「残念だけど、諦めて?」

いちのにか

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プロローグ 夫婦のその後

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 静かな宵闇の中、ゼーテはそっと揺り起こされる。薄く目を開けると、明日帰る予定と聞いていた夫の姿がある。雷に怯えた息子に寄り添って寝たはずが、その姿はいつの間にか消えていた。無意識に息子を探すゼーテに、夫は優しく微笑んだ。

「雷が、止んだでしょう?だからもう戻るって」

 そんなに早く戻らなくてもいいのに。ゼーテは少し残念な気持ちになった。

 大きくなったと思っていたが、雷に怯えた息子の顔に残るあどけなさは母性をくすぐった。本来は寝室など訪ねることすらしない彼がどれだけ勇気を振り絞ったか。ゼーテはそんな我が子を迎え入れ、そっと抱きしめて眠りについた。幼少期の息子の世話を思い返すような一時は酷く幸福な時間だった。

 ほんやりと感慨に浸るゼーテはそのままぽすり、と倒された。もちろん寝台の上なので衝撃は柔らかいマットレスに吸収されたが、少しぞんざいな扱いに男に抗議の目を向ける。そして、彼女は酷く後悔した。

「ね、お仕置きしようか」

 顔を向けたその先、夫の穏やかな瞳は、何故だか怒りを含んでいた。


ぱちゅっ♡ ぱちゅっ♡ ぱちゅっ♡

 薄暗い寝室に響くのは、肌と肌が重なり合う、酷くはしたない音だった。

「も、やぁ……っゆる、……て」
「だぁめ。俺が土砂降りの中頑張って帰ってきたのに、当の妻は息子と同衾?あり得ないでしょう」
「! 何言って、」
「あ、締まった、ふふ、そういうの好きなの?」
「そんなわけ、……、やっひぁ……!やめっ……ぁあぁあ♡」

「ふふっやっぱり締まった。ずーっとここほじほじされるの好きなの変わらないよね」

ちゅこ♡ ちゅこ♡ ちゅこ♡
「ぁ♡ ぁ♡ あ♡ 」

「目がトロついてきたね。ふふっ、ほら、旦那様になんて言うの?」
「おかえり、な、しゃぁ♡♡
 帰ってきてくれて、うれ、しで、ぁあっ♡♡♡」

「ふふ、ありがとう。ただい、まっと」
「っヒ、っ!!!ぁあぁ、またあっ、イ、ちゃぁーーーっ♡♡♡」

 ドロドロに激った欲望を一際奥まで突き入れられ、ゼーテは一瞬だけ息を止め、あっけなく絶頂する。妻の反応に気を良くした夫はあっという間に機嫌を直して見せた。

「そろそろ、お仕置きはこれで終わりにしようね」

ようやっと終わりが見え、ゼーテは身体の力を抜いた。深いオーガズムのその先、心地よい睡魔に身を預けようと、

ぬぢっ♡ ぬぢっ♡ ぬぢっ♡
「っぃぁあぁあっ、しょれ、やぁあぁ♡♡♡」

 子宮口を目掛けて鋭い突き上げを浴びせられ、目も眩むような快楽に襲われたゼーテは子供のように泣き叫ぶ。

「そーだねぇ、こうやって奥ズコズコ♡ってされるのも好きだもんねぇ。気持ちいいねぇ。それじゃあ今度はいちゃいちゃせっくすをしようね」

 緩んだ笑みを浮かべた男は、今日も今日とて妻を離す気はなかった。



「俺だけのゼーテ、君は俺だけに翻弄されてくれればいいんだよ」



 こうして、全身で愛を告げる男は今や二児の父となった。妻に執着するこの男は、子供の面倒を見ないわけでは無い。それどころか休日は率先して子どもと過ごし、教育にも力を入れていた。二人目の誕生を機に、子育てを中心にしたい妻の希望を叶える形で、今では彼が一家の行く末を担うことになったが、トントン拍子で出世した彼はその稼ぎも申し分なかった。今では世間に羨まれる程度には、暖かい家庭を築いている。

 以前は事勿れ主義でどんな事も受け流していた妻を翻弄したいがために、男は妻を絡め取り、籍を入れた。

目論見はとんとん拍子にうまく行き、新婚生活に加え、子供が産まれたことで、妻が『受け流せない』ことが格段に増えた。予測もつかないようなことをしでかす子供に、ポカンとした間抜け面をして見せたり、以前は決して浮かべなかったであろう慈愛の表情を浮かべ子供を眺めることもあった。

 結果的に、人生をかけて彼女を翻弄するという彼の作戦は見事完遂できたと言っても過言ではない。

 それでも、と彼は思う。

 それでも、最近、気持ちの整理が追いつかないことがある。ジクジクと燻り始めていたのはこの感情は、わずかな焦燥感。……それに加え、醜い嫉妬心。

 腹の奥底に蔓延るその感情をついに誤魔化しきれなくなったある日、成長期を迎えた子供たちに目をやり、彼は決意した。


 そろそろ『妻を返してもらおう』と。


 もちろん少しずつではある。
 少しずつ夫婦だけの時間を取り戻していこう。
 そして子供が手を離れたその時は。

 「残念だけど、諦めて欲しいなあ」



 こうして、欲に身を焼かれた男の血は、遠く無い将来、ある因果を産むことになるが、妻のことしか頭にない当の男には最早関係のないことだった。




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