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「は!? 死……!?」
突然こいつは何を言い出すんだ。
言葉の意味が消化できない。
公平が半月後に死ぬ。
は?
いやほんとに、「は?」としか思えないのは俺の想像力が貧困だからなのか。
「なんだそれは」
朔が眉根を寄せて感想を口にする。
律は呆然としている。
夜野は構わず意味のわからない話を続けていく。
「公平がお前たちと暮らしはじめたと聞いて、もしかして死を遠ざけることができるかと思ったんだが。どうにもそういうわけじゃないらしい。だからもうこのままじゃ駄目なんだ、どうにかあいつを救いたい。協力してくれ」
「いやだから、意味わかんねえうえに。は? 死ぬとか、冗談でもガチで失礼なんですけど」
遅まきに怒りが込み上げてきて声が冷たくなる。
夜野の表情は何も変わらない。落ち着ききっていて目は凪いでいる。
その顔をずっと見ているとこちらが間違っている気にさせられる。
死ぬ。死ぬ?
誰が。公平が。
どうして。
半月って、あっという間だな。いつだ?
夜野は俺たちの父親の知り合いだと言った。公平を親父に引き合わせたのも自分だと言った。
だったら親父たちはこいつの妄言を知っていたことになる。それで尚おじさんは夜野を怪しい奴ではないと言っている。
リアリストの親父が信じているなら、夜野の妄言がにわかに真実味をおびてくる。
突然、律が立ち上がって歩き出した。さっきの公平と同じように二階へ行ってしまう。夜野はそれを見送った。
扉の閉まる音が静かに聞こえる。
律は、昔から「死」とか「殺す」とかそういうワードを忌避している。人が死ぬ話はフィクションでも嫌いだ。怖がっているといってもいい。
それが公平のことだなんて、真実だろうと聞く耳をもたないだろう。律のそれはある意味自己防衛なのでむしろ良い。
「……お前たち二人は聞いてくれるのか?」
夜野がどこか自嘲した笑みを浮かべる。
説明の上手い下手ではない、主題がそもそも超弩級に信じがたいのだ。
「聞こう。その上で判断する、あなたを追い出すかどうかを」
「はは、せいぜい追い出されないようにしないとな」
夜野はこの冷え切った雰囲気をものともせずからりと笑った。
だが次には真面目な顔に戻る。
「さっき俺は未来が視えるって言ったよな。あれは言い過ぎだ、訂正する。俺は未来の中でも、死期だけが視えるんだ」
「……超能力、的な?」
「多分そう言えばわかりやすいよな。俺の仲間には俺よりもっとそれに近いのがいる、物を浮かすとか人の心を読むとかな」
「嘘だろ」
「嘘か誠か。それは今は置いておこう、とにかく視えるんだ。子どもの公平に会ったとき、公平がすぐ死ぬのがわかった。死の原因もわかった。俺はその「死の原因」と長年戦ってるからな。だから抗い方も知っているんだ」
「子どもの頃に出会って「すぐ」死ぬと言ったな。今から半月後はその「すぐ」にはあてはまらない」
朔の言葉に夜野は微笑む。
「さすがよくわかったな。そうだよ、公平はもう何度も「死ぬ日」を回避してきてるんだ。俺や俺の仲間、お前らの父親の助力あってな」
「どういうことだよ、公平は病気かなんかなのか?」
夜野は首を横に振った。そして急に突拍子もないことを言う。
「死後の世界で有名なのは天国と地獄だよな?」
「は? なにそれ」
「俺の仲間が臨死体験出来るんだが、本当はその二つ以外にもいろいろあるそうだ。彼岸とか、冥界とかあとは「楽園」とかな。楽園はな、あんまり人口がいない。でも楽園だからな、相当綺麗なところらしい」
待て。これは何の話だ?
