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その夜俺は懐かしい、子どもの頃の夢を見た。
俺と朔が小学校に上がってすぐ、公平が保育園を脱走した話だ。
昼間帰ってきた公平は家政婦を仰天させこう言ったそうな、
「おにいちゃんがいない、まいごかも」
と。たしかに俺は当時やんちゃで落ち着きのない子どもだったが、その日は迷子ではなく小学校に行っていた。
公平は急に一緒に登園しなくなった義兄が迷子になったと思ったらしい。
それで昼寝の時間にこっそり抜け出して大雨の中歩いて一人帰宅したのだ。
もちろん親父にはこっぴどく叱られた公平だが、家政婦からその言葉を聞かされて俺は公平が可愛くて仕方がなかったものだ。
親父にバレないようお菓子を公平にあげたりしていた。
自分の失敗に猛省し涙ぐんでいた公平が、菓子ごときで喜んでいたかは謎だが、とにかく公平はそんな頃から俺のことを心配していた。
義弟のくせに、しっかりしていて他人ばかりを気にするところは今も変わっていない。
《同棲17日目》
「俺、これから仕事ないから」
朝一番の公平の声に俺たちは唖然とした。
「……え? 無職になったってこと?」
「違え」
そんなイラっとされても。言葉が足りないんだって。
「休みもらったんだ。……じゃないと、お前らがついてきそうだからさ」
「ああ、ついて行く気だったわ」
どこか恥ずかしそうに公平はそっぽを向く。
そうか、俺たちがそこまでするってやっと認めたらしい。
今までの公平だったら、まさか自分「なんか」のためにそんなに俺たちがなにかしてくれるなんて思いもしなかったろうから。
「でも仕事大丈夫なんですか?」
「まあ辞めるの覚悟で言ったら意外と……心配、された」
「今まで真面目に働いてた奴が急に二週間休みたいとか言い出したらたしかに、心配になるわな」
「仕事先が優しいのもあるだろうな」
公平は頷く。
ということで律と朔が出かけたあと俺と公平は家に残り、俺は仕事を家ですることにした。
もともと公平の職場には絵本の取材として入り込む算段をしていたので、仕事道具も持ち込んでいたのだ。
俺が絵を描いているのを公平がぼんやり見つめている不思議な時間が流れる。
「なあ、家の中にいたほうがやっぱその、不運に巻き込まれるのって少ない?」
「まあそうかも。いつもは夜野か誰かがくっついてて、それができなければ家にいろって言われてた」
いつも、というのは過去の「死ぬ日」に対してのことか。
「でも家の中でもたまにそういうことはあったな、学校でも。だから場所はあんまり関係ねえのかも」
「……前回のその日っていつだったんだ」
「高校の頃」
「けっこう前だな」
「そんなに頻繁にあることじゃない、忘れた頃に来るってのが……」
公平はわずかに顔をしかめる。言葉は途切れたが嫌そうな顔だ。
死を忘れた頃にその足音が聞こえてくるとは、恐怖を倍増させる演出のようだ。楽園というのは善意でやってきていてるらしいのが嘘に感じる。
どんな「その日」を過ごしてきたのか聞けば公平は教えてくれるだろう。でもそんな思い出を回顧させたくはない。
沈黙が落ちる前に俺は話題を無理矢理変えた。
「それでさ、お前俺たちの中から一人選ぶ気なの?」
「は」
公平の口から素っ頓狂な声が漏れる。
俺はにやりと口端を上げた。
「だって誰も好きじゃなかったらさすがに逃げ出すっしょ。この状況、狼三頭に兎一よ?」
「誰がうさぎだよ」
「いやいやでもさ、ほんとのところどうなの? 俺の勘違いか、それとも。どこまで許してくれる?」
「……」
「俺たちがそういうのをお前に欲してるのはわかってるよな」
ペンを置いて指を公平の唇に近づけると公平は身を引いて避けた。
「……急、すぎるだろ」
「時間が欲しいって? まあ、いいんだけどな」
息を吐いた俺は手を引いて再び作業を開始する。
公平の言うことはもっともなのでそれ以上の言葉は期待していなかったが、公平がぼそぼそと意外にも続けた。
「……俺ができることならなんかしてやりたいって気持ちはあるけど……」
