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第二章

第九一話 魔力? わかりません②

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 脱衣所からの出口付近にシャワースペースを設ける。

 壁際に甲種素材で製造した配管を敷設し、十箇所でヘビのようにシャワーヘッドを立ち上げた。

 先端の拡散ノズルには目を粗く精製したD素材を採用。散水テストではクリスがはしゃいで大変だった。

「クリス! このシャワーめっちゃいいぞ!」
「コレがシャワー……! すごい……!」

 穂積も一緒になって遊んでいたのは内緒だ。

「ふあっ!? ク、クリス!」
「あ……。濡れちゃいました……」

 勢い余ってシャワーをかぶってしまったクリスは濡れ鼠になり、あちこちのイケない部分が透けて見えている。チラリと送ってくる流し目がとても淫靡だ。

(ぐぐぅ~! なんてことだ……! 末恐ろしいにもほどがあるだろ!)

 最近のクリスは穂積の前ではさらしをしていない。人前に出る時には毎回巻きなおしている。それを堂々と穂積の眼前でやっているのだから、あざといどころの話ではない。

(いや、もう今が恐ろしい。……俺はロリコンなのか?)

 穂積は新たな境地を無理矢理こじ開けられようとしていた。

「クリス。水分子を分解して乾かしなさい。その間、火気厳禁な」
「むぅ……。仕方ありません……。酸素と水素ですね……。急激に燃焼するから危ない……」
「そうそう。よく覚えてたな」

 配管各所には穂積設計、クリス作のボールバルブを組み込み、手動開閉できるようにした。シートとグランドに丙種素材をコーティングすることで、水密を保つことに成功した珠玉の一品だ。

「大変だったな……」
「一番難しかったです……。ボールバルブ……」
「バルブの中じゃ比較的単純な構造なんだが、自作するとなると……」
「でも、楽しかったです……!」
「そうだな! モノづくりは面白いもんだ!」
「はい……!」

 浴槽とシャワースペースの間を二メートルほどの高さのパーテーションで仕切る。

「なんでここに仕切りを入れるんです……?」
「クリス! 公衆浴場には守るべきルールがある! 湯はなるべく汚さない!」

 浴槽のある艫側にはシャワースペースを通らないと行けないように順路を工夫してある。

「つまりコレは、『先に身体を洗え! 湯を汚すな!』という設計者のメッセージなのだ!」
「たぶん、みんな、分からないと思います……」
「……最初に説明が必要だな。後で『入浴の心得』を代筆してくれ。脱衣所と浴場の内扉に貼っておこう」
「大変な気がします……」
「そうだな……。だが、ここは譲れん! マナーを解さない者に風呂に入る資格は無いのだ!」
「わかりました……! お任せください……!」
「夕方になったらロブくんとデリーさんが来るから、テスターになってもらう」
「実験台ですね……」
「……そうね」

 続いて、温水タンクとシャワー用送液魔堰の設置、水タンクからの配管敷設だ。水タンクの位置は船尾楼上甲板より高いので、温水タンクへの張り込みにポンプは不要である。

「クリス。水タンク付きのボールバルブは最高の精度で製作し、つ、二連で設置する」

 浴槽と同じ素材で温水タンクを造り、送液魔堰を設置。温水タンクから三つの湯船への配管敷設も済んだ。

 残るは水タンクから温水タンクへの移送配管の敷設だけだ。

 穂積はクリスと二人、食堂踊り場の水タンク前に来ている。ちょうど穂積がトビウオに張り付けにされた辺り。嫌な記憶が蘇る。

(ホントに、よくアレで生き残ったよ……。みんなに、特に愛しの三人には感謝しかない。なのにEDとは……。後でちゃんと謝罪しないとな……)

「同じ場所にバルブ二つですか……?」
「水タンクの取水口にはトビウオ穴を使う。高さ位置はちょうどいいし、配管敷設もやり易い。ただし、タンクのかなり下方にある。ここに穴を開けて配管を繋ぐんだ。クリス。その場合、どういうリスクが懸念されるか分かるか?」
「……水が漏れて、真水が無くなること、でしょうか……?」
「その通り! クリスは賢いなぁ! よしよし!」

