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第六章
第三四一話 旧知再会
しおりを挟む「とぉ~ちゃ~く! はい、ここが俺の一推しです!」
「……人魚環礁グループ?」
広い帝都の裏通りで穂積が奇跡的に見つけた店は『マーメイド・ラグーン帝都支店』だった。チェーン展開の噂は聞いていたが、まさか帝都まで出店しているとは思っていなかった。
大通り沿いの一等地ではないが、さほど離れているわけでもなく、店に面した路地も広くて人通りもそれなりにある良さげな立地だ。
『カラン、カランッ』
入り口扉を開けると来店を告げる鐘の音が懐かしい。店内はなかなか盛況だった。
「いらっしゃいませ~! マーメイド・ラグーンへようこそ!」
「三人です。予約はありません」
「はーい! 三名様でご案内します! こちらへどうぞぉ~!」
ソフィーと同じ給仕服を着た元気な店員に続いて奥まった席に着くと、オプシーの本店と変わらずフィッシュ&チップスがオススメだと案内されたので三人前を注文した。
「オプシー発祥のお店なので?」
「そうそう。ここは料理のテイクアウトがあるから土産にもなる。バッチリだ」
「庶民的なお店ですが良い雰囲気ですわ。店内も清潔ですし……あの照明はガラス? いえ、乙種素材ですわね」
天井から吊るされた光魔堰は青く塗られた半透明の四角い箱に囲われた間接照明になっている。店内の通路を薄い蒼色に染めて、海の中のような雰囲気を演出していた。
「代用板ガラスを切り貼りしたんだな。いい工夫じゃないか」
「まだ新素材は帝国に出回っていないはずですわ」
「ん? 帝国に輸出するって大量に買い付けて行ったけど? サージュメイル系の商会が」
「おそらく在庫にしているのです。安全で儲かる販路の開拓は一時金が掛かりますもの。特に帝国相手では袖の下だけでかなりの額になるはずですわ」
「貴族や役人への賄賂か。ほどほどにやって上手くいくならいいが……じゃあ誰が販路を開くんだ?」
「……読めました。ホヅミ大使の帝国行きにサージュメイル派閥が同行しようとしていたのはそのためです。大使の一団としての立場を利用すれば容易いことでしょう」
「ちゃっかりしてんなぁ。安いうちに品物だけ仕入れて倉庫に入れとくと……値上げしてやろうか」
だが、そうするとこの店の乙種素材の出処が分からない。帝国に錬成魔法を使える人間はまだいないはずだし、アルロー政府やギジュメイルが使い手を逃がすはずがない。
「あーっ! やっぱりホヅミさん!」
「お~っ! ソフィーさん、久しぶり!」
先ほどの給仕係と一緒にフィッシュ&チップスを運んで来たのはソフィーだった。
「珍しい黒髪が来たってバックヤードが騒がしかったから、もしかしてと思ったら! 生きてたんですね! 心配しましたよ~!」
「はははっ、なんとかね。あ。こちらはルーシーとリヒト。二人とも、彼女はオプシーの本店にいたソフィーさん」
「どうも! 店長のソフィーと申します!」
「わたくしはルーシー・アジュメイルと申しますわ。ソフィー店長、以後お見知りおきくださいませ」
「リヒト・ニイタカです。おとうさんの護衛です」
帝都支店の店長に大抜擢されたらしいソフィーは相変わらずだった。ルーシーとリヒトを見てピンと来たらしく、引き攣りながらもワクワクしている。
「はわわわ……何人目? アジュメイルって……え? ビクトリア様の? 妹に手ぇ出したの? おとうさんって……こんな美人さんを……。ホヅミさん、何人になった?」
「まぁ、細かいことはいいからフィッシュ&チップス」
「相変わらずスゴいね。はい塩結晶。お好みでどうぞ」
「はいどうも。いただきまーす」
何種類かのおろし金を受け取って塩結晶を削りかけて白身フライを頬張り、変わらぬ味に舌鼓を打つ。
「美味しいですわ。衣がサクサクで中はふんわりと」
「バクバク……サクサク……もぎゅもぎゅ……ごくんっ。おとうさん、おかわりしても?」
「いいぞー。いっぱい食べなさい。手長エビもどうだ? タコのカルパッチョも美味いぞ?」
「おとうさん大好きです。今夜はサービスしますので」
満面の笑みを浮かべて五つのポテトフライをフォークにカツカツ突き刺し、一口に頬張るリヒトは幸せそうだった。
「……もむもむ。やはひひもはふぃ~でふ」
「ははっ。やっぱ芋はいいか。リヒトの好物だもんな」
「リヒトさん……はぁ。まったく、欲望に忠実ですこと……仕方ありませんわね」
スピードと効率重視で食事を進め、リスのように頬を膨らませるリヒトを見て、呆れたように笑うルーシーのテーブルマナー講座が始まった。
「はーい! エール三つ! お待たせしました!」
頼んでないのにソフィーが酒を持って来た。大使館で売り出している乙種素材製品『割れないジョッキグラス』を使っている。
「ホヅミさんのおかげで今の人魚環礁グループがあるからね! ドリンクはサービスするよ!」
「お~! 太っ腹だ! でも、このグラスは?」
「それは本店から回してもらった」
これらの新素材製品は半年前、補給のためにオプシーに寄港したビクトリア号から購入した品らしい。
