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第二章

第九十話 魔力? わかりません①

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「クリス! 甲種、乙種の材料を使用し、AからE素材の試験板を精製せよ!」
「はい……! ホヅミさま……! お任せください……!」

 クリスは瞬時にパパっと計十枚の板を造った。

(発動速度が凄いことになってないか?)

 しかも、それぞれ異なる分子構造を持つ五つの素材を、二種類の材料を使って同時に製作している。明らかなチート性能だった。

(これは、クリスも自衛手段を持った方がいいかも……。帝国にバレたら捕まって弄られるって言うし……)

 クリスの精製魔法は完全に古代魔法の領域、にも関わらず戦闘能力は無い。自分の身を守る程度の戦う力はあった方がいいだろう。

(ビクトリアに相談してみるか……)

 できあがった試験板は、甲種を使って造ったものはすべて白色。クリスと同じ純白の素材だった。そして、乙種を使ったものは――。

「おお! クリスぅ! やったなぁ!」
「すごい……! ホントに透明です……!」

 それぞれ透明度は異なるものの、どれも向こう側が透けて見えていた。

「わっはははははぁ! これで皇帝ゼトに除かれずに日を浴びて風呂に入れるぞ!」
「はい……。ホヅミさま……。一緒に入ろ……?」

(うわぁ! かわゆす! クリスっ! 天使か!?)

 どんどん可愛くなっていくクリスに、穂積の貞操観念はズタボロになっていた。早く成人しないかと待ち望んでいる自分がいるのだ。

 トティアスの成人年齢は十五歳。日本なら完全にアウトだが、クリスの可愛らしさには異世界の常識など消し飛ばす破壊力があった。

 EDによって、すべては無にしてしまったが。

「ふむ。透明度の高い順に、C、E、B、A、D素材だな。日光を取り入れつつ、エロオヤジの視線を遮るなら……、AかBのどちらかだな」
「そうですね……。Bでいいと思いますが、念のため硬度も確認しますか……?」
「それはいいな。やっておくべきだ。今までに造った素材との違いも確認しておきたい」
「はい……。一通りの対照実験をしておきます……。お任せください……」
「クリスは本当に、優秀で、可愛くて、いい子で助かるよ。ずっとそのままでいてくれ」
「もちろんです……。ボクはずっとお傍に……」
「うん……。俺のEDが億が一にも治ったらね……はぁ」
「ボクに……! ナニもかも、お任せいただければ……!」

(ははっ。なんかもう……、お任せしちゃおっかなぁ……はぁ)

 それから、予め決めておいた船首側の木甲板の一画に穴を開け、楼内の脱衣所へと続く階段を新設した。

 浴場へと至る階段の出口には雨水の侵入を避けるための小部屋を設けて、浴場側から鍵を掛けられる扉を取り付ける。これで入浴中のプライバシーは守られるだろう。

 甲種、乙種材料から造った新素材は予想を超えて優秀だった。

「ホズミさま……! この材料すごいです……! すべての面で今までの素材を上回る実験結果でした……!」
「ほう! 素晴らしい! …………なるほど。AからEの性質は変わらないが、全体的に安定した結果が出てるな。材料にムラが無くなったからか?」
「はい……。手が足りなかったり、余ったりしなくなりました……」 
「よしっ。海賊船から引っぺがしてきた資材が山ほどある。船尾楼内に保管できる分は、甲乙丙の材料に精製して取り置いておこう」

 穂積は既存の外階段を撤去するため、『ムラマサ』を手に後部甲板へ向かい、クリスは甲乙丙種材料の量産を開始した。精製した材料のストックは船尾楼内の一画にタライで保管することにしている。

(ふふふっ。モノなら切れないものはない! 壊すのってどうしてこんなに楽しいんだろ。覗きは許さん! 俺は一緒に入って謝罪しないといけないけど……)

 親の仇のように外階段を細切れにしていく。これらもすべて新素材の材料になるので形を残す必要はない。何かを造るという作業において、クリスの精製魔法ほど優秀な技能はないだろう。