きな臭くなってきた、顔が嫌でも歪む。夜野を半眼で睨んでしまう。
だが夜野は一切気にせず続ける。
「その楽園が公平のような寂しい子どもを見つけて呼び寄せるんだ」
「は……」
公平につながった。
「楽園は善意で生者を殺す。殺し方は様々ある、事故に巻き込まれるのが一番ポピュラーだな。不定期だが集中的に襲ってきて時間も限られてるから対処のしようがあることが幸いだが。粘着質なのか諦めるということはなかなか無い」
そこで言葉を途切れさせて夜野は俺たちを確認した。
「ははは、何言ってんだって顔してるぞご両人」
「当然だ。まさかそんな、確認のしようがないものを相手にしろというのか。それでは公平は不幸だから死ぬというだけではないか」
「ああ、まさにそうかもな。ただその日に死ぬ運命が濃厚になるだけだ。公平を殺しにくるのはたしかに運そのものかもな」
こちらは怒っているのに、暖簾に腕押しだ、夜野はちっともこたえていない。
「だが言ったろ。回避できるんだ、物理的に公平をそういう不幸から守ることはできる。お前たちには半月後までそうして公平を守ってほしい。でもそれだけじゃない、根本的に公平と楽園の繋がりを絶って欲しいんだ」
「繋がりを絶つって?」
「公平がなにがあっても生きると思わなきゃダメなんだ。心のほんのすみっこにでも死んでもいいかもと思っているうちは、楽園は公平を呼び続ける」
楽園は善意で殺す。
生きているよりも、死後の世界である楽園のほうがずっと綺麗なのだから?
「なにがあっても生きる……って、そんなん当たり前じゃねえか」
俺が呟くと朔が呆れたように俺を横目に見た。なんだよその目は。
夜野は俺に嬉しそうに笑いかける。
「良い考えだな!」
「そりゃ、どうも」
「だが。優しい奴ほど楽園の誘いを完全に断ち切るのは難しい」
「善意だから?」
「そうだ。自分のためを想ってくれている相手を自分の都合で無下にしないといけない。公平にはそれができない、やってるつもりでも、あいつはずっと楽園から誘われている」
夜野は俺たちの顔を交互に見た。
「でも公平はお前たち三人との暮らしを望んだ。次の死ぬ日までの一ヶ月、たった一ヶ月だが公平にとっては初めての他人を求めた行為だ。だから俺は、てっきり公平が生きる気になったのかと思ったんだ」
夜野の目算は外れた。
公平の死ぬ日は変わっていない。楽園とは縁がつながったままだということ。
突如聞かされた事実に愕然とする。
俺はもう夜野の話をなかば信じてしまっている。
「話はわかった。あとは、公平の口から聞きたい」
朔がすらすらと言う。だけど膝の上で握りしめた拳が力をこめすぎている、激情はこいつの中にもあるんだ。
「……そうだな、また来る。いや、いつでも連絡してくれ、力になるからな」
夜野はあっさり引き下がり、立ち上がって玄関へ向かう。
玄関先は明かりが届かないので暗く、黒い雨ガッパを着込んでフードをかぶるとまるで死神かなにかのような不気味な存在になった。
「次会った時は胸を見せてくれよ」
顔が影になって見えないが夜野の口調は明るい。
「死期なんざ普通知らなくていいんだよ」
俺がそう返すと夜野は少し振り向いて俺を見たようだった。驚いたのかもしれない。
軽く笑って夜野は玄関から出て行った。
静謐がリビングに落ちる。
「信じる?」
「さあな」
そっけない朔は立ち上がり、玄関を施錠すると二階へ向かった。俺も後ろからついていく。
扉が閉まっていたのはキングサイズベッドの部屋だ、入るとベッドの上で公平は本を読んでいた。
ベッドヘッドに背中を預け伸ばした両足の上には布団が丸まっている。その中に律が籠城しているようだ。
「今帰った」
「……」
「公平」
朔はベッドに上がり公平の真横に座る。俺はベッドの端に腰掛けた。
公平は文庫本に目を落としたままだ。朔の呼びかけにも動かない。ページもめくらないし目は文字を追っていないが。
もぞりと律が布団から顔を出した。
泣きそうな顔をしている。
