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第二章

第九三話 自衛? 筋肉はダメです

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 開放された公衆浴場は大盛況だった。

 暫定的に男女の利用時間帯が決められ、相手がいる者は貸し切り中の札を扉に掲げて入ることになった。

 管理調査部はすぐさま光魔堰を集めて浴場に設置し夜間の入浴を可能とし、甲板部は毎日の掃除を買って出た。

 司厨部はクリスと相談して塩結晶生産の頻度を調整し、温水タンクへの真水移送を兼務する。

 昨日は不発に終わったが、本日のマリーとデリーはツヤツヤしてご機嫌だ。対照的にトムとロブはゲッソリとやつれていた。

 昨夜はビクトリア、ゼクシィ、クリスとの混浴を楽しんだ。クリスとは気が引けたが浴場を製作したのは彼女の功績。断ることなど出来ない。

 途中でメリッサが鍵を破壊して突入してきた。丹精込めた浴場設備を早速に壊されて怒った穂積が叱りつけると、

『もうしわけありませんでした……。しかし、自分も、一緒に入り……グス……ひっく……』

 素っ裸で泣いて土下座して謝るので許さざるを得ず、結局五人で裸の付き合いとなった。

『うふふっ。ホヅミン? これはどうかしらぁ~?』

 ゼクシィはクリス監修のえげつない性技を繰り出し粗末なナニに奉仕するが、穂積EDは相変わらずのEDだった。

『あんっ! ホヅミン!? ダメよ! 私がホヅミンを――くひぃ! ひぃあああ――――っ!』

 頑張ってくれたゼクシィにはしっかりと謝罪して、極楽のような混浴露天風呂にも無反応な自分をこき下ろす。

 接触を許されないビクトリアとメリッサは泣いて悔しがり、クリスはゼクシィを指導しながら涎をダラダラ垂れ流していた。


 夕食後、食堂――。

 今も男女の入浴時間の割り振りや、貸し切りの是非で大いに揉めている。

「こっちは人数が多いんだ! 女湯の時間をもっと短縮してくれ!」
「女は手入れに時間がかかるかしら? ホヅミン以外の男は汚いから文句があるなら入らなくていい」
「先生……。それは酷いです。言い過ぎです」
「それは正直どうでもいい。それより貸し切りのルールを決めないと!」
「「「そんな羨ま……、けしからんこと! 許されない!」」」
「アラやだぁ。アタシってどっちに入ればいいの? 困ったわ~。……三銃士と入りましょ」
「「「借り切りに賛成っ! 司厨長は是非貸し切りで!」」」

 ゼクシィ以外のまともな職長たちからは、事の重大さを滔々とさとされた。浴場の製作に関わる多くはトムが言っていた通りの極秘扱いになるらしい。

「どうでもええけど、諸々の設備は丁寧に扱ったってや! あの浴場は将来性の塊やでぇ! 儲かる未来しか見えへん!!」
「ホヅミくーん。後で新素材について詳しく聞かせてよー。『ボールバルブ』の詳細図面も描いてくれると助かるー。名称や補足説明はクリスが翻訳してくれるでしょー?」
「スターキー。図面の取り扱いには要注意だわさ。予備の保管も厳重に。アンタのトコで管理しな」
「お前さんら! 公衆浴場の情報は極秘とする! 厳守せよ! 漏らしたら消炭だからなぁ~。カカっ」
「「「イエス・マム!」」」
「船長ぉ。ありゃあ見ただけでおかしいのが分かるぞぉ。特に真白の『パイプ』が目立つ。あんな素材は他に無い」
「透明の木材もや! アレは絶対にバレたらあかん! 世界中から狙われるで!」
「ジョジョ。スターキー。パッサー。任すから、なんか考えろ」
「「「はぁ~」」」

 ビクトリアは細かい情報操作や面倒な計画立案を職長に丸投げするようになっていた。今の彼女にとって、そんな諸々は些末なことである。

「ねぇ。ビクトリア?」
「うん? どうかしたか?」
「クリスがね。いろいろと有り余ってて、もっと何か造りたいんだって。水道敷設していいかな?」
「居住区に張り巡らすって言ってたアレか?」
「そうそう。一昨日、報告した魔堰も試してみたい。送液魔堰だけだと無駄が多い気がする」
「ん~。あんまり新しいことを始めるとなぁ。隠すのがなぁ。面倒なんだ」
「ビクトリア」
「ホ、ホヅミ……?」
「……ダメ?」
「……好きにしていい」
「「「船長っ!」」」
「うるさい! お前さんらで、なんか考えとけ」
「「「はぁ~っ」」」
「ビクトリア? 資材が足りないかも……」
「甲板部の持ってるものは好きにしていい」
「船長ぉ~!」
「うるさい! 本船のものは俺のモノ。俺のものはホヅミのモノだ」
「…………もう、好きに生きりゃいいさね」
「「「……はぁ~」」」