 謝罪の気持ちも込めて、軽く抱きしめ頭を撫でてやる。クリスも抱き返してきて、股間の辺りに胸をぷにゅぷにゃ押し当てながら涎を垂らし、息を荒げてニヤけていた。

「バルブは消耗品だ。開閉を繰り返していれば、いつかは漏れる。あらかじめ、タンクの取り出しラインに二つ設置し、タンク側のバルブは開けっぱなしにしておく」
「え……? せっかく付けるのに、操作しないんですか……?」
「基本的に触らない。たまに開閉テストするぐらいだな。極論するとクリスがいれば、こんなことしなくてもいいんだが。念のためだ」
「ボクがいれば……? ……あっ! 予備なんですね……!」
「大正解っ! 下流側のバルブが漏れた時に、タンク側を閉めれば、それ以上は漏れない。漏れたバルブを修理したりもできる。クリスの場合は直接タンクの穴を塞げばいいが、普通はそうはいかない」

 その理由に納得したクリスは、二つのボールバルブを慎重に製作していく。

 ケーシングのシート部分を可能な限り真球形に成形し、内面に絶妙な厚みの丙種コーティングを施す。

 シート面とほどよくシールされる程度の大きさの弁体ボールをケーシング内部で造り出して、グランドを貫通する弁棒を伸ばしハンドルを付ければ完成だ。

「ふぅ……。やっぱり、ボールバルブが一番難しいです……」
「うん。いい感じの固さだ」

 ハンドルを動かして弁体の摺動しゅうどう具合を確認。

「出来ればリークテストしたいけど……。あっ! トムさん!」

 ちょうど後部甲板にトムが通りかかった。第五船倉に向かう途中のようだ。

「ホヅミくん。……船尾楼は随分と変わったようだ」
「ええ。ビクトリアの許可は得てます。船楼内も弄りました。真ん中に柱を追設したんで、一応、気を付けてください」
「ああ。わかった。上甲板への階段が無くなってるが……?」
「後でご案内しますよ。手隙になったらマリーさんと来てください」

 マリーと来いと言われて、微妙な顔で苦笑いを浮かべている。どちらのカップルも似たような状態のようだ。

「トムさん、ちょっと手伝って貰えませんか?」
「ん? なんだい?」
「運動魔法で水を動かして欲しいんですよ」
「まぁ、構わないが……」
「このバルブのリークテストに協力して欲しいんです。水に圧力をかけて押し込む感じで」
「ばるぶって何だい?」

 トムが寄ってきたので、クリスの作業風景を見てもらった。

「コレは……」
「流体を流したり、堰き止めたりするものです。ほら。中で動いてるボールに穴が空いてるでしょ? このハンドルを回すと……、このように弁体も回って穴を塞ぎます。これが閉鎖の状態です」
「なるほどぉ~。あのくだの途中にコレを取り付けるわけか。送液魔堰と合わせたら……、めちゃくちゃ便利じゃないか!」
「まぁ、揚程に見合う強度と水密性能は必要ですがね。ハンドルを捻るだけで水が出るんですよ」
「むぅ~。ホヅミくん、コレは極秘にすべき技術だと思う!」

 トムは驚きと共に興奮した様子で情報統制の相談をするべきだと提案してきた。送液魔堰自体もそうだが、その運用方法は誰も知らないのだ。

「え? ただのバルブですよ? いずれ居住区にも水道を張り巡らせるつもりでしたが……俺はEDなので……。下船までに間に合いそうにありません……。無念です……」
「すいどうとは、まさか……」
「居室のトイレで水が出せれば便利でしょ?」
「……」
「本船はモデルケースのつもりでした。あとは資材の量産体制さえ整えば、アルローの全世帯に上水道を開通させることも夢では無かったことでしょう……。無念です……」
「……」
「ホヅミさま……。二個目、出来ました……」
「よしっ! 早いな! じゃあ、テストしよう」

 バルブハンドルを閉鎖位置にして、ケーシングの口を上へ向けて水を注ぐ。

「バルブの入り口に水を溜めました。……漏れてませんね。コレは水タンクに取り付けるので、ある程度の圧力が掛かります。運動魔法で押し込んでみてください。飽水の儀と同じくらいでいいです」
「わ、わかった……」

 トムに協力してもらい、重要な二つのバルブのリークテストを行った。結果は漏れなし。

「さすがはクリスだな! よくやった!」
「えへへ……じゅるじゅる」
「ホヅミくんは、どうして下船するんだい?」
「それは……、EDだから……です……はぁ」
「…………そうか」

