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第七章
第四三六話 大会議だよ。平民が可哀想
しおりを挟む広々とした教皇執務室には、教会関係者の他に大きく分けて三つのグループが集まっていた。
一組目は穂積たち、ニホン国大使館とアルローからやって来た使節団に、ターミラの里から連れ出したシロウと流花を加えたメンバー。朝食の席には居たはずのシオンがまた居なくなっている。
二組目はハンバルたち、元の所属がバラバラの敗残兵。表情の険しいハンバルを中心に、隊長ナマリと副官リュドミラ。他の八名も情報部の出身らしく、少数ながら戦闘力は非常に高い集団と言える。何故か右腕の仇も混じっているが深くは聞くまい。
三組目は平民代表。ソフィーとジョセフに、スヴェンら五人の行商人。何故か呼ばれた彼らは、ここにいる理由に皆目見当が付かない様子でオドオドしている。
そして、この会議のキーパーソンともいえる男が教皇の隣に座っていた。
ワックスで固めてあるかの様にツンツンした金髪は右眼が隠れるほど長いシンメトリー。邪眼をひた隠しにする厨二病のような髪型をした彼の秘色色の瞳は如何にも力強く、雰囲気はFFⅦの主人公のような佇まい。
異端審問官 第三席 ドライ――、ここ数年は故ツヴァイと共に超特一級禁忌に対応し、鬼のようにこき使われた挙句、流花に乾燥されて最近ようやく動けるようになった。
車椅子に座る彼の顔色は悪く、身体は骨と皮に肉がちょっと付いた感じだ。
当たり前だが、流花をとても警戒している。
「ドライさん。はじめまして。新高穂積と申します」
「…………」
「その節は流花が大変なことを……誠に申し訳ございませんでした。ツヴァイさんにも哀悼の意を表させていただきます」
「…………」
「こいつも反省して(おい……スマホやめろ)……猛省していますので、どうかお許しください」
「…………」
「ちょっとドライ。返事しなさい。この人が謝ってるでしょ。許すと言いなさい」
「…………」
「猊下? トドメ刺していい?」
「ダメに決まっているだろう。ともかく、ニイタカさんの謝罪は私が受け入れました。あとでよく言っておきますから、先に進めましょう」
アジェンダ1: 超特一級禁忌への対応について
「きょ、教皇様? それって私たちが聞いても大丈夫なやつ……ですか?」
「大丈夫です。不都合があれば死ぬだけですから。ふぉふぉふぉ」
「全然大丈夫じゃないんですけど……あの……退室しても……?」
遠慮がちに嫌がるソフィーを無視して、教皇猊下自ら『魔女の眠る地』と『魔女の使徒』について概要を説明した。禁忌とは関係無さそうな平民たちも巻き込んで、説明してしまったのだ。
「教皇猊下。聞かなかった事にさせていただきたい」
「ダメです。ハンバル殿下の手勢には全員」
「「「「「嫌です」」」」」
「女神の試練を」
「「「「「イヤだ!」」」」」
「もう一回」
「「「「「イヤァアアア~!」」」」」
「受けてもらいます」
「「「「「あぁああああああ……」」」」」
恐怖の絶望に打ちひしがれる元情報部の強者たちは子鹿のようにブルブル震えているが、デント教皇の説明は淡々と続けられた。
約二ヶ月後に迫る北半球の夏場に合わせて、現地に赴き迎撃の準備を整えなければならないが、手負いのドライと下位席次のズィーベンだけでは絶対に抑え切れない。
今のままでは使い物にならないので可能性のある者は祠に放り込み、無理矢理ブーストを掛けて戦力の底上げを図る。
使徒に孕まされない程度に強くなったら、ラクナウ列島へ行ってズィーベンと合流し待機。ダメなら来年に備えて強くなるまで試練を受けさせる。
「げぇええ~かぁああ~! そぉ~りゃあんまりだぁ~! おれを見てくれぇ~! んな化け物とぉ~闘えるぅ~わけねぇだろぉ!」
「なら、そちらの女性に試練を受けてもらいます」
「ダ~メだぁああ~! リュドミラは異端者じゃあ~ねぇ~!」
「見たところ狙撃の心得があるようですので、強化魔法を覚えたら十分な戦力になるでしょう」
「話ぃ~聞いてくれぇ~ぃ!」
ナマリや元情報部の経験者たちが「嫌だ嫌だ」と繰り返す騒ぎを無視して、デント教皇がこちらを向いた。平民たちは空気になっている。
「ニイタカさんにもお願いします」
「一階層ずつ、ちょっとずつなら構いません」
「無ぅ~理ぃ~! 無理無理無ぅ理ぃ~だぁあ~。ニイタカ閣下よぉ~? アンタなぁに言ってんだぁ~?」
