3秒の楽園

松竹梅猫

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 公平が道路をはさんだ反対側を目にしている。
 その視線の先には公園があって、電灯に照らされて数人人影がある。

「え、まさか親父狩りってやつ、あれ」
「初めて見たが本当にいるんだな」
「言ってる場合ですか、助けてあげないと」

 人影は私服の若い男数人と、それに取り囲まれたスーツ姿の中年ぽい男性だった。
 耳をすますと荒々しい声が聞こえてくる。
 いかにももめごとが起きていますという感じ。
 
 俺たちは目を交わして、車が通過しないことを確認して道路を横断した。

 公園に入るとはっきり男たちの怒鳴る声が聞こえてくる。
 案の定、スーツの男性は責められていてカバンを胸に抱いてなんとか包囲を突破しようとしている。

 やれやれマジでいるんだなこういうの、と呆れながら俺はスマホを取り出し警察に電話してあげようと思っていたら、あろうことか律がその一団に歩み寄っていくではないか。

「ちょ、律!?」

 俺の声を気にもとめず律は「すみません!」と男たちの背中に声をかける。
 あかん、なんて立派な子なんや。猪突猛進にも程があるけどな。

「その方嫌がっているように見えるんですけど!」

「はあ?」

 ゆらり、と振り返ってくる男たちは5人。多分大学生の集まりだろう、俺たちより同じか下の年齢層に見える。

 男たちの注意が律に集まった瞬間を見逃さず中年男性は逃げ出そうとさっと動くが、見とめたちゃらちゃらした男が怒号を発した。

「待てやおっさん!」

 男が中年男性につかみかかる前に律が割り込む。
 男は反射的に邪魔者を排除しようと腕を振り上げた。

 瞬間、動かない律を見て俺は察した。
 こいつ殴られる気だ、それで正当防衛だってアドバンテージを取る気だ。
 だから律を助けるのを、とっさにはためらった。

 朔が走り出していたが少し遅い、男は殴りかかってきて、

「!?」

律の前に体を滑り込ませた公平の頬を殴った。

 公平の背中に押された律は愕然とする。

 殴られた公平は一歩だけ後退り、じろりと殴った男を睨み上げた。

「下手くそ」

 開口一擲、公平の拳がその男の顎をめがけ鋭く振り抜かれる。
 鈍い音がして男は仰向けに、派手に地面に倒れた。

「殴るってのはこうやんだよ、カス」

 殴り返した手をぷらぷらと振って公平は吐き捨てる。
 倒れた男は完全に気絶していた。

 か、かっこいい~! 一打でKOとか!

 俺はときめきながらも逃げおおせたおっさんを捕まえておく。

「すみません今警察呼んだんで、まだいてもらっていいすか。ほんとすぐ片付けるんで!」

 戸惑うおっさんを放置して俺と朔は公平たちと並んで男どもと対峙する。

 怒り狂って意味のわからん怒声を喚き散らしている奴らを見ても流石に同情しか浮かばん。

 だって俺はともかく、白井兄弟から発せられているのは怒気を通り越してもはや殺意に近い。
 無言で目を見張っている律はもう周りの音なんか聞こえていなそうで、朔は冷静ではあるものの蟻を見下ろす目で男たちを睥睨している。

「あーあ、ご愁傷様」

 小さい声でつぶやいて、俺は殴りかかってくる奴を迎え撃った。

 あとは殴り合いに蹴り合いだ。
 相手が武器を持ってる手合いだったらもっと容赦しなかったがそこまでじゃなかった。
 多少は喧嘩慣れしてるようだがやり方がなっちゃいない。
 
 人数が同じだからって一対一でこちらが応じると思い込んでるとこが浅いんだよな。
 俺たちは当然のごとく、多人対一に持ち込むようしかけ、一人一人に時間をかけない。

 てか公平が親切に実力差を教えてやったのに挑んでくるなっての。

 ものの数分で方が付いたのだがもちろんこちらの圧勝で、痛みにうめきながら地に這いつくばってる男たちがかわいそうですらある。

「はいはい終わりーっと」

 各自服についた砂埃を払っているとパトカーのサイレンが聞こえ出す。
 タイミングばっちりだな。

 俺たちは素早く目を合わせるとおっさんの横をそそくさと走り抜けた。

「すんませーん! 俺たちのことは秘密でお願いしまーす!」

 ぺこりと皆おっさんに会釈しながら公園から逃げおおせる。
 当惑しきっていたおっさんは、去る俺たちへ頭を下げてくれていたので多分大丈夫だろう。
 
 パトカーの音から逃げて、俺たちは夜の街路を目立たないよう走っていった。


 しばらくして徒歩に戻り、もう大丈夫だろうと帰路へと戻る。当初より大回りで帰ることになってしまった。

 途中律が自販機で缶ジュースを購入し、公平の殴られた頬に押し付けた。
 ちなみにそれ以外は全員怪我無しだ。

 律は公平にむくれている。

「なんであんなことするんですか」
「それを言うならお前だろ」

 大人しく缶を受け取り公平はそのまま頬に冷たいそれを触れさせている。
 先刻確認したが口内も切れてないしちょっと肌の色が変わるかもだがたいしたことはない傷と俺は判断していた。

 公平の反論に律はまだまだ納得いかない様子だ。
 公平は仕方ないなと言うように息を吐いた。

「お前、明日、答辞」
「あ」
「殴られた顔で代表者が務まんのかよ」
「うぐ」
 
 これは公平が全面的に勝ってるかな。
 俺は律の肩に腕をまわし白い頬を人差し指で突っついた。

「律~、急に一人で行くなっての。行くなら四人で行ってりゃよかったんだよ。てかお前まだ高校生なんだよ、こんな時間に喧嘩とか補導だからな?」
「う」
「そうだ、おれたちに任せておけば良かったものを。その気概は認めるし悪いことではないが単独行動は褒められることではないな。もっとおれたちを頼るべきだった」
「あう……」

 兄にまで注意されて律は肩を落とす。

「すみませんでした……。公平、ごめん」

 反省し謝罪する律に公平は目尻を下げるにとどめた。

「ま、久しぶりに運動できて俺は楽しかったけどなー」
「運動って。不謹慎ですよ」
「だがたまには体を動かさねばな、なまってしまう」
「私たちは軍人でもなんでもないのでなまっていいと思います……」
「たしかに」

 俺が笑い声を上げると三人も軽く呆れながらも笑ってくれた。

 そうそう、軍人は俺の親父だけだ。
 親父直伝の護身術はちょっと行き過ぎているところがあり、それを履修した俺たちはただの喧嘩じゃそう負けない。
 まして四人そろっていれば、俺的には最強である。

 心地よい疲労感のまま俺たちはようやく家に着いた。


 そして本題だ。

 風呂の順番で公平がいない時に、律は真面目な顔で俺と朔の前に正座した。

 まだソファは届いてないので床に座ってテレビを見ていた時のことだ。

「2人とももう気づいていると思うんですが。わ、わ、私」
「落ち着け。深呼吸」

 朔の指示に従いすーはーと深呼吸をしてから律はきりっと再度真面目な顔をした。

「私、明日好きな人に告白しようと思ってます。その好きな人、こ…こう、こうへ……です!」
「いや肝心なとこよく聞こえないんですけど」
「こ、公平です!」

 顔を真っ赤にして律はそう断言したのだった。
 
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