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25 交渉
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レイの部屋から出たその足で、神崎は再びバーに向かった。
先日とは違う男性がカウンターに立っているから、どうやら先日の彼もマスターというわけではなかったようだ。
先日と同じように席に案内された神崎は、ワインと酒肴を頼む。グラスを傾けながら、スタッフを眺める。
「いらっしゃい。今日も行かれますか?」
軽やかな足音を立ててヤヒロが歩み寄る。神崎は首を振り、グラスを置いて、ヤヒロに向き直った。
「少し……相談が、あります」
ヤヒロは笑みを深める。
――レイを抱いた客は、大体ハマりますが……この男も、か。
レイはある意味魔性だ。綺麗な顔を歪ませて快楽に耽る姿を見た男はほぼ全員、次のレイの出番はいつだと詰め寄ってくる。裏の話は公言無用の取り決めを破り、目をギラつかせる様子は、しかし、ヤヒロに警戒心を抱かせるだけだった。そういう男性は、二度と裏に立ち入ることはできない。それを不服としてヤヒロに詰め寄り、表の店自体に出入り禁止を命じられる客も多かった。
さてこの客はどう出るかと楽しみにしつつ、ヤヒロはスタッフに目で合図する。裏のスタッフに溺れた客が暴れたときに、対処できるように。
「分かりました。……ついてきてください」
ヤヒロが客を連れてどこかにいくのは、この店ではよくあることだった。ヤヒロと共にすぐ戻ってきたり、ヤヒロだけ戻ってきたりと色々ではあったが。そのため、客はいちいち気に留めもせず、思い思いにグラスを傾けて酒を楽しんでいる。
ヤヒロはいつもの出入口から出て、専用の応接室へ向かう。ここはバーの非常口の近くに作られており、隠し扉を使って外から入れるようになっていた。
どうぞ、と席を勧められ、神崎が座ると、ヤヒロも正面に座った。
「それで、相談というのは?」
ヤヒロが水を向けると、神崎は少し考え、懐に手をやった。
「先に、支払いを済ませたいのですが」
ヤヒロに伝えられた、レイと過ごすための対価は、なかなかのものだった。あの舞台を見ていたのは、それを惜しまず払える人物ばかりだったのなら……ヤヒロの目はかなりのものだ。
金額も訊かずカードを差し出した神崎に、ヤヒロは愉しげに口角を上げる。
「ああ、あれはプレイルームの使用料ですので。……お客様からいただく訳にはまいりません」
す、とカードを神崎の方へと押しやると、神崎は顎に手を当てて考える素振りをした。そしてふっと笑い、ヤヒロを見る。
「それでは……バーの飲食費と、今日の朝食代。残りは、レイへのチップということで」
その言い分に、ヤヒロは思わず声を上げて笑った。
――何で無理やり支払おうとするんすか……。
したり顔の神崎に、ヤヒロが両手を上げて降参をした。
「承知しました、手続きを致します。……金額の明細は必要ですか?」
神崎は首を振り、言葉通り金額を見もせずにサインをして手続きを済ませると、それで、と、切り出した。
「物扱いするのは大変不本意ではありますが……、レイを俺に譲ってくれませんか」
レイのいない場所で行われる、秘密の会話。探るように見るヤヒロに、神崎が表情を弛めてみせる。
「ああ、失礼。自己紹介もまだでしたね」
神崎は懐から名刺を出し、ヤヒロに渡す。そこに書かれていたのは、ヤヒロでも知っている超一流企業の名前と役職だ。
「本人確認をしたければ、身分証もだしますが」
嘆息するヤヒロに重ねて言えば、ヤヒロは笑って首を振る。
「必要ありません。十分ですよ。それにしても……、ただ者ではないとは思っていたけど、ここまでとはねぇ」
ヤヒロが敢えて態度を変えてみせても、動じることなく微笑んで見せる。
――思った以上に、食えない客だったか。
ヤヒロは足を組み、肘を付いて神崎を見る。
「で?レイを手に入れて、アンタはどうしたいんだ?」
「どう、とは?」
怪訝そうに眉を寄せる神崎に、ヤヒロはニヤリと笑ってみせる。
「あの美貌にあのエロさ。どう犯しても悦がるように仕込んだのは俺っすよ?……男に興味のないアンタが堕ちるくらいだ。性接待で犯させたら、さぞ契約がとれるだろうねぇ」
煽るために下卑た言葉遣いをしてみても、神崎は軽く鼻で笑うばかり。
「優しく抱かれたことは、なかったらしいからね。せいぜい俺から離れられないように甘やかして、俺だけに縛り付けますよ」
――我ながら狭量なことだ。この男が……許し難いとは。
散々レイを抱き潰し、ヤヒロの、他の男の好むように仕立てられたことをわざわざ告げられたことに苛立ち、神崎はつい皮肉で返す。そして落ち着くために息を短く吐き、ヤヒロに向き直る。
「レイを、一生、手放すつもりはありません。他の男に抱かせることもないです。抱いて犯して……俺の手で、壊れるほどに愛しますよ」
気に食わない相手ながら、ヤヒロはレイの親代わり。ヤヒロが頷かなければ神崎がレイを手にすることはできない。
互いの真意を探るような視線が交わる。暫くの睨み合いのあと、先に目を閉じたのヤヒロだった。
「そこまで請われるのは初めてっすね。まあ、レイもアンタを気に入ったようだし」
付いた肘から顔を上げ、ヤヒロは悪い笑みを浮かべた。