「うるさいですよ、ナマリ。ニイタカさんは一階層から戻って記憶も残している唯一の人間です。ちょくちょく行ったり来たりできる可能性はあります」
「一階層が死亡率は一番高いんですよね? 今は無いようなもんですから、イケるんじゃないですか?」
守役たちが一階層を出入りした事実を聞いて、経験者たちは訝しみつつ押し黙った。いずれも顔は青いままで、その先に待つ恐怖を拒絶している。
一体どのような体験をしたのか、誰も具体的に覚えていないので入ってみなければ分からない。
「それと、ニイタカさんの奥方の皆さんにもやってもらいます」
「は? 何を言ってるんです?」
「特にナツ・ニイタカさんとメリッサ・ノーマン・ニイタカさん、リヒト・ニイタカさんには是非ともお願いしたい」
「ダメです」
「何故でしょうか?」
「全員妊娠中です。たぶんですけど」
場が騒めいた。あり得ないものを見る視線が注がれる。
さらに、劇的に反応した人間が身内にいた。もちろん流花だ。
「え? なにそれ? なんで? なんでなんでなんで!? ねぇえええええええええええええええええええええええ! どぉいうことぉお――うむぅ!? ちゅちゅう~! むはっ……ちゅ……んんっ……んあぁあ~…………ズルいですぅ」
「猊下。まず流花を孕ませないといけないみたいです」
さすがに教皇も目がテンになっているが、流花の命を守りつつ聖堂を砂山に変えないためには必要な手順だ。
穂積の爆弾発言に誰もそれ以上反応しない、出来ない理由があった。
デント教皇は無視しているが、腕に覚えのある者は皆、殺気や覇気を放って魔法を準備している。しかし、その者たち全員の先の先を取った者がいた。
『ジジジジジジジジジジジジジ……』
いつの間にかドライの首にプラズマ線が当たっていた。淡く光る首の皮は、万物をダブルスラストするムラマサの刃を弾いている。
「ん……スゴい。さすが異端審問官」
影から飛び出したシオンだった。突然現れた暗殺者に空気が凍る。平民は全員失神していた。
「シオンさん。もういいですから引いてください」
「ん……わかった」
「ドライさんも。クミズさんは落ち着きました。お騒がせして申し訳ありません」
「ドライ。収めなさい。それと、余計なことはしなくていいからね」
「はい猊下」
流花が暴れそうになったら、ドライを牽制する。
これはナツがシオンに与えていたお役目だった。
実際のところ、流花が騒いだ瞬間にドライは魔法を行使しようとした。しかし致命的な殺気を感じて攻撃魔法をキャンセルし、身体強化で防御した。
これだけの攻防が一息の間に行われていたのだ。穂積には何が何やらさっぱりだったが、自分の不用意な一言が発端になったことは確かだ。
「申し訳ございませんでしたぁ~!」
「…………」
ドライの車椅子に近づくや足元で土下座。謎の行動にまたもや場が騒めくが、頑として土下座をやめてやらない穂積は内心で怒っていた。
(ちょっと騒いだだけじゃんよ。ビビりすぎだっての)
平伏する男の後頭部と背中が発する無言の威圧感に、ドライの目元がひくつく。
「ドライ。許すって言いなさい。言うまで絶対やめないわよ。今、この会議は、貴方のせいで、進行が止まってることを自覚しなさい」
優しく気遣いができるフィーアは、どうしていいか分からないであろうドライに、懇切丁寧に状況と対処法を教えてやった。
「……許す」
「誠にぃ~! 申し訳ぇ~! ごぉざいませんでしたぁ~!」
「もう一回、ちゃんと大きな声で、『許します!』って言いなさい」
「……許し……ます」
「声が小さ~い!」
そんなやり取りを繰り返して精神的に痛ぶられ、ようやく『土下座され地獄』から解放されたドライの顔色はさらに悪くなった。
会議のキーパーソンだったはずが、特に何を発言するでもなく空気になっている。
「ドライさんが快く! すべてを綺麗さっぱり! 跡形もなく! 水に流してくださったところで! 猊下に提案があります」
「ふぉふぉふぉ! やはり貴方は面白いですねぇ。伺いましょう」
そもそも、無限に湧き出す敵に少数精鋭で当たる必要はない。中途半端な強者は敵を増やすだけだというのなら、遠距離からの砲撃と飛行魔堰からの爆撃で一方的に屠れば人的被害は皆無だ。
「先日もそんなことを仰っていましたが、余人をあの場所に近づけるわけにはいきません」
「超々特々級禁忌のせいですよね? 大丈夫です。猊下が気にされているソレはもう無いはずですし、使徒を生み出している大元を断つには探索者の技能が必須です」
「大元を断つ……ですか。もう一度、最初から説明していただけますか?」
