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第二章
第八十話 同類? 類友でしょう
しおりを挟む「引けぇ――――っ!」
「「「セィヤァ! セィヤァ! セィヤァ!」」」
甲板に威勢のいい掛け声が響く。
男たちが甲板に並び、長大なロープを引いて漁網を引き寄せていた。
一方、後方の盛り上がりを他所に、海を見つめて黄昏る穂積の釣り糸はピクリともしていなかった。
(まるで俺のナニのようだ……)
心象にも自虐が混じる。
漁業方の漁法は地引網漁と似ていた。
四方にロープを括り付けた巨大な網が、本船から垂らされた長くて太いロープに繋がれ、網に捕らえた魚ごと人力で引き上げるという単純なもの。
(ロープ。長くて、太い……はぁ)
違うのは漁網の展開とロープの接続、魚の追い込みを『モグラ』たちが行うこと。
(俺も追い込まれて……はぁ)
彼らは全員が運動魔法の適性者である。管理調査部員で運動魔法以外の適性を持つのはマリーだけだ。故に、ポイント調査中、彼女は潜水部隊のサポートに回る。
(ゼクシィとクリスがサポートしてくれたのに……はぁ)
運動魔法によって周囲の海水を動かし、自ら水流を作り出して海中を自在に泳ぎ回るのだ。
(愛する女の中で泳ぎ回らせてやることも……はぁ)
海水を操作して目の周りに空気の層を作り、視界を確保するので水中ゴーグルは必要ない。これが上手くできない間は半人前だそうだ。
(半人前以下、いや、ミジンコ未満だ……はぁ)
口に咥えた呼吸魔堰により長時間の潜水が可能。偶に海面から顔を出すのは、魔堰に空気をチャージするため。呼吸魔堰も運動魔法に対応しているので、どの『モグラ』もマイ呼吸魔堰を持っている。
(マイサンは咥えてもらっても……。長時間なんて贅沢は言わないが……。チャージどころか、放出することすら……はぁ)
相変わらず穂積の釣り糸は無反応。
(ムスコも同じく無反応……はぁ~)
「ふわぁ~」
自虐に沈む心を『そんな事ないよ。考え過ぎだよ』と慰めてくれる気持ちのいい陽気に眠たくなってきた。
生殖活動も出来ない生命体として失格の自分に、女神は随分と優しいようだ。
昨晩はショックのあまり寝られなかった。
「「「セィヤァ! セィヤァ! セィヤァ!」」」
野太い掛け声を子守唄にして、穂積は釣り糸を垂らしながら寝落ちした。
**********
どこまでも続く、果てのない透明の空間。
水面に漂う、ミジンコ未満でEDな自分がいた。
「ホ、ホヅミ……? 大丈夫……?」
目を向けると、ココにも愛しい恋人がいた。
イソラとは別れるわけにはいかない。
たとえEDであろうと――、絶対に。
「よう……。愛しのイソラ……」
「一体、何があったの? 痛くも痒くもないのに、心だけが、ひたすらに落ち込んでいくんだけど……」
どれだけの衝撃的な痛みにも苦しみにも、まったく動じなかった穂積の心を、ここまで落とす出来事とは何なのか。
相変わらず心の深層は水を打ったように凪いでいるのだが、静謐を保ったままに沈み続けている。
「イソラ……悪い……。俺は生命体じゃなかったみたいだ……」
「いや、意味が分かんない」
「これが真実だ……。俺には子供を作る能力が無い……」
「ん? 種な……先天的なもの?」
種無しとは言わなかったイソラ。女子高生ほどの若さでそういう気遣いができるとは、時空結界に守られていたとはいえ、一万年は伊達じゃないのだろうか。
「いや……。種無しの方がまだ上等だ……。俺には種が出せないんだから……」
「出せないって……――っ。ああ~。そういうこと……」
これだけの情報で穂積がEDを患っていることに気が付き、理解を示すイソラ。やはり、伊達ではないのか。
「本当にすまない……。イソラは俺とのアフターを楽しみにして頑張ってくれているのに……。その先のゴールは消えて無くなった……」
「まぁ、わたしは必ずホヅミとアフターするからいいんだよ? 別に身体だけの関係じゃないし。もう、ココに戻る気もないし。一緒にいてくれれば」
「もちろん、一緒にいる……。死ぬまで……。ただ、その男が、生命体未満ってだけ……」
