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26 レイの日常 1
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「それでは、一度、……そうですね、ひと月かふた月経って、まだ気持ちが変わらなければ、裏で行われる舞台にお付き合い願いましょうか」
ヤヒロは笑みを深めながら、神崎を見つめる。その目には興味と、もっと別の何かが潜んでいる気がして、神崎はゆっくり息を吐いた。
「舞台、と言うと?……俺は、踊れませんが」
神崎の、真意を探る目。訝しげながらも、そこに拒絶が無いことに密かに感心しつつ、ヤヒロはゆっくり首を振る。
「踊る必要はありませんよ。もし当日、舞台の上で貴方がレイに選ばれたなら……、見世物になっていただくことになりますが、その時は申し出について考えましょう」
そう告げたヤヒロが、静かに笑う。
――見世物、ねぇ。何をさせるつもりが知らないが……、なるほど、選ぶのは俺じゃなくて、レイか。
そこに、客よりもスタッフの意向を尊重する方針が垣間見える。神崎とて、レイが望まないならば、無理に連れ出すつもりもない。
そうしてしばらく考えたあと、すっと姿勢を正した。
「分かりました。……よろしくお願いします」
綺麗な所作で丁寧に頭を下げる神崎に、ヤヒロがほっと息を吐いた。
男娼とその元締めを、それと承知の上で礼を尽くせる。神崎にとって、レイがただの男娼ではなくなったということだろう、と、ヤヒロが小さく頷いた。
――この人になら、任せても大丈夫かも知れない。あとは、レイ。君次第っすよ。
ヤヒロはレイを思い浮かべて微笑んだ。
◇◆◇◆◇
その日誰が舞台に立つかは、他のスタッフとの兼ね合いを考えつつ、ヤヒロの気まぐれで決まる。その日の昼に出番だと伝えられたスタッフに、体調不良などのヤヒロが納得できる理由があれば次の候補に変わる程度だ。
そんな訳で、特定の客が来たからといって、突然舞台に立つスタッフが変わるわけではない。
現に、神崎もレイ以外の舞台に案内された。案内されたところで、神崎がレイ以外を抱くことはなかったが。
「レイ、今日は出番っすよー」
ヤヒロの声に、レイはため息を吐き、承諾の返事をした。それから少し仮眠を取り、軽食を摂ったあと、準備のために風呂場に向かう。
神崎の申し出があった後も、レイは変わらず舞台に立っていた。神崎の申し出があったことは、レイには伝えていない。仮に神崎が条件を満たせなかったときに、レイに返ってくるダメージが大きいだろうという、ヤヒロの判断だ。
――今日も、か。
神崎と出会う前から、何度も思っていたこと。出会ってからは少し、重みが違った。
身体を清め、後孔を解し。ペニスの先に細い管を差込みながら、それでも感じてしまう身体を恨む。
「っは、ぁ……」
カチリとペニスを戒め、後孔にディルドを突き刺して、いつもの様にローションを洗い流す。
衣装を着て、ヤヒロに枷を付けられて。鏡に映る自分は、いつものように無表情だ。
「行くっすよ?」
ヤヒロがくいっと鎖を引く。歩き出したレイは、どこか元気がないように見える。
「……あの人に、会いたいっすか?」
こそりと声を潜めて問われたレイは、一瞬息を詰め、力なく笑う。
「……私には、望むべくもないことです」
穏やかさの中に諦めを滲ませて。手足に絡む枷が、レイの心にずしりとのしかかる。
――本当は会いたいよ。あの日みたいに、優しく苛烈に抱かれたい。
作り笑いでそんな本音を隠したレイに、ヤヒロが肩を竦める。
――限界、かもなぁ。
あれから何度か客を取らせた。神崎の目の前で、あえて他の客に鍵を渡したこともある。酷く傷付いた目をしたレイに、心の中で詫びる。それでも、神崎ばかりを特別扱いにする訳にはいかない。
客を取った翌朝、レイが笑っていることはあまりない。これまでもそうだったが、神崎に出会ってからは特に、だ。
ヤヒロは、レイの強ばった顔を盗み見る。
――この顔が綻ぶのはきっと、あの人の前だけなんだろうなぁ。
ヤヒロとて、レイを不幸でいさせたくない。他のスタッフたちも、レイも、少しでも幸せでいて欲しい、と、心から願っている。
日に日に弱るレイ。そうさせているのは自分だという自覚がありすぎるヤヒロは、祈るように目を閉じた。
――多分、誤魔化しきれていませんね。
レイは深く息を吐く。雁字搦めに鎖を巡らされるときの、心配そうなヤヒロの目。少しでも楽に仕事ができるようにと、飲まされたのはいつもより強めの媚薬だった。
「らしくない」
それはヤヒロに向けてか、自分に向けてか。目を閉じれば、浮かぶのは精悍な顔立ちをした、ただ一人。
「馬鹿だな。私は……ただの、男娼だ」
ぽつりと呟いて力を抜く。瞼の裏に、微笑みなが口付けてくれた姿を浮かべて。
『好きだよ、レイ』
それはレイにとって、媚薬よりもずっと、甘くて苦くて、依存性の高い毒だった。
「これは仕事だから」
ぽつりと呟いた声は、誰にも届かない。それでも、その言葉で気持ちが切り替わる。男娼として初めて客を取った日から変わらない習慣。
――今日の相手が誰であれ、……私の心は、貴方だけに。