 ビクトリアは穂積に貢ぐようになっていた。

 穂積本人も気付かないうちにGigoloとしてのレベルが上がっている。EDであることが逆に女の欲求を煽る結果となり、謝罪の気持ちが適度に快楽を与えていた。今の彼女にとって大切なことは、穂積とより親密になることである。

「ビクトリア。こんなEDに……。どうもありがとう」
「ホヅミぃ。いいんだぞ? 気にするな。オレがしたくてしてるんだからな!」
「自分が情けないよ。また謝罪しないとなぁ……はぁ」
「――ん」

 謝罪と聞いてビクトリアは少し震えつつ、されど満更でもない風に「そ、そうかぁ~?」と曖昧に返事をする。

 金色の瞳がつやめき頬を赤らめて、口元をにへらぁと緩ませた表情には、自らの王道を定め、歩むと決めた時に見せた獅子の風格は微塵も残っていない。

 セーラは達観したような顔で、ジョジョは残念そうな顔で、それぞれにデレたビクトリアの様子を見ていた。

「あとさ。これもクリスのことなんだけど……」
「うん?」

 クリスの精製魔法の規格外っぷりを説明する。バレれば狙われることは確実であり、抵抗する術を持たないクリスにとって看過できない危険な状況だ。

「なんか案はない? 海賊の時みたいに、誰も守ってやれない状況も考えておかないと」
「ふむ。まったくもって正しい。もはやクリスは欠くことのできない人材だ。ホヅミの妾筆頭は確定だな」
「船長……! 忠誠を誓います……!」
「ふむ。励めよ。それでぇ……クリス? なんだぁ~。そのぉ……オレにも、教えてくれるか……?」
「リア姉はダメよ!」
「ゼクシィには聞いとらん!」

 クリスは考え、瞬時に答えを導き出した。

「わかりました……。船長にも伝授……します……」
「よしっ!」
「な!? クリスぅ~!」

 義姉妹には互いに牽制し合ってもらう。ビクトリアにも技巧を指導して弱みを握りつつ自分の足場を固め、アルローの後ろ盾を得て穂積との関係を不動のものとする。

 タイプの違う二人の肉体を使えば、さらに面白いプレイが可能になるだろう。ビクトリアは『レギオン』を持たないので限界はあるが、最低限の純潔を守ってやれば嫌とは言うまい。

「船長もせいぜい役に……じゃない……。船長もっ……! 一緒に頑張りましょう……!」
「ふむ! クリス! よろしく頼むぞ!」
「えへへ……」

 自分の身体を使ったえげつないプレイを考えられているとはつゆ知らず、ビクトリアはクリスとガッチリ握手を交わした。

 こうして、クリスの思惑に翻弄されたアジュメイル義姉妹は性愛の底なし沼にどっぷりハマり堕ちていくことになるのだが、EDと謝罪で頭がいっぱいの穂積は気付かない。

「ク、クリス? 自分は? 自分にも、にいさんに侍る機会をくれまいか?」
「えへ……」

 四人の中での力関係が変化してきていた。深すぎる性知識と天才性を併せ持つクリスの躍進は目覚ましく、穂積へ奉仕する女を差配できる下地が既にでき始めていたのだ。

 浴場でゼクシィの壮絶な姿をの当たりにしたメリッサは、クリスの協力無くしては十全に事を成すのは不可能だと思い知った。

 そして、クリスは賢く、引き際を弁えている。

「船長……? どうしましょう……?」

 判断をビクトリアに丸投げした。メリッサの持つ背景は理解しているが、そのことがもたらす影響の多くは知識の外にある。

「ふむふむ。そうだなぁ。どうしよっかなぁ~」

 クリスが自分に判断を仰いだことを好ましく思い、ビクトリアはクリスが自分の配下であり、制御下にあるのだと誤認する。

 ここまでがクリスの思惑通りなのだから、末恐ろしいと言わざるを得ない。

「まだダメだな! ノーマンはまだ早い!」
「船長! 自分を認めていただけたのでは!?」
「お前さんが側室に収まることは構わん。オレはな。しかし、まずはノーマン卿に認められねば話にならん。それまではお前さんを手付きにするわけにはいかんのだ」
「そ、そんな!? アレを見せられて耐えよと? 自分に悶死せよと?」
「メリッサさん……。ボクモ、モウゲンカイ……スギテル……でもガマン……!」
「すまんな。聞き分けろ」
「メリッサ。ごめんなさぁい。うふふ」

 メリッサが悲壮感たっぷりに膝をついて項垂れた。

(空気を読んでたら全く話が進まないな。しゃあない……はぁ)