「あは、あははは」
イソラは自虐の魔王に堕ちたホヅミの言を聞いて笑い始めた。その笑い声はどこか物悲しく響き、穂積は傷付くより心配が先に立つ。
「イソラ? どした?」
「あはは。うん。ゴメンね、笑っちゃって。ちょっと懐かしくて」
「昔のことか? 聞くか? 俺で良ければ」
「うん。大したことじゃないんだよ? あー。でも、今のホヅミにとっては大したことかも」
「俺にとって?」
「うん。あは……じ、実はね。あはは……と、父様も、ははっ。そうだった。あははは」
なんということでしょう。
これも巡り合わせだろうか。
女神の夫もEDだった。
「…………道理で。良い陽気だと思ったよ」(女神の慈悲は、EDの男に注がれるんだなぁ)
「あはははは。それは関係ないと思う。母様は父様に優しかっただけだから」
「ははは。しかし、古来種にもいたんだな……」
「うん。わたしも当時は、父様が何をそんなに悩んでるのか分からなかったけど。ようやく理解できた。こういう気持ちだったんだね……」
おそらく、地球もトティアスも含めて、唯一人だろう。
イソラは、EDを患った男性の気持ちが分かる女子高生になった。
「なんかシンパシー……」
古来種は好きになれないが、女神の夫とも友達になれそうだ。
「なぁ、イソラ。お父さんのお名前、教えてくれない?」
「いいよ。父様の名前は、スサノース・ラクナウ。母様は『スノー』って呼んでた」
「スサノースさんか。あだ名はスノーさんね。あっ! ついでに教えてくれ。お母さんのお名前は? 女神だから名前って無いの?」
今まで思い至らなかったが、女神にも名前はあるのだろうか。あるならば、是非知っておきたい。
故人とはいえ、恋人の両親の名前くらい知っておくべきだろう。
「ちゃんとあるよ? 父様と知り合った頃から、急に名乗り始めたらしい」
「へー。それが女神の初恋だったりするのかなぁ。浪漫だよねぇ……」
「そこまでは分かんない。でも、その前後で人が変わった? っていうか、神から人になった? っていうような話はよく聞かされた」
「へぇー。神様が人間になったねぇ。浪漫だなぁ……」
聖典を読んでいても途中から別人に感じたが、人に恋をして女神を辞めたということなのだろうか。良く出来た神話の恋物語のようなイメージが湧いてくる。
「えっと……。母様の自称は、アマラス・(ごにょごにょ)・タミアラ」
「えっ? 何だって?」
デジャヴを感じた。
「うっ……。アマラス・もごもご・タミアラ」
「……またか?」
「はい。今度は書き方も知りません」
「…………そっか」
「父様と一緒になって『ラクナウ』がついた。だから、最終的な名前は、アマラス・アズ・タミアラ・ラクナウ」
「ん? なんで『アズ』?」
「父様がそう呼んでた。なんかの略らしいけど、教えてくれなかった」
「言霊がなんとか言って?」
「うん。その通りです」
自分が付けた娘の名前。書き方だけ教えて、読み方を教えてあげない。
自分の名前。娘にどっちも教えてあげない。
理由は言霊がナントカ。
(神様を辞めた時にバグったのか?)
つまり、女神の名前は『アマラス』で、もう一つあるはずのミドルネーム的なものは不明につき、暫定的にあだ名の『アズ』で代用。旧姓が『タミアラ』で、結婚を機に夫の姓である『ラクナウ』がくっついた。
「さすがは元女神。ややこしいな……。アマラスさんね。スノーさんの呼んでたあだ名がアズさん」
「わたしは、ホヅミには父様と同じに呼んでほしい」
「ん。わかった。じゃあ、お母さんはアズさんだな」
神様から人間になったとすれば、やはり何らかの代償が必要だったのだろうか。随分と風変わりな、というか、かなり変な母親だったようだ。
「イソラも大変だったんだな」
「うん! 母様は変な人だった! 父様は頑張って分かってあげようとしてたけど……」
嬉しそうに両親の話をするイソラ。
微笑ましかったので、少し深掘りしてみることにした。
「へぇ~。アズさんは具体的にどんな感じで変だったの?」
「う~ん。それが……説明し辛い。なんか、言ってることが変なの」
「やっぱ、人間になる時に無理しちゃった?」(パァになっちゃった?)
