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残念だが、諦めよう
しおりを挟むそれらは全て一瞬で行われた。
まるで計算され尽くされたかのような、流れるような動きで、彼は彼女を取り戻したのだ。力無く頽れた娘をそっと引き寄せる。トクトク、と規則正しい心音が聞こえ、彼はやっと身体の力を抜いた。
このまま留まるわけにもいかず、彼は辺りを見回した。数秒で脳内を整理し終えた彼は彼女を抱き上げ、任された持ち場にある詰所に向かうことにした。本来の管理者は既に業務を終えており誰もいないことは計算済みだった。思わぬことに、本来目を引くはずの憲兵服がここで役立った。何事かと問う民に、体調を悪くした娘の保護だと告げれば自然と道は開いた。程なくして詰所にたどり着く。民が厄介事を持ち込む詰所の入り口は見通しの良い佇まいだが、奥に引っ込んで仕舞えば中の様子など分かるべくもない。
休憩用の簡易な寝台に妹を下ろしたデゼルは、恍惚とした表情を浮かべ、意識のない娘を上から下まで舐めるように眺めた。久しぶりに対面した妹はやはり透き通るような美しさだった。王都の女性たちのように決して華美ではないが、飾り立てる必要などない素朴な魅力があった。それでも田舎町にいた頃よりよっぽど垢抜けている。手入れなどされていなかった髪は今ではサラサラと波打っていたし、痩せぎすだった身体にも程よく肉がつき、女性らしい体型へと変化していた。先程許してくれた胸と言い、スカートの裾から覗く白い脚といい、全身で彼を誘っているかのようだ。
脳裏に蘇るのは、あの時のこと。拙い拒否を繰り返していた彼女の可愛らしい泣き声が耳鳴りのように舞い戻った。常人であれば顔を顰めるであろうそれに、彼は歓喜の表情を浮かべて耳を澄ませる。あの時、我慢した自分を褒めてやりたいと思い返す一方で、自らの非常に愚かな行いを悔いていた。
そう、確かにあの時。彼は平和ボケしていたのだ。愚かにも呪いをかけさえすれば彼女は従順であると、そう過信していた。しかしそれは誤りだった。いとも簡単に彼女は彼の包囲網から逃げ出したのだ。
あぁ!あの時!
無理矢理にでも彼女を連れて行けたのなら!
自分はこんなに恐ろしい可能性に打ち震えなくて済んだのに。
一瞬で恐怖に支配された彼は、決して信じたくはないその可能性を排除するため、慌てて彼女の衣服に手を伸ばした。
はやく、はやく……!
焦りを宿した彼の動きはどんどん粗雑なものになる。布が破れる耳障りな音が辺りに響き渡り、服として成立していたはずのそれが無残な切れ端な変わり、床一面に散らされた。
一糸纏わぬ姿にされても尚意識を取り戻すことなく眠り続ける妹は、古い絵本で見た眠り姫のようだった。そんな娘を見下ろす男は完全な無表情である。決して大きくはないが形の整った白い乳房も、薄い色付きのその頂きも、下腹部にある可愛らしい臍も、その男を誘う薄い下生えのある秘所も。その全てをその目に焼き付けたとしても、彼の焦りは止まらなかった。むしゃぶりつくようにして顔を埋めたそこはもちろん濡れてなどいない。おざなりな舌技でもって申し訳程度にそこを湿らせた彼は、性急に自らの指を侵入させていった。
「……、っ」
意識を失っていると言え、流石に違和感が生まれたのか、アンリセラが僅かに身じろぎし、細眉の間に皺がよる。男は構わずに慎重に指をすすめた。固いはずのそこが男の指をぬるり、と呑み込んでいくのが分かり、男の額にはじわりと汗が滲む。
モヤモヤとした焦りと苛立ちは彼の指が薄い何かに当たるような感覚で、すぐさま消え去った。指が引き抜いたデゼルは後ろに倒れ込むようにして尻餅をつく。
彼女は未だ、純潔なのだ!