 先ほどから話が脱線し続けて戻って来ないので仕方なく口を挟む。

「それで? 何かクリスに自衛の力をつけさせるアイデアは無い?」

 現実的な危険は確かにあるはずなのだが、彼女たちの会話を聞いていると「自分の心配は大したことないんじゃ?」と勘違いしてしまいそうになる。

「クリスは小さいからな」
「エロいだけのガキンチョかしら」
「精製魔法は戦闘には不向きです」

 彼女たちに期待は出来なさそうなので、ジョジョとセーラを見やる。

「お二方も。何か手はありませんか?」

 ジョジョは少し考えて、碌でもない提案をしてきた。

「筋肉つけろぉ。それで何とかなるぅ」
「却下です」

 筋骨隆々になったクリスを想像する。許しがたい。可愛いクリスが損なわれるなどあってはならない。

「剣技を身につけるのはどうさね? 短剣ならクリスにも扱えるわさ」
「なるほど。剣術ですか。アリかもしれませんね」
「ダメよ。付け焼き刃の力を持っても逆に危険かしら。帝国が動くなら手練れも来るわ」
「確かにね……海賊ギャングの頭目はかなり強かったわさ。あのレベルが来るなら護身術程度じゃ心許こころもとない」
「「「うーん」」」

 ゼクシィを一蹴したカマキリ男はおそらくイーシュタルが差し向けた人間だという。デッチの海賊に混じって非道に手を染めつつ、本来のあるじと繋がっていたのだろう。

「今なら、あんなのに負ける気はしないかしら」
「負け惜しみだな。まぁ、命があって何よりだった。カカっ」
「ホントよ? 触るのは気持ち悪いけど」
「あたしゃジェシアが心配さね。船医としてやってけんのかい?」
「仕方ないかしら。死人が出たらホヅミンが悲しむもの」
「心配いらん。ホヅミが見る前に火葬にして消しておく」
「「……」」

 ジョジョとセーラは義姉妹の更生を諦めた。もう戻れないところまで堕ちてしまっている。

「他の魔法適性を覚えることは出来ないんですか? 熱量魔法とか」
「んなこと出来るわけねぇだろぉ。生まれ持ったもんだぁ」
「適性は聖痕に依存するんだわさ。後天的に覚えるなんて無理さね」
「聖痕次第なら、なんで適性鑑定なんてあるんです? 生まれたら分かるでしょうに」
「聖痕を直接見ることは出来ないんだわさ」
「え? あの光の線ですよね?」

 セーラは首を振って説明してくれた。

 聖痕は魔法を行使する時にしか見えない。平時の人体をどれだけ調べても聖痕は見つからない。そして、ほとんどの人間が五歳までは魔法を行使できない。

「『鑑定の儀』ってやつですか?」
「そうさね」

 魔力容量鑑定を断ろうとした時のビクトリアとの会話の続きを思い出す。


**********


『気持ち悪いのは船酔いと深酒だけでお腹いっぱいです』
『鑑定ってのは気軽に出来るもんじゃない。高額な鑑定料を支払い魔力容量を確認して、さらに年一回の『鑑定の儀』でようやく適性が分かるんだ』
『……面倒です』
『馬鹿者! オレだからこそ特別に『鑑定の儀』が手配できるんだ! 教皇大使にしかできないんだぞ!』
『なんで? どうせ適性鑑定用の魔堰を使うだけなんでしょう?』
『『聖杯』と呼ばれる特別な魔堰だ。詳細は教会に秘匿されて大全にも載っていない。扱うことが許されているのは教皇と各地の教皇大使だけだ』
『うわぁ~。胡散臭えー。教会、胡散臭ぇ~』
『はぁ……。まぁ、いいか。ホヅミだしなぁ』


**********


 『鑑定の儀』とは満五歳以上の児童を対象に教会が年に一度だけ主催する儀式だという。

 儀式に参加できる条件は規定の年齢に達していることと、魔力容量の鑑定が済んでいること。

 五歳の子供を持つ親は我が子に儀式を受けさせるため、鑑定料を死ぬ気で捻出して開催期間に間に合わせる。

 トティアスのほとんどの子供が五歳で自分の魔力容量と魔法適性を知り、それに見合った職業を志すことになる。

「ホヅミ。言っただろ? 本来、鑑定は神聖なものなんだ。ホイホイ出来るわけじゃない。だがオレなら教会にも顔が効くから、ちゃんと受けろ」
「幼いうちに自分の才能を見せつけられて、将来、何になるかも決まっちゃうんでしょ? 夢も希望も無いじゃない」
「まぁ……そういう考え方もあるわな」

 この世界は本当に生きづらい。

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