「まじで!?」
ばん、とテーブルに両手をついて前のめりに立ち上がると公平は目を見開いた。のけぞりながら言う。
「そ、それくらいにはお前たちのこと、おもってるって、ことで」
「充分充分! それが俺たちへの憐憫の情とかでもぜんぜんいいよ! つけこむから!」
「おい」
「あ嘘嘘。え、じゃあさ、どこまでいい? 今はどこまでなら許せる?」
「ぐいぐいくんな!」
「今行かないとかそれこそ嘘でしょ。はいちょっと立って」
「な、なに」
腕を引いて無理矢理立たせた公平を壁際に立たせると、俺はいわゆる壁ドンというやつをして逃げ場を無くす。
「これはいい?」
伊織のアドバイス通り公平に確認をとる。
公平はおろおろとしている、なにをされるのかと怯えているようで加虐心が煽られる。
「い、いいけど」
いいのかーい、と内心突っ込みながら俺はほくそ笑む。
脳内で朔と律が激怒していたが居ない者に用はない。
「じゃあこれは?」
耳に触れるとびくっと体をこわばらせた。もう一方の手は公平の着ているジャージのチャックに触れる。
「な、なに?」
「なんもしないよ。ただ、練習だからこれ」
「練習?」
なんの? と救いを求める目には悪魔のような笑みを押し殺す俺が映っていることだろう。
「いつかお前が俺ーー俺たちに好きって言ってくれたあとの練習」
「すき……って、よく、わかんな」
「わかってるわかってる、俺もよくわかんなかったから。でもお前はいつか言うよ、誰か一人じゃなくて俺たちみんなに」
「なんでそんなこと、わかるんだよ」
「俺たちがみんなお前を好きだから。お前は優しいから俺たちの愛に応えてやろうって身を削ってくる」
「そんなこと」
ゆっくりチャックを下に降ろし始めると公平は更に身をこわばらせた。
公平の手が止めに入る前に俺が口を開ける。
「駄目、練習しとかないときついのはお前だぞ」
脅し文句に公平は手を動かせない。
「ずっと一緒にいるには、必要になるよ」
なるべく優しい声で耳に囁くと耳先がじわじわ赤くなっていった。
俺と朔が小学校に上がってすぐ、公平が保育園を脱走した話だ。
昼間帰ってきた公平は家政婦を仰天させこう言ったそうな、
「おにいちゃんがいない、まいごかも」
と。たしかに俺は当時やんちゃで落ち着きのない子どもだったが、その日は迷子ではなく小学校に行っていた。
公平は急に一緒に登園しなくなった義兄が迷子になったと思ったらしい。
それで昼寝の時間にこっそり抜け出して大雨の中歩いて一人帰宅したのだ。
もちろん親父にはこっぴどく叱られた公平だが、家政婦からその言葉を聞かされて俺は公平が可愛くて仕方がなかったものだ。
親父にバレないようお菓子を公平にあげたりしていた。
自分の失敗に猛省し涙ぐんでいた公平が、菓子ごときで喜んでいたかは謎だが、とにかく公平はそんな頃から俺のことを心配していた。
義弟のくせに、しっかりしていて他人ばかりを気にするところは今も変わっていない。
《同棲17日目》
「俺、これから仕事ないから」
朝一番の公平の声に俺たちは唖然とした。
「……え? 無職になったってこと?」
「違え」
そんなイラっとされても。言葉が足りないんだって。
「休みもらったんだ。……じゃないと、お前らがついてきそうだからさ」
「ああ、ついて行く気だったわ」
どこか恥ずかしそうに公平はそっぽを向く。
そうか、俺たちがそこまでするってやっと認めたらしい。
今までの公平だったら、まさか自分「なんか」のためにそんなに俺たちがなにかしてくれるなんて思いもしなかったろうから。
「でも仕事大丈夫なんですか?」
「まあ辞めるの覚悟で言ったら意外と……心配、された」
「今まで真面目に働いてた奴が急に二週間休みたいとか言い出したらたしかに、心配になるわな」
「仕事先が優しいのもあるだろうな」
公平は頷く。
ということで律と朔が出かけたあと俺と公平は家に残り、俺は仕事を家ですることにした。
もともと公平の職場には絵本の取材として入り込む算段をしていたので、仕事道具も持ち込んでいたのだ。
