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第五章

第二九二話 大使館地下にて

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 ビクトリアとリコリスが首長館に戻って数日後、チェスカとナツが大使館にやってきた。

「二人とも、お疲れ様」
「ホヅミさま! 何ですかこれ!? 間夫がすっごい御大人おだいじんだった! ナツ姉さん、どうしよう! 私って玉の輿に乗ってた! ヤッホーイ!」
「はぁ~、アキぃ! はしゃぎなんすな、みっともない!」
「で? どうだった? 外交官になった?」

 セーラの計らいで短期の外交官講習を受講してきた二人であったが、そんなすぐになれるものではないだろうと、大して期待はしていなかった。

「ジジイ共から奪える手管は奪ってきましたよ」
「これ以上、得られるものは無さそうです」
「……マジか? そんなもんなの?」
「もちろん知識はこれから独学になります」
「エロジジイは居なかった?」
「何ですかぁ~? ジジイにヤキモチですかぁ?」
「触れず、触れさせずに、手玉に取れて一人前です」

 アウルムに頼んで各種専門書をある程度融通してもらった。もちろん適正価格で買い取ったわけだが、本を購入すること自体がかなりハードルが高かったのである。

「書庫にまとめてあるから、好きなようにしていい」
「了解ですけど、帝国行きは延期ですよね?」
「ああ、約二ヶ月後に出発だな。白海豚の最大戦速ベースの計算だけど」
「魔力カートリッジが高くつきそうです」
「旅費は全部、猊下からもらうことにしてる。聖都まで取り立てに行ってやるつもりだ」

 招致したのだから、お車代くらいは出るだろう。出してもらわなければ困る。大使館は稼いでいるが同時に支出も大きいのだ。

 アルローでまともな公共事業が出来ているのは限られた島と、大使館だけであると、そう断言できる。

「かなり手広くやってるって聞きましたよ」
「当然だな。だけども……アルロー自体が成長しないことには先が無いんだ」
「国外輸出を視野に入れておくべきですね」
「それだよ。でもアルロー経由じゃダメだ。金の巡りが悪すぎるし、サージュメイルのピンハネがえげつない」
「事務長の一族じゃないですか。世知辛いですねぇ」
「昨日の味方は今日の敵、ということもあるでしょう。その逆も然りです」

 チェスカとナツを連れてエレベーターに乗り込み、ご挨拶程度に屋上庭園を見せて、すぐにエレベーターで下へ降りる。

「何で!? もうちょっと見せてくれてもいいのに!」
「たしかに凄かったです。あんな眺めはダミダ島の山頂以来ですね」
「俺は圧倒的にダミダ島の方が好きだけどな」
「で? 何処に連れてってくれるんです? 秘密のお座敷なら古岩香を用意します。ナツ姉さんもご一緒に!」
「へ、変なこと言いなんすな……初めは一対一で……ねぇ、ホヅミさん?」

 ナツが積極的な気がする。何かあったのだろうか。

(なんとなく、セーラさんの影がチラホラと……)

 ともあれ、二人のうちどちらが帝国行きに同行するか、決めなくてはいけない。

「俺としてはナツを連れて行こうかと思ってる」
「え? ホ、ホヅミさん……わちきを旅のお供に? ……やた」
「ホヅミさま! どういうことですか!? 私は!?」
「チェスカには大使館に残って、アルローの連中を上手く転がしてもらいたい」
「それはナツ姉さんでも出来ますよ!」
「……それと、もう一つ理由がある」

 地下二階まで降り、エレベーターを出ると、二人にはすぐ分かったようだ。養生処と同じ雰囲気を感じ取ったのだろう。

「……ナツ姉さん。帝国の方はよろしくね」
「任せなんし。これは……かかりんす」
「とりあえず、梅毒持ちは今からやります」
「すまんな。手首に色違いの紐が付いてるだろ? 運び込まれた時点で結んでる。重篤な人間が赤だ。手遅れな人間は黒。感染症患者の隔離部屋は扉にマークしてある。入室する際はマスクとゴーグルを着用すること。死亡が確認されたら、遺髪だけ保管して火葬。火葬場と墓地は地下五階だ」
「「……大丈夫でありんす?」」
「ん? どうした二人して? 誘ってんのか? ……なんちゃって」

