「残念だけど、諦めて?」

いちのにか

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忌々しき魔法士

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 この国には、一つの伝説がある。


——その昔、まだ国が平定していなかった頃。力を持つ隣国から幾度も攻め込まれ、混沌の時代が続く中、疲弊した民草を救うため、四人の魔法士が立ち上がった。


智の魔法士は、果て無い知識を三人の魔法士に伝え、
創の魔法士は、四つの塔を建て、
援の魔法士は、全ての塔に国を守護する陣を刻み、
動の魔法士は、国外の敵を蹴散らした。


 国の防衛面を確たるものにした魔法士たちは、更に結託を深め、民への救済を始めた。戦火の名残は消え去り、荒れ果てた土地が田畑に変わっていく。建物も増え、民の生活は豊かになった。人々は魔法士に感謝し、彼らの功績を永遠に語り継いだという——


 伝説として語り継がれているその魔法士たちは、現在も実存している。今の彼らの呼び名は、
 敵国からの蔑称をなぞらえて付けられたそれは、彼らが過去に成し得た功績を表す言葉としては明らかに適切ではない、……が。


 魔法士たちは皆偏屈で、人付き合いが苦手であった。それが魔力を操る者の性質なのか、常人とは異なる価値観を持つからか、理由は定かではない。ごく稀に人懐こい性格の者も見受けられたが、魔法士と呼ばれるその殆どが人嫌いであった。味方に対しても憎まれ口を叩いて見せる彼らは、敵はもちろん、自国民からもゆっくりと時間をかけて距離を置かれることになった。それすらも当の魔法士達からしたら、願ったり叶ったりである。

 そんな偏屈な彼らは四人という決まった数を増やしも減らしもせずに、後続の魔法士が跡を継ぐ形で、今代に至っても国を守護する役割を全うしていた。





 今代、そんな『忌々しき魔法士』の一人として選ばれたのがセテンス・フィヴナーである。彼が選ばれたのは魔力量によるものではない。むしろ、魔力を者として初めてその名を連ねることになった。

 セテンスが選出された理由。それはひとえにその知識量による。幼い頃から本の虫であったセテンスはその道の専門家が匙を投げる程の難解な古代文字をスラスラと読み解けるほどの知識を有していた。その能力を魔法省に買われ、昔の魔法書を読み解き、現世に伝える役割を任されたセテンスは、幾つもの論文を発表し、国益の向上に一役買った。数年前、王からその功績を認められたセテンスは、忌々しき魔法士の一員になることを許されたのだった。




 明らかに手入れをされていないとわかるグレイライラックのうねついた髪は腰の高さまで伸ばしっぱなしだし、魔物のインキュバスだか吸血鬼だかのように青白い肌は、高身長ではあるが肉付きの少ない身体と併せて不健康さを全面に押し出している。色素の薄い蒼玉の瞳だけは鋭い眼光を放っており、母譲りの威圧感を感じさせた。魔法士特有の黒衣を纏ってしまえば、あっという間に陰気な雰囲気を持った近づきがたい、これぞ忌々しい魔法士の出来上がりである。

 尋常でない量の知識を有した彼は今代の智の魔法士として、真面目に職務に励んでいた。王から引き渡された管轄の塔の中、一人静かに魔書の解読をして過ごす。平穏な現代、差し迫った任務はないが、彼はひたすら解読作業にのめり込んでいた。自らの知識を蓄えるために、古の魔法書だけではなく様々なジャンルの書物も読み漁る。娯楽や休息時間など彼には邪魔なだけだった。時間が空いてしまうと、決まって嫌な思い出が蘇るためだ。過去から逃れるように、彼は今日も書物の項を捲り続ける。


 彼に消えないトラウマを刻みつけた張本人である父は、既に仕事を辞め、母を連れ田舎へ越している。旅立ちの日、見送りに現れたセテンスは、そっとお別れを告げた。貴族のように継ぐような名もなかったため、長男がどこで何をしようが父は構わないと言った様子だった。母だけは、辛いことがあったら会いに来るようにとか、手紙を書くように、といくつかのことを心配そうに告げてくれたが、隣で父が薄い笑みを浮かべ無言の圧を向けてきたので、セテンスは母の言葉全てを無かったものとした。

 別れの挨拶がひと段落つき、両親が旅立つ時間となった。既に家を出た妹は、別れを済ませているという。自らの最愛に向かって蕩けるような笑みを浮かべ、優しく馬車にエスコートする父をセテンスはぼんやりと眺めていた。

 自らも馬車に乗り込む、という段階になって不意に父が振り返る。自らに向かって流された視線は、数秒留まり、そして呆気なく逸らされた。

 深いネイビーブルーの瞳からは感情は読み取れない。
 何を告げられることもない。

 その間セテンスは視線を逸らすことなく真正面から父の視線を受け続けた。


 馬車が動き出す。一礼し、その姿が見えなくなるまで見送ったセテンスは、そっと身を翻す。彼が平常心を保っていられたのはそこまでだった。一歩踏み出したその場で彼はわずかによろめいた。「は、は、は」と耳障りな浅呼吸が始まる。たった今再開したかのように、どくり、どくり、と鼓動が全身に広がり、全身から汗が吹き出してくる。呆然とした彼はしばらくその場から動けずにいた。



 


 それから数年の時を経た今、セテンスも諦めと共に考えを改めるようになっていた。

 父に対する恨みつらみが消えたわけではない。今でこそ母の寝台に潜り込もうとは思わないが、幼少期において母の寝台から自分を父は絶対的な敵であり、悪だった。

 あの時の恐怖と与えられた傷はきっと一生癒えないだろう。
 それと同じように、父への畏怖も変わることはない。


 しかし、今となっては、とも思ってしまうのだ。
 今となっては、父もそうせざるを得なかったのだと。

 この世の不条理に怒りを感じそれでも、流されぬようにとありとあらゆる手段を講じて自らの権利を守ってきた父が、全てを受け流しこの世の不条理さえ穏やかに受け流す母にであったらそんなことはどうなるか、バカでもわかる。結局のところ、一番孤独を感じていたのは父で、自らに翻弄されてくれそうな母だからこそ、父は心惹かれたのだ。

 その一点のみ、父に感じ入るものがあった。
 純粋に、父が羨ましいと、そう思った。


『早くお前の唯一を見つけたほうがいい』

 彼が思い出すのは父の言葉。

 母をで愛していたわけではない。母に向ける感情は純粋な愛着行為である。


 しかしセテンスは疑問に感じてしまうのだ。果たして幼少期に母に感じた以上に心を傾けられる相手など存在するのだろうか。未だに幼少期の傷に翻弄され続けている自分に。


 父の後について回るのは、妹の言葉である。
『少し怖いと思ってしまうけれど。でも、私たちにもそういう血が流れているってことよね?』


 その言葉達は時を経て彼を翻弄する。そう、彼女の言う通り、セテンスにもその忌まわしき血が流れているのだ。


 万が一、セテンスの唯一が見つかったとしても。
そんな未来に光などない。だって、私の血は、呪われているから!

 自分だけのために周囲を不幸にして突き進む、そんな独りよがりで勝手なことなど許されるわけがない。他の誰でもない、消えない傷を負わされたセテンスだからこそ、認められるわけがなかった。



 だから、……だから。

 セテンスは今日も一人、塔にこもるのだ。余計なことを考えないように、ただひたすら机に向かう。






「そこまで強い愛を捧げられる相手と出会えて、人生を共にできるってなんだか素敵だと思わない?」

 彼以外誰もいないはずの部屋の中。
 どこかから、幼い妹の声が響き……そして、消えた。


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