大切な最愛が未だ穢されていない事実に心の底から安堵する。乱れた呼吸を整え、汗を拭う。そうと決まれば急くことはないだろう。瞬く間に余裕を取り戻した彼は、静かに立ち上がった。
◆
娘が目覚めたのは、それから一刻ほど経った後だった。
ゆっくりと瞼が開き、ぼんやりと瞬きが繰り返される。辺りを見回し、見覚えがない景色に首を傾げたのち、状況を把握しようと移ろう視線がようやっとデゼルを捉えた。
瞬間、目を見開いた彼女は慌てて起きあがろうとして、しかしそれは叶わなかった。
罪人用の枷が彼女の四肢に括り付けられていたためである。
慌てた彼女が動こうとするたびに、無機質な金属音が響く。
「な、なんで」
一瞬して青ざめた彼女は、そう呟いた。
「約束したじゃないか」
久方ぶりの再会を喜ぶ言葉も、体調を気遣うような言葉も、暖かな時間など何もなかった。あるのは、逃げた者と、追う者から発せられるピリついた空気だけだった。
実際、デゼルの胸の中は穏やかではなかった。目の前に広がる光景は、思い描いていた未来とは全く違うそれだ。その時は、彼女が目覚めた時に、と決めていたのだ。意識のない時に純潔を奪うなど、そんな生ぬるい事など決してする気はなかった。
—こんなのは、自分らしくないのだ。
彼が思い描いていたのは、こんな薄汚れた休憩室などではなく、二人だけの住処で。あと数時間もすれば勤務が始まるような急かされるような雰囲気ではなく、もっと時間をかけて。最愛の彼女を丁寧に、じっくりと堕としたかったのに。
たくさん泣かせて、
たくさん焦らして、
そして、彼女が自ら求めるようになるまでじっくりと開発したかった。
しかし現実はどうだ。仕事を得た彼には多くのしがらみが付き纏っている。いくら成績優秀とはいえ、未だ若輩の部類に入る彼は無断欠勤など出来ない。これから彼女を凌辱しして少し時間が経ったら、いつものようにお行儀よく街の平和を守らなければならないのだ。
「本当に……。残念だ……」
悔しさのあまり、醜い声がこぼれ落ちた。しかし、それ以上に胸が、下半身が、脳の芯が滾って滾ってしょうがない。やっと。やっと………!
「やっと君を、手に入れられる……!」
開発するのは彼女をモノにしてからでも遅くない。だろう?だから……、今だけは、悔しさに悶える自分の理性をそっと宥める。
——残念だが、今は、諦めよう。とっとと諦めて、彼女に消えない傷を刻んでしまおう?
「ねぇ、アン。やっとだ」
デゼルの口から勢いよく吐き出されたのは、何時ぞやを彷彿とさせるような大きなため息だった。彼女もそれを思い出したのだろう。絶望に目を見開く。
「待たせてしまってごめんね?決して君を嫌いになったわけじゃないんだ。少しだけ時間がかかってしまったけど、こうして君を見つけることもできたし、」
「まずはお仕置き、と行きたいところだけど、本当にごめん。忌々しいことに時間が足りなすぎるんだ」
「だから、本題。アン、あの時の、続きをしよう?じゃないと、」
——理解ってるね?
どろどろの欲にまみれた瞳で、男は笑った。下衣をくつろげた男は見るも悍ましいそれを露わにする。長年待たされたそれは、はち切れそうなほどの欲を孕み、その存在を主張していた。
「ひ、」
初めて目にするのだろう、グロテスクなそれにガタガタと震えるアンリセラが悲鳴をあげた。デゼルはそれすら快感に変換したようでひく、と欲望が僅かに振れる。
「やだ、嫌です……こんなの、おかしい……」
必死に首を振りながらアンリセラは拘束具から逃れようとする。意味がないと知りながらも、それでも何かせずにはいられなかった。そんな彼女を嘲笑うかのように無機質な金属音がガシャガシャと響く。
あっという間に薄掛けを取り払われ、彼女の裸身が露わになる。恐怖に恐れ慄く彼女の太腿を乱暴に割り開いた男はギラギラと目を輝かせた。すぐにひどく穢らわしい欲望がアンリセラの秘部に擦り付けられる。
「あぁ、やっと……!」
デゼルが歓喜の声をあげ、
「……いやあっ、やだ、やだやだ!セテンス様ぁっ!」
アンリセラが引き攣るような悲鳴をあげたその時だった。
「頼むから。……その薄汚い手で触れてくれるな」
その場に響いたのはひどくしわがれた声だった。
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