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彼女の変心
しおりを挟む結局、アンリセラは彼の欲を解放することができなかった。そもそも、彼は欲の発散など求めていなかったという。そういったカテゴリの文献研究をも行っているとのことだった。あまり気持ちの良い話ではないため、不機嫌になることが増えてしまい申し訳なかったと謝罪されもした。
それを聞いた瞬間のアンリセラと言ったら……!恥ずかしくて恥ずかしくてその場で消えてしまいたいほどだった。セテンスがそれ以上深く干渉してこなかったことだけがありがたかった。
あれから、幾度も幾度も自問自答を繰り返す。後ろ向きになりそうな思考を深めていく彼女を黙らせるのは、最後に数度繰り返された言葉だった。もしかしたら、情のようなものでああ言ったのかも。アンリセラが鬱陶しくて、ああ言わないと終わらせられないと思ったのかも。そんなことすら考えるが、あの時の真摯に告げられた声音や真剣な表情を思い返すと、決してそうは思えずネガティブな思考はいとも簡単に打ち切られた。
そう、あの時の幸福感といったら……!
途端に思考に花が飛ぶ。あの瞬間、彼女は全てのしがらみから解き放たれた。兄のことも、何より優先していたカトリーネのことも、全て。何一つ残さず消え去っていた。ただ、幸せで、満たされたのだ。あまりの幸福に死んでしまうかと思った。否、あのまま死んで仕舞えばよかったとさえ思ってしまう。だって、もう終わってしまったのだ。
あの幸福な時は。既に影も形もない。
胸の中に残った彼の言葉のみだ。
——あぁ!何て浅ましい!
アンリセラは終わることのない自らの欲に失望した。あれだけ甘やかしてもらって尚、彼女の胎の中、忌まわしい欲は絶えず、欲し続けていた。また、あの夢のようなひとときがあったらどんなに幸せだろう!常にそんな希望を抱きつつある、そんな浅ましい自分が嫌で嫌でたまらなかった。……ともかく!
誤魔化すように思考が切り替わる。彼には何事もなかったのだ。喜ぶべきことだ。しばらくはそんな日々が繰り返された。
これでいい。全てなかったことになるのだ。
だからもう、決して縋ってはいけない。
困らせてはいけない。
あの時の彼の言葉でもう十分ではないか。
自分にそう言い聞かせたアンリセラは、今日も業務をこなそうと塔の階段を上がり、
「体温が上がっている。そろそろか」
玄関で待ち構えていたらしい男にそう告げられた彼女は小動物のように持ち上げられた後、彼の寝台に押し倒された。
「あ、あの?セテンス様」
疑問符を飛ばすアンリセラは男を見上げる。
男は暦表を眺め、
「大体、二週間を過ぎた頃か」と独りごちた。
キョトンと目を見張るアンリセラに、彼は小さくため息をつく。
「何だ、自覚していないのか。リセはこのくらいの周期で、発情するらしい。体温も高いし、昨日は注意も散漫だったろう?」
自分のことなのに、まるで理解ができずポカンとしたのち、すぐさま顔を真っ赤に染め上げる彼女は、はくはくと口を開き、そして閉じる。
「さあ、どうしようか」
色素の薄い瞳が一度無機質に細められる。思わずその表情をの中に嫌悪感や不快感を探してしまう。しかし彼女を怯えさせるような感情は一切浮かんでいなかった。窺い知れるのは、やはり、彼女を気遣う色。
そんな温かな瞳を浮かべ頭を撫でられてしまえば彼女の理性など容易に崩れ落ちてしまう。穏やかな手つきはだんだんと降ろされ、いつのまにか首筋や、肩、背中といったように身体の線をなぞる怪しげな動きへと変化していた。
「……っ♡」
ぐずぐずに思考が、欲が流れ落ちてしまう。
縋ってはいけない、困らせてはいけないのだ!しかし、あれだけ言い聞かせたはずの自制心は最早形を無くしかけて、
「どうする、リセ」
——私は君を嫌いになることなど、ない。
あの時と同じ声音で、男が彼女の名を呼んだ。
抗う選択肢など、存在するわけがない。
彼女は彼の黒衣を固く握りしめた。
彼の愛撫はただひたすらに優しかった。時に見せる強い責め苦も、彼女が恐怖を感じそうになると波のように引いて行き、物足りないと求めた瞬間に、望む以上の快楽をくれた。
「なんだ、また不安になってしまったのか?リセ」
「リセは発情するといつも甘えたになるんだな?」
「この小さな耳に、何度も吹き込んでやったろう」
淫猥な雰囲気の中、向き合う両者は常に着衣のままであった。アンリセラもお仕着せを身につけたまま翻弄され、セテンスに至っては着衣の乱れなど一切ない。それなのに、彼女の下半身からははしたない水音がひっきりなしに響く。ひゅこひゅこと腰を跳ねさせる彼女が縋り付くと、男は必ず視線を合わせ、一番欲しい言葉をくれた。
「リセ、大丈夫。君がどんなに乱れようが、私は嫌いになど、ならない」
そんな夢のような言葉と共に、ぐじゅぐじゅに溶かされきった腹をひゅくり♡と押され、物分かりの悪い子を叱るように淫芽をきぅ、とつねられる。途端に胎の中がきゅう、と収縮し始めるのがわかる。
「ほら、解るか?もうすぐお漏らししたくなる合図。リセ、今日は我慢できる?」
男がこうやって意地悪く笑うようになったのは最近、だろうか。少しだけ、口角を上げたその笑みは普段のセテンスらしからな色気を振り撒いていた。
あぁ、この笑みは、きっと私にだけ、だ。
「♡♡♡ っーーーーーっ!!!!♡♡♡」
そう思った瞬間、彼女はまた絶頂していた。ぴゅくぴゅくと潮が撒き散らされる。また、またやってしまった。それを確認した男がヒタヒタに濡れた指を、そっと自らの口元に運び、———
自らの卑しい愛液を、
彼が……!
「やっ、ーーーーっ♡」
きゅう、と小さな足指を丸め、上半身をのけぞらせた彼女は、あっけなくイッた。
絶頂に次いで、甘イキした娘を眺め、尚も艶かしい動きで自らの薄い唇に指を含んで見せる男はまた、あの笑みを浮かべる。
「あぁ、リセ、今度は触れてもいないのに絶頂ってしまったの?何度言っても、私の寝台を濡らしてしまうんだね」
ヒクヒクと震える秘部をそっと撫で上げた彼は耳元にそっと吹き込む。
「赤ん坊のように、おしめを付けてもいいかもしれないね」
愛などない。そこにあるのは絶対的な信頼、だけ。それなのに、彼は、彼女にそっと微笑みかけるのだ。
「——さあ、リセ。もっと、気持ち良くなろう」
そんな甘やかな時間は全てアンリセラに捧げられたもので、結局、彼の欲自体を解放する行為には一切つながらなかった。アンリセラが意識を手放すまで散々翻弄され、そして終わる。彼女が発情する度に、セテンスから与えられるそれは、彼女の精神安定剤になると共に、なぜか切なさを深める材料にもなった。
セテンスはアンリセラに何も求めない。
そして、アンリセラはそれ以上、踏み込むことを許されていなかった。唯一彼女に許されていること。それは行為の最中に、告げられない想いを掌に乗せて男の黒衣をぎゅうと握りしめることだけだった。
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