三人とも公平を見つめて各々言葉を探したり公平の出方を待っている時間が過ぎる。
「いろいろ、話を聞いた」
朔の声に公平は観念したのか文庫本を閉じてベッドヘッドに置いた。
「……信じなくていい」
公平の声は小さい。
そんな態度が。
夜野の言っていることは全部真実だと言っているんだよ。
律が布団ごと上体を起こす。ぐすり、と鼻をすする音がした。
「公平。死なないでください」
「律……」
律は泣いている。情け無い顔でへにゃへにゃになって涙を頬に流していく。
「死なないで、やだ。やだから……」
静かに泣きじゃくる律を公平は目を見張って見ていた。
自分がこの青年を泣かせているのかと驚いている。
ああ、わからなかったんだ。
公平は馬鹿だから今やっと気づいたんだ。
公平が死んだら俺たちが悲しむって当たり前のことが、わからなかったんだ。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
「なんで……そんなこともわかんねえんだよ。……なんで言わねえんだよ、遅えだろ、子どもの頃からって、俺らずっとそばにいたじゃねえか! 巻き込まないようにってか!? アホか! 部外者にされるほうが何倍も何十倍もきついんだよ! わかんねえのかよ馬鹿! 馬鹿すぎて笑えてくるわ!」
俺の怒声を公平は聞き受ける。戸惑っているその顔が無性に腹立つ。
「違うだろうが! 巻き込んでいいんだよ、なにがあっても何も知らないより絶対そっちのほうがいいんだ。お前は俺たちに全部かぶせていいんだよ、寄りかかっていいし迷惑かけていいんだよ。俺たちがそう望んでるんだ。わかってくれよ」
懇願になってきた。
俺が必死に言うと公平の目が揺らぐ。
こいつは本当に馬鹿だから、こんな言葉を尽くしても多分少ししか伝わらない。
朔が公平の二の腕をつかんだ。まるで逃がさないように。伝われと祈るように。
「修十の言う通りだ。公平、たったこんな一ヶ月じゃなくて、永遠を望んで良いんだ。今を永遠にするのに、不透明な未来の都合なんて考える必要はない。今が楽しいならそれをずっと望んでいいに決まっている」
「で、も」
公平が揺らいでいる。
わからない。俺にはこいつの考えがわからない。
なんで「死ぬ日」を受け入れるんだ?
そこになにか理由があるのか?
それはこの日常よりも尊いものなのか?
でも。でもってなんだ?
こいつはなにを言うんだ?
でも。
それなら俺にも言い分がある。
「でも、この四人暮らしは公平が望んだんだよな」
公平はぎくりとして俺を見た。
本当は隠し通すつもりだったのかもしれない。
夜野の口から出なければ俺たちは知ることができなかったのかもしれない。
「お前は一ヶ月で終わるってわかってても望んだんだ。なんでだ?」
「それは……」
「言えよ」
強い語調で命令する。
だが心の内では願っている。それが希望であってくれと。
「……俺は、お前たちと、また会いたくて」
「うん。なんで?」
「また、話したくて……遊んだりしたくて」
「うん」
「たの、しいから」
「ああ、おれたちも同じ気持ちだ」
こくこくと律も頷く。
公平は自分の口から出ているのに信じられないといった様子で言った。
「一緒にいたい、から?」
自分は死ぬけど。迷惑をかけるだろうけど。
でもなによりも自分がそうしたかったから望んだんだ。
好きって、ずっと一緒にいたいってこと、一緒に生きるってことだ、とかつての公平は言っていた。
なら一緒にいたいって、一緒に生きたいってことだよな。
俺は今、言わないといけない気がした。
こいつには、全部言って聞かせても足りないかもしれないけど、言わなきゃなにも伝わらない。
「公平、よく聞け」
公平は怯えた目で俺を見る。
自分の命運に抗うことにこいつはまだ弱い腰だ。でも絶対に本当は生きたいはずだ、俺たちと一緒に生きたいはずだ。
まっすぐ目を見て俺は言った。
「俺たちはお前のことが好きだ」
突然こいつは何を言い出すんだ。
言葉の意味が消化できない。
公平が半月後に死ぬ。
は?
