囚われの踊り手は闇に舞う

徒然

文字の大きさ
上 下
26 / 58

25 交渉

しおりを挟む
 レイの部屋から出たその足で、神崎は再びバーに向かった。
 先日とは違う男性がカウンターに立っているから、どうやら先日の彼もマスターというわけではなかったようだ。
 先日と同じように席に案内された神崎は、ワインと酒肴を頼む。グラスを傾けながら、スタッフを眺める。
「いらっしゃい。今日も行かれますか?」
 軽やかな足音を立ててヤヒロが歩み寄る。神崎は首を振り、グラスを置いて、ヤヒロに向き直った。
「少し……相談が、あります」
 ヤヒロは笑みを深める。
 ――レイを抱いた客は、大体ハマりますが……この男も、か。

 レイはある意味魔性だ。綺麗な顔を歪ませて快楽に耽る姿を見た男はほぼ全員、次のレイの出番はいつだと詰め寄ってくる。裏の話は公言無用の取り決めを破り、目をギラつかせる様子は、しかし、ヤヒロに警戒心を抱かせるだけだった。そういう男性は、二度と裏に立ち入ることはできない。それを不服としてヤヒロに詰め寄り、表の店自体に出入り禁止を命じられる客も多かった。
 さてこの客はどう出るかと楽しみにしつつ、ヤヒロはスタッフに目で合図する。裏のスタッフに溺れた客が暴れたときに、対処できるように。
「分かりました。……ついてきてください」
 ヤヒロが客を連れてどこかにいくのは、この店ではよくあることだった。ヤヒロと共にすぐ戻ってきたり、ヤヒロだけ戻ってきたりと色々ではあったが。そのため、客はいちいち気に留めもせず、思い思いにグラスを傾けて酒を楽しんでいる。
 ヤヒロはいつもの出入口から出て、専用の応接室へ向かう。ここはバーの非常口の近くに作られており、隠し扉を使って外から入れるようになっていた。
 どうぞ、と席を勧められ、神崎が座ると、ヤヒロも正面に座った。
「それで、相談というのは?」
 ヤヒロが水を向けると、神崎は少し考え、懐に手をやった。

「先に、支払いを済ませたいのですが」
 ヤヒロに伝えられた、レイと過ごすための対価は、なかなかのものだった。あの舞台を見ていたのは、それを惜しまず払える人物ばかりだったのなら……ヤヒロの目はかなりのものだ。
 金額も訊かずカードを差し出した神崎に、ヤヒロは愉しげに口角を上げる。
「ああ、あれはの使用料ですので。……お客様からいただく訳にはまいりません」
 す、とカードを神崎の方へと押しやると、神崎は顎に手を当てて考える素振りをした。そしてふっと笑い、ヤヒロを見る。
「それでは……バーの飲食費と、今日の朝食代。残りは、レイへのチップということで」
 その言い分に、ヤヒロは思わず声を上げて笑った。
 ――何で無理やり支払おうとするんすか……。
 したり顔の神崎に、ヤヒロが両手を上げて降参をした。
「承知しました、手続きを致します。……金額の明細は必要ですか?」
 神崎は首を振り、言葉通り金額を見もせずにサインをして手続きを済ませると、それで、と、切り出した。

「物扱いするのは大変不本意ではありますが……、レイを俺に譲ってくれませんか」
 レイのいない場所で行われる、秘密の会話。探るように見るヤヒロに、神崎が表情を弛めてみせる。
「ああ、失礼。自己紹介もまだでしたね」
 神崎は懐から名刺を出し、ヤヒロに渡す。そこに書かれていたのは、ヤヒロでも知っている超一流企業の名前と役職だ。
「本人確認をしたければ、身分証もだしますが」
 嘆息するヤヒロに重ねて言えば、ヤヒロは笑って首を振る。
「必要ありません。十分ですよ。それにしても……、ただ者ではないとは思っていたけど、ここまでとはねぇ」
 ヤヒロが敢えて態度を変えてみせても、動じることなく微笑んで見せる。
 ――思った以上に、食えない客だったか。
 ヤヒロは足を組み、肘を付いて神崎を見る。
「で?レイを手に入れて、アンタはどうしたいんだ?」
「どう、とは?」
 怪訝そうに眉を寄せる神崎に、ヤヒロはニヤリと笑ってみせる。
「あの美貌にあのエロさ。どう犯しても悦がるように仕込んだのは俺っすよ?……男に興味のないアンタが堕ちるくらいだ。性接待で犯させたら、さぞ契約がとれるだろうねぇ」
 煽るために下卑た言葉遣いをしてみても、神崎は軽く鼻で笑うばかり。
「優しく抱かれたことは、なかったらしいからね。せいぜい俺から離れられないように甘やかして、俺だけに縛り付けますよ」
 ――我ながら狭量なことだ。この男が……許し難いとは。
 散々レイを抱き潰し、ヤヒロの、他の男の好むように仕立てられたことをわざわざ告げられたことに苛立ち、神崎はつい皮肉で返す。そして落ち着くために息を短く吐き、ヤヒロに向き直る。
「レイを、一生、手放すつもりはありません。他の男に抱かせることもないです。抱いて犯して……俺の手で、壊れるほどに愛しますよ」
 気に食わない相手ながら、ヤヒロはレイの親代わり。ヤヒロが頷かなければ神崎がレイを手にすることはできない。
 互いの真意を探るような視線が交わる。暫くの睨み合いのあと、先に目を閉じたのヤヒロだった。
「そこまで請われるのは初めてっすね。まあ、レイもアンタを気に入ったようだし」
 付いた肘から顔を上げ、ヤヒロは悪い笑みを浮かべた。
「ただ、金じゃあ、アンタを信用する気にはなれなくてなぁ。……これから言う条件を呑めるなら、考えてやろう」
 わざと高圧的に言えば、神崎は迷いもせず頷き、先を促した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...