 瞳を潤ませる遊女二人に左右から挟まれて、天国に行きそうになったところで我に帰った。

 この二人の色気には何故か抗えない時が多い。日本人の心に根ざした何かがあるのかもしれない。

「二人の部屋は八階のVIPフロアに用意してあるから! これ! エレベーターのマスターキーな!」
「「……」」
「あと細かいことはハインさんに聞いてくれ。俺はクリスの作業を見てくるから」

 エレベーターでさらに下層へ降りていく穂積を見送る二人は、何故か泣きそうになった。

 もっと早く戻れば良かったと、少しの後悔を残して、チェスカは病室へ、ナツは書庫へと向かった。


**********


 大使館直下の地下施設は一応の完工を迎えていた。

 メリッサ気合の運動魔法が地下空間をぐんぐん広げてくれたのだ。

 地下一階は、クリスたちの工房。各種材料の保管庫と製品倉庫、エン硬貨の大金庫もここにある。

 大使館の主な収入源となる製品が造られる重要区画だが、状況次第ではアルロー政府に公開してもいい。つまり、囮の地下空間だ。

 地下三階は、地下二階が足りなくなった時に備えて、空きスペースとした。

 地下四階は、非常時の避難場所と備蓄倉庫。いざという時に大勢を収容できるシェルターとして機能する。

 地下最大の床面積を有するフロアだが、現状は広さと堅牢さを持つだけのだだっぴろい箱だ。

 最深部は地下五階の共同墓地。新素材の支柱で補強され、火葬場設備を備えた場所。

 煙はエレベーターシャフト内のダクトを通じて、屋上エレベーター機室の裏手から排出される。

(内蔵設備はまだまだだが、短期間でよくぞここまで……。キサラとカンナのサポートが大きいな)

 クリスはもちろんのこと、キサラとカンナも大使館に来てから忙しい。

 特にカンナは遊びたい盛りだろうに、申し訳ないと思ってキサラに様子を聞いてみたところ、苦笑いを浮かべて「正直、振り回させてます」と愚痴を溢していた。

 カンナはモノづくりが面白くて仕方ないらしい。

 二人が地下は一階までだと思っていることはさておき、不在がちのクリスに代わり、カンナは工房のぬしのようになっていた。

 今はビクトリアから特注依頼された千万エン玉の鋳型製作にのめり込んでいる。試作品を造っては失敗し、「むがぁ~!」と投げ捨てて次の試作。

「やるなぁ、カンナちゃん」
「完成したものに興味を無くすんです。だから量産は私に丸投げですよ」
「引きこもりの発明家か。お日様欲しいって言ってたのに……」
「こっちだって新作うすうすコンドームの開発中なのに……」
「それには個人的に期待してる」(アルローの遊郭マジでヒドいし)
「あ、あいっ! 励みんす!」(私で試したいってキタコレ!)
「済まんが頑張ってくれ。埋め合わせはするから」(昇給してやろう……そのうちに)
「あいっ! わっち、ご褒美目指しんす! 待ってておくんなんし!」(埋っめ合っわせ~、埋っめ合っわせ~。ひひっ!)

 そして、現在進捗中の現場は地下四階にある。

 何本もの太い支柱を通り過ぎて、広い真白の床を歩く。

 ↓マークに走る人がデフォルメされた順路を辿って奥に進むと、土が剥き出しの地下道が見えてきた。光魔堰が点々と吊るされ、内部を薄暗く照らしている。

(着るの大変なんだよな、コレ)

 筋電義手のおかげでかなり生活しやすくなったが、指先が動かないし、ねじり、ひねりの動作は開発段階。

 入り口においてある『ホヅミさま専用簡易防護服』を着用して、呼吸魔堰と投光魔堰を起動した。

 ここから先は空調・換気ダクトの敷設が済んでいないし、かなり薄暗く足元も悪い。

 専用とはいっても特別な装備が付いているわけではなく、意味不明なコード入力を省き、思兼魔堰に直接音声入力して制御できるよう改修したもの。古代語入力なので穂積にしか使えない。