いやほんとに、「は?」としか思えないのは俺の想像力が貧困だからなのか。
「なんだそれは」
朔が眉根を寄せて感想を口にする。
律は呆然としている。
夜野は構わず意味のわからない話を続けていく。
「公平がお前たちと暮らしはじめたと聞いて、もしかして死を遠ざけることができるかと思ったんだが。どうにもそういうわけじゃないらしい。だからもうこのままじゃ駄目なんだ、どうにかあいつを救いたい。協力してくれ」
「いやだから、意味わかんねえうえに。は? 死ぬとか、冗談でもガチで失礼なんですけど」
遅まきに怒りが込み上げてきて声が冷たくなる。
夜野の表情は何も変わらない。落ち着ききっていて目は凪いでいる。
その顔をずっと見ているとこちらが間違っている気にさせられる。
死ぬ。死ぬ?
誰が。公平が。
どうして。
半月って、あっという間だな。いつだ?
夜野は俺たちの父親の知り合いだと言った。公平を親父に引き合わせたのも自分だと言った。
だったら親父たちはこいつの妄言を知っていたことになる。それで尚おじさんは夜野を怪しい奴ではないと言っている。
リアリストの親父が信じているなら、夜野の妄言がにわかに真実味をおびてくる。
突然、律が立ち上がって歩き出した。さっきの公平と同じように二階へ行ってしまう。夜野はそれを見送った。
扉の閉まる音が静かに聞こえる。
律は、昔から「死」とか「殺す」とかそういうワードを忌避している。人が死ぬ話はフィクションでも嫌いだ。怖がっているといってもいい。
それが公平のことだなんて、真実だろうと聞く耳をもたないだろう。律のそれはある意味自己防衛なのでむしろ良い。
「……お前たち二人は聞いてくれるのか?」
夜野がどこか自嘲した笑みを浮かべる。
説明の上手い下手ではない、主題がそもそも超弩級に信じがたいのだ。
「聞こう。その上で判断する、あなたを追い出すかどうかを」
「はは、せいぜい追い出されないようにしないとな」
夜野はこの冷え切った雰囲気をものともせずからりと笑った。
だが次には真面目な顔に戻る。
「さっき俺は未来が視えるって言ったよな。あれは言い過ぎだ、訂正する。俺は未来の中でも、死期だけが視えるんだ」
「……超能力、的な?」
「多分そう言えばわかりやすいよな。俺の仲間には俺よりもっとそれに近いのがいる、物を浮かすとか人の心を読むとかな」
「嘘だろ」
「嘘か誠か。それは今は置いておこう、とにかく視えるんだ。子どもの公平に会ったとき、公平がすぐ死ぬのがわかった。死の原因もわかった。俺はその「死の原因」と長年戦ってるからな。だから抗い方も知っているんだ」
「子どもの頃に出会って「すぐ」死ぬと言ったな。今から半月後はその「すぐ」にはあてはまらない」
朔の言葉に夜野は微笑む。
「さすがよくわかったな。そうだよ、公平はもう何度も「死ぬ日」を回避してきてるんだ。俺や俺の仲間、お前らの父親の助力あってな」
「どういうことだよ、公平は病気かなんかなのか?」
夜野は首を横に振った。そして急に突拍子もないことを言う。
「死後の世界で有名なのは天国と地獄だよな?」
「は? なにそれ」
「俺の仲間が臨死体験出来るんだが、本当はその二つ以外にもいろいろあるそうだ。彼岸とか、冥界とかあとは「楽園」とかな。楽園はな、あんまり人口がいない。でも楽園だからな、相当綺麗なところらしい」
待て。これは何の話だ?