「俺もEDヒモ男っぷりに磨きがかかってきたな。せめて……はぁ」

 クリスには、ビクトリアやゼクシィのような謝罪ができないのが心苦しい。たっぷりと可愛がり、涎を出させてやることくらいしかできない。

「クリス。外階段の残骸だ。これも使ってくれ。天井には軽い梁を渡して、乙種B素材の板を乗せて接合していくからそのつもりでな」
「わかりました……。板は1㎡でいいですか……?」
「うん。それでいい。俺は船首楼に行ってくる。脚立を借りないと」
「肩車ですか……?」
「ホントは危ないから、やりたくないんだけどな。クリスを一人で登らせるわけにもいかん」
「ボクは大歓迎です……。また、チュウしてもいい……?」

(ぐぅわぁああ! クリス! クリティカルぅ~! 萌やし殺す気か!?)

 穂積はクリスには逆らえない。手を出さずにいるだけで精一杯だった。


**********


 船首楼、甲板部の休憩中――。

「ホヅミ? 船尾楼でクリスと何やってるの?」
「まだ、秘密だ……」
「ついに手ぇ出しちゃった……?」
「ロブく~ん? デリー姉さんが下品なこと言ってくるんだけど~?」
「ち、ちょっと……! やめてよ……! 嫌われたらどうしてくれんのよ……!?」
「いやぁ、クジラのキンタマで目の色を変えてる時点でどうかと思う」
「それは自分の嫁たちに言ってやりなよ……」

 なんとなく、デリーの元気がないように見える。女性にもED的な病気はあるのだろうか。

「デリーさん、どうかしたの? EDなの?」
「もう、振り切れちゃったの? 自分で言ってて悲しくならない?」
「……俺は受け入れて生きていくしかないんだ。EDである事実を……はぁ」
「まぁ、好きにすればいいけどさ。ちょっとねぇ……。キンタマ会議以来……ご無沙汰で……」
「捕鯨会議ね。そっかぁ、ロブくんも引いちゃったかぁ」

 キンタマに目が眩んだデリーにロブが尻込みしているらしい。

 ロブは捕鯨計画に反対の立場なのだが、船長命令とあらば従わざるを得ず、デリーとホヅミの手前、意見を言うこともできずに悩んでいるという。

 デリーが甲板部員から集めた情報を精査し統合した結果、そういうロブの本音が見えてきたらしい。情報通は秘匿された情報を集めることも得意なようだ。

「なるほどね。ロブくんの言う事は正論、というか普通はそれが当たり前だ。俺もそう思う」
「何よ! 誰のためのキンタマだと思ってるわけ?」
が為のキンタマって……。クジラのキンタマはクジラのためのモノでしょうに」
「アンタのためよ! 四人ともアンタのためにキンタマを探してるのよ?」
「デリーさんよ。ここだけの話、俺はクジラのキンタマにあまり期待していないんだ」

 トティアスのクジラと似たような生物の睾丸は日本でも珍味として出回っていたこと。それには精力剤としての効能などは無く、精のつく食べ物程度であったことを言って聞かせた。

 しかし、キンタマ女子であるデリーは納得しない。

「アンタの国のクジラは小っこいんでしょ。だからよ!」
「生き物としての基本的な構造は一緒だと思う。トビウオもデカいだけで、形も味も同じだったし」
「ノーマンの経験則から出てきた話よ? アズラちゃんも同じこと言ってたんでしょ? 信憑性は高い!」
「うーん。ノーマン一族は食べても食べなくても凄そうじゃない? アズラに至っては海獣だよ? ロブくんを同じ土俵で比べちゃ可哀想だ」
「ロブを舐めないで! 抜かずの四発よ! 若いのよ!」
「そりゃ、すごいです。正直びっくりした。だけど、ならこれ以上は必要なくない?」

 デリーは可能性は無限大だと力説する。ロブはまだまだ大きくなれると、彼を育て上げるのは自分の務めであると、スケベな笑いを浮かべながらのたまうのだ。

(自分が欲しいだけだよね?)