 地下道を進んでいくと所々に土砂の山が積まれており、各所に資材が集められている。

 硬い岩盤を貫通したと思われる箇所には溶けたガラス質の岩肌が続いていた。

 歩き続けること、二時間、やがて三つの防護服が目に入ったので投光魔堰を切り、頭部の光魔堰を点灯して声を掛ける。

「三人ともお疲れ様」
「ホヅミさま……いらっしゃい……」
「あなた、褒めて。結構進んだわ」
「そうですね。行程の七割といったところです」

 クリス、フィーア、ハインの三人が最奥部にいた。

「上は大丈夫?」
「予定通りチェスカとナツが到着した。早速動き出してくれたよ。地下二階は異端者とその家族が協力的だ。看護は彼らに任せられる」
「地上施設の取りまとめをメリッサさんに丸投げしてしまい申し訳ありません。家令ですのに」
「ハインさんがいなければここまで出来ませんでしたし、得られないものも多かった。契約更改もしてないのに随分甘えてしまってます」
「いいえ、とんでもありません。リヒトが落ち着いているのは『消える領域』に居るからです」
「スラムで暴れた時にはヒヤっとしたわ。すぐ眠らせたけど、やっぱり辛いみたいね」

 それ以来、リヒトは大使館敷地外では活動に制限時間を設けられている。ア〇ビリカルケーブルが切れたエ〇ァン〇リオンみたいだと言ったら怒られるだろうが、そんな感じで暴走する。エロ方面に暴走するからタチが悪いそうだ。

「バルトがもう少しまともなら楽なのですが……」
「バルトさんは、いざという時には切り札になってくれます。異端者の件は……猊下への心情が読み切れないので保留ですね」
「……戻ろうとしていないから、もう心酔はしてないと思うわ。ただ、異端者への思いは人それぞれだから」
「異端審問官も人間だ。行く末を知ってて捕縛任務に当たるのは辛いだろう」
「だからこそ、人それぞれよ」

 バルトに捕縛されたフィーアとしては複雑な思いがあるようだ。救いの場面は現実回帰で見た地獄の中には出て来なかった。

「これで協力者が二人増えたけど、さすがに脱出路が長過ぎる。ここまで二時間掛かったぞ」
「あとは東へ真っ直ぐ掘り進めるだけよ」
「ボクたちは大丈夫です……。仮設宿舎を移動させながら進んでますし、水道配管だけは大使館から引いてます……」
「食料品は随時。私が大使館に常時不在は良くないですので」

 地下脱出路の出口はセントルーサ東にある岬。

 近くにスラムがあるため人は寄り付かず、近隣の漁村との間には岩礁域があり、漁師は座礁を恐れて近づかない。

「脱出経路は必須です。岬までは地下を行くとして、船の手配はいかがしますか?」

 いくら地下に潜もうと、島内では結局逃げ切れなくなる。相手は国家権力なのだから、脱出船の手配は秘密裏に行わなければならないが、アルローで船主業を営むのは貴族しかいない。

「それなんだが……やっぱり脱出船は自前の船舶であるべきだ。さらに避難民を全員収容し、ある程度の長期航海に堪える船でないと意味が無い」
「用意できるとは思えません。船団を隠す場所も、秘密裏に船を購入する伝手もありません」
「いや……船は自分たちで建造する。クリスは図面が引けるんだったな?」
「はい……。カントさんから全部盗みました……」

 ヒービン船舶管理はアルローでの事業を成功させている。

 ビクトリアが主導する一大プロジェクトに最初から噛んでいたのだから当然ではあるが、相変わらず彼らの働きぶりは常軌を逸しているらしい。

(……そろそろ売り時か。俺が抱えてると迷惑かけるかもだし、当面の資金にはなる)

 売却先の候補は、今のところルーシーしかいないだろう。彼女は他の貴族家とは一定の距離を置いているし、アルロー全体の利益も見られる人間だ。

 惜しむらくは、アジュメイル家を第一に考えている点だが、それは国内すべての為政者に同じことが言える。

「よし……とりあえず、場所の確保だ」
「ヤードを囲っても建造が露見しますが?」
「いや、ドックも自前だ」

 ハインはそんな土地は確保できないと断言した。

 フローティングドックであろうと波打ち際の土地は必須。すべての土地には利権が絡んでいるし、スラムの土地を購入すれば嫌でも目立つ。

 しかし、地下なら利権は存在しない。

「脱出路の出口、岬の地下に造船ドックを創る」
「ち、地下ドックですか?」
「岬の突端は崖でしたね? クリス、崖の壁は崩さず、いざとなったら発進口が開けられるようにしてくれ」
「お任せください……! 地下ドック……!」

 錬成魔法の開拓者クリスも、モノづくりが大好きなようだ。

 他より一回り大きい防護服がぴょんぴょん跳ねた。

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