目を開いて、舞台を見る。軽やかな音楽に合わせて踊る踊り手たち。彼らの振り付けに誘われるように、レイを閉じ込める檻がガタンと動き始めた。
ヤヒロは笑みを深めながら、神崎を見つめる。その目には興味と、もっと別の何かが潜んでいる気がして、神崎はゆっくり息を吐いた。
「舞台、と言うと?……俺は、踊れませんが」
神崎の、真意を探る目。訝しげながらも、そこに拒絶が無いことに密かに感心しつつ、ヤヒロはゆっくり首を振る。
「踊る必要はありませんよ。もし当日、舞台の上で貴方がレイに選ばれたなら……、見世物になっていただくことになりますが、その時は申し出について考えましょう」
そう告げたヤヒロが、静かに笑う。
――見世物、ねぇ。何をさせるつもりが知らないが……、なるほど、選ぶのは俺じゃなくて、レイか。
そこに、客よりもスタッフの意向を尊重する方針が垣間見える。神崎とて、レイが望まないならば、無理に連れ出すつもりもない。
そうしてしばらく考えたあと、すっと姿勢を正した。
「分かりました。……よろしくお願いします」
綺麗な所作で丁寧に頭を下げる神崎に、ヤヒロがほっと息を吐いた。
男娼とその元締めを、それと承知の上で礼を尽くせる。神崎にとって、レイがただの男娼ではなくなったということだろう、と、ヤヒロが小さく頷いた。
――この人になら、任せても大丈夫かも知れない。あとは、レイ。君次第っすよ。
ヤヒロはレイを思い浮かべて微笑んだ。
◇◆◇◆◇
その日誰が舞台に立つかは、他のスタッフとの兼ね合いを考えつつ、ヤヒロの気まぐれで決まる。その日の昼に出番だと伝えられたスタッフに、体調不良などのヤヒロが納得できる理由があれば次の候補に変わる程度だ。
そんな訳で、特定の客が来たからといって、突然舞台に立つスタッフが変わるわけではない。
現に、神崎もレイ以外の舞台に案内された。案内されたところで、神崎がレイ以外を抱くことはなかったが。
「レイ、今日は出番っすよー」
ヤヒロの声に、レイはため息を吐き、承諾の返事をした。それから少し仮眠を取り、軽食を摂ったあと、準備のために風呂場に向かう。
神崎の申し出があった後も、レイは変わらず舞台に立っていた。神崎の申し出があったことは、レイには伝えていない。仮に神崎が条件を満たせなかったときに、レイに返ってくるダメージが大きいだろうという、ヤヒロの判断だ。
――今日も、か。
神崎と出会う前から、何度も思っていたこと。出会ってからは少し、重みが違った。
身体を清め、後孔を解し。ペニスの先に細い管を差込みながら、それでも感じてしまう身体を恨む。
「っは、ぁ……」
カチリとペニスを戒め、後孔にディルドを突き刺して、いつもの様にローションを洗い流す。
衣装を着て、ヤヒロに枷を付けられて。鏡に映る自分は、いつものように無表情だ。
「行くっすよ?」
ヤヒロがくいっと鎖を引く。歩き出したレイは、どこか元気がないように見える。
「……あの人に、会いたいっすか?」
こそりと声を潜めて問われたレイは、一瞬息を詰め、力なく笑う。
「……私には、望むべくもないことです」
穏やかさの中に諦めを滲ませて。手足に絡む枷が、レイの心にずしりとのしかかる。
――本当は会いたいよ。あの日みたいに、優しく苛烈に抱かれたい。
作り笑いでそんな本音を隠したレイに、ヤヒロが肩を竦める。
――限界、かもなぁ。
あれから何度か客を取らせた。神崎の目の前で、あえて他の客に鍵を渡したこともある。酷く傷付いた目をしたレイに、心の中で詫びる。それでも、神崎ばかりを特別扱いにする訳にはいかない。
客を取った翌朝、レイが笑っていることはあまりない。これまでもそうだったが、神崎に出会ってからは特に、だ。
ヤヒロは、レイの強ばった顔を盗み見る。
――この顔が綻ぶのはきっと、あの人の前だけなんだろうなぁ。
ヤヒロとて、レイを不幸でいさせたくない。他のスタッフたちも、レイも、少しでも幸せでいて欲しい、と、心から願っている。
日に日に弱るレイ。そうさせているのは自分だという自覚がありすぎるヤヒロは、祈るように目を閉じた。
――多分、誤魔化しきれていませんね。
レイは深く息を吐く。雁字搦めに鎖を巡らされるときの、心配そうなヤヒロの目。少しでも楽に仕事ができるようにと、飲まされたのはいつもより強めの媚薬だった。
「らしくない」
それはヤヒロに向けてか、自分に向けてか。目を閉じれば、浮かぶのは精悍な顔立ちをした、ただ一人。
「馬鹿だな。私は……ただの、男娼だ」
ぽつりと呟いて力を抜く。瞼の裏に、微笑みなが口付けてくれた姿を浮かべて。
『好きだよ、レイ』
それはレイにとって、媚薬よりもずっと、甘くて苦くて、依存性の高い毒だった。
「これは仕事だから」
ぽつりと呟いた声は、誰にも届かない。それでも、その言葉で気持ちが切り替わる。男娼として初めて客を取った日から変わらない習慣。
――今日の相手が誰であれ、……私の心は、貴方だけに。
目を開いて、舞台を見る。軽やかな音楽に合わせて踊る踊り手たち。彼らの振り付けに誘われるように、レイを閉じ込める檻がガタンと動き始めた。
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