 きっとマリーも同じなのだろう。婚約者をクジラの鼻先に突入させるのだから、デリーよりも期待が大きいのかもしれない。

 チェスカは何を原動力にしているのかイマイチ分からないが、本船の女性陣は肉食系ばかりである。

「デリーさん。夕方、仕事が終わったら船尾楼にロブくんと来てみ? 陽があるうちにね」
「なんか造ってるんだっけ? なんなの? あのデカい壁は?」
「だから、秘密だって。騙されたと思って来てみ? ね?」
「……わかった」
「んじゃあ、脚立、お借りしまーす」

 恋人との関係改善に一役買うことで恩返しとする。

 夕日の沈む水平線を見ながら、二人でのんびりお風呂に入ってもらおう。


**********


 船尾楼に戻ると、クリスが十分な数の半透明パネルを準備して待っていた。

「お待たせ。早速やるか!」
「はい……! 天井ですね……!」

 四隅の柱の上端を繋げた梁から、1㎡の格子状に骨組みを渡して接合し、升目ますめを乙種B素材の半透明パネルで埋めていく。

 降り注ぐ陽光はりガラスのような半透明の板ににじんでやんわりと透過し、浴場の滑らかな床を照らした。

 自然光を利用した明るい空間にクリスと二人で笑みを交わす。

「いい感じだな……」
「はい……。落ち着いた雰囲気です……」
「よしっ! いよいよ本丸! 浴槽とシャワーを造るぞ!」
「はい……! まずは浴槽ですね……!」
「オーシャンビューを間近に望む露天風呂だ。トモの手摺り付近に設置する」
「大きさはどのくらいにしますか……?」
「大中小の三つの浴槽に分けて横に並べる。どれを使うかは人数と水タンクの残量次第で選んでもらおう」
「なるほど……! それは便利ですし経済的です……!」

 まず、最も断熱性に優れる甲種D素材で三種の四角い浴槽を船尾に配置し床に接合する。

 中央に十人でも余裕で入れる大型の浴槽。その左右に、お一人様用の小型のものと、四人用の中型の浴槽を並べた。それぞれ艫側の側面に水抜き孔を開ける。

「ホヅミさま……。プラグはへい種C素材でいいでしょうか……?」
「そうだな。耐水性のあるもので、若干柔らかい方がいいから。ただし、耐熱性に難があるから熱湯はダメだ。風呂を沸騰させる奴はいないと思うが……」
「わかりました……。念のため予備を何個か置いておきます……」

 丙種材料からは樹脂のような性質の素材が精製できた。ゴムのように柔らかくはないが、それなりのシール性能が期待できる。

 熱を加えると柔らかくなって変形したり、逆に塑性そせい硬化して弾性が無くなったりと扱いが難しい素材だ。

「あとは、甲種A素材で湯船全体をコーティングだ。厚さ5mm程度でいいだろう」
「わかりました……。真っ白の浴槽……綺麗です……」
「ああ。クリスみたいに綺麗な純白だな」
「ごぷっ! ずじゅうぅ~! ぎょっくん!」
「……今の凄かったな」
「ボクハ、モウゲンカイ……デス……」

 大理石のような光沢のある真っ白な浴槽が完成した。水抜き孔にプラグを差し込み、水を入れて漏れ無しを確認。

「完璧! だな!」
「はい……! 次はシャワーと温水タンクですね……!」
「クリス、大丈夫か? 随分と魔力を使ってるはずだが……」
「全然、平気です……。減ってる気がしません……」
「そんな事ってあんの?」
「さぁ、どうなんでしょう……?」

 魔力は揺蕩たゆたうものだというが、揺蕩った結果がコレなのだろうか。

(イソラの説明にも微妙な違和感を感じた。でも、当事者の言ってることだし……)

 誰もが、それで納得しているのだろうか。

 穂積の疑問は尽きない。

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