俺が絵を描いているのを公平がぼんやり見つめている不思議な時間が流れる。
「なあ、家の中にいたほうがやっぱその、不運に巻き込まれるのって少ない?」
「まあそうかも。いつもは夜野か誰かがくっついてて、それができなければ家にいろって言われてた」
いつも、というのは過去の「死ぬ日」に対してのことか。
「でも家の中でもたまにそういうことはあったな、学校でも。だから場所はあんまり関係ねえのかも」
「……前回のその日っていつだったんだ」
「高校の頃」
「けっこう前だな」
「そんなに頻繁にあることじゃない、忘れた頃に来るってのが……」
公平はわずかに顔をしかめる。言葉は途切れたが嫌そうな顔だ。
死を忘れた頃にその足音が聞こえてくるとは、恐怖を倍増させる演出のようだ。楽園というのは善意でやってきていてるらしいのが嘘に感じる。
どんな「その日」を過ごしてきたのか聞けば公平は教えてくれるだろう。でもそんな思い出を回顧させたくはない。
沈黙が落ちる前に俺は話題を無理矢理変えた。
「それでさ、お前俺たちの中から一人選ぶ気なの?」
「は」
公平の口から素っ頓狂な声が漏れる。
俺はにやりと口端を上げた。
「だって誰も好きじゃなかったらさすがに逃げ出すっしょ。この状況、狼三頭に兎一よ?」
「誰がうさぎだよ」
「いやいやでもさ、ほんとのところどうなの? 俺の勘違いか、それとも。どこまで許してくれる?」
「……」
「俺たちがそういうのをお前に欲してるのはわかってるよな」
ペンを置いて指を公平の唇に近づけると公平は身を引いて避けた。
「……急、すぎるだろ」
「時間が欲しいって? まあ、いいんだけどな」
息を吐いた俺は手を引いて再び作業を開始する。
公平の言うことはもっともなのでそれ以上の言葉は期待していなかったが、公平がぼそぼそと意外にも続けた。
「……俺ができることならなんかしてやりたいって気持ちはあるけど……」
「まじで!?」
ばん、とテーブルに両手をついて前のめりに立ち上がると公平は目を見開いた。のけぞりながら言う。
「そ、それくらいにはお前たちのこと、おもってるって、ことで」
「充分充分! それが俺たちへの憐憫の情とかでもぜんぜんいいよ! つけこむから!」
「おい」
「あ嘘嘘。え、じゃあさ、どこまでいい? 今はどこまでなら許せる?」
「ぐいぐいくんな!」
「今行かないとかそれこそ嘘でしょ。はいちょっと立って」
「な、なに」
腕を引いて無理矢理立たせた公平を壁際に立たせると、俺はいわゆる壁ドンというやつをして逃げ場を無くす。
「これはいい?」
伊織のアドバイス通り公平に確認をとる。
公平はおろおろとしている、なにをされるのかと怯えているようで加虐心が煽られる。
「い、いいけど」
いいのかーい、と内心突っ込みながら俺はほくそ笑む。
脳内で朔と律が激怒していたが居ない者に用はない。
「じゃあこれは?」
耳に触れるとびくっと体をこわばらせた。もう一方の手は公平の着ているジャージのチャックに触れる。
「な、なに?」
「なんもしないよ。ただ、練習だからこれ」
「練習?」
なんの? と救いを求める目には悪魔のような笑みを押し殺す俺が映っていることだろう。
「いつかお前が俺ーー俺たちに好きって言ってくれたあとの練習」
「すき……って、よく、わかんな」
「わかってるわかってる、俺もよくわかんなかったから。でもお前はいつか言うよ、誰か一人じゃなくて俺たちみんなに」
「なんでそんなこと、わかるんだよ」
「俺たちがみんなお前を好きだから。お前は優しいから俺たちの愛に応えてやろうって身を削ってくる」
「そんなこと」
ゆっくりチャックを下に降ろし始めると公平は更に身をこわばらせた。
公平の手が止めに入る前に俺が口を開ける。
「駄目、練習しとかないときついのはお前だぞ」
脅し文句に公平は手を動かせない。
「ずっと一緒にいるには、必要になるよ」
なるべく優しい声で耳に囁くと耳先がじわじわ赤くなっていった。
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