「パァになってたわけじゃない。むしろ、頭はすごく良かった」
「ふーむ。よく分からんね」(天才と馬鹿は紙一重的な?)
「賢愚は表裏一体みたいな感じでもない」
イソラは具体例を挙げようと、頑張って記憶を辿る。思い出を探りながら、アズの自己紹介を例に取って説明し始めた。
「意味が分からなくて、全然覚えられなかった。えっとぉ~。はんどれとーぶいら? の偉大なるぅ……超……なんとか概念力……学究の……ごにょごにょにして異端のなんたら。でめんしょ? え~……もごもごアビスを心臓に宿しぃ……遍くぅ~……あー! もう! うんたら世界線のぉ、――なんかをどうにかする者! だってさ!」
以上がアズの自己紹介。
イソラも、単語や言葉の響きをなんとなく覚えているだけなのだろう。言語理解の翻訳後の状態でコレだ。曖昧に過ぎる。概念魔法よりも曖昧だ。
「うんっ! 意味が分からん! 頑張ったなイソラ! ありがとう! お礼に愛撫してあげよう!」
「わーい!」
イソラがパチャパチャと犬掻きして近づいてくる。後ろに回り込んで抱きしめ、振り向いた唇をキスで迎え撃つ。
「んちゅ~!」
救命胴衣の隙間から手を忍び込ませて両乳を揉み揉みしつつ、先っちょを指で挟んで転がしてやる。
「あ~んっ!」
イソラはとても楽しそうに喜悦る。
(ダメだ……。頼みの綱のイソラのおっぱいでも無反応…………はぁ)
「ホズミ? あんまり悩まない方がいい。父様は悩んでも悪くなる一方だった」
「うーん。そうなんだけどねぇ~。参考までに、スノーさんのEDの原因って分かる?」
「きっかけはね。わたしの出産だったみたい。難産で、母様が大変な目に合ってるのを見てから……らしい」
「なるほど。確かに、そりゃキツイかもなぁ」(男には一生縁が無いわりに、子種は自分由来だし。責任感じちゃうよね)
「そうそう。母様は二人目が欲しかったみたいだけど、父様は踏ん切りが付かなかったんだと思う」
「愛があればこその悩みだよなぁ」
「父様は悩みすぎ。母様は散々、悩むな、気にすんな、男だろって言ってた。たぶん、それが逆効果だった」
イソラは両親を反面教師とし、更に穂積の心情を体感したことで、ED事案に対する完璧な理解と対応力を獲得していた。
「イソラはすごいなぁ。俺は一生このままだろうけど……。見捨てないでね?」
「わたしは心配してない。見捨てないでって……、ホヅミもそこは心配してないくせに」
「その通り。言ってみただけだ」
「まったくもう……。――あっ!」
「ん~? どしたぁ? ドMの雌奴隷には、このくらい痛い方がいいだろぉ~?」
イソラの両親を例にとったED談話中、穂積はずっと美巨乳をいたぶり続け、雌奴隷凌辱プレイに勤しんでいた。
股間は無反応だが、イソラが悦んでくれるなら、自分はどうでもいいのだ。
「とっても痛くて気持ちいいんだけど。離れがたいんだけど。ホヅミは早く起きた方がいい」
「え? なんで?」
「――死ぬよ?」
「はい?」
「やばっ。起こすね。看板です!」
「イメクラは看板って言わないと思う……」
次の瞬間、穂積の意識が暗転した――。
**********
イソラによって叩き起こされた穂積が見たのは、サビキの釣り糸を咥えた――、巨大なウミヘビの顔だった。
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