きな臭くなってきた、顔が嫌でも歪む。夜野を半眼で睨んでしまう。
だが夜野は一切気にせず続ける。
「その楽園が公平のような寂しい子どもを見つけて呼び寄せるんだ」
「は……」
公平につながった。
「楽園は善意で生者を殺す。殺し方は様々ある、事故に巻き込まれるのが一番ポピュラーだな。不定期だが集中的に襲ってきて時間も限られてるから対処のしようがあることが幸いだが。粘着質なのか諦めるということはなかなか無い」
そこで言葉を途切れさせて夜野は俺たちを確認した。
「ははは、何言ってんだって顔してるぞご両人」
「当然だ。まさかそんな、確認のしようがないものを相手にしろというのか。それでは公平は不幸だから死ぬというだけではないか」
「ああ、まさにそうかもな。ただその日に死ぬ運命が濃厚になるだけだ。公平を殺しにくるのはたしかに運そのものかもな」
こちらは怒っているのに、暖簾に腕押しだ、夜野はちっともこたえていない。
「だが言ったろ。回避できるんだ、物理的に公平をそういう不幸から守ることはできる。お前たちには半月後までそうして公平を守ってほしい。でもそれだけじゃない、根本的に公平と楽園の繋がりを絶って欲しいんだ」
「繋がりを絶つって?」
「公平がなにがあっても生きると思わなきゃダメなんだ。心のほんのすみっこにでも死んでもいいかもと思っているうちは、楽園は公平を呼び続ける」
楽園は善意で殺す。
生きているよりも、死後の世界である楽園のほうがずっと綺麗なのだから?
「なにがあっても生きる……って、そんなん当たり前じゃねえか」
俺が呟くと朔が呆れたように俺を横目に見た。なんだよその目は。
夜野は俺に嬉しそうに笑いかける。
「良い考えだな!」
「そりゃ、どうも」
「だが。優しい奴ほど楽園の誘いを完全に断ち切るのは難しい」
「善意だから?」
「そうだ。自分のためを想ってくれている相手を自分の都合で無下にしないといけない。公平にはそれができない、やってるつもりでも、あいつはずっと楽園から誘われている」
夜野は俺たちの顔を交互に見た。
「でも公平はお前たち三人との暮らしを望んだ。次の死ぬ日までの一ヶ月、たった一ヶ月だが公平にとっては初めての他人を求めた行為だ。だから俺は、てっきり公平が生きる気になったのかと思ったんだ」
夜野の目算は外れた。
公平の死ぬ日は変わっていない。楽園とは縁がつながったままだということ。
突如聞かされた事実に愕然とする。
俺はもう夜野の話をなかば信じてしまっている。
「話はわかった。あとは、公平の口から聞きたい」
朔がすらすらと言う。だけど膝の上で握りしめた拳が力をこめすぎている、激情はこいつの中にもあるんだ。
「……そうだな、また来る。いや、いつでも連絡してくれ、力になるからな」
夜野はあっさり引き下がり、立ち上がって玄関へ向かう。
玄関先は明かりが届かないので暗く、黒い雨ガッパを着込んでフードをかぶるとまるで死神かなにかのような不気味な存在になった。
「次会った時は胸を見せてくれよ」
顔が影になって見えないが夜野の口調は明るい。
「死期なんざ普通知らなくていいんだよ」
俺がそう返すと夜野は少し振り向いて俺を見たようだった。驚いたのかもしれない。
軽く笑って夜野は玄関から出て行った。
静謐がリビングに落ちる。
「信じる?」
「さあな」
そっけない朔は立ち上がり、玄関を施錠すると二階へ向かった。俺も後ろからついていく。
扉が閉まっていたのはキングサイズベッドの部屋だ、入るとベッドの上で公平は本を読んでいた。
ベッドヘッドに背中を預け伸ばした両足の上には布団が丸まっている。その中に律が籠城しているようだ。
「今帰った」
「……」
「公平」
朔はベッドに上がり公平の真横に座る。俺はベッドの端に腰掛けた。
公平は文庫本に目を落としたままだ。朔の呼びかけにも動かない。ページもめくらないし目は文字を追っていないが。
もぞりと律が布団から顔を出した。
泣きそうな顔をしている。