期待の帝都支店へ限りある在庫を優先的に投入して開店にインパクトを持たせる経営戦略だと言う。
「いつになったら仕入れられるの? 品薄なんてもんじゃないよ?」
「ごめん。アルローの貴族派閥が買い占めてる」
「何それ? 商人じゃないの?」
「元々は商人から成り上がった家だそうで、かなりセコいんだ」
「もう塩結晶のルートでいいから卸してよ。とりあえずジョッキグラス千個」
「毎度あり。考えときます」
割れないガラスが口コミで広がって繁盛するのはいいのだが、珍しすぎて盗みを働く輩まで出てきたそうな。
やはり乙種素材は材料としての性能以前に、ガラスの代用品という目新しさが価値を生むようだ。
「それにしても、帝都支店なんてすごいじゃない。ソフィーさんは何? 転勤?」
「だから店長だって! 追い回しじゃないから!」
「クロルは何も言ってなかったけど? 何? 別れたの?」
「別れてない。私も急だったの。まさかこんなに早く帝都に店が出せるなんて思わなかったし」
商人組合の中に支店のオーナーとして名乗りを上げた人物がいた。この帝都支店もその人の出資があって開店に漕ぎ着けたらしい。
裏通りとはいえ地賃だけでかなりの額になるのだが、建物はオーナーの所有不動産なので儲かる商売になっているとか。
「へー、そりゃ良かったねぇ。マスターは元気?」
「元気も元気。相変わらず独身だけど、仕事が恋人って感じ。おかげで私は大陸をあちこち走り回る羽目になって大変だよ」
オプシーに二号店を開き、軌道に乗り始めた頃から商人組合に目を付けられた。それは悪い意味ではなく、件のオーナーから資金援助とプロデュースを受けたマスターは人魚環礁グループを立ち上げた。
グループは瞬く間に急成長を遂げ、クーレ、イモス、サース、ノースに続々と支店をオープン。遂には帝都出店にまで至ったのだという。
「トゥトリ店も検討してみたけど、内陸過ぎて魚の鮮度が落ちるのよ。りーふぁーコンテナだっけ? まだなの?」
「ごめん。コンテナ船事業は全然ダメ。手付かず」
すべての支店が軌道に乗るまで面倒を見て渡り歩いたのがソフィーとのことで、彼女はもう立派な敏腕マネージャー。正直な感想を言わせて貰えば、クロルが吊り合う女性ではなくなっていた。
「すごいけど気を付けなよ? 海賊とか、山賊とか、闇組織とか」
「そうそう。最近は物騒なのよ。オプシーはクロルさん達が粗方掃除してくれたからスラムとのイザコザだけで済んでるけど、イースの出店計画は立ち消えたし、クーレは造船組合がバタバタしてるみたいで」
「イースはヤバいんじゃない? イーシュタル家のゴタゴタは知ってるでしょ?」
「噂はいろいろと流れてきてる。商人組合も東からは手を引いてるよ。危ないんだって」
大陸中の主要都市を回っているだけあって、ソフィーはかなりの情報通だった。帝国の新聞だけでは分からなかった事柄の中には、彼女が見てきた生の情報を聞くことで疑問が氷解したものもある。
「でもね、なんだかんだで一番ヤバいのはサースかな」
「なんだかんだって?」
「サースが一番とは? 特に変わり無いように伺っております」
上品にフィッシュフライを口に運び、穂積とソフィーの世間話を黙って聞いていたルーシーが割って入った。
彼女にしては珍しい雑な割り込みを怪訝に思ったのも束の間のこと、内心穏やかではない顔を見て得心した。
州都サースはサザーランド公爵家のお膝元にして穀物輸出の一大拠点。アジュメイル家の長女ラナリアス、通称ラナーの輿入れ先でもありアルローも無関係ではない。
「えーと、サースっていうか、その郊外ですかね」
「サース郊外には麦畑しかございませんでしょう?」
「私がいたのは二ヶ月半ほど前ですけど、町の周りに人が溢れ返ってましたよ? あれは……なんて言えばいいんでしょう……? 出稼ぎじゃないし、敢えて言うなら……行く当ての無い人達……でしょうか? とにかく、すごい数の人がサース近郊に集まってました」
思っていた以上に帝国は大変なことになっているようだ。
ソフィーが見た人々はおそらく南方砂丘に住処を追われた難民だろう。ディザス辺境伯からは砂丘の拡大が急激に早まっていると連絡を受けていた。
毎月のように主家であるサザーランド家へ報告を上げ、大規模な真水輸送を上申するのだが明確な返答は無く、支援物資と幾人かの精製魔法適性者が送られてくるだけらしい。
それらの支援もサザーランド公爵の裁量によって行われており、中央の動きが見えないとボヤいていた。
しかしながら、辺境伯は愚痴を言うために大使館に通信してきたわけではない。危機感を顕にして『間違ってもイザベラを大陸に連れて来るな』と忠告してきたのだ。
「辺境伯領は相当ヤバそうだな……。頼れるのはサザーランドだけか」
「まさに国難と申せましょうに……帝都の様子を見る限り、対応は後手に回りそうですわね」
「そりゃ帝都はすごいし、さすがは世界一の都って感じだけど……私は違和感あるなぁ」
そう言って首を傾げるソフィーの感覚は、きっと至極正しい。
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