「ただ、金じゃあ、アンタを信用する気にはなれなくてなぁ。……これから言う条件を呑めるなら、考えてやろう」
わざと高圧的に言えば、神崎は迷いもせず頷き、先を促した。
先日とは違う男性がカウンターに立っているから、どうやら先日の彼もマスターというわけではなかったようだ。
先日と同じように席に案内された神崎は、ワインと酒肴を頼む。グラスを傾けながら、スタッフを眺める。
「いらっしゃい。今日も行かれますか?」
軽やかな足音を立ててヤヒロが歩み寄る。神崎は首を振り、グラスを置いて、ヤヒロに向き直った。
「少し……相談が、あります」
ヤヒロは笑みを深める。
――レイを抱いた客は、大体ハマりますが……この男も、か。
レイはある意味魔性だ。綺麗な顔を歪ませて快楽に耽る姿を見た男はほぼ全員、次のレイの出番はいつだと詰め寄ってくる。裏の話は公言無用の取り決めを破り、目をギラつかせる様子は、しかし、ヤヒロに警戒心を抱かせるだけだった。そういう男性は、二度と裏に立ち入ることはできない。それを不服としてヤヒロに詰め寄り、表の店自体に出入り禁止を命じられる客も多かった。
さてこの客はどう出るかと楽しみにしつつ、ヤヒロはスタッフに目で合図する。裏のスタッフに溺れた客が暴れたときに、対処できるように。
「分かりました。……ついてきてください」
ヤヒロが客を連れてどこかにいくのは、この店ではよくあることだった。ヤヒロと共にすぐ戻ってきたり、ヤヒロだけ戻ってきたりと色々ではあったが。そのため、客はいちいち気に留めもせず、思い思いにグラスを傾けて酒を楽しんでいる。
ヤヒロはいつもの出入口から出て、専用の応接室へ向かう。ここはバーの非常口の近くに作られており、隠し扉を使って外から入れるようになっていた。
どうぞ、と席を勧められ、神崎が座ると、ヤヒロも正面に座った。
「それで、相談というのは?」
ヤヒロが水を向けると、神崎は少し考え、懐に手をやった。
「先に、支払いを済ませたいのですが」
ヤヒロに伝えられた、レイと過ごすための対価は、なかなかのものだった。あの舞台を見ていたのは、それを惜しまず払える人物ばかりだったのなら……ヤヒロの目はかなりのものだ。
金額も訊かずカードを差し出した神崎に、ヤヒロは愉しげに口角を上げる。
「ああ、あれはプレイルームの使用料ですので。……お客様からいただく訳にはまいりません」
す、とカードを神崎の方へと押しやると、神崎は顎に手を当てて考える素振りをした。そしてふっと笑い、ヤヒロを見る。
「それでは……バーの飲食費と、今日の朝食代。残りは、レイへのチップということで」
その言い分に、ヤヒロは思わず声を上げて笑った。
――何で無理やり支払おうとするんすか……。
したり顔の神崎に、ヤヒロが両手を上げて降参をした。
「承知しました、手続きを致します。……金額の明細は必要ですか?」
神崎は首を振り、言葉通り金額を見もせずにサインをして手続きを済ませると、それで、と、切り出した。
「物扱いするのは大変不本意ではありますが……、レイを俺に譲ってくれませんか」
レイのいない場所で行われる、秘密の会話。探るように見るヤヒロに、神崎が表情を弛めてみせる。
「ああ、失礼。自己紹介もまだでしたね」
神崎は懐から名刺を出し、ヤヒロに渡す。そこに書かれていたのは、ヤヒロでも知っている超一流企業の名前と役職だ。
「本人確認をしたければ、身分証もだしますが」
嘆息するヤヒロに重ねて言えば、ヤヒロは笑って首を振る。
「必要ありません。十分ですよ。それにしても……、ただ者ではないとは思っていたけど、ここまでとはねぇ」
ヤヒロが敢えて態度を変えてみせても、動じることなく微笑んで見せる。
――思った以上に、食えない客だったか。
ヤヒロは足を組み、肘を付いて神崎を見る。
「で?レイを手に入れて、アンタはどうしたいんだ?」
「どう、とは?」
怪訝そうに眉を寄せる神崎に、ヤヒロはニヤリと笑ってみせる。
「あの美貌にあのエロさ。どう犯しても悦がるように仕込んだのは俺っすよ?……男に興味のないアンタが堕ちるくらいだ。性接待で犯させたら、さぞ契約がとれるだろうねぇ」
煽るために下卑た言葉遣いをしてみても、神崎は軽く鼻で笑うばかり。
「優しく抱かれたことは、なかったらしいからね。せいぜい俺から離れられないように甘やかして、俺だけに縛り付けますよ」
――我ながら狭量なことだ。この男が……許し難いとは。
散々レイを抱き潰し、ヤヒロの、他の男の好むように仕立てられたことをわざわざ告げられたことに苛立ち、神崎はつい皮肉で返す。そして落ち着くために息を短く吐き、ヤヒロに向き直る。
「レイを、一生、手放すつもりはありません。他の男に抱かせることもないです。抱いて犯して……俺の手で、壊れるほどに愛しますよ」
気に食わない相手ながら、ヤヒロはレイの親代わり。ヤヒロが頷かなければ神崎がレイを手にすることはできない。
互いの真意を探るような視線が交わる。暫くの睨み合いのあと、先に目を閉じたのヤヒロだった。
「そこまで請われるのは初めてっすね。まあ、レイもアンタを気に入ったようだし」
付いた肘から顔を上げ、ヤヒロは悪い笑みを浮かべた。
「ただ、金じゃあ、アンタを信用する気にはなれなくてなぁ。……これから言う条件を呑めるなら、考えてやろう」
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