三人とも公平を見つめて各々言葉を探したり公平の出方を待っている時間が過ぎる。
「いろいろ、話を聞いた」
朔の声に公平は観念したのか文庫本を閉じてベッドヘッドに置いた。
「……信じなくていい」
公平の声は小さい。
そんな態度が。
夜野の言っていることは全部真実だと言っているんだよ。
律が布団ごと上体を起こす。ぐすり、と鼻をすする音がした。
「公平。死なないでください」
「律……」
律は泣いている。情け無い顔でへにゃへにゃになって涙を頬に流していく。
「死なないで、やだ。やだから……」
静かに泣きじゃくる律を公平は目を見張って見ていた。
自分がこの青年を泣かせているのかと驚いている。
ああ、わからなかったんだ。
公平は馬鹿だから今やっと気づいたんだ。
公平が死んだら俺たちが悲しむって当たり前のことが、わからなかったんだ。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
「なんで……そんなこともわかんねえんだよ。……なんで言わねえんだよ、遅えだろ、子どもの頃からって、俺らずっとそばにいたじゃねえか! 巻き込まないようにってか!? アホか! 部外者にされるほうが何倍も何十倍もきついんだよ! わかんねえのかよ馬鹿! 馬鹿すぎて笑えてくるわ!」
俺の怒声を公平は聞き受ける。戸惑っているその顔が無性に腹立つ。
「違うだろうが! 巻き込んでいいんだよ、なにがあっても何も知らないより絶対そっちのほうがいいんだ。お前は俺たちに全部かぶせていいんだよ、寄りかかっていいし迷惑かけていいんだよ。俺たちがそう望んでるんだ。わかってくれよ」
懇願になってきた。
俺が必死に言うと公平の目が揺らぐ。
こいつは本当に馬鹿だから、こんな言葉を尽くしても多分少ししか伝わらない。
朔が公平の二の腕をつかんだ。まるで逃がさないように。伝われと祈るように。
「修十の言う通りだ。公平、たったこんな一ヶ月じゃなくて、永遠を望んで良いんだ。今を永遠にするのに、不透明な未来の都合なんて考える必要はない。今が楽しいならそれをずっと望んでいいに決まっている」
「で、も」
公平が揺らいでいる。
わからない。俺にはこいつの考えがわからない。
なんで「死ぬ日」を受け入れるんだ?
そこになにか理由があるのか?
それはこの日常よりも尊いものなのか?
でも。でもってなんだ?
こいつはなにを言うんだ?
でも。
それなら俺にも言い分がある。
「でも、この四人暮らしは公平が望んだんだよな」
公平はぎくりとして俺を見た。
本当は隠し通すつもりだったのかもしれない。
夜野の口から出なければ俺たちは知ることができなかったのかもしれない。
「お前は一ヶ月で終わるってわかってても望んだんだ。なんでだ?」
「それは……」
「言えよ」
強い語調で命令する。
だが心の内では願っている。それが希望であってくれと。
「……俺は、お前たちと、また会いたくて」
「うん。なんで?」
「また、話したくて……遊んだりしたくて」
「うん」
「たの、しいから」
「ああ、おれたちも同じ気持ちだ」
こくこくと律も頷く。
公平は自分の口から出ているのに信じられないといった様子で言った。
「一緒にいたい、から?」
自分は死ぬけど。迷惑をかけるだろうけど。
でもなによりも自分がそうしたかったから望んだんだ。
好きって、ずっと一緒にいたいってこと、一緒に生きるってことだ、とかつての公平は言っていた。
なら一緒にいたいって、一緒に生きたいってことだよな。
俺は今、言わないといけない気がした。
こいつには、全部言って聞かせても足りないかもしれないけど、言わなきゃなにも伝わらない。
「公平、よく聞け」
公平は怯えた目で俺を見る。
自分の命運に抗うことにこいつはまだ弱い腰だ。でも絶対に本当は生きたいはずだ、俺たちと一緒に生きたいはずだ。
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