 トムは首を捻りながら、第五船倉へ行こうと船尾楼へ入って度肝を抜かれた。

 柱の追設は聞いていたが、新たなフレームを設置して船殻の補強が成されている。さらに内部屋まで追加されていた。改修部分だけがまるで新造船のような仕上がりで、船楼としての機能性も損なわれていない。

「……何としても、クジラを狩らねば。彼を手放してはダメだ」

 トムにとって穂積の下船理由は意味不明だったが、デリケートな話であるため突っ込むことが躊躇われた。

 ハッキリしているのは、クジラの睾丸が必要条件らしいということだけである。


**********


「ホヅミさま……。水タンクにくっつけていいですか……?」
「うん。やっちゃって」
「はい……。いきます……」

 クリスは配管を素早くバルブに接合すると、あっという間に水タンクに結合させてしまった。対象が古代の遺物でもまったく問題無いようだ。

「よし! 漏れなし! じゃあ、温水タンクまで配管を敷設するぞ。それで作業終了だ」
「お風呂……もう少しで……全裸ぁ……ぐへぇ……」
「クリス? これだけ精製して疲れてない? 魔力は?」
「多少は疲れました……。特にボールバルブが……。でも魔力は減ってません……」
「減ってないんだ? すごいねぇ……クリスの魔力容量はとんでもなかったんだな」
「そんなはずは……ないんですけど……?」

 二連弁からトモに向けて、出来るだけ通行の邪魔にならない位置に配管を敷設していく。

 配管の精製はとても速い。

 クリスの歩く速度に合わせて材料がサラサラと寄り集まり、円筒形に成形されて伸びていく。穂積はタライに入れた甲種材料を持ってついていくだけだ。

 船尾楼上甲板に新設した壁を一部貫通して接合し、配管を温水タンクまで導く。

「よし! クリス! バルブを温水タンクの入り口につけたら終了だ! 頑張れ!」
「はい……! きっちり造ります……!」
「うん。リークテストまでは要らないけど、それなりのタンク容量だからな」
「二連弁にします……!」
「そこまでしなくてもいいぞ? 末端のタンクだし……」
「いきます……!」
「うん。別にいいけれども……」

 バルブ造りも慣れてきたのか、数分で二つ作ってしまった。

(真水精製でぶっ倒れてたのが嘘みたいだな。げに恐ろしきは『レギオン』か。どんだけ食ってんだ?)

 こうしてクリスの宣言通り、浴場はその日のうちに完成した。

「クリスぅ~!」
「ホヅミさまぁ~!」

「「船上公衆浴場ぉ~! 完成ぇ~!」」

 ハイタッチを交わす二人。ぴょんぴょん飛び跳ねて白兎のようなクリスはご機嫌だった。

 浴場を走り回って、自らの作った床を確かめるようにステップを踏み、くるくる回る。

(元気だな……。本当に魔力の消耗を感じていないみたいだ)

「ホヅミさま……! 他にも何か造りましょう……!」
「クリス。元気すぎて逆に心配。魔力って何なの? 気持ちの問題なの?」
「魔力は……揺蕩うもの……らしいです……」
「クリスはそれで納得してる?」
「よくわかりません……。でも、調子がいいのは確かです……!」

(気分で変わるモノ……なのか? とりあえず、ゲームとかで良くあるMP的なアレではないと……)

「……わからん。まぁ、大丈夫ならいいけど。じゃあ、ボールバルブを量産しておこうか?」
「何個ですか……?」
「魔力の限界を知らないと、なんとなく怖いから。とりあえず、魔力が半分になるまで?」
「わかりました……!」

 それから、クリスは材料とバルブを量産し続けた。

 ひたすらに作り続け、完成したバルブが五十個を超えたあたりで船尾楼の物置スペースがいっぱいになった。

 しかし、クリスは結局最後まで「魔力が減ってないです……」と言い張ったのだ。

「クリス。仕事が楽しいのはいいこと。だけど、そういう時ほど疲れに気付かないこともあるからね?」
「そうなんですか……?」
「俺はクリスの魔力欠乏な姿を見たくないんだ。しかも減らないとか、あまり喜ぶべきことじゃない。……良い言葉を教えてあげよう」
「なんですか……?」

 穂積はクリスを真剣な顔で見つめると、誰もが知る金言を授けた。

「タダより高いものは無い!」

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