デント教皇の態度に若干の変化を感じた。
マザーを追って飛び出した時の呟きが効いているのか、ハンバルたちも同席している会議で説明を求めるということは、情報公開に踏み切ってくれる可能性もある。
魔女の使徒=魔人=古代の人造兵
魔女の眠る地=古代の亡国=造兵プラント
使徒の湧き出す穴=造兵プラントの出入口
これらの情報をこの場ですべて開陳した。作戦の概要は、魔人を継続的に殲滅しつつプラント内部へ侵攻し、徐々に制圧して拠点を広げ、最終的に魔人の生産工場を機能停止させる。
「……それらも魔女から得た情報ですか?」
「はい。猊下もお分かりかと思います。魔人を一万年も抑え込み続けたことは、賞賛すべき女神教会の偉業ですが、まったく生産性がありません。何故か女神の裁きが下らないことも懸念の一つですし、そんなわけのわからない危険な場所を放置するより、短期間で潰してしまうことを目指すべきです」
デント教皇は目を瞑り、少し考えてかぶりを振った。
「無限に湧き出す強力な敵の巣に乗り込むと? 正気とは思えませんね」
「無限に見えるのは一年分の成体が夏場に一気に湧き出すからでは? この世に無限など存在しませんし、魔人は女神の降臨前から居たそうですから物理法則を無視する魔法由来の技術じゃありません。地下空間の広さにもよりますが、有限の戦力です」
「一個体もかなり強いですよ? そこのスライスが十人は死にますよ?」
「身体強化で近接戦なんて危ないじゃないですか。薄壁一枚を強化し続け、それを拡げていくだけでいいと思うんです。物理的なトラップやらがあれば探索者の領分ですよね?」
「ふむ…………ナマリ? 貴方ならどう攻めます? 陥せますか?」
見知らぬ新たな情報のオンパレードだったが、ナマリは真剣に戦術を考える。教皇に勝ち筋を示すことができれば、ひょっとしたら女神の試練は免除され、自分たちだけが恐ろしげな戦場に放り込まれる可能性を潰せるのだから必死だった。
「いくつかぁ~条件はあるぅ~がぁ……可能だぁと思いまぁ~す」
「条件とは?」
「まぁ~ずぅ~、無期限の補給とぉ~増援~ん!」
敵戦力が不明なら当たり前だが、これは絶対に確保しなければならない。後方支援が明暗を分けるだろう。
「ふむ……他には?」
「砲魔堰ぃ~のぉ砲弾! 大量にぃ~! さらに飛行魔堰の全投入は必須ぅ~! あとぉ~、土建屋ぁ~!」
物量で押し切るためには砲弾幕を切らすわけにはいかない。兵隊を生活させ武器弾薬を保管するための砦の建設も必須なので、時短のためにも大勢の大工が必要。今すぐ動き出しても工期は一ヶ月ほどしかない。
「熱量魔法適性者ぁ~!」
戦闘は出来なくてもいいが、やがては塞がる湧き点の氷を溶かし続け、凍死を避けるためには薪だけでは心許ない。魔法や魔堰による大規模な暖房が必須。兵員の士気にも関わる要素だ。
「探索者もだぁ~が……古文研の~現地ぃ~派遣~!」
これは内部侵攻の橋頭堡を築いてからになるので先の話だが、謎の古代遺跡に潜るのだから何があるか分からない。しかし、人が造ったものなら文字の痕跡があるはずなので、侵攻中に迷ったり分断されたり、物理トラップで全滅しないためにも、遺跡の調査を同時に進めなければならない。
「これ一番大事ぃい~! 優秀でぇ~、気合の入ったぁ~……前線指揮官んんっ! 外野を黙らせぇ~る、やんごとなぁ~き、ご身分がぁ~、望ましいぃ~」
「なんで僕を見るかな?」
有史以来の超大規模作戦の軍師を強要されそうになっているハンバルは冷や汗を垂らしながら、それでもアレコレ考えているのは軍略家の性だろうか。
「これらがぁ~、必要最低限でぇ~す」
「ふむ……青図としてはまあまあといったところか。あとは皇室や貴族、他国も含めて、無理難題を押し付けることが出来る存在が不可欠ですね」
それ即ち、神聖ムーア帝国皇帝である。
「ねぇ……ニイタカさん」
「…………すみませんでした」
つい先日お礼参りをやらかし、お住まいに駆逐艦で体当たりしようとした相手だった。
次の議題にも関わる問題が出てきたところで、気絶している平民たちを起こした教皇は「小休止にしましょう」と一時解散を告げ、執務室から出て行く間際――、
『要石については別途報告してください。『既に無い』ということは、誰かに取られたのかな?』
ガヤガヤと騒がしくなった執務室に『風声』がハッキリと聞こえた。
何気なく周りを見回すと、ナツとだけ目が合った。
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