」
 ヤヒロが肩を竦め、レイがやっぱりと頭を抱える。神崎はレイの髪をひと房取り、口付けながらヤヒロを見る。
「ああ、それから。定期的にを売ってください」
「……っ、ケン!!」
 咎めるレイを宥めながらヤヒロを見つめると、ヤヒロは声を出して笑いながら頷く。
「他に必要なものがあれば……内線ででもお伝え下されば、ここを出られる時に用意しておきますよ」
「っもう!ヤヒロまで!!」
 くすくすと笑いあう二人に、いつの間にそんなに仲良くなったのかと訝しく思いつつ、レイは肩を怒らせた。
「ごめんごめん」
 軽い調子の謝罪に、怒っている訳ではないレイが息を吐く。
「二人して、もう。……恥ずかしいよ」
 ヤヒロの計らいが自分たちのためということを知っている。神崎の言動もそうだ。仕方ないと肩を竦めると、優しい目で見ているヤヒロに気付いた。
「やっと、笑える場所を見つけられたのですね」
 良かった、と。心底安心したように告げられ、レイの頬が赤く染まる。
「私はもう大丈夫。……ヤヒロ、貴方も幸せになって。じゃ、皆を頼むね」
 ヤヒロも、他のスタッフ達も幸せになれるように。ヤヒロに背を向け、神崎と連れ立って去っていく背中に、ヤヒロは深く頭を下げた。
 
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